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あたしたちが「おでん」です。  作者: 千葉あんず
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第25話、舞台のJanne Da Arc


 緞帳がステージと客席を隔離するかの様に下がり、その緞帳のせいで客席からはボクたちおでんが全く見えなくなっている。


「おでんの皆さん! 早くステージからハケてください!」


 ――うわぁ……一刻を争う舞台上に入り乱れるスタッフたちみたいな……


「イベントスタッフたちは次のバンドの設営をタイムスケジュールどおりにしなければならないからさ……」


 そのため、殺気立ちながらステージに設営されている、我がバンドおでんの手前味噌な楽器を急いで撤収していたりする。


 ――んで、そんなスタッフたちと交錯しながら……


「別のイベントスタッフたちは、次のバンドのために色々な機材を入れ換えたり、模様替えをしたり……」


 そう、事前に用意されたコンテの絵図のとおりにステージ上を様変わりさせているのだった。


 ――そんな中、ボクは泣き崩れて立ち上がれないおるこちゃんをお姫様だっこすると、急いで下手袖にハケたんだけど……


「アンコールぅー!!」


 ――舞台袖まで引き上げた我がバンドおでんのメンバー全員、このまま楽屋へ戻ろうとしている矢先……


「不意に客席の誰かが、バンド合戦の最中だというのに、よりによって……」


 ――この類いの催し物では有り得ない言葉っていうか、禁断の言葉っていうか、アンコールとか叫んじゃったし!!


「うわっ! バンドコンテストでアンコールなんて、そんなの有り得ないよ! だってさ、テレビみたいな公開オーディション番組でアンコールするくらいに有り得ない話だし!


「アンコール! アンコール! アンコール!」


 最初に誰がアンコールと叫んだか解らないまま、一人二人とアンコールを叫ぶ声が増えてゆくばかりの客席だった。


 ――みんなダメだよ! 次のバンドの紹介をイベント司会者が始めてるんだし! もう、次のバンドたちがステージ上にスタンバっちゃってるんだし……


「トンでもないマナー違反だよ! モラルもヘッタクレもない大違反だよ!! みんな、お願いだからヤメてよ!!」


 そんなボクの思いは届かず、客席からはアンコールの大合唱が響き渡り出してしまう。


 ――うわ、どうしよう……会場の大ホール内が割れんばかりのアンコール大合唱になっちゃったし!


「アンコール!! アンコール!! アンコール!! アンコール!! アンコール!!」


 その非常識で場違いなアンコールの大合唱を聞くや否や、河鹿薫子は、

「秋ちゃん! あたしを床に下ろして!」

と言いつつ、急にボクの腕の中でジタバタ暴れだした。


「え? あ、うん……分かったよ、おるこちゃん」


 ゆっくり慎重に、ボクは河鹿薫子を床に下ろして、まだ上手い具合に力が入らない様子の彼女を支えつつ立たせた。


「秋ちゃん……あたし、行ってくる」


 河鹿薫子、満面の笑みで言うや、彼女はよろけつつ、見るからにたどたどしい足取りでどこかへ走り去ってしまったのだった。



「あぁーあ……俺様たち、終わったな」


 そう呟いたのはエザちゃんこと江澤さんだった。


「きっと、前代未聞だがや……他人様主催のバンドコンテストでアンコールする非常識な観客も、そんな観客を連れてきちゃったあたしたちも、前代未聞だがや」


 デンちゃんこと田頭久美子ちゃん、そう呟くとガックリ双肩を落としてしまった。


「わたし、個人的に色々なコンクールやコンテストに出た経験あるけど……演奏したら審査が待っているのだから、アンコールって有り得ないと思う」


 トベちゃんこと卜部さん、見るからにやるせない表情を見せつつ項垂れ始めてしまった。


「冬場ってフィギアスケートのメダル獲得大会をテレビでよくやってんじゃん。んでさあ、個人種目でも団体種目でもさ、メダル獲得のために滑り終わった選手へアンコールするバカ居ないじゃん。それとおんなじくらいのバカやっちってる……そゆのさ、分かんないのかなあ?」


 ――うわ!! 愚痴大会になってきちゃったし!!


 そんな我がバンドおでんの姿を見つつも、ボクは河鹿薫子の行方が気になって仕方なかった。


「いや、正確に言えばさ、ボクはおるこちゃんの行き先が予想ついていたりするんだけど……」


 ――ボクが案じているのは、おるこちゃんがさ、どこへ行ったのかという意味での……


「そういう意味での行方ではなくてさ……」


 ――行った先で何をやらかすのか……


「やっちゃったことでさ、何がどうなるのかって、そういう意味での行方みたいな……」


「は? 浅間君さあ? ブツクサ独り言はイイけどさあ、何が言いたいんだかワカンナイぞ?」


 そう言った江澤さんを始め、田頭久美子ちゃん、卜部さんも、三人揃って首を傾げながらボクの顔を見つめているのだった。



「みんな! あたしの話を聞いて!」


 ――なんて、マイクを使って会場に響き渡らせた叫び声は……


 その声は河鹿薫子のものだった。


 ――うわぁ……やっぱりさ、ボクの予想どおりの所に行ってたよ……


「やっぱり、おるこちゃんはイベント司会者が前説する場所に乱入しちゃったし」


 ボクはステージ下手袖にある大型液晶モニターを観ている。


「っていうか、我がバンドおでんのメンバー全員、そのモニターを慌てて凝視し始めたみたいな……」


 ――楽屋にある大型液晶モニターと同じく、その大型液晶モニターにも客席天井から吊るされたカメラからの映像が映ってて……


「んでさ、そのカメラに内蔵されたマイクが拾う音声が流されていたりするんだけど……」


 ――イベント司会者は下がった緞帳の前に居て、いわゆる、ステージの張り出し部分の片隅から客席に向けて、意気揚々とさ、次のバンドの紹介をしている真っ最中だったみたいな……


 そんな中、河鹿薫子は、イベント司会者が居る下手側の張り出しに行くと、有無を言わせずにイベント司会者が持つマイクを奪い、そして、会場でアンコールを叫ぶ人々へ向けて大声を張り上げ始めてしまったのだった。


「みんなの気持ちは嬉しいわ! あたし、とっても幸せだもん! でもね、ワガママはダメなのよ!! 子供がやることだからって許されることとね、決して許さないこと……ちゃんと分かってくれなきゃだわ!!」


 ――なんて、おるこちゃんが声を張り上げたらさ、台風の荒波のようにうねっていたアンコールの大合唱は消えたっていうか、大合唱がフリーズしちゃったっていうか……


 そう、突如として瞬間冷凍された水面のように客席の人々は微動だにしなくなってしまったのだった。


「さあ、次は今回のバンドコンテスト一番の実力を持つ、今回の優勝最有力候補、Bayシャイズの皆さんの演奏! 今回のバンド合戦、その取りを飾る演奏がBayシャイズだなんて、もう、みんなラッキーよ! いやん! これは聴かなきゃだわ! さあ、みんな!! Bayシャイズの皆さんが奏でるsoundに……Here we go!!」


 ――って、おるこちゃんが前説しちゃって、おるこちゃんが叫んだ『Here we go!!』をキッカケにして演奏が始まっちゃったし!!


 そう、イベント司会者そっちのけで河鹿薫子がやらかしていたBayシャイズのバンド紹介だったのだが、彼女がキュー出しするが如くの『Here we go!!』の叫び声をあげるや否や、Bayシャイズの皆さんは『待ってました』と言わんばかりに演奏を始めてしまったのだった。


「おでんの薫子ちゃん!! ありがとぉー!! 美女から紹介されて俺たち最高の気分だぜ!! 今日は二曲しかできないけど……俺たちの音を目一杯楽しんでくれるように頑張るから……みんなヨロシク!!」



 ――ライブのイベント会場なんてさ、何が起こるか判らないところが醍醐味っていうか、良くも悪くも面白いんだけどさ……


「いやはや、御見逸れしちゃったよ。ハチャメチャにアドリブが苦手なおるこちゃんなのに……」


 彼女のトラブル対応に対する臨機応変さと、彼女の凄まじい度胸に、ボクは思わず畏れ入ってしまっている。


「加えて、自分のケツは自分で拭くっていう責任感とか、なりふり構わず即実行する決断力とか……ボクは素直に脱帽だし……」


 ――バンド対抗の勝ち抜き合戦の渦中にあるならば、誰しも自らのバンドの利益しか考えないもんなのに……


「自分のバンドを応援するために暴走し始めた客席の皆さんを叱責してまでさ、他のバンドの太鼓持ちを与太与太かますなんて……おるこちゃん、あんたホントに中学生なのかいな?」


 ――っていうかさ、おるこちゃん、ついさっきまで泣き崩れて、ニッチもサッチも、ボクから抱きかかえられなければならないくらいの有り様でいたはずなのに……


「そんな心理状態にあろうとも、おるこちゃんの目の前にある舞台が台無しになりそうなもんなら、おるこちゃんは自分自身を捨ててまでイベントの成功に全身全霊を尽くしてしまう……」


 そんな彼女を一言で言い表そうなもんなら、もう、その言葉は一つしかない。


「おるこちゃんは舞台の Janne Da Arc だ!!」


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