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あたしたちが「おでん」です。  作者: 千葉あんず
24/30

第24話、いざ出陣!


 ――そういえばさ、勝ち抜きバンド合戦っていうと、普通は対バン意識なんて呼ばれてる……


 いわゆる、ライバル意識を抱くものだったりする。


「デンちゃん? 不具合ない?」


「シンセOK。シーケンサーOK。サンプラーもリズムボックスもOK……浅間君、あたしはスタンバイOKだがや」


「よし! デンちゃんは不具合なし!」


 ――対バン意識、それは、バンド合戦に出場する他のバンドへの対抗意識っていう意味の略語みたいなアレなんだけどさ……


「トベちゃん? 不具合ない?」


「浅間君、どうしよう……」


「どうしようって? 何か不具合アリアリとか?」


「浅間君、あのね……わたし用のコーラスマイクがないの」


「どわっ! ホントだ! 今すぐスタッフ捕まえて、大急ぎの超特急で、トベちゃん用のマイクとマイクスタンド、設置してもらうよ!」


「うん。浅間君、お願い……でも、間に合うか心配だわ」


「トベちゃん、そんなに心配しなくてイイよ。ボクに任せといてよ」


「うん。わたし、浅間君を信じてる」


 ――不思議なんだけれど、おでんのメンバーの彼女たち、他のバンドと自分たちを比べないんだよ……


「エザちゃん? 不具合ない?」


「浅間君、俺様は腹へったぞ。これ、まさに、俺様的には絶大なる不具合だぞ」


「エザちゃん? その他に不具合は?」


「その他なんてさ、どうでもイイぞ。とにかく俺様は腹へったぁー」


「よし! エザちゃんは不具合なし!」


 ――でも、よくよく考えてみたらさ、不思議じゃないのかもしれない……


「なぜならさ、自分達の音楽に確固たるスタイルが確立してるおでんの彼女達だし……」


 そう、彼女達はオリジナリティー有り余る自分達の楽曲スタイルに対し、揺るぎなくも絶大なる自信を持っているからだ。


「おるこちゃん? 不具合ない?」


「秋ちゃん、あたし……秋ちゃんとキスしたくなっちゃったの。とっても大きな不具合なの」


「よし! おるこちゃんは不具合なし!」


「えぇー!? 秋ちゃん? キスは? キスは? 秋ちゃんの甘くて気持ち好いキスぅー!!」


 ――ああ、もう! ステージに居るんだってのに! 緞帳が開いたら演奏開始っていう、本番直前だってのに!


 緞帳というのはステージと観客席を仕切る垂れ幕のことで、観客席からステージを隠すためにある幕のことだったりする。


 ――幕開けって表現があるけどさ、文字どおり、この緞帳が開いたらおでんの演奏が幕開けるみたいな……


「秋ちゃん? キスは? キスは? キスは?」


 ――ああ、もう!! 一度言い出したならテコでも動かないおるこちゃんだし!!


「キスしてほしの! 秋ちゃんの気持ち好いキス! 秋ちゃん、お願いなの!」


 ボクは河鹿薫子にフレンチキスをお見舞いしてあげた。


「いやん! 秋ちゃんからのキスで元気百倍だわ! 早くあたしに唄わせて!」


「よし! おるこちゃんは不具合なし!」


 ――あ、そうそう。トベちゃんのコーラス用マイクは?


「そのコーラスマイクでさ、トベちゃんのフルートの生音も拾わなきゃなんだし、大切な役割のマイクなんだし……」


 ボクはステージ中央に居る河鹿薫子の所に居たが、卜部さんが居るステージの下手へ振り向くや否や、もう、間髪を入れることなく全力で走ったのだった。


 ――んでね、マイクスタンドをトベちゃんの身長に合わせて設置してるスタッフに声を掛けたんだけど……


「このマイクで拾った音、コロガシからの返しの音、今テスト的に聴けます?」


 そうボクから質問されたスタッフは、

「ちょっと待ってください」

と言うと、ヘッドセットを付けたトランシーバーを使って会場音響をコントロールする主調整室へ伺いを立てていた。


 ちなみに、今言っているところのコロガシとはモニタースピーカーのことだったりする。


「解り易く言うとね、トベちゃんの足元に転がす様に置いてあるスピーカーのことでさ……」


 ――トベちゃん本人が出す音を含め、バンドのメンバー全員が出す音をトベちゃんがモニタリングするためにあるスピーカーのことなんだけど……


「マイクテストをしないまま立ち去ろうとしているスタッフに呆れちゃったボクはさ……」


 そのスタッフにマイクテストを催促しなければいけない有り様に陥っていたのだった。


「朝間さん、大丈夫です。マイクテスト、やってみてください」


「って、はい?」


「ですから、朝間さん……どうぞ、マイクテストをやってみてください」


 ――えぇー? このスタッフ、マイクテストをボクに丸投げしやがった? まさか、このスタッフ、マイクテストのやり方ワカンナイとか? このイベント会社、どんだけド素人なスタッフ使ってんの?


 ボクは尚更のこと呆れるしかなかった。


 ――いやいや、呆れてる暇なんかないや! もう本番まで秒読み状態なんだし!


 ボクは卜部さんに、先ずは彼女のフルートを吹いてもらい、次にボクが彼女のマイクで唄ってみた。


 そして、続けざまに卜部さんにも唄ってもらい、さらに、再び彼女にフルートを吹いてもらった。


「全然周波数特性が違う、ボクの歌声も、トベちゃんの歌声も、フルートの音も難なく拾えてるし、コロガシからの返しの音もハッキリ聴こえてるよね」


 ――ループ現象もないし、要らないノイズとか歪みとかもないし……


「ねえ、トベちゃん? 大丈夫そう?」


「浅間君、ありがとう。うん、これなら大丈夫。助かっちゃった」


「よし! これでトベちゃんも不具合なし!」


 人間の歌声とフルートから出される音、それらの音の波形は全く違うし、もちろん、それらの音の周波数特性も全く違う。


 その全く違う音を両方とも難なく拾えるように色々とあるPA機材を調整するためのマイクテスト。


 ――マイクテストって重要なんだよ。それを疎かにするなんて信じらんないよ!


 マイクテストをしないままライブ演奏を客に聴かせるイベント会社を解り易く言うなら、味見をしないで作った料理を客に食べさせるレストランみたいなもの。


 ――っていうか、事前に打ち合わせして作ったステージプランに忠実な仕事が出来ない時点でさ、このイベント会社は終わってるけどね……


「だってさ、事前に用意してあるレシピどおりに料理が作れないレストランみたいなモンだし」


 ――気がつけば、緞帳を下ろしたままで開幕させないまま……


 台本どおりにイベント司会者が会場に向けて我がバンドおでんの紹介を始めていた。


 ステージプランから起こされた台本には、緞帳を下ろしたままバンド紹介をし始め、そのバンド紹介の途中で緞帳を上げると書かれていた。


 ――あ、ステージ上の照明が消されて薄明かるい非常灯だけになった……


「緞帳が上がり切り、ステージ照明が全て点灯してステージを明るく照らしたなら、それが演奏開始の合図だし」


 ――ボクはソソクサとボーカルの立ち位置にスタンバったんだけど……


 スタンバイすると、ボクは下手側に居る田頭久美子ちゃんの方を何気なく見ていた。


 ――おっと! デンちゃんがお得意のしたり顔をしながら右手でVサインを見せてるし。デンちゃんも準備万端だし……


 次にボクは卜部さんの方を見てみた。


 ――おお! トベちゃんが右手を振ってお嬢様の気品溢れる清楚な笑顔を返してくれたし。トベちゃんも準備万端だし……


 更に、上手側に居る江澤さんの方に顔を向けたボク。


 ――エザちゃんはアッカンベーとおどけた顔をボクに見せてるし、イタズラ心満載で余裕かましてるエザちゃんも準備万端だし!


 そして、ボクの左隣でスタンバっている河鹿薫子の顔を見る。


「うふふ……秋ちゃんと一緒に唄えて、あたし、とっても幸せよ」


 ボクの視線に気づいた河鹿薫子、彼女は嬉しそうに微笑みながらボクの唇にフレンチキスを授けてくれたのだった。


「おるこちゃん、ボクもおるこちゃんに負けないくらいに幸せだよ」


「いやん、秋ちゃんったら……うふふ、あたし、嬉しいわ」


 ――あ! 緞帳が上がりだした! 我がバンドおでんの合戦、いよいよ幕開けだ!



「こんばんは! あたしたちがおでんです!」


 緞帳が上がりステージ照明が我がバンドおでんのメンバー全員を煌々と照らすや否や、河鹿薫子は開口一番の決まりセリフを叫ぶように会場へ投げた。


 すると、客席に居る人々から、

「わあああああー!!」

と、予想だにしていなかった大歓声を浴びせられてしまった我がバンドおでんだった。


「しまった!! 大歓声に気後れしちゃたおでんのメンバー達、みんな瞬間冷凍されたみたいにフリーズしちゃって演奏を始めないし!!」


 いまだかつて聞いたこともない大歓声に呑み込まれて、河鹿薫子を初め、おでんのメンバー全員、揃いも揃って立ち往生をしてしまっていたのだった。


「ボク、浅間秋!! でも、今は浅間秋子よ。うっふん! あたし綺麗ぃー!?」


 咄嗟に、何の脈絡もなく、思いついたまま、アドリブで会場へ向けてボケをかましてしまったボク。


「秋ちゃん!! 秋ちゃん!! 秋ちゃん!!」


 すると会場に居るみんなが秋ちゃんコールを始めしまったのだった。


 そんな中、ボクは予定外にメンバー紹介を始めてしまう。


 ――本当はね、一曲目が終わってからメンバー紹介するはずだったんだけど……


 ボクはシンセサイザーやテクノテクノした何種類ものデジタル機器を並べてスタンバイする田頭久美子ちゃんが居る立ち位置まで走った。


「我がバンドおでんのリーダー、田頭久美子ちゃんです!!」


 ボクは田頭久美子ちゃんを紹介しつつ、何を思ったか、彼女の頬にキスをしてしまっていた。


 すると突然、怒濤を渦巻いていた拍手喝采が消え失せてしまったのだった。


 なぜならば、会場に居る人々は写真を撮ることに夢中になってしまったからだった。


「キーボードとフルート、それにコーラス&パーカッション担当の卜部さんです!!」


 ボクは卜部さんに駆け寄ると、やはり卜部さんの頬にキスをしてしまう。


 ――うわっ!! 何百ものフラッシュの嵐になっちゃったし!!


「ベースとコーラス担当の江澤さんです!!」


 ボクが江澤さんに駆け寄ると、予想外にも江澤さんがボクの頬にキスをかましてくれたのだった。


 ――うわぁ……フラッシュの嵐、真夏の激しい稲光りの嵐みたいだし!!


 そして、最後にボクは河鹿薫子へと駆け寄ったのだが、彼女は駆け寄ってきたボクを抱きしめるとお姫様抱っこし始めてしまったのだった。


「みんな!! ほら、みんなが見たがっていたお姫様抱っこ!! あたし、今日来てくれたみんなのためにしちゃた!! えへ、うふ、いやん!! あはは!!」


 ――再び怒濤のような大歓声が起こっちゃったし……しかも、今までで一番激しいフラッシュの嵐になっちゃったみたいな……


「お姫様抱っこされているボクはオマケのボーカル浅間秋。んで、お姫様抱っこしているのはメインボーカルの河鹿薫子です」


「うふ……それじゃ、ファンサービスはココまでよ。さあ、行くわよ!!」


 河鹿薫子はお姫様抱っこするボクをステージに下ろすと、彼女はバンドのメンバー全員を見渡したのだった。


 ――ボクも一緒にバンドのメンバー全員を見渡したんだけど……うん、大丈夫そうだ。このまま一曲目に入れそうだし……


「陽のあたる場所へ! 聴いてくださいね! ワン、トゥ、スリー、フォー!」


 そう河鹿薫子が言うや、我がバンドおでんのメンバーたちはジャスピンのタイミングで演奏を始めたのだった。



曲名 陽のあたる場所へ

作詞 河鹿薫子

作曲 田頭久美子

編曲 おでん


夢に絶望して

街ふらついてる時も

そこから逃げることを

考えてちゃいけない


一度の失敗で

諦めてしまえるほど

あんたの追ってた夢は

小さいものだったの?


今なら、まだ、

やり直せるよ

もう一度だけ

思いっ切り

ぶつかってみないか?


逃げていたら

何もできない

飛び出すのよ……


陽のあたる場所へ!



「きゃー!! 薫子ちゃぁーん!!」


「薫子ちゃん、可愛いぃー!!」


「薫子副会長!! ステキ!!」


 曲の一番が終わり間奏に入ると、会場のアチコチで客席から立ち上がっている観客の皆さん、それぞれに河鹿薫子へ歓声を捧げていた。



愛を失って

どうしようもなくなって

カナシミだけが自分を

包み込んでいる時も


自分を隠すことで

ウソをついているのなら

そんな自分の心は

救われやしないよ!!


今ならまだ

やり直せるよ

もう一度だけ

思いっ切り

ぶつかってみないか?


逃げていたら

何もできない

出ておいでよ!!

陽のあたる場所へ!!


飛び出すのよ……

陽のあたる場所へ


はあーーー♪



 ――うわっ!! スピーカーから出てる音が割れた!! 


 コンプレッサー&リミッターが仕込まれているはずのPA機器、どんなに大きな音が飛び込んできても瞬時に圧縮し、音が割れるという、いわゆる歪み音が会場へ流れないシステムがある。


 ――なのに音が割れた!! 『はあー♪』っていうシャウト、おるこちゃんのシャウト……今まで聴いた中でさ、一番大きなビックリ声量だし、一番感情がこもったシャウトだし……


 実は、『陽のあたる場所へ』というこの曲、河鹿薫子の十八番の曲で、彼女のファンから一番人気の曲だったりする。


「薫子ちゃん最高ぉー! か・お・る・こ!!」


「陽のあたる場所に出る! 逃げないで頑張る! か・お・る・こ!!」


「か・お・る・こ!! か・お・る・こ!! か・お・る・こ!! か・お・る・こ!!」


 河鹿薫子が陽のあたる場所を唄うと、もう必ず起きるコールが、ご多分にもれず今回も巻き起こっている。


「どうしてなの? こんなに沢山のおでんファンが来てくれても、あたしには誰も来てくれてないわ」


「あ……おるこちゃん……」


 河鹿薫子がマイクを使わず呟いた言葉に隠された真意、それを瞬時に覚り得たボクだった。


 ――おるこちゃんに対して、観客たち、スタンディングオベーションという、敬意を込めた拍手と大歓声を渦巻くように捧げてくれている……


 そんな中、ボクは河鹿薫子が泣き崩れて立っていられなくなる気配を強く感じていた。


 ――ボクはデンちゃんのところへ走り行き、デンちゃん用に用意されていた椅子をもらうと、大急ぎで椅子を抱えてボーカルの立ち位置に戻ったんだ……


 そして、涙を流しながら客席を茫然自失するかのような眼差しで虚ろに見渡す河鹿薫子を抱き寄せつつ、ボクは椅子に座ると、彼女をボクの膝の上に座らせたのだった。


 ――んでさ、ボクは事前に打ち合わせたとおりにさ、デンちゃんへ次の曲を始めるキュー出しの合図を出したんだよ……


 河鹿薫子はボクの膝の上に座りつつ、ボクの胸に顔を埋めて号泣きし始めていた。


 ――そんなおるこちゃんの姿を見た観客たち、おるこちゃんが号泣きする真意など気にもせず……


 ステージ上でボクが河鹿薫子を抱きしめながら唄おうとしているシチュエーションに感情移入するばかりだった。


 ――おるこちゃんが流す涙を讃えつつ、泣き崩れるおるこちゃんを抱きしめながら唄おうとするボクをも讃えつつ……目に見えるシチュエーションだけに酔いしれている観客たち……


 その一方で、河鹿薫子は観客を放ったらかしつつ、自らの感情に溺れながら、泣き声をあらげて泣き続けているのだった。


 ――おるこちゃん、かなり大きな泣き声を出しちゃって泣いているし……


 その泣き声はボクが持つボーカルマイクから会場へ流れてしまっていた。


 ――もらい泣きする客席の女の子たち、もらい泣きまでは至らないまでも感極まった様相をアリアリと見せる客席の男の子たち……


 いや、少年少女だけではなく、大人の男性女性の皆さんも感極まる様をあらかさまに見せてくれていたりする。


 ――そんな中、デンちゃんの前奏は続いている……悲しいメロディを静かに響かせながら……ピアノソロの前奏が続いている……


 スタジオ録音用のパッケージなら12小節の前奏なのだが、ライブバージョンでは田頭久美子ちゃんの即興のピアノソロも前奏に取り入れていて、何だかんだで、64小節もある長い前奏になっていたりする。


「いっつも、そう!! あたしの家族なんて、あたしになんて、誰も来てくれやしないんだわ!!」


 ――あ、やっぱり、おるこちゃんが泣き崩れた訳……それはボクが覚り得たとおりの理由からだったよ……


「おるこちゃん、抱きしめてあげるから……お願いだからさ、泣かないで」


「エザちゃんの家族、トベちゃんの家族、デンの家族、みんな来てる。秋ちゃんのお母様も来てる……なのに、あたしの家族は誰も来てくれないのよ。いつだって、あたしなんかには……家族なんて、あたしなんかには……」


 ――あ!! 前奏が終わる!! ボクは唄わなきゃ!!



曲名 ねむり

作詞 浅間秋

作曲 田頭久美子

編曲 おでん


そろそろ

眠りに

つきたいのです……


ボクは

深く

長い眠りに……



星が一つ二つと

増えてゆくのを

見ていると……


遠いところへ

ゆきたくなります……


闇は星に吸われ

消えてゆく……


星は闇に吸われ

消えてゆく……



 曲の一番が終わり田頭久美子ちゃんのピアノソロの音色だけが会場に響き渡っている。


 その間奏の中、微かに河鹿薫子の泣き声が見え隠れしつつ会場に流れ届いている。


 次第にもらい泣きをする人々が増える中、ボクは河鹿薫子をお姫様抱っこして立ち上がったのだった。


 そして、マイクスタンドにマイクを差し込み、ボクは彼女を愛おしく抱き留めながら再び唄い始めた。



ひとつも

未来を

おもいたくない……


かなしみ

だけが……

見え過ぎるから……



星が一つ二つと

消えてゆくのを

見ていると……


遠いところへ

ゆきたくなります……


闇は星に吸われ

消えてゆく……


星は闇に吸われ

消えてゆく……


ボクは闇に吸われ

見えなくなる……



 ボクが唄い終わるや否や、

「あたしも消えちゃいたい!!」

と、ボクにしがみつきつつ、河鹿薫子はボクの胸に顔を埋めながら叫んだのだった。


「そんなこと、ボクは許さない!!」


 ボクはお姫様抱っこする河鹿薫子を力の限り抱きしめながら、ゆっくりとその場に座り込んだ。


 そのタイミングに合わせるかのように、河鹿薫子を抱きしめるボクの頭上で輝くスポットライトを残し、ステージにある全ての照明は消され、河鹿薫子とボクの二人しか客席から見えなくされてしまったのだった。


 ――そんな演出なんて台本にありゃしないんだけどさ……多分、このイベントのディレクター辺りが即興で照明担当に指示を出した舞台演出なんじゃないかなと思うんだけど……


 ピンスポットで抜かれ照らされる河鹿薫子とボクしか見えなくなったステージへ、然り気無く、音もなく静かに、おでんの舞台の終わりを告げる緞帳が下りてくる。


 ――ボクは緞帳が下がり切って完全にステージが観客席から見えなくなった時……


「忘れないで! 独りぼっちになったとしても、生きていたなら、必ずあなたを心から抱きしめてくれる人に出会えるから! 10年かかろうとも、何十年かかろうとも、必ず出会えるから! 忘れないで!」


 ――なんて、マイクを使って叫んじゃってた……


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