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あたしたちが「おでん」です。  作者: 千葉あんず
23/30

第23話、いよいよ合戦目前


 ――さてさて、すったもんだはオイトイテ……何だかんだで、予定どおりに15時から始まった……


 南習志野市教育委員会主催のクリスマスバンドコンテストだったりする。


「教育委員会のエライ人の挨拶が終わったと思ったら、次は南習志野市長の挨拶とか……ああ、長いなあー。校長先生のお話の何倍も長いなぁ……ふぁ……あ゛あ゛あ゛?」


 江澤さんが欠伸を始めるや否や、慌てて卜部さんは江澤さんの口を両手で塞いでいた。


「ん! んん……ん……」


 ――すると、間もなく、両手で口を塞がれてしまったエザちゃんは……


 口を塞ぐ卜部さんに寄りかかりつつ、いきなりグッタリとしてしまったのだった。


 ――んでさ、エザちゃんの背後から抱きしめるように口を塞いでるトベちゃんはアタフタし始めちゃったし……


「いや、あの……トベちゃん、あのさ、鼻まで塞いだらエザちゃん呼吸できないんじゃないの?」


 ボクの言葉を受け、卜部さんは慌てて江澤さんの鼻と口から手を放したのだった。


「みんな信じてくれ!」


 ――あ、エザちゃんが意識を取り戻したみたいな……


「俺様はお花畑を見たんだ。で、俺様は蝶ちょになって愛しいトベちゃんのセクシーな肢体のアチコチにキスしまく……りん? ん!? んんー!?」


 意外と大き目な声で夢物語を話し出した江澤さんの口を、卜部さんは真っ赤に顔を染めつつ、見るからに慌てふためきながら、再び両手で塞いだのだった。


「ペロペロ、レロレロ」


「あ! あん! エザちゃん、ペロペロしないで!」


 ――うわ……口を塞ぐトベちゃんの手をペロペロ舐めちゃってるエザちゃんだし!


 卜部さんが思わず発した声も意外と大きな声であったがため、慌てて河鹿薫子が卜部さんの口を両手で塞いだのだった。


「へっ! ひっ! は! はぁーっくし……んが! んぐ!?」


 卜部さんの口を塞ぐ河鹿薫子、いきなり大きなクシャミをしようとしていたがため、間髪入れずに田頭久美子ちゃんが河鹿薫子の口を両手で塞いでいた。


 ――あぁーあ、市長の話の最中にさ、何やってんだかウチのバンドのメンバーたち……四両編成の電車ごっこみたいんなってるし……


 ステージの片隅にて、今、江澤さんの口を卜部さんが塞ぎ、卜部さんの口を河鹿薫子が塞ぎ、河鹿薫子の口を田頭久美子ちゃんが塞いでいる。


 ――クラシックで言えば四重奏だね……コミカルな四重奏みたいな……


 ステージ中央では相変わらず、市長が市政に掲げている、件の文化を育む教育論という、有り難いんだか有り難くないんだか微妙な訓話を続けている。


 ――その片隅でさ、間抜け極まりない女子中学生の与太与太四重奏みたいな……


 客席からはクスクスと笑う声がアチコチから聞こえてきてしまっていた。


 ――ちなみに、我がバンドおでん、コミックバンドじゃありません……



 ――そして、開会式と銘打たれた式典が終わり……


 我がバンドおでんのメンバー全員は楽屋に戻ってきていた。


「開会式でさ、出場するバンドが全部集まったけどさ、ステージ衣装になってるバンド、あんまり居なかったな」


「エザちゃん、忘れちゃダメだぎゃ。浅間君が居なかったら、あたしたちおでん、芸能人アイドル並のステージ衣装は有り得なかったんだぎゃ」


「うん、そうよね。デンちゃんが言うとおり、浅間君のおかげでお姫様みたいな姿になれてるんだし」


「そうよ、秋ちゃんが居てくれてるから、あたしたち、このままテレビ出演してもオカシクないくらいのメイクとか衣装とかなんだから」


「俺様は浅間秋ちゃん女王様の靴とか舐めたいぞ」


「エザちゃん、トベちゃん、デンちゃん、おるこちゃん、ボクじゃないよ。ボクの母さんが全てを用意してくれて、みんなをメイクアップとかドレスアップしてくれたプロフェッショナルなスタッフを呼んでくれたんだよ」


 ボクの言葉を聞くや否や、我がバンドおでんのメンバー達、唐突にボクの母さんを畏まった様子を顕にしつつ取り囲み始めた。


「あら? みんな……どうしたの?」


 ボクの母さんは楽屋にある液晶モニターを食い入るように観ていたが、おでんのメンバーに取り囲まれるや否や、あらかさまに戸惑う表情で彼女たちを見渡していた。


「一同、気をつけ!!」


 おでんのリーダー田頭久美子ちゃんが号令を掛けた。


「浅間君のお母さん、大好きです!」


 そう田頭久美子ちゃんが大きな声で言うと、

「浅間君のお母さん、大好きです!」

と、復唱するようにバンドのメンバーたち、更なる大声で宣いつつ、ボクの母さんに深々と頭を下げたのだった。



 ――あぁーあ、待つのってさ、時間が長く感じて退屈なもんだね。おでんのメンバーなんて退屈をもて余して客席に行っちゃったし……


「っていうか、母さん? そんなに何を真剣になって観てんの?」


 相変わらず楽屋にある液晶モニターを食い入るように観ているボクの母さんだった。


「秋ちゃん、ステージの様子よ。今は二番目のバンドがステージで演奏しながら唄っているんだけど……」


 かなり大き目な液晶モニターに映っているのは大ホールの天井に据え付けられているカメラからの映像だった。


「へえー、意外とハッキリ見えるもんなんだね。ワウっちゃってて音質は良くないけどさ」


「母さんビックリだわ。あんなに激しく踊りながら唄うなんて……ゼンマイ式の腰振り人形みたいね」


 ――って、どんな人形なんだか、相変わらず母さんの比喩はブっ飛んでるみたいな……


「母さん、あのバンドはアイドル系のアレだからだよ。昔からさ、アイドル系のJポップ、息切れするくらいに激しく踊りながら唄うもんじゃん」


「秋ちゃんは踊らないの? 秋ちゃんは激しいダンスしながら唄わないのよね」


「全然ジャンルが違うじゃんか。ボクの曲ってさ、ピアノの伴奏だけでも唄える静かな曲ばっかりだし」


「そうね。たんぽぽ唄いながら激しいダンスは無いわよね。秋ちゃんのたんぽぽ、童謡だもんね」


「童謡じゃないから! 文部科学省検定済み教科書とかに載るような曲じゃないし」


 母さんから童謡と言われてしまい、そういう風にも聴こえるのかと、ボクは意外な意見に驚いてしまっていた。


「あら? そういえば……おでんのみんなは?」


「大ホールの客席に行っちゃったよ。生音が聴きたいんだってさ。んで、南習志野プラザホテルから来てくれたスタッフの皆さんも客席に居るよ」


 ボクは母さんが座る椅子の隣に椅子を並べ置いて座ると、母さんの右肩にボクは寄り添うようにもたれかかった。


「秋ちゃんは行かないの?」


 ――あ、母さんがボクの髪を撫でてくれてる……


 ボクの母さん、セットされているボクの髪型を乱さないように優しく撫でてくれているのだった。


「ボクはさ、耳が痛くなるから行かないよ。無駄に音がデカ過ぎるし、2KHz辺りから4KHz辺りが出過ぎててキンキンした嫌いな音作りだし」


 ――我がバンドおでんのライブは中井川さんが音響をコントロールしてくれてるんだけどさ……


「中井川さんみたいに適量な音量で聴き易い周波数特性ならボクも行ったけどさ……今回のバンドコンテスト、耳を塞いで聴いて丁度イイくらいに、無駄に大音量だし、キンキンする音質だし、とても聞くに耐えないよ」


「でも、どうしてそんなに大きな音にするの?」


「出来レースのお抱えバンド、Bayシャイズ用に音作りされてるからだよ。出来レースのお抱えバンドBayシャイズ、激しい和製ロックが得意なバンドだし」


 突然、ボクの髪を撫でる母さんの手が止まった。


「あれ? 母さん? どうしたの?」


「秋ちゃんはどれくらい売れたと思う?」


 ――ボクの母さんは笑顔でボクに質問してきたんだけど……


「あれれ? プラザホテルの結婚式場、ウェディングドレスはレンタルじゃなかったっけ? もしかして、新作のウェディングドレス、販売とかしたの?」


「違うわよ。秋ちゃんったら」


 母さんは再びボクの髪を撫で始めながらクスクスと笑っている。


「んじゃ、母さん? 何が売れた話をしてるの?」


「秋ちゃん、決まってるじゃないの。今日参戦してるバンド合戦のチケットよ」


 なぜなのか、そう母さんは言いつつ、怪しげにニヤリと笑ったのだった。


「このバンド合戦のチケットかぁ……ボクさ、すっかり忘れてたよ」


「秋ちゃんはバンドの練習に夢中だったものね。学校が終わってから、毎日毎日、おでんがスタジオで練習してたって、タケルさんが言ってたもの」


 タケルさんというのは中井川さんのことで、中井川タケルがフルネームだったりする。


 ――ちなみに、タケルってどんな漢字なのかボクは知らなかったりして……


「うん。だってさ、中井川さん優しいからさ、スタジオ代を半額にしてくれちゃうし」


 中井川さんは小さな楽器屋さんを経営していて、店舗の奥には防音完備のレンタルスタジオがあったりする。


「マイクとかタダで貸してくれるし。予約が入ってない時は時間オーバーしてスタジオ貸してくれるし」


「それなら、秋ちゃんは尚更、タケルさんに恩返ししないとダメね。今日は優勝して恩返ししないとね」


 ――母さん、またニヤリって怪しい笑み浮かべたし……


「っていうか、母さん? チケット、どのくらい売れたの?」


「秋ちゃん方面は? どのくらいなの?」


「生徒会ルートだと200枚弱だよ。最終的な生徒会の会計報告書には……確か、198枚とか明記されてたような……」


「あら、大して売れてないのね」


 ――え゛!? 概算で200枚も売れたのに大して売れてないとか言われちゃったみたいな!?


「生徒会ルートの他にもさ、校長ルートがあってさ、そっちは300枚くらい売れたみたいだよ。校長ルートから生徒のみんなは250枚くらい買ってて、後の50枚くらいは関係者各位に買わせたとか……」


 ――ちなみに、南習志野中学校、在校生は505人だったりするから、大多数の在校生が買っちゃってるみたいな……


「母さんの会社ではね、何だかんだで……」


「母さん! ニヤニヤ笑ってないでさ、早く教えてよ!」


「1000ちょっとよ」


「は? あんですと?」


 ――母さんの口から、今、トンでもない数字が聞こえたような?


「母さん? それさ、ドッキリでしょ?」


「ドッキリばなしじゃないわよ。正真正銘1000枚は売れたのよ」


「っていうことは……母さんルート1000枚、校長ルート300枚、生徒会ルート200枚、その3ルート合わせて……」


「まあ、大雑把に言って、合わせて1500っていうところよね。会場内の観客、ほとんどは秋ちゃんたちに投票するわね」


「でもさ、付き合いで仕方なくチケット買うだけで来ない人だってシコタマ居るはずだし」


「秋ちゃん、甘いわね」


「え? 母さん?」


「チケット買った人々の3分の2しか来てくれなかったとしても1000人が秋ちゃんたちの味方じゃないのよ」


「あ゛……ホントだ……」


「半分しか来てくれなかったとしても750人が味方でしょ。他のバンドたち、そんなに味方を呼べるバンドはないんじゃないかしら?」


「うん、母さんの言うとおりだよ。ボクたちおでんだってさ、学校側がおでんを神輿にしてかついでくれなかったら、100枚はおろか、20枚30枚を売るのが関の山だったはずだしさ」


「それが1500枚だもんね。このホールには2000席ちょっとしかないのにね」


 ――うわぁ……何かトンでもないことになっちゃってるみたいな?



 その時、楽屋出入口扉を蹴散らかすがごとくに勢いよく開け放ち、

「あぁーああ秋ちゃん! 大変なのよ!」

と、慌てふためく河鹿薫子が飛び込んできた。


「うわぁ……おるこちゃんのトレードマークのポニーテールがグチャグチャになってるし!」


 まさに、髪を振り乱して大変さを体現している有り様の河鹿薫子だった。


「どっひゃぁー! おるこちゃんに続いて、デンちゃん、トベちゃん、エザちゃん……それに、南習志野プラザホテルのスタッフの皆さん、次々に楽屋へ飛び込んできたし!」


 ――我がバンドおでんのメンバーたち、みんな揃ってボロボロになっちゃってるみたいな?


「セットアップされた髪は無残な姿になっているし、ドレスアップされたウェディングドレスは着崩れちゃってるし……」


 おまけに、メイクアップされた顔は化粧崩れしていて、ニッチもサッチも、そのままではステージに上がれない無残な姿になっていたのだった。


「秋ちゃん! 秋ちゃん! あのね……」


「って、おるこちゃん、説明は後でイイから……ほらほら、みんな! メイクアップとかドレスアップとか、急いでやり直してもらってよ。急がないと出番の時間になっちゃうよ!」


 そう、もう時間がなかった。


 ――我がバンドおでんの出番は、タイムスケジュールどおりに進行したなら16時15分からだし……


 現在時刻は15時47分であり、出番までは30分程度の時間しかなかった。



 エザちゃんこと江澤さん、乱れた髪をセットし直してもらいながらボクに話し掛けてきた。


「浅間君、俺様は驚いたぞ! 時間が経つにつれて揉みくちゃなんだぞ!」


「エザちゃん? どういうこと?」


「バンドコンテストが開演したばっかりの時、大ホールの客席って空席ばっかりだったじゃん?」


「うん、エザちゃん。空席のが多くらいに客入りが少なかったよ」


「ところがドッコイ、驚くなかれ! 今はほぼ満席なんだぜ!!」


「へぇー、そりゃ凄いね。素人バンドコンテストの客席が満席ってさ、滅多なことじゃ有り得ないもんだし」


「んもう、秋ちゃんったら! 『へぇー』なんてノンキなこと言ってる場合じゃないんだから!」


「え? おるこちゃん? どうしてさ?」


「だって、秋ちゃん、おでんラッシュなのよ。おでんラッシュアワーなのよ」


「は? どんなラッシュアワーなんだかさ、サッパリ解んないだけど?」


「それがね、浅間君……大ホール入口、エントランスの方に居たんだけど……」


 衣装であるウェディングドレスを着付け直してもらっている卜部さんが静かにボクへ語りだした。


「エントランスにある入場受付、チケットの半券をもぎるところ……そこにね、いきなり来場者が殺到し始めたの」


「まあ、いつでも途中入場できるからね、今回のバンドコンテスト。そんなんだからさ、自分がお目当てにしてるバンドが演奏する間近になって来場する人も多いんだろうし」


「秋ちゃん、だから、そのお目当てがラッシュアワーなのよ」


「いや、あの……っていうか、おるこちゃんさあ、もっと解り易く言おうよ」


「浅間君、つまり、アレだぎゃ」


「え? デンちゃん? アレって?」


「あたしらおでん目当てに来場した観客がゴソぉーっと来たんだがや。一気にゴソぉーっとエントランスの受付に溢れかえったんだがや」


 ――あの広々したエントランスに人が溢れかえった? ゴソぉーと来たのは50人や100人どころじゃないじゃん!


「デンちゃんに付け足すとさ、通勤ラッシュみたいにさ、駅の改札に溢れるみたいにエントランスのロビーが人混みだらけんなってさ……」


 ――ロビーまで人混みだらけになった? ゴソぉーっと来たのは200人や300人どころじゃないじゃん!


「エザちゃんに付け足すと、その殺到する人混みはおでんを観に来た人々ばかりだったの」


 ――数百人が一気に来ちゃって、その全てがおでんを観に来た人々ばかり?


「トベちゃんに付け足すと、おでん目当ての群衆からロビーに居たあたしらは揉みくちゃにされちゃったんだがや」


 ――けっして話を大袈裟にしたりしないデンちゃんが『群衆』って比喩するんだから……うわぁ! 一体全体、何百人が一気に来ちゃったんだ?


「デンに付け足すとね、ステージ衣装のウェディングドレス着ちゃったあたしたちをロビーに見つけちゃって、みぃーんなあたしたちに集まって来て揉みくちゃだったのよ」


 そこまで我がバンドおでんのメンバーたちが語ったところでボクの母さんは、

「機は熟したわね……いよいよ、噛ませ犬が噛みつく時だわね」

と、呟くように言いつつ笑顔でボクたちを見渡していたのだった。


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