第22話、バンド合戦おでんの当日朝
★
――とうとうバンドコンテストの当日朝を迎えた我がバンドおでんのメンバー達……
今は朝も早々から南習志野コミュニティセンター大ホールの客席を散策していたりする。
――コンテストの開催、その開始時刻は15時からなんだけど……
「大ホールってさあ、果てしなくデッケぇーハコだなぁー! 千葉とか東京にあるライブハウス何十個分の広大さなんだ、この大ホール!」
「観客席が3階まであるがや。ステージの上からでも見上げなきゃ視界に入んないがや。このホールの客席、まるでそびえ立つ雛壇だがや!」
「ボクたちは場の空気に馴染むため、そして、場の雰囲気に呑まれないため、まだ客入り前でスタッフと出演者しか居ない……」
――人の姿が殆どない大ホールの客席をアチコチ歩き回っているみたいな……
「エザちゃん! デン! ハコの大きさに呑まれちゃダメよ! 今からそんなことじゃ、客席に観客が、ワサワサと、ウジャウジャと、ズラリと座ってるの見たらグダグダの台無し演奏になるし!」
――うわぁ……エザちゃんとデンちゃん、見るからに緊張しまくってるのが手に取る様にアリアリと判るし!
「河鹿さんさあ、そうは言ってもさあ……やっぱ、アレだしさあ……」
「んだんだ、エザちゃんが言いたい『アレ』が何だかあたしにも染々と分かるがや。んで、薫子? あんたは平気なのかや?」
「デン、あたしは平気よ。だってね、秋ちゃんが手を繋いでくれてるもん……えへ、うふ」
――なんて宣ってるおるこちゃん、掌が汗ばんでるし……おるこちゃんも緊張しまくってるし!
「そういえば、浅間君は緊張したりしないのかや? 何だか平然としてるがや」
――なんて言ってるデンちゃん、真冬だってのに額から汗流してるし! 大ホールん中、暖房効いてて暖かいけどさ、汗かくほどじゃないのに……
「っていうか、デンちゃん? ボクは緊張しなきゃダメなの?」
「がぁー! 浅間君さあ、そんなに悠悠閑閑としてケロっとしてんなよぉー!」
「いや、あのさ、エザちゃん……今からそんなに緊張してたらさ、ボクたちの出番になるまでに干上がって演奏出来なくなっちゃうよ」
「そんなこと言われても……自慢じゃないけどさあ、俺様は手が震えて止まんないぞ。もう、ホント、マジでトホホな俺様なんだぞ」
「エザちゃん、わたしが手を繋いであげるから安心して」
「うん! 我が愛しのトベちゃん、ありがとう。俺様は助かるぞ!」
――っていうか、あれ? トベちゃんは余裕綽々みたいな?
「いやはや、良かったよ。トベちゃんは大丈夫みたいでボクは安堵したよ」
「んーん、そんなことないの。だって、浅間君、わたしも緊張しているから……ほら、触ってみて」
トベちゃんこと卜部さん、ボクの左手首を掴むと、彼女は彼女の左胸にボクの掌を当てた。
「うわっ! ボクは、意図せず、突然に、トベちゃんからおっぱい触らされちゃったし! ボクの胸はドキドキだし!」
ボクが驚いた声を上げるや否や、河鹿薫子はボクの後頭部を力任せに叩いたのだった。
「あたしの目の前でトベちゃんの胸に浮気とかして、秋ちゃんのバカぁー!!」
「あ痛たたた! ボクがトベちゃんのおっぱい触ったんじゃないじゃんか! トベちゃんがボクに触らせたんじゃんか!」
「なんて、四の五の言ってないで、秋ちゃん!! あたしのおっぱいも触れぇー!! そしたら許してあげるんだから!!」
「おるこちゃん、意味ワカンナイし……でも、ボクは大好きなおるこちゃんのおっぱい触っちゃうよ」
「いやん! 秋ちゃんったら気持ちイイわ。揉み揉みとかしてくれてもイイのよ……なんて、えへ、あはは」
河鹿薫子とボクのやり取りに、田頭久美子ちゃん、江澤さん、卜部さんの三人は大笑いを始めたのだった。
――あっ! デンちゃん、エザちゃん、トベちゃん、かなり緊張がほぐれちゃったみたいな?
「おるこちゃん、ありがとう。怒るフリしてボケかましてくれたから、デンちゃん、エザちゃん、トベちゃんの緊張が和らいだみたいだよ。さすがさ、おるこちゃんだね」
ボクは河鹿薫子の耳に顔を近づけて内緒ばなしをするがごとくに囁きかけた。
「え? 秋ちゃん? えっと、あの……いやん、もう……秋ちゃんには敵わないわ」
河鹿薫子はボクの囁きが意外な言葉に聞こえたのか、彼女から怒りは消え去り、彼女はボクに照れたような満面の笑みを見せているのだった。
★
――さてさて、一通り会場内を歩き回ったボクたち、歩き疲れて楽屋に戻ってきちゃったみたいな……
「しっかしさあ、南習志野コミュニティセンター大ホール、ステージはデカイし!」 ――そう、お昼時を間近に控えた我がバンドおでん、今はメンバー揃って楽屋の椅子に座っていたりするみたいな……
「それにさ、客席は3階まであって広いし……さらにさ、楽屋だってビックリする位にダダっ広いよなあ」
「エザちゃん、ホントよね。こんなに広々とした楽屋なんて……まるで、まるで、ダダっ広いデンちゃんの部屋みたい」
――そうなんだよ。トベちゃんが言ったとおり、デンちゃんこと田頭久美子ちゃんの、彼女の自宅にあるデンちゃんの部屋はバカデカイんだよ。今時の日本家屋に有り得ないデカさなんだよ!
「トベちゃん、ホントだよね。ボクはさ、24畳もある部屋ってさ……
「日本国民総低所得化炸裂リアル現代日本社会にて、他の先進諸国達から比喩されている『ウサギ小屋』が加速真っ盛りな……この21世紀の張りぼて赤字経済大国にて……」
――働くのがバカらしくなる位にワーキングプアーになるばかりだし……
「もはや、我が国では、夢も希望も抱けやしないに、働けど働けどギリギリの暮らししか叶わない安月給しかもらえず……」
――政治も経済も、全世界の先進国から見たなら、もう、笑われちゃう位の三流マッシグラな我が国において……
「テレビ番組なんかの時代劇に出てくるみたいな何十畳もある広大な部屋とか……」
――時代劇の殿様の部屋みたいに何十畳もある広大な部屋とか……
「ボクはさ、デンちゃんの部屋でさ、生まれて、現代の日本家屋の中に24畳とかある広さを誇る部屋なんて、もう、初めて見たよ」
――いやはや、8畳とか12畳とかっていう部屋は見たことあるけど、さしものボク、6畳の部屋4つ分もの広さがある24畳の部屋なんて見たことなかったし……
「朝間君、あのね、あたしゃ一人娘なんだがや。だから、あたしの両親は必要以上にあたしを猫可愛がりしてくれてるだけなんだがや」
「だわよね。デンのウチって、何気にお金持ちだもんね。こんなにヘンテコでもね、デンはお嬢様だもんね」
「って、薫子、あんたねぇ……」
「は? デン、何よ?」
「薫子に勝るヘンテコは居ないって、横綱級のヘンテコチャンピオンだって……薫子、あんた、キチンと自覚しといた方が後々のためだがや」
――うわぁー! デンちゃんってばさ、おるこちゃんのこと『横綱級のヘンテコチャンピオン』とか宣ったし!
そんな田頭久美子ちゃんの言葉にバンドのメンバー全員で大爆笑してしまっている。
――あぁーあ、横綱級のヘンテコチャンピオンとか比喩された張本人のおるこちゃんは椅子から床に落っこちてジタバタ爆笑しちゃってるし……
★
「はぁーい、おでんのみんな、こんにちは。来るのが遅くなってゴメンねぇ」
そう言いつつ楽屋の扉を開けて入って来たのはボクの母さんだった。
「っていうか! 母さんに続いて後から後から人がワラワラ入って来ちゃったみたいな?」
――しかも、ワラワラ入って来た皆さん、みんな大荷物を抱えてるし……
田頭久美子ちゃんの24畳もあるどころか、36畳はあろうかという広々とした楽屋、ワラワラと十数人の人々だらけになってしまったのだった。
――ありゃま、おでんのメンバーたち、みんな呆気にとられて目が点になっちゃったみたいな……
「っていうか、母さん? えっと、あの……こりゃ何事なの?」
「母さん一人でおでん全員のメイクアップやドレスアップ、短時間では出来ないでしょ」
「うん、母さん一人じゃ無理だよね」
「だから、結婚式場のスタッフの皆さんも連れて来たのよ」
――あ、よく見たら、まりんぱ食品忘年会の会場にお忍びで来ていたスタッフの皆さんみたいな……
「おでんの皆さん、こんにちは。まりんぱ食品系列の南習志野プラザホテルから参りました。本日は私達におでんの皆さんのサポートをさせていただきたく、どうぞ宜しくお願い致します」
――え? 南習志野プラザホテルってさ、まりんぱ食品系列だったの? ボク、初めて知ったし……
「一同……起立!」
突然、我がバンドおでんのリーダーである田頭久美子ちゃんがバンドのメンバー全員へ号令をかけた。
「一同……礼!」
「ヨロシクお願いしまぁーす!!」
ニッチもサッチも行かないくらいにグダグダな言動ばかりをやらかす我がバンドおでんのメンバー達。
しかしながら、ここぞという時には礼儀礼節を大切にしていたりする。
――礼儀とか礼節とか大切だよね。おでんのメンバーって、そういう大切なのを重んじてるからボクは大好き!
「ちなみに、南習志野プラザホテルっていうのはさ……」
――それは南習志野駅南口にあって、地元では誰もが知る有名なホテルだったりするみたいな……
「っていうか、母さん? スタッフの皆さんが抱えてる大荷物は、一体全体、何なの?」
「あらヤだ、決まってるじゃない。おでんのみんなをドレスアップする……ウェディングドレスに、靴とか装飾品とか、色々と選り取り黄緑よ」
――どわっ! 母さんってばさ、『選り取り黄緑』と来たし! 選り取りミドリじゃなくてキミドリだし!
「うわぁ……母さんが黄緑って言うところにさ、何か激しく引っ掛かって仕方ないボクなんだけど……」
「あらあら、秋ちゃんったら、気のせいよ」
「えぇー? ホントかなぁ……」
――駅の南口にあるロータリーの真正面には、今ボクたちが居る南習志野コミュニティセンターがあるんだけど……
そのロータリーの左手に南習志野プラザホテルがあり、この南習志野プラザホテルには併設して結婚式場の別棟もあったりする。
「仕出しのお弁当も持って来たのよ。おでんのみんな、少しお昼には早い頃合いだけれど……今のうちに腹ごしらえなんて、どう?」
「うわぁ! 母さん、ありがとう。ボクは腹ペコだし、きっとさ、バンドのみんなも腹ペコだし……」
――なんて、ボクはバンドのメンバーを見渡しながら言ったんだけど……おぉー、みんな歓喜の声をあげまくってるし!
そう、我がバンドおでんのメンバー全員は見るからに豪華絢爛なロケ弁を目の当たりにして大喜びしているのだった。
「すっげぇー! パッケージに『南習志野プラザホテル』って印刷されてんぞ、このロケ弁!」
「うん、エザちゃん。お弁当の包み紙にも、おてもとのお箸袋にも、お手拭きが入った袋にも、『南習志野プラザホテル』って印字されているね」
「トベちゃん、ってことは、アレだがや。このロケ弁、あの名高き南習志野プラザホテルの最上階にある、あの超高級レストランが作った弁当だがや」
「いやん! すっごぉーい! お弁当のフタ開けてみたら、おせち料理みたいに豪華なオカズ並んでるし!」
――うぅーわ……あまりにも豪華絢爛なロケ弁を目前で目の当たりにしながらさ、みんなハシャギまくりだし!
「ねぇ、みんな? これはちゃんとしないとマズイよ。ちゃんとしないままお箸を持ってちゃダメだよ」
「え? 秋ちゃん?」
「いや、あの、だからさ……ちゃんとさ、『いただきます』って感謝しようよ」
そのボクの言葉を耳にするや、田頭久美子ちゃんは、
「みんな、お箸を置いて! 胸の前で両手を合わせて!」
と、さすがは我がバンドおでんのリーダーらしく、メンバー全員に向かって、彼女は即座に号令をかけたのだった。
「じゃあ、ここで浅間君から一言」
「はい? デンちゃん? ボクなの?」
「前に言ったじゃない」
「え? デンちゃん、何を?」
「だから、今回のバンドコンテストは浅間君が主役なんだってば!」
田頭久美子ちゃんが言った言葉にバンドのメンバー全員、何だか『うんうん』とうなづいていたりする。
「っていうか、ボクなんかが主役でイイの?」
――バンドのメンバーの顔を見渡しながら言ったボクだったんだけど……
そんなボクに向かってバンドのメンバーたちが言葉を返してくれたのだった。
「俺様たち、まりんぱ忘年会ライブでもだったけど……今回のバンドコンテストもさ、浅間君からオンブに抱っこされてて有り難くてたまんないし……」
――って言ったのはエザちゃん……
「うん、エザちゃんが言うように……わたしたち、浅間君が居なかったら、こんなにビックリするくらいに素敵なステージを迎えられなかったから……」
――って言ったのはトベちゃん……
「浅間君が居なかったら、もう、絶対に着らんないステージ衣装や、プロのスタイリストさんに、プロのメイクアップアーティストさんも……みんな浅間君が巻き込んじゃって、あたしたちみたいなお子様素人バンドに授けてくれたんだがや。ああ、ホントのホントに、有り難や、有り難や」
――って言ったのはデンちゃん……
「あたしたち秋ちゃんが居てくれるから……だから、夢物語を見られるの。うふふ……秋ちゃんって本物のカリスマなのよ。恥ずかしいから言葉で言えないけど……でも、でもね、おでんのみんなは秋ちゃんを……」
――って言ったのはおるこちゃん……
「この際だからさ、はっきり言っちゃうぜ。実はさ、俺様は……あたしは、あたし……浅間君のこと愛してる……でもさ、心配いらないぜ! 俺様は河鹿さんを愛してる浅間君を愛してるんだからさ」
「エザちゃん……」
「わたしも、この際だから……実は、わたしも浅間君を愛してるの。でもね、わたしもエザちゃんと同じなの。河鹿さんを愛しく守る浅間君を愛してるの。浅間君はわたし達おでんの理想の彼氏像なの」
「トベちゃん……」
「実は、何を隠そう、あたしもトベちゃんに同じなんだがや。薫子を愛でる浅間君を愛してるんだがや。それに、あたしゃ、浅間君の不思議なカリスマ性を愛してもいるんだし」
「デンちゃん……」
「秋ちゃん、ゴメンね」
「え? おるこちゃん、ゴメンって、何が?」
「だって、今のみんなの話、秋ちゃんが居ないところで内緒ばなしみたいにしてた話なのよ。いつもみんなで話してて、あたしたちからすると今更な話なのよ。でね、今日、やっと秋ちゃんにカミングアウトできた話なのよ」
「そっか、あはは。ボクは嬉しいよ。だってさ、エザちゃんも、トベちゃんも、デンちゃんも……」
――我がバンドおでんのメンバーみんなは……
「友達っていう括りじゃ収め切れないって思い始めてた矢先だったからさ」
――言葉を挟むことなく、静かに……
「でさ、親友っていう括りでも収め切れなくなってきちゃったし……」
――ボクを見つめながらボクの話を聞いてくれてる……
「エザちゃんはボクの可愛いヤンチャな妹。トベちゃんはボクの優しいお姉ちゃん。デンちゃんは強がってるくせに寂しがり屋さんな妹。おるこちゃんはボクの中に眠る色々なもの達を目覚ませてくれる妹ちゃん」
「まさか、それってさ、俺様たちをタダの友達じゃなくて、秋ちゃんファミリーの一員って言ってくれてんのか? 有難や、有難や……」
「わたしたちはタダの友達じゃなくて秋ちゃんファミリーの一員……嬉しい、嬉しい……」
「いやん! 秋ちゃんファミリー! 素敵だわ! 何て言ったらイイのかワカンナイくらい素敵だわ!」
「しかも、おでんのメンバー全員は秋ちゃん信者だぎゃ。あたしたちはカリスマ秋ちゃんの揺るぎない信者だぎゃ」
――うぅーわ! いつものことながら、ご多分にもれず、はたまたブっ飛んだ話になっちゃったみたいな?
「さあ、話がまとまったところで、浅間君……そろそろ浅間君から一言を……そして、いただきますのバンド合戦の開戦宣言を……」
「ぼえ? デンちゃん? 話がまとまったの? 何だかさ、アサッテに話がまとまってない? アサッテっていうか、シアサッテにさ……」
「なんて、もう……秋ちゃんったら、細かいことなんて気にしないのよ」
「えぇー? おるこちゃん?」
「大丈夫よ、そのうち慣れるから。えへ、あはは」
「おるこちゃん? 慣れるとか意味ワカンナイんだけど?」
「だよな、河鹿さん。人間なんてさ、直ぐに慣れちゃうもんだぜ」
「エザちゃんまで……だから、意味ワカンナイんだけど?」
「わたしもエザちゃんに賛成。浅間君は適応能力に長けてるから大丈夫よね。どんな逆境に追い込まれても起死回生しては助けてくれる浅間君だもの」
「どわっ! トベちゃんもかいな? だからさ、意味ワカンナイってばさ」
「トベちゃんが言うとおりだぎゃ。浅間君は逆境に強いし、あたしたちが逆境に苦しめば苦しむほど浅間君が幸せに導いてくれるんだがや」
「ブルータス、お前もか? って、デンちゃん、意味ワカンナイってばさ」
「秋ちゃんファミリー万歳!」
「バンザぁーイ!! バンザぁーイ!! バンザぁーイ!!」
「って、ちょっと待ってよ! みんな! 全然、全く、少しも、ちっとも意味ワカンナイし!!」
――なんていう訳ワカンナイやり取りを、ボクの母さんやメイクアップとかドレスアップをしにきてくれているスタッフの皆さんとか……
揃いも揃って羨望の眼差しをボクに向けつつ聞き入ってくれているのだった。
そんなやり取りの中、ボクの母さんは、
「秋ちゃん? まだ母さん達スタッフはご馳走にお預けなの?」
と、ボクに満悦の笑みを向けつつ言葉をかけてきた。
――楽屋内を見渡してみたらさ、我がバンドおでんのメンバーが座わる座席のテーブルを取り囲むように……
「うわっ! おでんのテーブルの前にあるテーブル、右のテーブル、左のテーブル、後ろにあるテーブル、スタッフの皆さんが座ってて……」
楽屋の中央に陣取っているおでんのテーブルを中心にして、グルリと取り囲みつつ、あたかも完全包囲するがごとく、スタッフの皆さんが座るテーブルがあったのだった。
「ありゃま……母さん? いつの間にボクたちおでんが座る周りを囲っちゃったの?」
「おでんのみんなが話に夢中になって周りが見えなくなっている隙を狙ってよ」
そんな母さんの言葉をよそにスタッフの皆さんは、彼女たちの中でお気に召したと見受けられるおでんのメンバー各々を見つめていたりする。
――ああ、なるほど。人の好みは千差万別だし……
スタッフの皆さんの中には、河鹿薫子を見つめる人や、田頭久美子ちゃんを見つめる人、江澤さんを見つめる人、卜部さんを見つめる人、色とりどりの様相だった。
――なるほど、なるほど……前のテーブルに座るスタッフの皆さんはトベちゃんがお気に入り。右のテーブルはエザちゃんがお気に入り。左のテーブルはデンちゃん。後ろのテーブルはおるこちゃんがお気に入りみたいな……
「ねえ、秋ちゃん? まだお預けなのかしら?」
「あ! 母さん、ごめんなさい! スタッフの皆さんもごめんなさい!」
母さんの囁きにボクは慌てて席を立つと、
「南習志野プラザホテルから助っ人に来てくれた皆さん、ありがとうございます。皆さんの期待に応えるべく、我がバンドおでんは今回のバンドコンテストに来場した観客にドレスを見せて魅了させるために頑張ります。バンドのみんな、今日はコンテスト優勝とドレスで観客を誘惑する二つに頑張んなきゃだよ! なんて、激を飛ばしつつ、ボクも気合い入れて頑張ります」
なんて、楽屋に居る全員からのハイテンションから影響されてか、ボクはハイテンション最高潮で宣ってしまっていた。
「それじゃ、皆さん、ジュースが入ったコップを持ってください」
ボクは楽屋を見渡し、楽屋に居る全員がコップを持ったことを確認した。
「南習志野プラザホテル結婚式場の新しいウェディングドレスの成功と、まりんぱ食品グループの更なる繁栄に、我がバンドおでんのコンテスト優勝を祈願しつつ……乾杯!」
「かんぱぁーい!」
ボクの乾杯の音頭を聞くや、まるでお祭りが始まったかのような賑々しさが楽屋内に訪れた。
「っていうか、スタッフの皆さん、食べるの早ぁー!!」
――結婚式場のスタッフという職業柄、仕事中の食事は早食いが癖になっているのだろうと考えるボクだったりするんだけどさ……
「にしてもさ、たったの4分や5分でロケ弁をペロリって食べつくしたと思ったら……」
スタッフの彼女達、各々お気に入りのバンドのメンバーに張りついていたりするから、そのプロフェッショナル魂には舌を巻くしかないボクだったりする。
「うわぁ……その道のプロって凄いもんなんだなぁ……」
「うん、本当に凄いわよね、秋ちゃんは」
「え? 母さん?」
――おでんのメンバーに張りついて、待ちきれずにメイクアップやドレスアップを始めたスタッフの姿に驚愕して見入っているボクだったんだけど……
そんなボクを背後から抱きしめて頬をすり寄せつつ、ヒソヒソと内緒ばなしを始めたボクの母さんだった。
「南習志野プラザホテル結婚式場のスタッフ、秋ちゃんみたいな中学生には理解できないような、薄汚くて意地汚い大人の世界の都合を押しつけて利用しているって……」
「母さん? いきなりさ、何の話を始めちゃったの?」
「今回のバンドコンテストには顔出しできないなんて二の足を踏んでいたスタッフたちだったのよ」
――ボクの母さんは素敵だ。ボクみたいなお子様に包み隠さず大人の本音を語ってくれるから……
「まりんぱ食品忘年会の時に来てくれたスタッフ達、今回のクリスマスバンドコンテストには行けないって二の足を踏んでいたのよ」
「でもさ、今日も来てくれたよ。しかもさ、まりんぱ食品忘年会よりも沢山のスタッフの皆さんが来てくれてるよ」
「うん、そうなのよ。それはね、秋ちゃんのおかげなのよ」
「へ? 母さん?」
「秋ちゃんが今さっきスタッフに捧げてくれた乾杯の言葉に確信したはずよ」
「母さん? 確信って?」
「秋ちゃんは子供のくせに大人顔負けな大人だっていうことによ。秋ちゃんを利用しようとしても、逆に秋ちゃんから利用されるのがオチだっていうことにもよ」
「ほえぇー? 母さん?」
「秋ちゃんはギブ&テイクにはギブ&テイクしかしてくれないけれど、持ちつ持たれつの心を込めたなら、誰にも勝てない義理人情を見せて行動してくれるということにもよ」
――ああ、母さんから抱きしめられて、ボクの中にあったバンド合戦に対する微かな緊張が解れてゆくみたいな……
「ほら、秋ちゃん……ご覧なさいな、スタッフ達を……」
「え? 母さん?」
「彼女達には、もはや、おでんのメンバーを利用して試作品のウェディングドレスを完成させようなんて考えている邪な心は皆無だわ」
――母さんの優しい鼓動が心地イイ……ボクが赤ちゃんの頃から変わらない母さんの優しい鼓動が大好き!
「スタッフの彼女達、目の前に居る新婦を一生に一度の晴れ舞台へ送り出すために、新婦を最大限の晴れ姿にすることしか考えていないみたいに、おでんのみんなの晴れ舞台を最高に演出することしか考えていないわ」
ボクの母さんは世界に一人しか居ない我が子を抱きしめてくれている。
ボクは世界に一人しか居ない母を抱きしめ返している。
――母さんは独りぼっち。ボクは独りぼっち……ボクから母さんが居なくなったら天涯孤独。母さんからボクが居なくなったら天涯孤独……母さんとボクは天涯孤独と背中合わせな二人ぼっち……
どんな理由があったかは知らないが、ボクの母さんはボクが幼い赤子の時に離婚してしまっていた。
――そして、どんな理由があるのかワカラナイけどさ……
若くしてシングルマザーになる羽目に陥ったボクの母さんを、母さんの両親も、母さんの親戚連中も、母さんを総スカンにしていたのだった。
――ボクの大切な母さんを総スカンにしてくれた、ボクの祖父母が嫌いだし、ボクの親戚連中が嫌いだ。できることなら永遠に顔を見たくない位に嫌いだ!
「っていうか、母さん、ありがとう」
「秋ちゃん? ありがとうって?」
我がバンドおでんのメンバー達、メイクアップするスタッフ達やドレスアップするスタッフ達から囲まれている。
だが、ボクには誰一人としてスタッフは近づいてきていない。
「いや、あの、だってさ……ボクのメイクアップとドレスアップは母さんが独り占めしてくれたから」
「まあ、秋ちゃんったら、何て嬉しい言葉なのかしら。もちろんよ。秋ちゃんの晴れ姿は母さんのものだもの」
「ねぇ? 母さん?」
「秋ちゃん? なぁーに?」
「早くボクを母さん好みにメイクアップして。早く母さん好みにドレスアップして」
「うん、秋ちゃん、分かったわ」
★
――ああ、さてさて……スタッフの皆さんからメイクアップとドレスアップをされた我がバンドおでんのメンバー達なんだけどさ……
そのみんなは楽屋にある鏡の中に居る自分自身の姿を見ては悦に浸っている様子だった。
「細かいこと言えばさ、デンちゃんだけ、ちょっと雲行きが芳しくない表情をしている様相に見えなくもないんだけど……」
――あ、そうそう。いきなり全然違う話なんだけど……考えてみたらさ、ボクだけ男子なんだよね……
「ボクは女の子の着替えを見る訳にはいかないと母さんにお願いしていたりして……」
――そんなボク、実は、楽屋の隅にある座敷スペースに隔離されて……
そう、ボクはおでんのメンバー達の全員から見えない所に隠れてメイクアップとドレスアップをしてもらっていたりする。
――えっとね、この楽屋には畳が敷かれた4畳半の座敷みたいなスペースが壁際の片隅にあったりするんだけどさ……
その座敷ライクなスペースにはカーテンがあり、向こうが見えない厚手のカーテンを閉め切ったなら、この座敷スペースを右から左まで目隠しできるようになっていたりする。
――逆転の発想でね、ボクがカーテンに囲まれて見えなくなればさ、ボクがバンドのメンバーたちの赤裸々な姿を見ちゃうこともなくなるわけでさ……
「エザちゃん可愛い」
「トベちゃん、そんなに眩い眼差しで俺様を見つめんなよ。恥ずかしいからさ」
「エザちゃん……会えて良かった。わたしはエザちゃんの大ファンよ。大ファンで大好きで……」
「トベちゃん、そんな思い詰めた顔とかすんなよぉ……」
――どわっ! エザちゃんがトベちゃんを優しく抱きしめちゃったし! 女の子同士で恋人同士みたいなアレに見えまくりだし!
「いやん! 秋ちゃんったら、とってもラブリーだわ! あたし、秋ちゃんに首ったけよ……えへ、あは、うふ」
――どっわぁー! ボクはおるこちゃんから羽交い締めにされちゃったし!
「うーん、気に入らない! バンドのメンバー達は可愛らしくメイクされてるのに……あたしだけデビルみたいな化粧なのが気に入らない。申し訳ないけど、気に入らないんで、始めからやり直してもらえます?」
――どわわっ! せっかく綺麗にメイクアップされたのに、デンちゃんはメイク落としで顔をグチャグチャにしちゃったし!
「デンちゃん? せっかくモード系みたいな、ファッションショーのモデルさんみたいなメイクだったのにさ、そんなグチャグチャにしちゃって……」
「そう言う浅間君は中学生らしい美少女メイクじゃん。薫子も、エザちゃんも、トベちゃんも美少女メイクじゃん。なのに、どうしてあたしだけケバケバしたメイクなの? あたし、そんなにケバいイメージで皆見てんの?」
そう言った田頭久美子ちゃんの顔は心底から憤慨している表情になっていた。
――あっ! 母さんがボクに目配せしてきた!
「うん、母さん、分かったよ。デンちゃんを残してボクたちは席を外した方がイイんだね?」
――うん、そうだよね。もうバンドコンテスト開演まで時間があまりないし……
「デンちゃんのメイクアップ、後一度しかできないくらいに時間ないもんね」
――ボクは母さんからの目配せを目にして、その真意を理解するや否や……
「おるこちゃん、エザちゃん、トベちゃん? 衣装の着慣らしにさ、ちょっと館内の舞台裏とかを散歩してこようよ」
――なんて、おるこちゃん、エザちゃん、トベちゃんの三人に声をかけてたりするんだけど……
「うん、分かったわ。秋ちゃん、散歩行こう。エザちゃんもトベちゃんも散歩行こう……いやん! ほらほら、早く早く!」
どうやら、ボクの母さんがボクに向かって目配せをしたのを見逃さなかったと見受けられる河鹿薫子、彼女はボクからの目配せの意味を即座に理解してくれた様子だった。
★
――というわけで、とっとと楽屋から廊下に出たボクたち四人みたいな……
「浅間君さあ、デンちゃん、どうしちゃったんだ? あんなワガママ言うデンちゃん……らしくないよなあ」
「エザちゃんの言うとおりだわ。わたし、デンちゃんが子供みたいに聞き分けがない姿なんて初めて見たもの」
「だよなあ、トベちゃん。俺様もさあ、あんな駄々っ子みたいなデンちゃんなんて初めて見たぜ」
江澤さんと卜部さん、田頭久美子ちゃんが見せた有り様に、二人して相当のこと驚いている様子をあらかさまにしている。
――いや、ボクもさ、驚きまくりの極致あらかさまなんだけどさ……
「秋ちゃん、秋ちゃん、キスして欲しくなっちゃったの。秋ちゃん、あたしを抱きしめてキスして欲しいの」
「は? おるこちゃんダメだよ。こんなにスタッフやら出場者やらの往来が激しい舞台裏の廊下でさ、何を言っちゃってんだか」
「いやん、もう! じゃあ、こっち、こっち。ほら、秋ちゃんも、エザちゃんも、トベちゃんも、早く! こっちに来てくんなきゃだわ!」
河鹿薫子は廊下にある非常階段の出入口扉を開けていた。
非常階段の隣にはエレベーターがあり、一階にある舞台裏の廊下と二階にある舞台裏の廊下、その往き来はエレベーターでする様にイベント主催者のスタッフから言われていた。
――っていうか、エレベーターを使えって言われてながらさ、冷たい鋼鉄の防火扉で閉ざされていて薄暗い非常階段をさ、わざわざ昇り降りする人なんて居るわきゃないし……
「うわっ! 隔離されてる非常階段はメチャクチャ寒いし! 楽屋や廊下には暖房が入ってるのに、鉄の扉で隔離された非常階段には暖房入ってないし!」
「いやん! 寒がり秋ちゃんったら、そんなに寒いの?」
「うん、メチャクチャ寒いし。だってさ、真冬の寒さ丸出しな非常階段スペースだし」
「じゃあ、あたしが抱きしめて熱いキスをしちゃって、あたしが秋ちゃんを熱々に温めてあげるわ……えへ、うふふ」
――だぁー!! エザちゃんとトベちゃんが見てるのに!! おるこちゃん、ボクに激しいキスかまし始めちゃったし!!
「すげぇ……河鹿さんと浅間君のディープキス、半端ねぇーぞ」
「うん、二人のキス……激しくて、わたし……わたしも……」
「トベちゃん……ダメだぜ。ほら、だってさ、河鹿さんと浅間君にバレちゃう……」
「でも、わたし……ロリロリメイクの胸キュンキュンなエザちゃんとキスしたくて堪らなくなっちゃって……」
「うん、俺様も妖艶にメイクされた萌え萌えトベちゃんのキスが欲しくなったぞ」
「エザちゃん、わたし、我慢できない……ねえ、イイ?」
「俺様も我慢できなくなったぞ。うん、トベちゃん、イイぞ」
――おるこちゃんとボク、唇を離すと……
江澤さんと卜部さんから気づかれない様に、ボク達は二人して音も立てずに、彼女同士でキスに夢中になっている彼女達を見つめていた。
――うわぁ……ボク、女の子同士のキスって生まれて初めて目の当たりにしちゃったよ……
ショートカットでボーイッシュな江澤さんと、ストレートなロングヘアーでお嬢様な雰囲気に満ちた卜部さん、二人は激しく愛を求め合うかのようなキスを夢中になって交わしている。
「背が低いエザちゃんは精一杯に背伸びをして、背が高いトベちゃんは背伸びするエザちゃんを抱き留めて……」
――まるで、背が低いおるこちゃんがボクにしがみつき、そんな愛らしい仕草でキスを求めるおるこちゃんを抱き留めるボクみたいな……
そんな河鹿薫子とボクの姿をダブらせて見入ってしまっていた。
「秋ちゃん、ほら……よく見てみて」
「え? おるこちゃん? 何を?」
河鹿薫子、江澤さんと卜部さんには聞こえないように細心の注意を払いつつ、彼女はボクの右耳に唇を寄せながら囁き掛けてきていた。
「秋ちゃん、ほら……トベちゃんの右手よ」
――って、改めて見てみてビックリだし!
「うっわぁ、うっわぁ……トベちゃんの右手がエザちゃんにエライことやらかしちゃってるみたいな……」
卜部さんは江澤さんの左胸に右手を当て、そして、卜部さんは江澤さんの胸を優しく愛撫しているのだった。
「トベちゃんは女の子だから、トベちゃんはエザちゃんが気持ち良くなれちゃうポイントが分かるのよ」
「うん、そんな感じだよね。だってさ、エザちゃんの顔、すっごく気持ち良さそうな顔になってるし」
「ねぇ? 秋ちゃん、あたしには?」
河鹿薫子、ボクの右手首を掴むと、彼女は彼女の左胸にボクの掌を触れさせた。
「って、おるこちゃん……こんなに豪華絢爛なステージ衣装のウェディングドレス、左胸の辺りだけ台無しにシワシワんなるよ」
「え? 秋ちゃん?」
「トベちゃんも、エザちゃんも、せっかくしてもらったメイクが崩れちゃったし! 心込めた渾身のドレスアップなのにシワシワにしちゃったら申し訳が立ちやしないよ!」
――なんていう、ボクの言葉を耳にするや否や……
キスに酔いしれていた卜部さんと江澤さん、二人して、
「ゑФゐヰ∀ヱθー!!」
なんて、日本語にという言語になっていない、まるで記号を羅列したかの様な、激しく意味不明な奇声を合唱して非常階段に響かせた。
「ねえ、秋ちゃん? 何を怒ってるの?」
河鹿薫子はボクの顔を不思議そうな表情を満開にして覗きこんでいる。
「は? おるこちゃん、ボクは怒ってなんかいないけど?」
「でも、秋ちゃんの顔ってば……あたし、もんのすんごく怒ってる顔に見えるんだもん」
「いや、だからさ、ボクは怒ってなんかいないよ。ただ、ボクは心配してるだけだし」
「え? 秋ちゃん?」
――ボクなんかに何が出来るかなんてたかが知れてるけど、でも……
卜部さんと江澤さんの女同士の密かな関係を垣間見た瞬間は驚き桃の木だった。
「でもさ、そんな中にあっても、さっきデンちゃんが見せていた……」
聞き分けの良い田頭久美子ちゃんらしくない様相が気がかりで仕方ないボクなのだった。
「え? 秋ちゃん?」
――いや、だってさ、デンちゃんのあんな駄々っ子みたいな姿、ボクは初めて見ちゃったし……
「そう、そうなんだよ。だってさ、いつも余裕かますかのようにシタリ顔してるキャラなのにさ……」
「って? 秋ちゃん?」
河鹿薫子に加え、ボクの断片的な独り言を聞いた卜部さんも江澤さんも不思議そうな表情になってしまった。
「みんな、ごめん。やっぱりさ、ボク、心配だから楽屋に戻るから……」
不思議そうに立ち尽くす三人を非常階段に残したまま、ボクは廊下を小走りして楽屋へと向かったのだった。
★
――「おでん様」とA4サイズの安っぽいコピー用紙にプリントアウトされてドアに貼り付けられている……
我がバンドおでんの楽屋前にボクは辿り着いた。
――中に居る皆々様に気づかれないように、そっと、そっと……
ボクは音も立てずに楽屋の出入口扉を開けて楽屋内へ忍び込むかのように入ってゆく。
「やったぁー! コレですがや、コレだがや! あたしゃ大満足だがや!」
――あれ? デンちゃんが歓喜の声を張り上げてるみたいな?
「っていうか、デンちゃん、メッチャ可愛いぃー!!」
「は? 浅間君の声?」
散歩に行くと言い残して退室していたはずで、そのまま楽屋内に戻って来ていないはずのボクの声を聞いた田頭久美子ちゃん、驚きふためいた声色でボクに向かって言葉を投げていた。
「断わりもなく、浅間君、あたしを見ぃーたぁーなぁー!?」
「ボクは驚いた。デンちゃんが初々しいデビューしたてのアイドルみたいに可愛いく化けたことに驚いた」
「こら! 朝間君はあたしが化けたとか言ったな? あはははは!!」
――良かったぁ! 取り越し苦労だったよ!
田頭久美子ちゃん、彼女は自分が望むメイクアップがなされ、自分の望みどおりのヘアメイクもなされた様子だった。
その証拠に、田頭久美子ちゃんは、とてつもなく、この上ない位にご機嫌な笑顔になっていたりする。
「っていうか、ボクの目の前に居るデンちゃん誰?」
「あはは! あたしを見た浅間君が支離滅裂になってる!」
「あ、間違えた。あんた誰?」
「あはは! 浅間君、律儀にボケ直さなくってイイがや」
「モード系炸裂のファッションモデルみたいなメイクにも驚いたボクだったけど、可愛い系アイドルみたいなデンちゃんも可愛くて素敵で惚れ惚れしちゃう位にイイね!」
「浅間君? それ、もしかして、あたしにプロポーズしてんのがや?」
「いやん! 秋ちゃんがデンにプロポーズかましちゃったの? 大変だわ! 重婚できる国に引っ越さなきゃだわ!」
――おるこちゃん、重婚できる国とか……何だ、そりゃ?
「っていうか、おるこちゃん? いつの間に?」
気がつけば、河鹿薫子、卜部さん、江澤さん、ちゃっかりと我がバンドおでんの楽屋に戻ってきていたのだった。
「この俺様の見立てによると、河鹿さんが主妻で、デンちゃんが副妻で、そゆ重婚ってヤツだな」
「って、エザちゃん的にはさ、おるこちゃんがボクの正室の本妻でさ、デンちゃんがボクの側室の妾って、そういう重婚どうのこうのって言いたいんだろうけど……」
「朝間君は、主食、主菜、副菜、バランス良く食べて健康維持してね。そして、夜伽デザートはエザちゃん? それとも、まさかのわたし?」
「あはは! トベちゃんは何て贅沢な夜伽食生活の提案なんだぎゃ!? というか、何というか、意外とトベちゃんも下ネタ得意なんだなや」
「あら、わたしはデンちゃんが下ネタの話をする方が意外かもしれないわ」
――あぁーあ、デンちゃんとトベちゃん、どんな話をかましてんだか……
「いやん! そんなことより、あたしなんて、トベちゃんが攻めで、エザちゃんが受けで……そっちのが意外だもん!」
「は? 薫子? 何の話をしてんだがや?」
「だってね、デン、あのね……あたし、てっきり、俺様なエザちゃんが攻めでね、お嬢様なトベちゃんが受けだと……モガモガ!! いやん!!」
――おるこちゃん、そこまで言いかけた所で……
河鹿薫子にその続きの発言をさせない様、卜部さんと江澤さんから力任せにサンドイッチされ、河鹿薫子は雁字搦めに卜部さんと江澤さんの二人から羽交い締めにされてしまう。
――あぁーあ、トベちゃんとエザちゃん、二人しておるこちゃんの口を大慌てしながら塞いでるし……
そんな支離滅裂にしてシドロモドロを繰り広げている我がバンドおでんのメンバー、すっかりバンド合戦の緊張から解き放たれていたのだった。
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