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あたしたちが「おでん」です。  作者: 千葉あんず
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第2話、Kiss Kiss Kiss


 そして、とてつもなく早くも、スコブルをも、シコタマ、呆気なく次の日の朝がやってきた。


 ――あぁーあ……今日もさ、懲りずに登校しちゃったボクだし……


 いつものように、あたかも恒例行事のように、情け容赦もなくクラスメイトたちからイジメを受けるはずのボクだったりする。


 ――それに加えてさ、河鹿薫子からもイジメを受けるはずのボクみたいな……


「そんなのなんて百も承知してるボクなんだけどさ……でも、登校拒否なんてのしてたら出席日数足りなくなって高校受験資格もらえなくなるし」


 ――世の中って理不尽だよね。進学するためにイジメられに来なきゃイケナイんだしさ……


「いやはや、しかしさぁ、ボクは毎日毎日イジメられちゃってるってのにさ……」


 ――良くもまぁ、登校拒否をやらかさないよね……


 なんて、我ながら感心するくらいの凄まじいイジメが待っている教室へ、ボクはうつ向き加減の姿勢で極力のこと音を立てない様に細心の注意を払いつつ、独り寂しく恐る恐ると入って行ったのだった。


 ――あれ? 誰もイジメに来ないや……


 そう、今日に限ってクラスメイトたちからのイジメが皆無だったりする。


「クラスメイトたちからイジメられないなんて不思議で堪らなかったりするボクみたいな……」


 ――それに、朝一番からボクをイジメるはずのドSでキツイ河鹿薫子からのイジメも皆無だし……


「ニッチもサッチも、どうにも、もはや、不思議どころか摩訶不思議の極致炸裂中みたいな?」


「あ! 浅間君だわ! おはよう、あたしの浅間君! えへ、あは」


「ああ、そっか。そんなんだからさ、今日は朝から雨が土砂降りになったんだね」


 ――だってさ、昔からさ、珍しいことが起きると雨降るみたいに言われてるし……


 そんな風にシミジミと思うくらい、毎日毎日、ボクにクラスメイトの先頭をきってイジメを与えていた河鹿薫子なのだった。


「いやん! おはよう、浅間君!」


 ――マジで? ホントの本当にさ、今日に限ってイジメをしようとしない河鹿薫子だし……まさか、これって、激鬼ヤバイ天変地異の前触れみたいな?


「いやん! おはようってば、浅間君ったら!」


 ――っていうか、色っぽい声色で『いやん』とかボクに向かって言ってるし……


「おはよう、おはよう! 浅間君、おはよう!」


 ――2年2組の教室に入り、ボクが自分の席に座った途端……


 晴れやかな笑顔を満面に現しつつ遠目にボクを見ていた河鹿薫子は、突進するイノシシよろしく、辺りに居るクラスメイトを蹴散らし掻き分けながら、ボクが座っている席までやって来たのだった。


 ――んで、『おはよう、おはよう』繰り返し言っててウルサイし……


「浅間君ったら、浅間君ってば! おはようったら、おはようってば!」


 ――ボクは、再三に渡って受けた数々のイジメから脳裏に刷り込まれた恐怖感、そのアレから繰り出される条件反射よろしく……


「あ・さ・ま・君、お・は・よ……うふふ、あは」


 ――そう、あたかも、パブロフの犬みたいな条件反射を炸裂させながら……


 河鹿薫子と目を合わせないようにしつつ、

「お……はよ……」

と、辛うじて彼女に聞こえるかなという小声で挨拶を返したのだった。


 ――だってさ、挨拶を返さなかったっていうツマンナイ理由で、またまたイジメが再開したら嫌だし……


 なんていう心理状態に陥っているボクだったが、ボクは河鹿薫子の口から予想外な囁きを聴かされてしまう。


「アキチャン……」


 ――は? アキチャン? えっと……


「ねえ? アキチャン、アキチャン、アキチャンったら!」


 ――えっと? え? アキチャンって何だっけ?


「ねぇ、ねぇ……秋ちゃん?」


 ――アンビリバボぉー!! 『秋ちゃん』ってボクの名前だし!!


 河鹿薫子は何をトチ狂ったのか、ボクの名字ではなく、馴れ馴れしくボクのファーストネームをほざいているのだった。


「ねぇ、ねぇ……秋ちゃん? 秋ちゃん? ねぇ、ねぇ?」


 ――うつむくように顔を下に向けていたボクだったんだけどさ……


 河鹿薫子からの四度目の呼びかけに、ボクは思わず彼女の顔をチラっと見てしまった。


 ――えぇー!? うそ!? 何で泣いてるの!?


「うぅ……秋ちゃん、秋ちゃん……あたし、あたし……」


 ――何で? どうして泣いちゃうの? ボク、何も悪いことしてないのに……


 なぜだか全く分からないが、河鹿薫子の瞳には涙が溢れんばかりに湧き出している。


「秋ちゃん、秋ちゃん……あたし、あたしね……」


 そして、とうとう一筋の雫となって彼女の頬を涙が流れ落ちて行ったのだった。


 ――泣いちゃイヤだ! 涙の辛さ、ボクは誰よりも知ってるから……哀し涙なんて毎日のようにボクは流して、その辛さ、誰よりも知ってるから……


「ねえ……薫子ちゃん?」


「え? 秋ちゃん?」


 ――彼女の涙を見た途端、なぜだか、反射的に有り得ない行動を始めてしまったボクみたいな……


 そう、誰が見ても根暗で引っ込み思案のボクには有り得ない大胆な行動を。


 ――泣いてる、大変だ! 河鹿さんを……哀しい涙を流してる薫子ちゃんを何とかしてあげなくちゃ!


 気がつくと、何の予告もなくして、何の欲得もなく、ボクは河鹿薫子の右手を握りしめていた。


「あっ! いやん! 秋ちゃん? 急に、なに何ナニ?」


 ――河鹿薫子の言葉なんて耳に入っていないボクは……


 とにもかくにも、彼女を強引に引っ張りながら、まるで我が国お得意の、『打ち上げ花火的お粗末な、国家予算無駄遣い国産ロケット』の様相で廊下へ向かって走り出してしまったのだった。


「あ……秋ちゃん? どこに行くの?」


「そりゃ、もちろん、屋上だし」


 ボクたち二人は一目散に階段を駆け上っている。


 ――そして、階段を上り切り屋上へと辿り着いたボクたち二人なんだけど……


「秋ちゃん? 屋上は出入り禁止なのに……」


 ――そう、過去に屋上から転落した生徒がいてさ……


 その転落事故以来、絶対に屋上は出入り禁止で、屋上に居るのを見つかったなら即罰則という、かなり厳しい校則が追加されていたのだった。


 ――でもさ、出入り禁止だから誰も居なくて内緒ばなしに好都合なんじゃん……


「秋ちゃん……あんなに激しく降ってた雨……いつの間にか止んだわね」


 河鹿薫子は、息を切らしながら、晴れ間が見え隠れする千切れ雲だらけの空を、まるで彼女自身の間を持たせるかの様に見上げている。



「……おるこちゃん」


「え? 秋ちゃん? おるこちゃんって?」


 ――いや、あの……『おるこちゃん』じゃなくってさ、ボクは「薫子ちゃん」と言っているんだけど……


 何がどうしてしまったのか、河鹿薫子には『おるこちゃん』としか聞こえないらしい。


「あたし、秋ちゃんのソレ嬉しいかも。秋ちゃんがあたしを『おるこちゃん』って呼ぶの、とっても嬉しいみたいな」


 ――あれ? 何だかさ、「おるこちゃん」って呼ばれるのを気に入っちゃったみたいな? んじゃ、もう、「おるこちゃん」でイイや……


「おるこちゃん? 何で急に泣いちゃったの?」


「いやん、うふふ……秋ちゃんったら秋ちゃん……」


「あの? え? おるこちゃん?」


 ――河鹿薫子は、ボクの話を聞いていないのか、何なのか……


 なぜだか解らないが、彼女はボクの名前を連呼しつつ、照れくさそうに真っ赤な顔をしながらボクを見つめてくれている。


「うふふ、あはは……秋ちゃん、秋ちゃん、秋ちゃん……」


「いや、だから、あの、えっと……おるこちゃん?」


「うふふ……やっぱり、秋ちゃんの『おるこちゃん』って気持ちイイわ」


「え? 気持ちイイって、意味ワカンナイんだけど……」


「秋ちゃんが、まさか……あたしを名前で呼んでくれるなんて、嬉しいし、気持ちイイし」


「えっと? ボク、何だかさ、ちっとも解せないんだけど……」


「あたしに対する秋ちゃんだけの特別な呼び名みたいで、うふふ……だから、『おるこちゃん』って、何だか、あたし、嬉しいもん」


「えっと? 良く解んないけど……でもさ、良く分かった気はするよ」


「秋ちゃん……うふふ、秋ちゃん、秋ちゃん、秋ちゃん……」


 ――ってかさ、そっちこそ、親の仇みたいにボクをイジメてたくせに……


「えっと、あの……どうしてさ、今日はボクをイジメないの?」


 ――まさかボクを『秋ちゃん』なんて馴れ馴れしく呼ぶとは夢にも思わなかったし……


「あのね、あのね……あたし、秋ちゃんを二度とイジメたりしないし……これからはあたしが秋ちゃんを守ってあげたいの」


 ――は? イジメない? 守ってあげたい?


「でね、あたし、秋ちゃんから守られたいの」


 ――へ? 守られたい? 相変わらず意味ワカンナイや……


「でもさ、あんなに毎日イジメまくったくせに?」


「だって、あたし……」


「腑抜けの根性無しなら登校拒否マッシグラなくらいにイジメまくったくせに? どうして急に? 腹立つくらいに全然意味ワカンナイし……オカシくない? 昨日の今日だよ? そんなにご都合主義みたいに掌ひっくり返しちゃってさ」


「だから、あたし、秋ちゃんのこと……」


「昨日の今日でさ、どうして急に豹変ブチかましちゃったの?」


「だって、だって!! あたし、秋ちゃんを好きになっちゃったから……」


 ――毎日毎日、意味不明な酷いイジメでボクを胃潰瘍にしたくせに!! 十二指腸潰瘍だって併発させられちゃったってのに!!


「信じて、お願い!! 信じて!! 大好きになっちゃったの!! 好きで好きで、大好きになっちゃって、秋ちゃんをあたし……」


「信じてって、はい? 長い間さ、好き放題、さんざんイジメにイジメまくったくせに? ボクは何を信じたらイイの?」


 ――腑抜けの根性無しならさ、間違いなく引きこもりだってやりかねない位の激しく醜いイジメをやらかしたくらいに!!


 ボクは急に腹が立ち、思わず歯を食い縛りながら河鹿薫子を睨みつけてしまっていた。


 そして、わざと冷たい口調で彼女に言葉をぶつけてしまったのだった。


「何だか知らないけどさ、急に好きとか言われてもさ……」


「え? 秋ちゃん?」


「ひとっつも、微塵もさ、解せやしないし」


「あ……うん、そうよね。もし、あたしが秋ちゃん……浅間君の立場だったら、あたし、きっと同じこと言ってるはずかもだもん」


 ――ボクは怒りに任せて、気が弱いボクにしては大胆で強気の質問を浴びせちゃってるし……


「いきなりさ、好きになったから気持ちを受け入れてくれって……そもそも、それってさ、百歩譲っても無理な話なんじゃないの?」


「でも、でも、あのね、あたし気づいちゃったんだもん」


 河鹿薫子はボクから目を反らしうつ向きながら、

「秋ちゃんを、あたし……今は浅間君を独り占めしたくてたまらなくなっちゃったんだもん」

なんて、勝手極まりないことを囁く様に言ってくれているが、相変わらず彼女の抱いている真意が霞みがかって見えないボクだった。


「っていうかさ……もう、ボクをイジメたりしないの?」


「あ、あの……気が済むまで、浅間君の気が晴れるまで、あたしをイジメてください」


「はい? 意味ワカンナイし」


「浅間君があたしを許せるまでイジメてください。朝間君が許せるまで、浅間君からイジメられる覚悟決めてるから……だから、あたしをイジメて、イジメて……でね、あたしを許せたなら、あたしを愛してください」


「えっと……っていうか、『愛してください』とか、えぇー!?」


 それは、初めて見てしまった、類い稀なる程に気が強い河鹿薫子のしおらしい姿と、今までボクに見せていた彼女には有り得ない程に弱々しい姿だった。


 ――えぇー!? 嘘でしょ!? 守ってあげなきゃ壊れちゃいそうな河鹿薫子炸裂中だし!! ボク的にメチャクチャ信じられない話だけど……でも、憎み嫌ってた河鹿薫子が……今のボクにはさ、おるこちゃんが、シコタマのこと、スコブル可愛く見えてきちゃったし……


「ああーもう、参っちゃったなぁ……あのさ、秋ちゃんでイイよ」


「え? 浅間君?」


「ボクのことを秋ちゃんって呼びたいならさ、全然遠慮なんてしなくてイイよ」


「嘘うそウソ!? あたし、有り得ないくらい嬉しい!! 秋ちゃん、秋ちゃん、秋ちゃん!! 嬉しい、嬉しい、嬉しい!!」


「んでさ、ボクは河鹿さんを……おるこちゃんって呼ぶけど……イイ?」


「いやん!! あたし、メッチャ嬉しい!! もちろん、大歓迎だもん!!」


 突然、河鹿薫子はボクにしがみつくように抱きついてきた。


 ――えぇー!? アンビリバボぉー!! 生まれて初めて女子から抱きつかれちゃったし、ニッチもサッチも、どうにも、驚き桃の木のビックリ炸裂ちゃんだし!!


「秋ちゃん、秋ちゃん、秋ちゃん……あたし、嬉しい、嬉しい、嬉しい……」


 抱きつく河鹿薫子の顔はボクの胸の辺りにあり、彼女は意外と背が低いということにボクは初めて気づいていたりする。


 ――なんて個人的な感想はオイトイテ……ボク、何だかおるこちゃんをボクだけのおるこちゃんにしたくなってきちゃったみたいな……


「おるこちゃん、あのさ……」


「え? 秋ちゃん、なぁーに?」


 ――ボクは河鹿薫子のポニーテールを右手で掴んで強引に下へと引き、彼女の顔を無理矢理に上へ向かせるや否や……


 無言のまま彼女の唇にボクの唇を軽く触れさせた。


「秋ちゃん!? あ!! あん……ん……」


 河鹿薫子は驚いた様な声を一瞬あげたが、次の瞬間にはボクの唇を歓迎するかのように受けてくれていた。


 ――うーわ、どうしよう!! まさかキスしちゃうなんて!! ボク的に有り得ないことやらかしちゃってるし!!


 そして、唇を触れさせるだけの幼くぎこちないキスが終わると、ボクは河鹿薫子の耳元で静かに呟いた。


「もう、おるこちゃんの本気には負けちゃったから……ボクさ、おるこちゃんがして欲しがってた、あの返事を……昨日の告白の返事をさ、ボク的に解り易くしてみたんだけど……」


「うん、秋ちゃん。とっても解り易くて素敵な返事だし。あたし、嬉しいし……でも、勝ち負けとかじゃないし……」


 結局、訳が解らないまま、河鹿薫子の想いを受け入れてしまったボクなのだった。


 ――いや、でもさ……未だにイマイチ訳ワカンナイけど、でも、ボクは秘密裏に嬉しいかも……


 実は、小学校高学年の頃からイジメられっ子になっていたボクだったりする。


 ボクの家庭が母子家庭であることと、貧乏あばら家に住んでいること、たったのそれだけが原因で激しくイジメられていたのだった。


 ――そんなイジメられっこのボクを本気で好きだって言ってくれる河鹿薫子に、ボクは何年振りかというくらい久しぶりに感激というか、感動というか……


 色々と嬉しい感情が混ざった幸福感を抱かずにはいられなかった。


「秋ちゃんって、ビックリしちゃう位に、激バリ鬼凄く強引で素敵だわ」


「え? ボクがゴーインで素敵って?」


「だって、だって、だって、あたしの髪を掴んで強引にキスとかするし……あたし、強引で気持ちイイ秋ちゃんにメチャクチャ感動とかしたし」


「ごめんなさい。ボクみたいなヤツからキスとか……嫌だったよね?」


「いやん! ごめんなさいなんて言わないで! あたし、メッチャ嬉しいし……秋ちゃんからのキスが嫌だなんて、マジ鬼ウルトラ有り得ないもん!! だって、秋ちゃんのこと好きだもん! 好きなの! 大好きなんだもん!!」


 相変わらず河鹿薫子はボクにしがみついたまま、か細い腕に渾身の力を込めつつ、彼女は自身の顔をボクの胸に埋めている。


 と、その時、屋上の給水タンク脇にあるラッパ型のスピーカーからチャイムの音が不意に鳴り響いた。


「あ、予鈴が鳴ったし……おるこちゃん、教室に戻ろうよ」


「うん、秋ちゃん。朝のショートホームルーム始まるし」


 ボクは際限なく湧き出してきている想いを込め、さっきまでは憎たらしくて仕方なかったのに、今では愛しくてたまらなくなっている河鹿薫子の手を『ぎゅ』っと握りしめる。


「いやん……秋ちゃんの手、とっても温かいし」


「おるこちゃんの手だって、とっても温かいよ」


 そして、寄り添いながら二人でゆっくりと階段を下りて行ったのだった。



 ――ゆっくりと階段を下り切ったボクとおるこちゃん……


 ボクたち二人は寄り添い合って手を繋いだまま一瞬だけ見つめ合うと、二人して夢心地に包まれつつ、ゆっくりと2年2組の教室へ入って行こうとしていた。


 ――ああ、すっごく不思議でたまらない。だってさ、こんな有り様の二人なのにさ、全然恥ずかしいって思わないんだよ。逆にさ、クラス全員に見せびらかしたい気持ちになっちゃってるボクだし……


 そして、ボクと河鹿薫子、教室に入るや否や、

「やったぁー!! おめでとう!!」

なんて、クラスメイトたちから、全く予想外の拍手喝采をされてしまい、ボクは意図せず面喰らうしかない羽目に陥ってしまったのだった。


 ――え? 何だ、コリャ!? 昨日の今日で、クラスメイト達のボクに対するさ、この豹変ぶりって何なんだ!?


 ボクは、今までのクラスメイト全員からのイジメ三昧の仕打から、この有り得ない突然の豹変ぶりに、どうしても憤慨をせずにはいられなかった。


 ――っていうか、あれ? おるこちゃん?


 そんな有り様の中、突然に河鹿薫子は、カリスマ性が有り余る彼女特有の迫力満点なオーラを放ちつつ、彼女は教室内に居るクラスメイトの全員を見渡しながら、まだ担任の教師が来ていない教壇に向かって歩いて行ってしまったのだった。


「みんな、ちょっと聞いて!!」


 ――え? おるこちゃん、いきなり怒鳴っちゃってるし……


 河鹿薫子は黒板を背にしながら教卓を蹴散らかす勢いでクラスメイト達の面前に仁王立ちしている。


 ――うわ……前々から何度も見て知ってるけど……今、たった今もさ、その凄い迫力かましまくりなおるこちゃんだし……


 河鹿薫子は教室に居るクラスメイト全員に向かって、

「今日から浅間君はあたしのだから!! 浅間君にイジメとかしたら、あたし、絶対に許さないし!!」

なんて、教室の窓ガラスが共振しそうなくらいに大きな声で怒鳴り散らしたのだった。


 ――えぇー!? お馴染みの迫力をブチかましながらさ……おるこちゃん、ボクのことを『あたしのだから』とか断言しちゃってるし!!


「みんなイイ!? あたしの秋ちゃんなのよ!! おるこの秋!! あたしの自慢の秋ちゃんなのよ!! おるこの秋!! おるこの秋なんだから!! そこんトコ周知徹底してくんなきゃなんだから!!」


「うわぁー! 河鹿さん、恋愛成就、おめでとう!」


「河鹿さんのラブラブ! もち、祝福するし、応援するから!」


「っていうか、河鹿さんの彼氏にさぁ、イジメとかできるわけないじゃん!」


「だよな、だよな。まだまだ死にたくねぇーしな!」


「そうそう! ホント、アイドル河鹿薫子ファンの皆さんから殺されたくないしぃー!」


 ――えっと……え? 何これ? どうなってんの?


「隠れアイドルの浅間君、全校生徒のアイドル河鹿さんとラブラブおめでとう!!」


 ――クラスメイト全員、みんな、昨日までのボクを見る冷たい視線なんて皆無っていうか……


「浅間君、今までイジメとかゴメンなさい!」


 ――みぃーんなさ、シコタマのこと、スコブルをも、ビックリするくらいに温かい目でボクを見ちゃってるし……


「あたしも応援する! 浅間君から許してもらえるまで、メッチャ二人を応援しちゃうから。ホントだから」


 ――え? えぇー!? 何で? どうして?


 ボクには全然意味は解らないが、何だか一種異様な勢いで、クラスメイトの全員が勝手に盛り上がっていたりする。


 ――えっと、あの……はあー? 何がどうなってんの!?


「っていうか、ああ、そっか……よくよく考えたらさ、クラスメイトの反応は当たり前な話なのかもしれないや」


 クラスメイトの全員から拍手喝采を浴びつつ、まだ教卓で仁王立ちしている河鹿薫子、

「みんな、分かってくれて、ありがとう!! あたし、とっても嬉しいし、とっても幸せいっぱいだわ!!」

なんて、クラスメイト全員の反応を見渡しながら、彼女はご満悦の笑顔で、再びクラスメイト全員に向けて大声を張り上げたのだった。


 ――何で当たり前かって言うとさ、おるこちゃんはクラスメイト全員のアイドルだし……


 しかも、この河鹿薫子、彼女を一目でも見たなら、実は、その誰しもが驚く程に絶世の美少女だったりする。


 ――しかもさ、おるこちゃんの明朗活発で実直な性格も、おるこちゃんの容姿に勝るとも劣らないくらいにメチャクチャ魅力的で魅惑的とか……


「おるこちゃんを知る人々は皆、まるで口を合わせたがごとくに雁首を揃えて言ってるし」


 ――いやはや、何を隠そう、その河鹿薫子のカリスマ性が炸裂した魅力たるや……


 クラスメイト全員どころか、我が校の全校生徒が彼女をアイドル扱いしてしまっている凄まじさだったりもする。


 ――そんなおるこちゃんだからさ、我が校のアイドルだと、我が校の全校生徒の誰もが認めちゃってる位に……


「シコタマのこと、スコブルをも、この上なく激しい神憑り炸裂なアイドルっぷりだったりするみたいな」


 さらに加えて、河鹿薫子は演劇部の部長であり、演劇関係の大会だか何だかで、彼女の演技たるや、我が県内はおろか、関東一円の演劇関係者たちから絶賛を独り占めにするくらいの才能を持っていたりもするとか。


 ――言うなればさ、将来は天才的な大女優になるだろうという折り紙付きの、その関係業界の有名人というオマケ付きっていう、もう、とんでもない位のアイドルっぷりだったりもするおるこちゃんみたいな……


「いやはや、まだ13歳の中学2年生だってのにさ、劇団とか芸能プロダクションとか、おるこちゃんを青田買いに来ることシバシバだし」


 気がつけば、まだまだ拍手喝采が続いている我がクラスの教室内で、スタンディングオベーションをしているクラスメイトの全ては、相も変わらずカリスマ的な迫力を炸裂させながら教壇に仁王立ちする河鹿薫子に釘付けになっている。


 ――でも、まあ……演劇とかする人として、おるこちゃん、残念ながら背は低いんだよね。さっきさ、屋上で気づいちゃった背の低さだし……


 ちなみに、ボクの身長は170センチにやっと辿り着いた程度だったりする。


 ――さっき屋上でおるこちゃんがボクに抱きついてきた時にさ、おるこちゃんの顔、ボクの胸の辺りにあったんだけど……


「そのことからさ、ボクの彼女の身長、おるこちゃんの身長、ザックリ概算で見積もってさ……」


 まあ、大体155センチもあれば良い程度かなという気がしているボクだったりする。


 ――でも、だけどさ……おるこちゃんってメチャクチャ美少女だし、有り得ない位に華奢だし……おまけにさ、ビックリしちゃうくらいに胸でかいし……


 そう、背は低いが、そのスタイルは中学生離れしている河鹿薫子だったりする。


 ――顔は小さくて、手足も小さくて、だから着痩せして見えるし……脚は細く長く、ウエストなんて内臓が入っていないみたいに華奢で……


「石にでもツマづいて転んだなら折れそうなくらいに、着痩せどころか、スコブル、シコタマ華奢極まることこの上ないおるこちゃん」


 ――もうこれ以上は痩せられないってなくらいにスレンダーなくせに、訳ワカンナイんだけど、なぜか、河鹿薫子の胸ってばさ……


 いやはや、彼女のバストは、彼女の図々しく有り余る態度よりも遥かに大きかったりするから笑えたりする。


 ――もう、アレなんだよ、おるこちゃんの胸ってさ、ボクの両手で……


「いやん……秋ちゃんったら……」


「え? おるこちゃん?」


 ――片方のおっぱいをボクの両手で包まないとハミ出しちゃいそうなアレだし……


「いやん! あたしの胸元とか、そんなに見つめたりしたら……あたし、ハズイから!」


 ――うーわ! しまった! クラスメイト全員が注目してるシチュエーションの中だっていうのに……


「ご! ゴメン、おるこちゃん!」


 ――無意識におるこちゃんの胸を見つめちゃってたボクだし! 男の煩悩丸だしで超ハズイし!!


「でも、あたしの秋ちゃんなら、うふふ……大好きな秋ちゃんなら、あたし……秋ちゃんからなら……」


「へ? はい?」


「あたしの胸とか色々触って欲しいかなぁーみたいな……」


「お、お? お、お?」


「あ、いやん!! いやん!!」


「お、お、おおお? おるこちゃん?」


「あたしってば、メッチャ恥ずかしいこと言っちゃったし!! 秋ちゃん、今の無し無し!!」


 ――うーわ! おるこちゃんの照れ隠しのモジモジした仕草、激鬼バリ、シコタマのこと、スコブルも、メチャクチャ可愛いし!


「もう、秋ちゃんってば……そんなに見つめたりしたら、あたし、ハズイってばぁ……」



 ――と、その時……っていうか、あっちゃぁー!


 いつも通りの威勢の良い声を張り上げながら、

「おい、こら! お前ら何やってんだ? ほら、早く席に着け! モタモタしてるとデコピンだぞ!!」

なんて、ズカズカとドカドカと、我がクラスの担任が教室にやってきてしまったのだった。


「うーわ、クラスメイト全員、大慌てで自分の席に駆け込み座りしちゃってるし」


 ――もちろん、ボクも自分の席に駆け込み座りをやらかしているなんてことは楽屋ばなしみたいな……


「あぁーあ、スコブルのこと、シコタマ美少女でメチャクチャ可愛くて、有り得ない位にセクシーなおるこちゃんを……」


 ――あぁーあ……ボクはさ、もっと、もっと見つめていたかったんだけど……


 ちなみに、我がクラス担任の名は三浦弘志といい、彼のニックネームはガンジーだったりする。

 ――でも、やっとクラスが平穏無事に静かになってさ、ボクはホっとしちゃったかもだよ……


「そのガンジー先生がホームルームを始めたため、おるこちゃんとボクを餌にしながら異様に盛り上がったクラス内の落ち着かない空気、そんな居心地の悪い空気から解放されて安堵したボクだ……なんてのは内緒ばなしだよ」



 そんな中、突拍子もなく、河鹿薫子は、

「はい、はい、はい!! ガンジー先生、ガンジー先生!! 席替えをやりましょう!! 今すぐ、席替えをやりましょう!!」

と、我らが担任のガンジーに向かって大きな声で発言をしたのだった。


 ――そして、河鹿薫子の発言が終わるや否や、ガンジーの発言を待たずに、ウチのクラスメイト達、そのほとんどが……


「席替え、賛成ぇーでぇーす!」


 ――なんて、賛同の歓声を教室中に響かせていたりしたりして……


「あ? 席替えか? お前ら、何でイキナリ席替えなんだ?」


 ――ありゃま……ガンジーせんせ、『なぜ今席替したいんだか意味ワカラン』って言いたげなハテナ顔になっちゃってさ、何だか首を傾げ始めちゃったし……


「うーん……久しぶりだから、まあ、今席替えするのもイイかもな。幸いにして、ウチのクラスの一時間目は裁量の時間だしな」


 ――え? ガンジーせんせ、急にニコヤカで屈託ない笑顔になったし……


「まあ、そうだなぁ……たまには席替えでもしてみるか?」


 ――おやおや、アッサリと席替え提案を快諾しちゃったし……


「ばんざぁーい!! やったぁー!!」


 ――って、おいおい……クラス全員が万歳するような話なのかいな、これってばさ?


 再び異様に盛り上がるクラスメイトたちを、基本的に根暗なボクは、何となく冷ややかに見てしまっていた。


 ――ちなみにね、今しがたガンジーが言った裁量の時間っていうのは……


 ある特定の教科を学ばされる時間枠とは違い、いわゆる、ゆとり教育なんて呼ばれていたアレの後遺症的な、時間割に何の教科も配置できなかった空白の時間枠のことだったりする。


 ――その空白の時間枠に『無理矢理ハメコミ合成されたロングホームルーム』みたいなモノ、それをね、『裁量の時間』なんて呼んだりしている我が中学校みたいなアレなんだよ……


 さらにちなむと、この裁量の時間、これは担任の裁量で自由に使える時間だったりもする。


 ――というわけでさ、学級委員長と副委員長と、それに書記達がセッセとね、席替え用に即席の三角クジを作ったんだけど……


 その出来上がった三角クジは、ボクたちの教室の片隅に何となく在った、スコブル適当な菓子折の様相をした紙製の箱にゴソっと入れられたのだった。


 ――んでね、一人ずつクジ引きをして、引いたクジに書いてある席へ席替えをするみたいな……


 そう、いかにも在りがちな方法での席替えが始まったのだった。



 ――よっしゃ! 一番後ろの席ゲット! しかもさ、窓際ゲットだし!


 ボクはクジで、ある意味、とても素晴らしく絶好のポジションである席を引き当てていた。


 ――ちなみにさ、ウチのクラスってさ、学級委員達が雑用係にされちゃうクラスでさ……


「ねぇ、ねぇ、秋ちゃん? どこ何処ドコ?」


 ――メンドクサイことは全て学級委員達にやらせとけみたいなクラスなんだよ……


「へ? おるこちゃん?」


「ねぇ、ねぇ、どの席のクジ引き当てたの?」


「あっ! ちょっと、おるこちゃん……」


「んもう!! 早く見せてってば!!」


「うーわ! おるこちゃん! いきなり何すんのさ!」


 河鹿薫子、ボクが引いて手に持つクジを強引に奪い取ると、彼女はそのクジに書かれた新しいボクの席の位置を手早く確認している様子だった。


 そして、確認するや否や、何の脈絡もなく、

「窓際の一番後ろの席、その右隣の席!!」

と、腹式呼吸ヨロシク、いきなり声を張り上げて叫んだ河鹿薫子なのだった。


 ――っていうかさ、全然、全く、少しも、ちっとも、おるこちゃん……意味ワカンナイ叫びかましてるし……


 そんな最中、大雑把なくせに細かいことに喧しい担任ガンジーの目を盗みつつ、抜き足差し足よろしく、クラスメイトの女子の一人が河鹿薫子に歩み寄って来た。


「河鹿さん……はい、コレあげるから」


「いやん! 嬉しいし! あたしのワガママ利いてくれちゃって、マジありがとう!」


 ――ありゃ? 何だか知らないけど、おるこちゃんとその女子、コソコソお互いのクジをトレードし合っている様子みたいな?


「うーん……よしよし、全員クジを引いたな? それじゃ、荷物をまとめてサッサと引いたクジの席に移動しろ。俺は、まあ、ちょっとトイレだ……いやぁー、すまん。今朝は早朝から腹がちょっとドロドロでな……」


 なんていう、我が担任ガンジーの間抜けで臭いそうな号令と共に、ソソクサと、クラス全体がゲルマン民族大移動みたいな様相になる。


 ――そんな混沌とした有り様の雑踏を掻き分け掻き分け……


 河鹿薫子は顔を真っ赤に染めながら、

「うふふ……あたし、偶然に秋ちゃんの隣の席になっちゃった」

なんて言いつつ、机の中身を雑然と押し込んだ鞄を抱きかかえてボクの右隣の席にやって来たのだった。


「あれれ? おるこちゃん、必然だね……」


「え? 秋ちゃん?」


「じゃなくて、えっと、あの……ああ、そうだ。おるこちゃん、奇遇だね」


 ――なんてさ、とりあえず、ボクはおるこちゃんにさ、もう、仕方なく話を合わせてあげてるみたいな……


「えへへ……あたし、偶然に秋ちゃんの隣の席になっちゃったわ……うふふ、ホント奇遇よね」


 ――ああ、なるほど。さっきのトレード、このためだったのか。っていうか、奇遇を装おう必然あらかさまみたいなアレみたいな……


 河鹿薫子から顔をそむけ、窓の外を見ながら、溜め息混じりに肉食系女子の荒業に対し、もう、ボクは呆れた顔をせざるを得なかった。


 ――なんていうことは内緒ばなしなんだけどさ……



「うふふ……あはは、えへ……」


 ――え? おるこちゃんが、何だか知らないけど、ボクの隣の席で愉しそうに笑ってるみたいな?


 窓の外を眺めていたボク、振り返って河鹿薫子の顔を見れば、彼女は上目使いで嬉しそうにボクを見つめながら微笑んでいる。


 ――あっ! 予期せずビックリだよ! おるこちゃんの上目使いの笑顔って……


「あら? 秋ちゃん?」


 ――うわぁ……何て、なんて、なぁーんて仕草も雰囲気も可愛いんだろう!! っていうか、おるこちゃん、間近で顔を見たらさ、マジ絶世の美少女だし!


「あらら? 急にあたしをボぉーっと見つめたりして、どうしたの?」


 河鹿薫子は首を右に傾げながら、やはり上目使いで照れくさそうにボクへ囁いた。


「うわぁー、うわぁー、うーわ……おるこちゃん、メッチャ、メッチャ、バリ鬼メチャ可愛いし……」


「え? え? 秋ちゃん?」


 ――昨日まで心底のこと憎たらしかった河鹿薫子が……


「今は、今の今、この瞬間には有り得ない位に可愛いくて愛しく見えるみたいな……」


 ――そんな、とてつもなくも限りなく、ボク自身がビックリする位に激変かました不思議な心理状態の中……


 ボクは無邪気に、屈託もなく、素直に彼女へ魅せられ始めてしまっていたのだった。


 ――ホントは、おるこちゃんって、こぉーんなに愛らしい性格した女の子だったんだ。知らなかった、気づかなかった。っていうか、今気づいちゃったよ……


「正直に言って、ぶっちゃけ赤裸々に言って、あのさ……あのね、おるこちゃん、バリ鬼マジ可愛い……愛しくて愛らしぃー!!」


「いやん、秋ちゃん、あたし嬉しい!」


「おるこちゃん、メチャすごく、マジ、すっごく可愛いよ」


 ――せっかく美少女なのに性格ブスだって思ってたのはボクの勘違いだったみたいな……


「うぅ……秋ちゃん、あたし……嬉しいし……嬉しいもん」


「うーわっ! おるこちゃん、いきなり泣きださないでよ!」


「あたし、秋ちゃん大好き! 秋ちゃん大好き! 秋ちゃん大好き!」


「え? ちょっと待って! ヤバイって!! クラス全員見てるし……」


「いやん、いやん、いやん!! 秋ちゃんってば、早く目を閉じてくれなきゃ間に合わないから……」


「うーわ! うーわ! うーわ! 間に合わないとか意味ワカンナイし!!」


「いやん!! だって、だってぇ……秋ちゃん、早く目を閉じてくれないと……」


「うーわ!! うーわ!! めめめ、目を閉じないと?」


「あたし、秋ちゃんと目を開けたままキスになっちゃうもん……」


 ――アンビリバボぉー!! そんなキスなんて、シコタマのこと、スコブルもエッチぃーし!!


「早く、早く……秋ちゃん、早く目を閉じてくれないと間に合わなくなっちゃう」


「っていうか、おるこちゃんダメだって!」


「んもう、どうしてダメなの?」


「だから、ほら、ほら、ほら……クラス全員、みぃーんなコッチ見てるし!」


「嫌だもん! 今したいの! 今すぐに……」


 ジタバタ暴れるボクの顔を両手でガシっと掴むと、いつもながらに強引極まりない河鹿薫子は黙って目を閉じた。


 そして、彼女は艶やかな唇を妖しく半開きにしつつ、とてもとても激しくボクの唇へ彼女の唇を這わせ始めてしまったのだった。


「ん! んーんー!」


 口を塞がれたボクは呆然半ばに意味不明な声を上げるしかなかった。


 担任不在の教室内で、ボクは河鹿薫子から、クラスメイト全員が見ているシチュエーションの中、不意に激しくキスをされてしまっている。


「いやぁーん! うらやましい!」


「きゃあ、素敵ぃー!」


「将来、必ず結婚しろよ!」


「幸せになってねぇー!」


 ――なんていう、クラスメイトたちの声が飛び交う中……


 河鹿薫子はボクにしがみつき、長い長いキスを、しかも、ディープなキスをかましてくれている。


 ――えぇー? おるこちゃんの舌がボクの中に?


 河鹿薫子の舌はボクの口の中で舞い踊るかのように、とても甘く、とても心地良い愛撫を奏で始めてくれてしまっていた。


 ――なぜ? どうして? 昨日までクラス全員からイジメ三昧を受けていたボクが、全校生徒のアイドル河鹿薫子から、こんなに激しくて熱いベーゼを?


 どんなに考えようとも、もちろん、ボクには皆目見当もつかない空気の流れだった。


 そう、ボクに全く心当たりの無い理由で生徒指導室に呼び出されるまでは。


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