第19話、おでん炸裂まりんぱライブ
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「こんばんは! あたしたちがおでんです!」
――っていう、おるこちゃんの決まり文句で始まった……
我がバンドおでんのまりんぱ食品忘年会ライブ本番だった。
「きゃあー! お姫様薫子ちゃぁーん! 可愛いぃー!」
「ウェディングドレス薫子ちゃん! 最高ぉー!」
ステージの目の前では河鹿薫子ファンの女の子たちや男の子たちが並んで歓声を上げてくれている。
「浅間秋ちゃん、ステージ前にあったテーブルや椅子、撤収して正解でしたね。ステージ間際で踊るように若い皆さんが歓声を上げて盛り上げてくれていますし」
「サツキさん、我がバンドおでんのライブ、ステージ間際のS席は立席が常日頃なんですよ。熱烈おでんファンの皆さん達が立ち上がって、ステージ上のおるこちゃんと一緒に唄ったり踊ったりが常日頃のステージ間際の姿なんです」
――なんて、サツキさんとボク、ライブ本番を客観的に観ていたりして……
そう、今ボクはライブ本番中のステージには居らず、佐月ヤヨイさんと一緒におでんの控え室である楽屋に居たりする。
「次の曲は……陽のあたる場所です! 聴いてくださいね!」
その曲は河鹿薫子が最も得意としている、いわゆる十八番な曲で、河鹿薫子ファンの皆様方から一番人気を得ている曲だったりする。
「しかし、それにしても、何と素晴らしい大盛況なんでしょう……浅間秋ちゃん、このライブ、すっごい盛り上がってますね」
「うん、サツキさん……こんなに盛り上がるとは思ってなかったからビックリですよ」
――これは忘年会幹事をするボクの母さんから聞かされて知った話なんだけど……
まりんぱ食品の忘年会、従業員だけでなく、従業員の家族も、その家族の知り合いや友人なども、従業員と同伴して来場したなら、いわゆる顔パスという扱いになり入場OKだったりする。
――そんなんだからさ、我がバンドおでんのライブの常連さんは居るし、我が南習志野中学校に通う生徒達も数多く居たりして、それぞれが黄色い声を張り上げては盛り上げてくれてるみたいな……
ちなみに、佐月ヤヨイさんとボク、今は楽屋にある大画面の液晶モニターでライブ会場のリアルタイム映像を観ていたりする。
――中井川さんが仕込んでくれた業務用の高性能3CCDカメラ……
ちなみに、ちなむと、中井川さんはステージから30メートルほど離れた場所に会場音響をコントロールする機材を並べて陣取っている。
――撮影するにはさ、かなり距離はアリアリだけど、でもね、ステージ真正面に陣取る中井川さんの小脇に据えられた3CCDカメラから……
そう、そのカメラから楽屋までケーブルを繋いで観ている大型液晶モニターの映像だったりする。
――いやはや、巷にあるテレビ局が取材なんかに使う業務用ハイビジョンカメラだから、もう、ビックリするくらいに鮮明なリアル映像だし……
しかも、会場から送られてきている音声はカメラに付いているマイクからのものではなく、中井川さんがミキシングしてコントロールしているPA機材からアウトプットされたものだったりする。
――解り易く言うとさ、会場のスピーカーにマイクを向けて拾っている音ではなくて……
「おるこちゃんが握って唄っているマイクの歌声を直に、デンちゃんが演奏しているシンセサイザーから出されている音色を直に、トベちゃんやエザちゃんが演奏している楽器から出る音を……それらの生音を……」
中井川さんがミキシングしてコントロールしている生音を楽屋で聴いているサツキさんとボクだったりする。
★
「秋子ちゃん、秋子ちゃん、応答願います」
夢中になってライブ中継に観入っている液晶モニター、その小脇に置いてあるトランシーバーに中井川さんからの電波が不意に届いた。
ボクは即座にトランシーバーを左手に持つと、
「浅間秋です。どうぞ」
と、中井川さんへ電波を飛ばして応答したのだった。
――会場ではおるこちゃんが陽のあたる場所を唄ってる……
「秋子ちゃん、今は楽屋かな? どうぞ」
「うん、ボクは楽屋に居るよ。どうぞ」
――今は曲の二番のAメロを唄ってるおるこちゃんだし……
「秋子ちゃんとサツキさん、一緒に居るのかな? どうぞ」
サツキさんは彼女専用のトランシーバーを右手に持ち、
「はい、佐月ヤヨイです。浅間秋ちゃんと一緒に居ます。どうぞ」
と、大急ぎながら落ち着いた様子で中井川さんへ応答していた。
――Aメロ、Bメロ、サビ、ブリッジ……
「二人揃って、そろそろセンゲンさんが居るところへスタンバってくれるかな? どうぞ」
――そっか、そろそろ移動しないと、次はボクが唄う番だし、次の曲に間に合わなくなるし……
「中井川さん、分かったよ。オーバー」
「うん、秋子ちゃん、ヨロシクね。オーバー」
――という訳で、トランシーバーを携帯して母さんがスタンバってる場所へ……
佐月ヤヨイさんとボクは急いで移動したのだった。
――その移動した場所を正確に言うと、社員食堂正面玄関へ繋がる階段下にある……
「秋ちゃん、はい。秋ちゃん専用のワイヤレスマイクよ」
「母さん、ありがとう」
――周辺から中が見えないように目隠しされた小さなテントの中なんだけど……
「スイッチOFFのままだから……唄う前にワイヤレスマイクをONにするの忘れちゃダメよ」
「うん、母さん。ボクは分かったよ」
――そういえば、真冬の外は日が沈んだ後、もう、グングン冷え込んできていて寒さ炸裂みたいな……
「浅間次長、お疲れ様です」
「佐月さんも、司会進行や秋ちゃんの動線確保、ご苦労様」
――でも、テントの中にはダルマみたいな石油ストーブがあって暖かくて……
「っていうか、次長って? もしかして、それってさ、母さんの役職名みたいな? もしかして、もしかしたら、母さんは会社で偉い人なの?」
「今はね、そんなこと、どぉーでもイイのよ。そんなことより、ほら、秋ちゃん、母さんに秋ちゃんの顔をよく見せて……」
「あ! 母さん、くすぐったいよ!」
「あらあら、秋ちゃんはルージュを食べちゃってダメじゃないの。ほら、指先で整えてあげるから……」
「次長、器用ですね。秋ちゃんの唇に指先で紅を差すなんて」
――ああ、母さんの指が気持ちイイ……
母さんが首からストラップでぶら下げているトランシーバーに、
「センゲンさん、センゲンさん、応答願います」
と、中井川さんからの電波が届いた。
「タケルさん、何かしら? どうぞ」
母さんはトランシーバーを左手に持って中井川タケルさんへ電波を飛ばしている。
「センゲンさん、そちらの首尾は? どうぞ」
「タケルさん、いつでもOKよ。どうぞ」
母さんと交信していた中井川さん、
「秋子ちゃん、秋子ちゃん、応答願います」
と、今度はボクが持っているトランシーバーに向けて語り掛けてきた。
「浅間秋です。どうぞ」
「まもなく陽のあたる場所が終わるから……陽のあたる場所のケツでキュー出します。キュー出しと同時にデンちゃんのピアノ演奏が始まります。どうぞ」
「中井川さんからのカウントダウンでボクは階段を上がり始めるよ。どうぞ」
「前奏が終わらないうちに社員食堂の正面玄関に入れるかな? どうぞ」
「中井川さん、大丈夫だよ。どうぞ」
「それは良かった……はい! 陽のあたる場所、終了30秒前!」
――ボクは、ライブのステージ上に持ってゆけない、ボクが持つトランシーバーを母さんへ手渡した……
「母さん、いつもありがとう……大好き」
「あたしの大切な一人息子……秋ちゃん、大好きよ」
ボクはテントから出ると、ゆっくりと階段を上がり始めた。
「10秒前!」
佐月ヤヨイさんはトランシーバー片手にボクの後ろを歩いている。
「7秒前……5秒前……3、2、1、キュー!!」
中井川さんのキュー出しの声を聞くや否や、佐月ヤヨイさんはトランシーバーにヘッドセットのプラグを差し込み、トランシーバーのスピーカーから出る音声を断ち切った。
――あ! デンちゃんが奏でるピアノの音色が聴こえてきた……ピアノソロの前奏が聴こえてきた……
ボクは階段を上がり切り正面玄関の自動ドアをくぐっていた。
ステージに注目していた人々のうち、真後ろの正面玄関から入って来たボクに気づいた人々は、ステージから真後ろに振り返ってボクを見始める。
――あ……聴こえる。はっきり聴こえる。デンちゃんが奏でるピアノの音色が……
右手に持つワイヤレスマイクを顔の前に掲げると、ボクは静かにワイヤレスマイクをONにした。
――聴こえる。唄える……はっきり聴こえる。大丈夫……ボクは唄える……
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そろそろぉ……
眠りにぃー
つきたいのですぅ……
正面玄関からステージに向けてゆっくりと歩きつつ、ボクはデンちゃんが奏でるメロディーに包まれながら唄いはじめていた。
――歌声は聴こえるのにステージ上に唄っているボクの姿がないから、会場に居る人々、みんなキョロキョロとボクの姿を探し始めちゃったみたいな……
そんな中、正面玄関からステージに向けて会場を歩きつつ唄っているボクに次々と会場内の人々は気づきだしていた。
ボクはぁー
ふぅーかくぅー
長い眠りに……
――ああ、気持ちイイ! 会場に居る人々がボクに見入ってくれてる!
星が……
ひぃとつふぅたぁつとぉー
増ぅえーてーゆくのを
見ているとぉ……
――あ、おるこちゃんがステージを下りてボクの方に歩んできてくれている……
とぉーおいぃー
とぉーこぉーろぉーへ、
ゆきたぁーく
なぁーりますぅ……
――え? おるこちゃん、ボクを抱きしめるとお姫様抱っこしちゃったみたいな? そんなのシナリオにないみたいな……
闇は星に吸われぇー
消ぃえてぇゆーうくぅー
星は闇に吸われぇー
消えてぇーゆぅくぅ……
――おるこちゃん、ボクをお姫様抱っこしたままステージに向かって歩いてるし……アドリブが苦手なおるこちゃん、アドリブかましまくりだし!
ボクは
星に
吸われ
消えてぇ
ゆくぅ……
ボクは
闇に
吸われ……
見ぇーなぁーく
なぁーるぅ……
――ああ、デンちゃんが奏でる間奏の音色だけしか聴こえなくて気持ちイイ!
シンと静まり返る会場に居る人々は、呆気に取られつつ、予想外な展開を見せている河鹿薫子とボクを見つめている。
――ボクをお姫様抱っこするおるこちゃんの温もりが気持ちイイ!
この上ない位の心地好さに包まれつつ、ボクは曲の二番を唄いはじめた。
ひとつもぉー未来を
おもいたくないぃ……
悲しみぃーだけがぁ
見えすぎるからぁ……
星がひとつふたつと
消えてゆくのを
見ているとぉー
とぉーいぃー
とぉーこぉーろへ……
ゆきたぁーく
なぁーりぃますぅ……
星は闇に吸われぇー!
消えてゆうくぅー!
闇は星に吸われぇー!
消えてゆぅーくぅー!
ボクは闇に吸われ
消えてゆく……
ボクは星に吸われ
見え……なく……なる……
――うわっ! 曲が終わってもシーンとしちゃって静まり返ったまんまの会場内だし!
会場内に居る人々は、揃いも揃って、まるで茫然自失するかの様相で佇んでいる。
――イイや、シナリオどおりボクの自己紹介かましちゃえ!
河鹿薫子からお姫様抱っこされたままのボク、
「こんばんは、浅間秋です」
と、シナリオどおりに自己紹介を始めた。
――って、その矢先に……うぅーわ!!
「秋ちゃん! 可愛いー! お嫁さんにしたぁーい!」
「秋ちゃぁーん! ウェディングドレス秋ちゃんをお婿さんにしたい!」
――ありゃま! お嫁さんにしたいとか、お婿さんにしたいとか、どっちにしたいんだかワカンナイ大合唱になっちゃったし!!
そんな中、ボクをお姫様抱っこする河鹿薫子は、
「花道をお姫様抱っこされてステージに来ちゃった秋ちゃんは……お嫁さんが似合うお婿さんだもんね」
なんて、マイクを通して宣ったのだった。
「おるこちゃん、それ、間違ってるし」
「あ、そっか。秋ちゃんはお婿さんが似合うお嫁さんだったわね」
「おるこちゃん、間違いを大間違いに悪化させちゃったし。その紹介の仕方じゃ、ボクが男だか女だかワカンナイし」
河鹿薫子とボクのやり取りに会場は爆笑の渦が巻き起こってしまう。
「えっと、えっと……突然の質問ですが……美少年女装男子美少女の秋ちゃんお姫様とツーショット写真撮りたい人、手を挙げて」
河鹿薫子、お姫様抱っこしているボクをステージへ下ろしながら客席へ向けて、何だか良く解らない質問を投げ掛けていた。
「うわぁ、参ったな、こりゃ……沢山の手が挙がっちゃったし。思わず照れちゃったボクみたいな……」
「その中で、あたしたちおでんが参加するクリスマスバンド合戦のチケット、もう買ってくれた人は手を下げて」
「あれ? おるこちゃん? 意外と挙手したまんまの方々あまたみたいな?」
「いやん! チケット買ってくれた人だけ、ウェディングドレス秋ちゃんお姫様とツーショット写真撮れるんですけどぉー」
「おるこちゃん? そうなの?」
「秋ちゃん、そうなのよ……うふ、えへ」
「ちなみにさ、ウェディングドレスお姫様のおるこちゃんとツーショット写真撮りたい人は?」
「チケット買ってくれた人だけよ……うっふん」
「んじゃさ、デンちゃん、エザちゃん、トベちゃんとツーショット写真撮りたい人は?」
「もちろん、チケット買ってくれた人だけよ……えへ、あは」
「という訳で、社員食堂正面玄関の脇にあります、特設チケット販売ブースにてチケット販売中です。数に限りがございますので、どうぞお早目にお買い求めくださいね」
「どわっ! サツキさん、いつの間に?」
司会進行役の佐月ヤヨイさん、気がつけばステージに居り、河鹿薫子の左脇に立って宣伝文句を垂れてくれていたのだった。
「もぉー! どいつもこいつもシナリオにないことばっかりやらかすんだからぁー!」
「もぉー、秋ちゃんったら! そんな楽屋ネタをステージで言っちゃダメなんだからぁー!」
河鹿薫子とボクのやり取りに、またまた会場は爆笑がスパイラルしてしまう。
「ねえ? みんな……たんぽぽって好き?」
爆笑スパイラルの中、ボクはシナリオどおりに次の曲の冒頭を感情込めて会場へ語りかけた。
すると、デンちゃんはタイミング良く曲の前奏を奏で始めてくれたのだった。
――ボクはステージから下りると、ゆっくりとした足取りで会場の中へ歩いてゆく……
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
――会場の最前列でライブを楽しんでくれている顔馴染みの皆は……
予期せず唐突に秋ちゃんコールを始めてくれた。
――手放しで大声援をくれている皆に握手をしつつ、ボクは会場の中央に向けて歩いている……
そして、とてつもなく盛り上がる会場の大歓声を切り裂くように、ボクは声を張り上げて唄いだしたのだった。
★
ねえぇーみんなぁー?
たんぽぽぉーってぇー!
好きぃー!?
「秋ちゃん! 好きぃー!」
野原ぁーいいっぱいぃー!
たぁーんぽぽぉー
咲くとぉー!
とぉってもぉ……
素敵なんだよぉ……
「秋ちゃん! ステキぃー!」
キラっキラっキラぁー
キラキラキラぁー
光ってねぇ……
とおっても素敵ぃ!!
まるで金色の!!
ジュぅータンみたいぃ……
「きゃー! 秋ちゃぁーん!」
とおってもスぅテキぃー
そこに寝転がれば……
スヤスヤ……
眠ぅっちゃうんだぁー
そうすると……
たんぽぽの露が!
頬に落ちてぇーきてぇー!
起・こ・し・て
くぅーれるのぉー
たんぽぽってぇー!!
素敵なんだよぉー!!
「好きぃー!」
「ステキぃー!」
「秋ちゃん大好きぃー!」
「秋ちゃん!! 秋ちゃん!! 秋ちゃん!! 秋ちゃん!!」
――ああ、良かった。最近、だんだん苦しくなってきたボーイソプラノの音階……ちゃんと唄えたよ……
「秋ちゃん!! 秋ちゃん!! 秋ちゃん!! 秋ちゃん!!」
声変わりをしても奇跡的に唱えている、とてつもなくソプラノの音階だらけなこの曲、もう少ししたら声が出せなくなることは明らか。
「秋ちゃん!! 秋ちゃん!! 秋ちゃん!! 秋ちゃん!!」
――だから、ライブのたびに、ボクはこの曲を大切に唄うんだよ……
たんぽぽ、その曲を唄い終わった時、ボクは狙いどおりにチケット販売ブースに辿り着いていた。
「おおー! ココでチケットが買えるんですね。ちょっとインタビューしてみたりしますね」
――なんて、テレビショッピングでわざとらしく商品の紹介をする人みたいになってるボクみたいな……
偶然にボクの間近に居てチケット販売をしている男性に向かって、
「どうですか? 反響具合は? 売れてますか?」
と、さっそくマイクを向けたボクだった。
「いやぁ、センゲンさんそっくりな美少年女装男子美少女ですなぁー。お母さん似の美女で、とても男らしい美少女ですなぁー」
「あはは! もしかして、緊張してますか? 何気に訳ワカンナイこと言っちゃってますよ」
――すっかり言い忘れてたけど、センゲンさんって、ボクの母さんのニックネームなんだよ……
母さんの苗字は浅間と漢字で書くが、その漢字、アサマともセンゲンとも読めたりする。
ボクの母さんと長年の付き合いがある人は、何でなんだか、ボクの母さんを『センゲンさん』って呼ぶが、その経緯は知らないボクだったりする。
――ステージから見て後方にあるチケット販売ブース……
会場に居る人々は後ろに振り返りつつ、大きな笑い声を上げながら、その訳の解らないコメントをした男性へ拍手を捧げている。
「すっごぉーい! こんなに大きな拍手をもらえちゃうなんて……もしかして、只者じゃないですね?」
――うわっ! おるこちゃん、いつの間に?
基本的にステージから客席へ下りてこない河鹿薫子、珍しくステージを離れてボクの左後ろに居たのだった。
その時、不意に会場内の誰かが、
「よっ! 工場長! 粋でいなせだね! 遖!! あっぱれ!!」
と、大きな声を会場内へ響かせたのだった。
――さすがは無礼講な忘年会会場、その和気藹々とした雰囲気の中でアッパレと声を掛けられた工場長はご満悦の笑みになっちゃったし……
「っていうか、工場長さんだったんですか? これは恐れ入りました」
「いやん、あたしも恐れ入っちゃいました」
――うわぁ……この職場でナンバーワンの役職にある人が率先してチケット売ってくれちゃってて恐縮みたいな……
「もしかして、工場長さんはあたしたちおでんのファンとか?」
「いや、私は美少年女装男子美少女の秋子ちゃん大ファンですが……何か?」
――ぶっ!! 工場長さん、『何か?』とか言いながらふんぞり返ってるし!!
「いやん! 秋ちゃんったら大人気! せっかくですんで、ウェディングドレス秋ちゃんとツーショット撮っときます?」
「もちろん! ぜひ! うちの孫に自慢してやりたいので、ぜひ!」
――なんて、おるこちゃんと工場長さんのやり取りに会場内の人々は盛大なる拍手を浴びせてるし……
「あー! ちょっと、その前に工場長さんへ確認したいんですけどぉー」
「おるこちゃん? 確認ってさ、何を?」
「工場長さんはチケット買いました?」
「これは私と妻の分。これは息子夫婦の分。これは孫娘の分……」
「会場の皆さぁーん! 工場長さんはチケット5枚も買ってくれちゃってますよぉー! まさか、会場の皆さん、まだチケット買ってないなんて人、居ませんよねぇー? 次のボーナスの査定、下がっちゃいますよ?」
――どわっ!! またまた爆笑スパイラルみたいな……
ライブが始まって小一時間が経過しようとしていたが、時間が経つにつれ、会場内の空気は熱くなってゆくばかりだった。
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「ああ……俺様は腹減ったぞ」
「あんだって、まあ! エザちゃん、またかいな?」
「デンちゃん、股は減んないぞ。減ったのは腹だぞ」
「オヤジギャグ! エッピバリ!!」
「デンちゃん……エッピバリなんて久々に聞いたぞ」
「デン! エザちゃん! ダラダラしないでチャッチャと撤収してくんなきゃだわ! 疲れてオナカすいてるのはみんな同じなんだわよ!」
――アンコールに3曲も応じてしまい、1時間半で終わる予定が……
何だかんだで2時間公演になってしまった今回のライブ。
さすがにバンドのメンバーたちは疲労困憊している様子だった。
「薫子はタフよね。さすが、おっぱい星人ぱい子ちゃんだぎゃ」
「んもう!! 秋ちゃん!!」
「な? 何だよぉ……おるこちゃんさあ、言ったのはデンちゃんじゃんかさ。ボクは言ってないじゃんかさ」
「忘れたの? おっぱい星人ぱい子ちゃんって最初に言ったのは秋ちゃんよ!!」
「そんなぁ……何ヶ月も前の失言、まだ根に持ってるみたいな?」
「結婚してくれたら許してあげるわ……なんて、いやんばかん!」
「はいはい、ごちそうさまだがや……ったく、もう」
「デン? ウルサイわよ。無駄口叩く暇あるなら、チャッチャと撤収してくんなきゃだわ」
素人お子様バンドのおでん、もちろん、ライブ後の撤収も自分たちでしなければならなかったりする。
「撤収は会場内から客がハケてから行うものだったりするんだけどさ……」
――今回のライブ、まりんぱ食品の南習志野工場で行われた忘年会で余興として演奏させてもらったものだし……
「我がバンドおでんは忘年会が終わるのを楽屋で待ち……」
更に、会場となっていた社員食堂から忘年会に参加していた全ての人々が帰り去るまで待ちぼうけさせられていたのだった。
「明日になっちゃう! 明日になっちゃう!」
そう、何だかんだで撤収作業は深夜時間帯の今頃になってしまっていたのだった。
「はーい、おでんのみんな! 経理部からみんなに謝礼の寸志を預かってきたわよ」
――なんて、食堂の正面玄関からステージに向かって駆け寄ってきたのはボクの母さんみたいな……
母さんの手には御祝儀袋がバンドメンバーの人数分ある。
「はい、みんな、お疲れ様」
――バンドのメンバーたちへ御祝儀袋を手渡す母さん……
「えぇー? お母様? こんなにもらってイイんですか?」
「薫子ちゃん、金額は口に出して言わないのが礼儀よ」
「すげぇー! 時給何万円の仕事したんだ、俺様?」
「エザちゃん、だから、金額は口に出して言わないのよ」
唐突に田頭久美子ちゃんが、
「みんな、整列!」
と、バンドのメンバーたちへ号令をかけた。
「みんな、浅間君のお母さんに礼!」
「ありがとうございます!」
――普段はグダグダな我がバンドおでんだけど、意外や意外、ここぞという時には礼儀礼節を大切にするメンバーの集まりなんだよ……
「あら、ヤだわ。あたしじゃないのよ。工場長の粋なはからいなのよ」
「いやん! 大変! みんなで工場長さんのとこに行かなきゃだわ! ねえ、ほら、みんな! 急いで工場長さんのところに行って……」
「薫子ちゃん、大丈夫よ。大ファンの秋ちゃんとツーショット撮れて御満悦だったし……それに、もう工場長は帰宅してしまったわよ」
「っていうか、えぇー? 工場長さんはホントにボクのファンだったの?」
――ボクは社交辞令だとばかり思ってた……
「学校教育助成活動に熱心な工場長……生徒会長の秋ちゃんが教育委員会の役員や地元中学校の校長を来賓として招いてくれたって大喜びしていたし」
「って! ボクが校長とか教育委員会の役員とか招いたんじゃないし! 勝手に校長せんせと役員さんは来ちゃったんだし!」
「生徒会長の秋ちゃん、気にしなくてイイのよ。流れでね、そういうことになっているんだもの」
「えぇー? 母さん……どういうことになっちゃっちゃんにゃかワカンニャイにょ!?」
「浅間君……噛んでる、噛んでるがや」
「デンちゃん、噛み噛みにもなるにょ。ボク、訳ワカンニャイし」
――なんて、いつの間にか撤収を忘れて話に夢中になっていたボクたちだったんだけど……
そんな中、ボクたちが話し込んでいるステージの間近にある業務用エレベーターの扉がおもむろに開いた。
そして、エレベーターの中から中井川さんが顔を出し、
「おーい! 早くエレベーターの1階に荷物を送ってよ! 全然荷物が降りてこなくなったけど、今日中に帰りたくないの?」
と、ボクたちに向かって催促の言葉を投げてきたのだった。
「しまった! 撤収しなくちゃ!」
「いやん! 明日になっちゃう! 明日になっちゃう!」
我がバンドおでんのメンバー、慌てて撤収作業に戻ったのだった。
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