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あたしたちが「おでん」です。  作者: 千葉あんず
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第18話、午後のまりんぱ


「えぇー! 社員食堂のメニューってさ、何だかメッタクソ安くね?」


「こら、エザちゃん! そんな乱暴な言葉使わない!」


「だから、デンちゃんはお母さんかよぉー」


「エザちゃん、あたしゃ婆さんだがな」


「ぶはは! デンちゃん、また婆さんかよぉー! んで? デンちゃんは何食うんだ?」


「あたしゃ、麻婆ラーメンと半ライスだがな。普通の醤油ラーメンは150円なんだけんども、麻婆ラーメンは200円だがな。半ライスは50円で、驚きプライスの合計250円だがや」


「んで? トベちゃんは何食うんだ?」


「わたしは、金平ごぼう、ほうれん草のおひたし、大麦入りご飯にミニ納豆、お豆腐とワカメのお味噌汁……全部合わせも250円なの。驚きの安さだわ」


「デンちゃんさあ、トベちゃんのが婆さんじゃんかよ。婆さんはトベちゃんみたいなアッサリしたメニュー食うもんだし」


「そう言うエザちゃんは何を食べるんかえ?」


「デンちゃん、決まってんじゃん。俺様は生姜焼き定食大盛りさ! 大盛りは50円増しで、こんなにガチ盛りでも300円しかしないんだぜ! 俺様は大満足だぜ!」


「これこれ、エザちゃん。見るに見かねるチンチクリンなエザちゃんでも、辛うじて乙女なんだから、俺様なんて言うでないよ」


「デンちゃん! ちっくしょおー!! 見るに見かねるチンチクリンとか言うなぁー!!」


「みんな、あのさ、社員食堂の全てのメニューが格安な理由は簡単だよ。福利厚生の一環としてさ、メニューの半額を会社側が負担しているからなんだよ。みんなが支払った金額は、メニュー本来の値段の半額なんだよ」


「流石は事情通の浅間君だがや。お母さんから聞いて色々知ってるんだなや……って!! お姫様がお姫様をお姫様抱っこしてとるがな!!」


「何てこったい!! デンちゃんの言うとおりだぜ!! ポニーテールのお姫様が、キューティクル輝くショートカットのお姫様を、しっかり、ガッツリお姫様抱っこして現れやがったし!!」


「エザちゃんの言うとおりだわ。みんなの憧れの美少女アイドル河鹿さんが、天下の美少年な女装アイドル浅間君をお姫様抱っこしているだなんて……ごめんなさい。わたし、写メ撮らずにはいられません」


「ああー! トベちゃんだけズルイよ! 俺様にも撮らせろぉー!!」


「エザちゃん、トベちゃん、邪魔邪魔! あたしにも撮らせてよ!」


「デンちゃんトベちゃん邪魔だぜ!」


「エザちゃんデンちゃん邪魔しないで!」


「トベちゃんエザちゃん邪魔だがや!」


 ――あぁーあ、収拾つかなくなっちゃったみたいな……


「ちょっと、ちょっと、あんたたち! 呑気に昼食かましてるけど、本番への準備は万端なんでしょうね?」


 河鹿薫子、ボクをお姫様抱っこしたまま、我がバンドおでんのメンバーが座るテーブルの真正面から仁王立ちしていたりする。


「浅間君、あたしのミディケーブルの不具合、何とかして」


「浅間君、俺様のベースアンプの不具合、どうにかして」


「浅間君、わたしの立ち位置の不具合、助けて」


「んもう! どいつもこいつも! 不具合未解決なまんま呑気にランチなんて……うきぃー!!」


 ――あ、ヤバい……おるこちゃんが壊れ始めちゃった……


「おるこちゃん? ボクはおるこちゃんの笑顔が一番好きなんだって知ってた? キスしてあげるから笑顔を取り戻して」


 ボクは河鹿薫子をなだめようと、不意に彼女へフレンチキスを捧げてしまった。


「いやん、秋ちゃんったら、もう……もっとキスしてくれてイイのよ」


「おーまいが!! お姫様がお姫様にお姫様抱っこされながらキスしたぜ!」


「わぁーお! 破天荒な薫子相手に、浅間君、やるじゃん!」


「わたし、どうしよう……」


「ん? トベちゃん、どうかしたんかえ?」


「わたし、お姫様の浅間君がお姫様の河鹿さんからお姫様抱っこされたまま、お姫様の浅間君がお姫様の河鹿さんにキスした瞬間……撮っちゃった。しかも、ポスターサイズクオリティーの超高画質で……」


「トベちゃん、ポスタークオリティーで撮っちゃったとか、マジかよ!? 買う買う!! その写メのデータに俺様は千円出しても惜しくないぜ!!」


「トベちゃん! あたしも買う! あたしなんて壱万円トベちゃんに払っても利益出せるがや!」


「利益出せるって、売りさばく気かよ、デンちゃんよぉー!!」


「ごめんなさい。わたし、Urabe All rights reserved.って、写メのデータに書き込んじゃった。しかも、転送不可で……」


「ああー! だぁー! トベちゃんのイケズぅー!! 全校生徒に一枚千円で売ろうと思ってたのに!!」


「一枚千円かよ!? ボリ過ぎだって、デンちゃんよぉ……何十万円儲ける気だったんだか、アコギ過ぎだから……」



「はいはい、おでんのみんな……ちょっとイイかしら?」


 ――我がバンドおでんのメンバー全員でワイワイと盛り上がっている中……


 その会話に割って入ってきたのはボクの母さんだった。


「お昼ご飯を食べ終わったら、バンドのみんな揃って楽屋に来て欲しいのよ」


「お母様、打ち合わせですか?」


「薫子ちゃん、衣装合わせよ」


 ――あれ? 母さんの『衣装合わせよ』っていう言葉を聞いた瞬間さ、デンちゃん、エザちゃん、トベちゃんの三人ともフリーズしちゃったみたいな?


「まさか、薫子や浅間君が着てるお姫様ドレスをあたしたちにも?」


 恐る恐るとボクの母さんへ質問したのは田頭久美子ちゃんだった。


「そうよ。田頭さん、江澤さん、卜部さん、あなたたちにもね、薫子ちゃんと秋ちゃんと同じ衣装を用意してあるから……」


 ――って、そこまで母さんが言ったとこで……


 江澤さんは泣きそうな顔になりつつ、

「朝間のお代官様! それだけは許してくだせぇー!」

と、哀願するように言葉を荒げて言ったのだった。


「あら? どうして?」


 ボクの母さんは不思議そうな顔をしながら江澤さんへ訊き返している。


「せっかくのライブでしょ? みんなでお揃いの衣装の方が見栄えしない?」


 ――なんて、今度は母さん、デンちゃんに向かって疑問文を投げ掛けたんだけど……


「河鹿さんは和風な顔の正統派美少女です。浅間君はフランス人形の美少女みたいな顔した美少年です」


 そう母さんに真顔で返答したのは卜部さんだった。


「いやん! あんなに盛り上がってたのに、こぉーんなに盛り下がっちゃって……みんな? どうしちゃったの?」


 河鹿薫子、お姫様抱っこしているボクを床に下ろしながらバンドのメンバーたちに問い掛けていた。


「どうしたも、こうしたも、薫子さあ……あたしなんかに似合うか似合わないか、考えなくったって火を見るより明らかじゃないのよ」


 ――なんて言いながら、デンちゃんも泣きそうな顔になっちゃったし……


「また始まった、ウチのバンドの悪い癖が! あのさ、やってみなきゃワカンナイじゃん! せっかくのチャンスなんだから試してみなきゃ勿体無いじゃん!」


 ボクは思わず大きな声でバンドのメンバーたちに言ってしまっていた。


 ――んで、黙ったまんまシンミリしまくりなみんなへ、ボクは言葉を続けてるみたいな……


「ウチのバンドの悪い癖だよ。やりもしないで無理とか、試しもしないで出来ないとか、手前勝手に決めつけちゃってやらない!」


 ボクの母さんは言葉挟むことなく黙って成り行きを見つめてくれている。


 ――チラっと母さんの顔を見たんだけど、母さんはニコニコしながらみんなの話を聞いているし……


 その笑顔からは、『みんなで納得するまで話し合わなきゃ勿体無いわよ』なんて、そんな言葉が聞こえてくるような気がしているボクだった。


「でも、浅間君……そうは言っても……」


「デンちゃん、あのさ、普通の中学生バンドに衣装さんなんて居ないよ」


「当たり前じゃん。衣装さんとかメイクさんとか、お子様素人バンドなんだし、そんなの居るわきゃないじゃん」


「だよね、エザちゃん。でもさ、ボクの母さんがやってくれるよ。用意周到の準備万端なんだし」


「浅間君? わたしも浅間君や河鹿さんみたいに綺麗になれるかしら?」


「トベちゃん、大丈夫だし、全然心配ないよ。ボクの母さんを信じてイイよ」


「浅間君、わたし、やります。やってみたくなりました。何となく、今しかないって感じたから……今を逃したら手遅れみたいに直感したから……」


「トベちゃんはお嬢様ライクで上品な雰囲気の女の子なんだし、絶対にハマるから心配ないし……やってみなくちゃ勿体無いし」


「俺様もチャレンジしてみようかなぁ……あたし的には新しいキャラのチャレンジになるけどさ。でも、そんなに浅間君が言うんだし、俺様は浅間君を信じてるし」


「ボーイッシュなエザちゃんがお姫様みたいになったらさ、新しいファンとか群がりそうだよ。せっかくのチャンスなんだし、やってみようよ」


「みんながやるって言ってるのに……リーダーのあたしがやんないわけにはいかないわよね。浅間君、あたしもやるわ」


「デンちゃん、そう来なくっちゃ! 良かったよ、デンちゃんもやる気になってくれてさ」


 ここまで話が進んだ時、河鹿薫子は、

「秋ちゃんは美少年なんだけど、今朝はボロ雑巾みたいな姿だったの忘れた? ボロ雑巾オンボロ少年でもお姫様に化けられるのよ。秋ちゃんのお母様は魔法使いなのよ」

なんて宣ってくれたのだった。


「あはは!! ボロ雑巾は言いえて妙みたいな!! 薫子、ナイス表現みたいな!!」


「デンちゃん、言いえて妙って……あぁーあ」


 ――っていうか、うわ!! 我がバンドおでんのメンバーたち、みぃーんなオナカ抱えて大爆笑し始めちゃったし!!


「うぅーわ……母さんの方を見てみたら、母さんまでオナカを抱えて大笑いしてるし……」


 ボクは河鹿薫子にあえて突っ込みを入れていなかった。


「っていうか、あんまりにも説得力があるおるこちゃんの物言いだったし、みんなが爆笑している姿に安堵感を覚えたし……」



 ――さてさて、一悶着はあったけれど……


 何だかんだで、我がバンドおでんのメンバーたち、ボクの母さんから銘々にメイクアップとドレスアップを施されたのだった。


「トベちゃん綺麗だなぁー」


「エザちゃんだって可愛いじゃない」


「ってかさ、デンちゃんなんて別人に化けたぞ」


「うん、デンちゃんの美少女姿、初めて見たわ」


「あたし綺麗?」


「デンちゃんよぉ、都市伝説の何とか女みたいな言い方ヤメろよぉー」


 ボクは驚いていた。心底のこと驚いていた。


 ――女って化粧で化けるって話は知ってたんだけど……


「デンちゃん、エザちゃん、トベちゃん、三人ともボクの母さんからメイクアップされたら……」


 巷で闊歩する売れっ子アイドル顔負けな位の美しくも可愛いらしい姿になっていたりするから驚愕するばかり。


「可愛い、可愛いよ! エザちゃん、実は可愛い系のロリ顔美少女だったんだね」


「浅間君、俺様の顔……そんなにマジマジと見んなよぉー」


「綺麗だよ、美人さんだよ! トベちゃんは年上のお姉さんみたいな綺麗系だったんだね」


「恥ずかしいから、そんなに顔を近づけて見ないで……浅間君、本当に恥ずかしいから」


「モード系炸裂だよ! デンちゃんはファッションショーのモデルさんみたいになっちゃったみたいな」


「浅間君、大丈夫よ。あたしゃ身長足んなくてファッションショー無理だから」


「我がバンドおでんのメンバー全員がお姫様ルックになったとこで、んじゃ……早速さ、音合わせしにステージへ行こうよ」


 気がつけば、もう午後3時半になろうとしている。


 ――メイクアップとドレスアップに予想以上の時間を費やしてしまったボクたちみたいな……


 そう、普段のライブではメイクなぞしないし、メンバー全員揃い踏みな衣装を着付けられたりすることもない。


 ――だってさ、中学生のアマチュアバンドだし……普段は素っぴんの着流しでライブに臨んでいるお子様バンドおでんだし……


 考えてみれば、我がバンドおでん史上初のメイクアップとドレスアップをしての公演だったりする。


「秋ちゃんの言うとおりだわ……みんな、そろそろ音合わせ始めないと、ゲネプロ前に本番の時間になっちゃうわよ」


 ちなみに、河鹿薫子が言ったゲネプロとはリハーサルのことで、いわゆる通し稽古のことだったりする。


 ――本番みたいにライブ内容の初めから終わりまでをやり通すのがゲネプロなんだよ……


「おし! そろそろヤリますか」


「だね、そろそろやんなきゃね」


「うん。そろそろ始めましょう」


 江澤さん、田頭久美子ちゃん、卜部さんの三人は、河鹿薫子のテンションに負けず劣らず高まっている様子だった。


 ――もちろん、ボクのテンションもイイ感じでハイになっているよ!



 というわけで、バンドのメンバー全員でステージ上に立ち、今は全員で音合わせの演奏をしている。


「ごめん!! みんなストップ!! ストップ!!」


 ――曲の一番が終わり二番に入る手前の間奏途中で……


 突然、江澤さんがコーラス用マイクを通してストップを掛けてきた。


「エザちゃん? 何か不具合があった?」


 そう言ったのは中井川さんで、彼はミキシングコンソールに付属しているトークバックマイクを通して言葉を発している。


「中井川さん、違う違う。楽器とかエフェクターとかに不具合ないし、ベーアンとか返しのモニターとかにも不具合ないし……不具合は俺様の足だから」


 エザちゃんはコーラス用マイクを通して中井川さんへ返事をしていた。


「あれ? 上手の舞台袖から母さんがエザちゃんの方に走って行ったみたいな?」


 ――会場の音響をコントロールしてくれている中井川さん、ステージから離れた場所に居るし……


「あれれ? ボクの母さん、ベースアンプの小脇にある椅子にエザちゃんを座らせたみたいな?」


 ――30メートルくらい離れた場所に音響をコントロールする機材を並べている中井川さんなんだけどさ……


 そんなに距離があるがため、マイクを通さず肉声で会話をすることはできなかったりする。


「エザちゃん? 急に座り込んで……どうかしたんかえ?」


 ステージ下手側に居る田頭久美子ちゃん、ステージ上手側に居る江澤さんに向かって、やはりマイクを通して話し掛けている。


「実は、かなり大きなステージを用意してくれちゃったまりんぱ食品の皆さんでさ……」


 田頭久美子ちゃんが居るステージ下手から江澤さんが居るステージ上手までも、概ね30メートルくらい離れていたりする。


 エザちゃんはボクの母さんが持ってきた靴に履き替えると、

「みんなゴメン。ベース抱えてヒールは無理なんで……俺様はペッタンコな靴にしたいんだけど……みんなイイ?」

と、エザちゃん用のコーラスマイクを通してバンドのメンバー全員に言葉を投げ掛けたのだった。


「そっか、エレキベースって重たいもんね。母さんが用意したハイヒールじゃさ、エザちゃん、足を挫いちゃうかもだよね」


 ――なんて、ボクがボーカルマイクを通して返事をすると……


「いやん! エザちゃんが履いてるパンプス、大きなリボンの装飾が可愛いわ! あたしもそれ履きたいかも」


 ――って、おるこちゃんはボーカルマイクを通して言い出しちゃうし……


「わたしも、エザちゃんが履いてる真っ白で可愛い蝶結びのリボンがあるパンプスがイイ」


 ――とか、トベちゃんまでマイクを通して言い出しちゃったみたいな……


「っていうかさ、パンプスって、何それ? 何かの専門用語?」


 ――バンドのみんなが言っているパンプスが何だかワカラナイんで、ボクはバンドのメンバー全員に向けて訊いてみたんだけど……


「浅間君はメンドくさいなぁー! そこからかい!!」


 ――なんて、デンちゃんからマイク越しに言われちゃったボクみたいな……


 そんなやり取りをマイクを通してやらかしている中、会場から予想外な爆笑の声が響いてきたのだった。


「はぁー!? 何でココに校長せんせぇー!?」


 マイクを通してそう言ったのはエザちゃんだった。


「ぼわっ!! ホントだし!! 何でか、ウチの中学校の校長先生が居るし!! 聞いたことある声だと思ったら、校長先生が爆笑する声だったし!!」


 ボクも思わずマイクを通して言ってしまっていた。


 ――ココってさ、まりんぱ食品株式会社の南習志野工場にある社員食堂の中だし、公立の南習志野中学校とは無関係な場所だってのに……


 なぜだか、我が中学校の校長先生が楽しそうに笑っていたりするから不思議だ。


 ――あ、校長せんせ、ステージの方に歩み寄ってきてるみたいな……


 ステージから離れた場所に居た校長先生、足早にステージにやってくるや、ボクの手を握りしめてステージから社員食堂の片隅に向けて歩き出した。


 ――んでさ、校長が目指し歩く場所に辿り着くと……


 食堂の椅子に腰掛けていて紺色の地味なスーツを着ている年配の男性へ、校長は何気に畏まった様相を垣間見せつつボクを紹介し始めたのだった。


「この彼が、我が校が誇る美少年女装男子美少女で、我が校自慢の生徒会長、浅間秋君です。ご存知のとおり、この浅間秋君は我が校のギャラリーの管理も執り行っておりまして……」


「おお! あなたが美少年女装男子美少女で有名な浅間秋君でしたか。お噂は方々から兼ね兼ね伺っておりますよ。わたくしはあなたの卓越する才能に期待しておりましてな……」


 ――っていうか、初対面なのに馴れ馴れしく言いたい放題に宣ってくれてる、このオッサン誰?……


 学校では偉そうにふんぞり返っている校長がペコペコと畏まって接している年配の男性だったりするのだが、ボクは目の前で校長よりも偉そうにしている年配の男性を初めて目の当たりにしていたりする。


「わたくしは浅間秋君が彩りを奏でているギャラリーを一目見て惚れ入ってしまいまして……南習志野中学校の生徒会長には浅間秋君が相応しいであろうと……」


 ――ああ、その『南習志野中学校の生徒会長には浅間秋君が相応しいであろう』って言葉を聞いて判った。このオッサン、ボクを無理矢理に生徒会長にさせた立役者の教育委員会役員さんだ……


 ここで突然、マイクを通しつつ、

「すいませぇーん! 今、リハーサルの最中なんですけどぉー!」

と、会場全体に声を響かせて言い放ったのは河鹿薫子だった。


「個人的なお話とか、リハーサル中の今されたら困るんですけどぉー!!」


 ――なんて、おるこちゃん、少し怒った声でマイクを通して怒鳴ってるし……


「これはいけない、わたくしとしたことが……浅間秋君、教育委員会主催のクリスマスイベントに向け、さあ、存分にリハーサルを行ってください。我が教育委員会と致しても浅間秋君の活躍を期待しておりまして……」


 ――は? このリハーサルはまりんぱ食品の忘年会でライブするためにやってんだけど?


「えっと、あの、教育委員会主催のクリスマスイベントですか?」


 ――我がバンドおでん、そんなイベントに参加する予定ないんだけど……はてな?


「我が校代表出場の浅間秋君バンドですから、この場所をお借りしてチケットを力の限り売っては応援させて頂きますから。その販売ブースを造るがため、私たちは客入り前からお邪魔させて頂いておる次第でありまして……」


「え? 校長先生? 販売ブース? チケット販売? 我が校代表出場?」


 ――っていうか、教育委員会主催のクリスマスイベントって何だか判ったし!! それ、南習志野コミュニティセンター大ホールで開催されるバンド合戦のことだし!!


「んもう、秋ちゃん!! 早くステージに戻ってくんなきゃだわ!!」


 河鹿薫子、相変わらずマイクを通して怒鳴っている。


 ――ボクは右手に持っているワイヤレスマイクのスイッチをONにすると……


 ステージから遠く離れた社員食堂の片隅に居るボクは、

「おるこちゃん、分かったよ。今直ぐに戻るし」

と、マイクの電波を飛ばしつつ、河鹿薫子に向けて言葉を返したのだった。



「うんうん、なるほど……わたくしがバンドの紹介をして、きっかけになるキーワードを言ったら演奏が始まって、オープニングの一曲目と二曲目は続けて演奏される……のですね?」


「はい、サツキさん、そうなんです」


 ゲネプロまで終わらせた我がバンドおでんで、今は司会進行をしてくれる佐月ヤヨイさんとボクは最終打ち合わせをしていたりする。


「んで、二曲目が終わったらおるこちゃんの一人語り的なMCがあって……」


「その時、わたくしは上手袖にて待機ですね?」


「そうです。万が一、おるこちゃんがMCトチったら、待機してるサツキさんはステージに乱入してフォローのMCを……」


 ――なんて、ボクはサツキさんとライブの流れを確認し合ってるんだけど……


「朝間君? 社員食堂ってさ、楽屋まで出前してくれんの?」


「あんだって、まあ……エザちゃん? また食べる気なのかえ?」


「デンちゃん、そうとも。俺様は成長期、食べなきゃ大きくなれないからさ」


「食べれば食べるだけトベちゃんみたいなモデル体型になれるわけじゃないがな。食べれば食べるだけ中井川さんみたいにオナカがメタボになるだけだがや」


「嬉しい……背が高くて悩んでるわたしにモデル体型って言ってくれてるデンちゃん……嬉しい」


「河鹿さんみたいにバストがメタボになるかもしんないじゃんかさ。だから、俺様は食う!」


「いやん! エザちゃんったら、あたしのバストはメタボじゃないもん!」


「河鹿さん、知らないのか? 85センチ以上あるとメタボリックなんだぞ」


「いやん! それはバストじゃなくってウエストの話だもん!」


「どぉーでもイイけど、俺様は腹へったぞぉー」


「エザちゃん、そればっかりだがや」


 ――なんて、いつもの如く、打ち合わせだってのに全然関係ない会話をやらかしているバンドのメンバーたちだし……


「母さん、お願い。バンドのメンバーたちのために食堂から出前を取ってあげて」


「あら、イイわよ。本当は出前なんてないけれど、みんなが食べたいもの、特別に手配してあげるわよ」


「うん。母さん、ありがとう」


「んじゃ、あたしは中華丼を、ウズラの卵ガチ盛りで……」


「って、何だよぉ……デンちゃんだって食う気が満々なんじゃんかさ」


「エザちゃん、知っとるけ? 腹が減ってはイクサができないんだぞな、もし」


「いやん、デンったら、あんまり腹が張ってもイクサはできないって気づかなきゃだわ。それでなくとも、デンなんて満腹になると脳みそボケミヤンになるんだから……」


「って! 薫子、うるさいぞな! 年中無休で24時間ボケミヤン炸裂な薫子から言われたくないぞな、もし!」


 まだまだライブ本番までは時間的な余裕があり、バンドのメンバー達、その時間をもて余していたりする。


 ――いや、今は打ち合わせ中なんだから、時間をもて余している場合じゃないし……ボクとしてはバンドのメンバー全員が参加した打ち合わせをしたいんだけどさ……


 打ち合わせとは無関係な話に花を咲かせているメンバー達を呆れ顔しながら見渡しているボクに、

「浅間秋さん、何だか打ち合わせに集中できませんね」

と、佐月ヤヨイさんは真顔でボクに向かって言ったのだった。


「サツキさん、ごめんなさい。ほんっとにごめんなさい」


 ――真剣になってボクたちのために司会進行をしようと、ライブのカンパケを頭に叩き込むべく頑張ってくれている佐月ヤヨイさんだっていうのに……


 そんな佐月ヤヨイさんに申し訳なくて、

「もう、ほんっとにごめんなさい」

なんて、ボクは彼女へ深々と頭を下げざるを得なかった。


「ところで、朝間秋さん? バンドの皆さんは夕食を召されるようですから、打ち合わせの場を変えませんか?」


「え? サツキさん?」


「ですから、静かな場所に移動して打ち合わせをさせてくださいませんか?」


 佐月ヤヨイさんは相変わらずの真顔でボクに言っていた。


 ――ボクたちみたいなお子様バンドの司会なのに、そんなに真顔になるほど一生懸命になってくれて、もう、感謝感激の極みで恐縮しまくるしかないボクだし……


「はい、サツキさん、宜しくお願いします」



 おでんの楽屋から廊下に出ると、ボクは佐月ヤヨイさんに導かれるままに、件の荷物用エレベーターで3階に向かっていたりする。


「サツキさん? 社員食堂って3階建てだったんですね」


「浅間秋さん、そうなんです。1階は調理室と冷蔵庫に冷凍庫、2階は社員食堂、3階には予備室……」


「予備室? それって何ですか?」


「誰も居ないし、誰も来なくて静かにお話できるところなんですよ」


「ああ、やっとマトモに打ち合わせができるみたいな……」


 ――なんて会話をしてるうちに……


 荷物用エレベーターは3階に辿り着き、エレベーターの自動ドアがノロノロと開いたのだった。


「浅間秋さん、さあ、こちらへ……」


 ――サツキさんはボクの手を握りしめると、エレベーターから見て、左の方に向かって……


 まるでブラックホールから光を全て吸われてしまったかに思える真っ暗闇な廊下を歩き始めた。


「サツキさん? 3階の廊下、電気が全然点いてなくて真っ暗なんですけど?」


「節電です。東日本大震災の後、弊社でも全社をあげて節電に取り組み続けているんですよ」


「ボクが通う中学校でも節電をやり続けてるから、大震災後の節電って、それは分かるんですけど……」


 ――でもさ、3階の廊下には窓が全然ないし、外からは月明かりはおろか、街灯の光すら射し込まないし……


「天井照明を全て消灯しているから、もう、目の前が真っ黒の真っ暗闇みたいな……」


「浅間秋さん、真冬の廊下は寒いですから……さあ、この部屋に入りましょう」


 ――なんてサツキさんから言われてもさ、そこに部屋があるのか真っ暗闇で見えないボクだし……


 何も見えない真っ暗闇の中、佐月ヤヨイさんは容易くドアを開けると、彼女はボクの手を引いて部屋の中に招き入れ、そして、いかにも彼女らしく丁寧にドアを閉ざしたのだった。


「浅間秋さん、気をつけてくださいね。この部屋は食堂の荷物置き場ですんで、あちこちに段ボールがありますんで」


「って言われても、真っ暗闇過ぎて、ボクには何にも見えないんですけど……天井にある照明とか点けないんですか?」


 ――真夜中に電気を点けていない地下室に入ったかのように、上下左右、四方八方、その全てが真っ黒の真っ暗闇みたいな……


 佐月ヤヨイさんから手を引かれて歩いているから歩けているというところが正直なボク。


 ――サツキさんから突き放されたら、ボクは絶対にエレベーターには戻れないよ……


 そう、ボクには目の前に居る佐月ヤヨイさんの姿形すら見えていない有り様で、床も壁も天井も、ボクが存在する空間にあるはずのものたち全てが見えてはいなかった。


 ――ボクは目が見えなくなって視力を失っちゃったみたいな状態になってるみたいな……なのに、自由自在に歩くサツキさんだし、摩訶不思議なサツキさんだし……


「って、うわっ!! ちょっと、サツキさん?」


 佐月ヤヨイさんはボクの手から彼女の手を放してしまったのだった。


「えぇー? サツキさん? どこに居るんですか?」


「秋ちゃん、あたし、ココに居るわよ」


 その声はボクの予想外にボクの背後から聞こえてきた。


 何も見えないボクは焦りおののきつつ、予期せず声が聞こえてきた背後に急いで振り返ったのだった。


「秋ちゃん、好きよ。あたしには暗がりでも秋ちゃんが光輝いて見えるわ」


 声が聞こえた方へと振り返るや否や、ボクは彼女から息が苦しいほどに抱きしめられてしまった。


「え? サツキさん、そんなことしちゃダメ……ん!? んー!?」


 そして、有無を言わさぬ強引なキスをされてしまっている。


 ――どうしよう……ボクの中へサツキさんの舌が舞い踊るように入って来ちゃったし!!


 彼女はボクから唇を離し、

「好き、大好き。好きよ、大好きなの」

と、呟くように言うと、再びボクの唇に彼女の唇を這わせはじめたのだった。


 ――っていうか、ちょっと待てよ……


 真っ暗闇で何も見えないボクだったが、ボクの嗅覚は暗闇でも難なく働いてくれている。


 ――ボクの嗅覚は人並み外れて秀でているわけじゃないけど……


 そう、香水を調合する職人さんのように秀でているわけではない。


 はたまた、一流のソムリエのように秀でているわけでもなければ、一流のシェフのように秀でているわけでもない。


 ――でも、この香りは天地が引っくり返ろうとも間違えたりしない!!


 髪から薫る香り、首筋から薫る香り、体から薫る香り、その芳香を間違えたりしやしない。


「おるこちゃん? 何をやらかしてんの? もしかしてさ、ボクが浮気しないか試したの?」


 ボクは唇を離すと、ボクに抱きついて強引なキスをかましてくれている彼女に向かって言葉を投げつけてしまった。


「あたしは佐月ヤヨイ……」


「はいはい、サツキさん!! ボクに抱きつくおるこちゃんの後方から声がけご苦労さんですね!!」


 ――相変わらず真っ暗闇で何も見えていないボクだったが……


 二人羽織りよろしく、河鹿薫子の背後から声を掛けた佐月ヤヨイさんへ、ボクは冷めた言葉を叩きつけていた。


 ――ああ、もう、この忙しい最中に……二人してさ、何をやらかしてくれてるんだよ、もう……


「秋ちゃん? 怒ってる?」


「おるこちゃん、事と次第によりけりだよ」


 ――こんなに訳ワカンナイことをやらかさなくちゃいけなくなっちゃってんだし、おるこちゃんはボクには解らない何かを抱えてテンパってるのかもしんないし……


 常日頃から訳の解らない行いばかりをやらかす河鹿薫子。


 ――でもさ、素のおるこちゃんは素直な女の子だったりして。だけどもさ、素直過ぎる側面もあったりして……


 そう、あまりにも素直過ぎて、邪な人間から踊らされがちな美少女、それが河鹿薫子だったりする。


 ――サツキさんに何かを相談して、サツキさんから提案された訳ワカンナイ行動かもしんないし……事態を把握しないまま頭ごなしに怒っちゃダメだし……


「秋ちゃん、あたしね、悔しかったの」


「え? おるこちゃん?」


「だって、あたしの秋ちゃんが夢中になってサツキさんの顔を見つめちゃってたから」


「は? ボク、サツキさんの顔を見つめちゃってたの?」


「うん、さっきの打ち合わせの時……あたしの秋ちゃんはあたしを見つめないで、あたしには知らん顔して、サツキさんの顔を見つめちゃってたの」


「そう来たか! 参っちゃったなぁ……」


 ――心に傷がある寂しがり屋のおるこちゃんをボクは無意識に寂しがらせてしまってたみたいな……ボクも心に傷がある寂しがり屋だから、おるこちゃんの気持ちリアルに解るし……


「ねぇ、秋ちゃん? あたしのこと怒ってる?」


 ――相も変わらず訳ワカンナイことやらかされちゃったけど、こりゃ怒れないや。だってさ、どんだけボクのことが好きなんだか解り易過ぎだし……


「ボクの可愛いおるこちゃんにキスしちゃうぞ」


「あっ! 秋ちゃん! ん……ん……」


 ――ボクは母さんが言ってた言葉を思い出しちゃったよ……


 それは、河鹿薫子は身体的には成熟しているが、心と精神、それはまだまだ未成熟だという言葉だった。


 ――今実感した。たった今、染々と実感させられたよ……


「おるこちゃんの心にある傷とさ、ボクの心にある傷、それらは違う傷」


「秋ちゃん?」


「でも、心に深く刻まれた傷があるから解る」


「秋ちゃん? 秋ちゃん?」


「ボクにはおるこちゃんの苦しみが解る」


「秋ちゃん!」


「おるこちゃんは気づいてくれた、ボクの中にある……」


「うん、あたし、解る! 秋ちゃんが言いたいこと解るわ」


「おるこちゃんの心にある傷、ボクの心の中にある傷、ボク達二人の原因は全然違うけれど……」


「うん、秋ちゃん。全然違うけど、でも、そっくりな痛さを抱えてるの」


「うん、そうだよね。そうなんだよね」


「うん、そうなのよ」


 ――愛し合える出会いは千載一遇なもの……


「それは千年に一つしかない偶然そのもの」


「え? 秋ちゃん?」


 ――愛し合える千載一遇とは……


 その愛し合える千は、具体的な数値の千という、そんな数値化できる御粗末な意味での千ではないとボクは実感していた。


「そう、愛し合えるその千は、数え切れない位に無限の数という意味だとボクは思っている」


「えっと、あの、秋ちゃん? 独り言で何を言ってるの?」


 ――天空に輝く星々は数え切れるもんじゃないけれど、ボクにとっての愛し合える千載一遇、それは……うん、もちろん、それは、ボクの、ボクだけのおるこちゃん!!


「おるこちゃん、数え切れない位に無数の星達の中からボクの掌に舞い降りて来てくれてありがとう。やっぱりボクにはおるこちゃんしかないよ」


「いやん、嬉しい!! 秋ちゃんこそ、あたしの胸に舞い降りて来てくれて、嬉しい幸せだもん。あたしこそ、ありがとうだもん。だって、あたし、秋ちゃんを愛してるもん」


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