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あたしたちが「おでん」です。  作者: 千葉あんず
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第11話、憎さあまってラブラブ百倍


「あ、そうそう、秋ちゃん、あのね、例の生徒会選挙の話なんだけど……」


 ――ボクは母さんの言うことを利いてさ、ちゃんと大人しく布団にくるまってるんだよ……


「おるこちゃん? 生徒会選挙がどうかしたの?」


 ――でね、もうすぐ昼の12時になろうかなって感じの頃合いになっていて……


「実は、あのね、生徒会長の候補者……秋ちゃんだけになっちゃったのよ」


 ――母さんは台所で鼻唄を唄いながら昼ご飯を作ってくれてるんだ……


「っていうか、はい? ボクの他に、確か、えっと……3人の候補者が居たはずだけど?」


 ――でね、でね、おるこちゃんはボクが寝転んでる布団の小脇に座って看病してくれてるんだよ……


「うん、そうなんだけど、あのね、あのね……」


 ボクの質問に何と応えようか言葉を探している様子の河鹿薫子は、彼女自身の間をもたせるが如く、ボクの額から濡れタオルを取って手に持つと、氷が幾つも浮かぶ洗面器の水中で冷やし始めた。


 そして、タオルを『きゅ』っと絞ってからボクのオデコに優しく乗せてくれたのだった。


「あ……オデコが冷んやりして気持ちイイよ。おるこちゃん、ありがとう」


「うふふ、秋ちゃん……ねえ? あたしの秋ちゃん?」


「え? おるこちゃん、なぁーに?」


「秋ちゃんに、あたし……キスしてイイ?」


 ――って、イキナリ、何だ、そりゃ?


「だだだだ! ダメだよ!! だってさ、台所に母さんが居るんだから!!」


「うふ、えへ……やっだもぉーん」


 ――うわぁー! キスされちゃったし! 母さんに見られちゃったら、もう、スッタモンダ大騒動炸裂しちゃうし!!


「秋ちゃんの風邪、あたしがもらえば秋ちゃん治るもん。だから、もう一度キス……ん……ん……」


 ――ああ、またキスされちゃったし! ボクの母親が間近に居るのに、おるこちゃん、舌を絡めるディープなキスかましてくれてるし!!


 河鹿薫子、相も変わらず度胸満点のイケイケな美少女だった。


「うふふ……秋ちゃんとのキス、あたし、すっごく気持ちイイのよ。あたしね、秋ちゃんとキスしてる時が一番幸せだし」


 ――ああ、もう……おるこちゃんは男のボクよりエッチなんだからマイッチングだよ……


「っていうかさ、生徒会選挙の話は?」


「え? 秋ちゃん?」


「いや、だからさ……その話ってさ、もしかして、おるこちゃんとボクにとって大切な話なんじゃないの?」


「いやん! 忘れてたわ!」


 ――おいおいおいおい、さっきの今で忘れないでよ……


「おるこちゃん? 生徒会長の候補者がボクだけになっちゃったって言われただけじゃ意味ワカンナイんだけどさ……実際、どういうことになっちゃってるの?」

「うん、あのね……生徒会長の候補者だった人たち、今朝までに全員が立候補を辞退しちゃったのよ」


「えぇー!? どうしてさ!?」


 ――昨日まで張り切って選挙活動してた生徒会長の候補者全員が、今日になったら辞退してたって……


「うーん、秋ちゃん……あのね……」


 ――全然、全く、少しも、ちっとも、皆目、こっぱミジン的に訳ワカンナイし!!


「おるこちゃん、もったいぶらないで早く話してよ」


「うん、実はね……」


 なんて、会話を夢中になってしている中、

「はーい、お待たせ。お昼ご飯できたわよー」

なんて、母さんはボクが寝ている寝室に特大のお盆を抱えて来てしまったのだった。


「あちゃぁ……母さん! タイミング悪過ぎだし!」


「ねえ、薫子ちゃん?」


「え? お母様?」


「もしかして、選挙活動も大してしやしないうちから、生徒会長候補者達、秋ちゃんの凄まじいカリスマ性に肝を冷やしちゃったんじゃないかしら? 秋ちゃんはね、ちょっと本気になれば凄まじいカリスマ性をプンプンとオーラに載せて振り撒いちゃう子だから……そんなこんなで、情けなくアッサリ諦めて、生徒会長候補者の皆さんはアッサリと辞退したんじゃないかしら?」


 ――うーわっ! 母さん、全然ボクの話なんて聞いちゃいないし!


「っていうか、あんまり長いセリフは読者が嫌がるから……そんな一気に喋っちゃダメだし……」


「お母様、良く分かりましたですね」


 ――うわ、うわ、うわっ! おるこちゃんもボクの発言スルーだし!


「ボクの読者が嫌がる発言、絶対的な突っ込みどころなのに、おるこちゃん、スルーしちゃったし……」


「あはは! 今時の若い子たち、みんな勝ち取る根性がないのねぇ」


「え? 母さん? 勝ち取る根性って?」


 特大のお盆を抱えて寝室に立ったままの母さんは寝室の床へ静かに正座をした。


 そして、特大のお盆から、ボクの枕元には小さなお盆ごと土鍋を置き、河鹿薫子には母さん手作りのサンドイッチが満載された大き目の皿を手渡したのだった。


「え? お母様? あたし、お邪魔虫なのに……お昼ゴハンとかご馳走になってイイんですか?」


「もちろんよ、薫子ちゃん。秋ちゃんに持ってきてくれた素敵な薔薇の花束のお礼の気持ちですもの。どうぞ、遠慮しないで召し上がれ」


「えへへ……はい、いただきます、お母様」


「えっと? 辞退の真相の話は? それにさ、勝ち取る根性ないとかって話は?」


 ――なんていうボクの発言なんてそっちのけみたいな? っていうか、母さんとおるこちゃん……


 お互いに満面の笑みを露にしつつ、お互いに屈託なく微笑み合いながら、母さん手作りの出来立てサンドイッチをパクパクと食べている。


「あら? 秋ちゃんは具合いが悪過ぎて自分で食べられないのかしら?」


「ああ、もう……母さん、そうじゃなくってさ……」


「あらあらあら、秋ちゃん? そうじゃないって?」


「だからさ、母さんが言った……辞退の話とか、勝ち取る根性ない話とか、そっちが気になってさ……」


「秋ちゃん、秋ちゃん! あたしが食べさせてあげる!」


 ――うわっ! おるこちゃん……相変わらず唐突やらかしまくりだし!


「おるこちゃん、恥ずかしいからイイよ」


「うふふ……秋ちゃん、秋ちゃん……」


 ――おるこちゃんは嬉しそうにレンゲにお粥をすくい、熱々のお粥を『ふぅーふぅー』冷ましながら……


「秋ちゃん、秋ちゃん、あーんして」


 ――なんて、おるこちゃんがお見舞いで持ってきてくれた真っ赤な薔薇みたいに顔を紅潮させつつ照れながら……


 河鹿薫子は上目使いのはにかんだ可愛らしい仕草でボクに向けて笑顔を見せている。


「秋ちゃん? あなたのお嫁さんになる愛らしい薫子ちゃんなのよ。ほら、秋ちゃんは薫子ちゃんの優しさを受け入れなさいな」


「お母様ってば! いやん、うふふ……」


 ――おるこちゃん、せっかく吹いて冷やしたレンゲのお粥、土鍋にレンゲを戻しちゃって……


「あはは、いやん。うふふ、えへへ……」


 ――あぁーあ、おるこちゃん、熱々の土鍋ん中でレンゲをグリグリかき混ぜちゃってるし……



「薫子ちゃん、あのね……ウチの秋ちゃんはね、とても根性のある子なのよ」


「えぇー? 母さん、また話題を変える気なの?」


 ――話がアチコチに転々とするのはボクの母さんにありがちな話題展開だったりするから気にしないでほしい……みたいな……


「っていうか、はい? 母さん? おるこちゃんに向かってさ、何を言ってるの? 恥ずかしいからヤメてよ」


「あら、秋ちゃん? 今のは親バカじゃないわよ。これは母さんの本音なのよ」


 母さんは優しい笑顔でボクに向かって言ってくれていた。


 ――うん、ボクは母さんの子だから良く良く解ってるし。母さんは、誰にでも構わず、とてつもなく怖いくらいに、ザックリとした本音をズバズバ言う人だし……


「お母様、あたし解ります。秋ちゃん、メッチャ根性ありまくりなんですよね」


「あら、流石は薫子ちゃんだわ。良く解っているじゃない」


「はい、お母様。あたし、誰よりも秋ちゃんのこと解ってますから」


「ふぅーん……そうなの」


 ――あれ? 母さんの顔から笑顔が消えちゃったし……ってかさ、急に怖い怒り顔になっちゃったし……


「あ……あら? え? あの? お母様?」


 ――おるこちゃんは、急に笑顔が消えちゃったボクの母さんに対し、メチャクチャ困惑の表情になっちゃったし……


「えっと……母さん?」


「あ、あの……お母様?」


 ――ボクとおるこちゃんからの問い掛けなんてウッチャラかすかのように……


 ボクの母さんは河鹿薫子の顔を真正面から見据え始めたのだった。


「もしかして、秋ちゃんは薫子ちゃん達からの長い長いイジメに耐えたから……かしら?」


 母さんの言葉が終わるや否や、我が家の寝室の中が、びっくりする位に、もう、一瞬にして氷点下の空気になってしまう。


 ――うわっ! 母さんの顔、メチャクチャ怒った顔になってるし! 我が母ながら……その怒った顔、メチャクチャ怖いし!


「お母様……ごめんなさい……」


 ――ああ……おるこちゃんは泣きそうな顔になっちゃったし……


「薫子ちゃん? あたしに謝ってどうするの?」


「でも、あたし、あの……お母様、あたし……」


 ――内緒にしてたけど、ボクの母さん、元ヤンです……


「薫子ちゃん? あなたはイジメられたことってあるのかしら?」


「あたし……ないです」


「今まで生きていて一度もイジメの対象になったことがないのね?」


「はい……あたし、イジメの対象になったことないです」


「じゃあ、あなた、秋ちゃんが味わってきた苦しみなんて解らないんじゃないのかしら?」


「あ……お母様……」


「薫子ちゃん達からね、秋ちゃんが味あわされたイジメの辛さ、生半可な辛さじゃないのよ!! 分かりもしないくせに!! その知ったかぶり、今すぐお止めなさい!!」


「母さん、もうイイよ! 母さん! ボクは大丈夫なんだから……」


 ボクの言葉に母さんは、ほんの一瞬だけ、いつもの優しく母性に満ちた笑顔をボクに見せてくれた。


 しかし、それは一瞬の一瞬だけで、すぐさま冷たい表情に戻り、その冷たい表情を河鹿薫子に向け始めたのだった。


「自分自身で経験したことがありもしないことを、あたかも知り尽しているような、そんな錯覚で自己満足する子供を、なるべく早く卒業しなさいね」


 ――うん、母さんが今言ったこと、ボクは小学生の頃から実践してるよ。経験しもしないで知識だけで解った気になるのなんてさ、頭デッカチ浅はかの寸足らずだもん……


「ねえ? 薫子ちゃん?」


「はい、お母様……」


「あなた、秋ちゃんのために死ねるかしら?」


「え? お母様?」


「あたしはね、秋ちゃんのためなら喜んで死ねるわよ」


「母さん! ボクの母さん! ボクだって母さんのためなら喜んで死ねるよ! ウソじゃないよ、本当の本気だよ!」


「え? 秋ちゃん?」


 河鹿薫子、ボクたち母子の会話に対し、『訳がワカラナイ』という表情を最前面に顕にしているが、その一枚下にあるレイヤーに現された表情に、残念ながらボクは気づけてはいなかった。


「ボクに命をくれた母さん! 離婚しちゃって、女手ひとつの独りぼっちでボクを育ててくれた母さん! ボクは尊敬する母さんのためなら喜んで死ねるよ!」


「まあ、秋ちゃんは何て可愛らしいのかしら。母さんには秋ちゃんが居てくれたもの、母さんは独りぼっちになったことなんてないわよ」


「うん、解るよ母さん。いつもボクには母さんが居てくれたからさ、ボクだって孤独になったことなんてないし!」


 河鹿薫子は茫然自失とした表情で、

「あ……秋ちゃん?」

とだけ呟くと、瞬きも忘れたかのように、彼女の真ん丸な瞳を見開いてボクを見つめ始めた。


「薫子ちゃん、あのね、秋ちゃんはあたしの生き甲斐なの。あたしは秋ちゃんが居てくれたから、だから、絶望に負けないで今まで生きてこられたんですもの」


「あ……お母様……」


 今度はボクの母さんを無表情で見つめ始めた河鹿薫子は、

「素敵だわ……」

と、一言だけ呟くや、突然に、予告もなく泣き始めてしまったのだった。


「え? おるこちゃん? 何で泣いちゃうの?」


 ――どうしておるこちゃんが『素敵だわ』なんて呟きながら泣き出しちゃったんだかワカンナイし……


「あたし……秋ちゃんがうらやましい……」


 ――うわ、大変だ! おるこちゃん、赤ちゃんみたいに無防備な泣き顔になっちゃったし!


「おるこちゃん、ほら、泣かないでよ」


 母さんが見ているというのに、ボクは無意識に、我を忘れたかの様に泣きじゃくる河鹿薫子を思わず抱きしめてしまった。


「大嫌いなの!! あたし、自分の両親が大っ嫌いだから!!」


「え!? おるこちゃん!?」


 ボクには河鹿薫子が言ったことがあまりにも突飛過ぎた発言にしか聞こえず、苦くも辛くも、皆目のこと理解できなかった。


「大嫌いなの!! 今すぐに親子の縁を切りたい位に大っ嫌いなの!! だから、あたし……秋ちゃんがうらやましい……秋ちゃんがうらやましいの!! 秋ちゃんとお母様の素敵な絆が……あたし、うらやましいの!!」


 ――うわぁー!! 生まれて初めてボクの彼女になってくれた、ボクの大切なおるこちゃんが取り乱しちゃってるし!!


「おるこちゃん、お願いだから泣かないで……」


 ――こんなスッタモンダの有り様の中……


 ボクの母さんは笑顔でボクに目配せをした。


 ――うん、母さん! ボク、母さんが言いたいことが瞬時に解ったよ!


 母さんの目配せの意味を瞬時に理解したボク、間髪入れずにボクも母さんへ目配せを返したのだった。


 ――それはね、ボクたち母子ならではの絆があればこその以心伝心みたいな……


「秋ちゃん!! 秋ちゃん!! 秋ちゃん!!」


「おるこちゃん、お願いだからさ……ほら、落ち着いて……」


 ――ボクからの目配せを理解した母さんは、極力のこと気配を押し殺しながら……


 それでいてさりげなく河鹿薫子とボクの会話が聴こえる間合いに姿を隠してしまったのだった。


 ――えっとね、解り易く言い直すとさ……


 先ず、ボクの母さんは寝室から出て行きながら、パタリと、寝室と居間を仕切る襖を閉めてしまっていたのだった。


 ――でね、寝室から姿を消して隣にある居間に行ってしまった母さんは……


 ボクと河鹿薫子の会話が聞き取れるように、静かに居間に佇んで聞き耳をたてているという様相を呈していたりする。


 ――実はさ、母さんの目配せは、『おるこちゃんが抱えている、おるこちゃんの心中に秘められた悩みをキチンと聴いてあげなさい』って合図だったんだよ……



「っていうか、おるこちゃん……ボクさ、やっと解ったよ」


「え? 秋ちゃん?」


「おるこちゃんが『助けてほしい』って言ってた意味がさ、やっと解せたんだよ」


 ――布団に上半身だけ体を起こしたボク……


 河鹿薫子をシッカリと抱きしめたまま、ボクは右手で愛らしい彼女の頭を優しく撫で始めていた。


「秋ちゃん、気持ちイイ……お願い、もっとナデナデしてほしいの」


「うん、もっと撫でてあげるから……だから、落ち着いて、おるこちゃん」


 ――ボクの目の前にはおるこちゃんの頭があって、おるこちゃんはボクの胸にね、顔を隠すみたいにしがみついているんだよ……


「おるこちゃん? ボクに向かって『守ってあげたいし、守ってほしい』って言ったこと……その日のこと覚えてる?」


「うん、もちろん! 忘れるわけないし、シッカリと覚えてるもん! あたしが清水の舞台から飛び下りる思いで秋ちゃんに告白した日……あの日に、あたし……」


 ――ボクは相変わらず、ボクが回ってるんだか、地球が回ってるんだか、サッパリ判らない位に体調がスコブル悪いままで……


 起き上がっていると目眩がしてしまうがため、どうしても布団へ横になりたくて仕方がなかった。


 そのため、ボクの胸にしがみついている河鹿薫子を抱きかかえたまま、ゆっくり、静かに布団へ横になったのだった。


「え? あ……秋ちゃんのお布団に……あたし、一緒に寝ちゃってるし」


「ボク、寝汗をかいたままだし……汗臭いからヤダ?」


「んーん、あたし、嬉しいもん。秋ちゃんのお布団に一緒に寝ちゃった記念日だもん」


「あはは! 記念日って、そんな大袈裟だよ」


「うふふ……秋ちゃんが男の人の匂いさせてるなんて珍しいわ。寝汗をイッパイかいちゃったから、そのせいで秋ちゃんから男の人の匂いみたいな」


 ――布団へ横になったボクとおるこちゃんは向かい合わせで寝転んでるんだよ……


「秋ちゃんの男らしい匂い……あたし、とっても気に入っちゃったかも」


「ボクね、ボクさ……おるこちゃんを助けてあげる」


「え? 秋ちゃん?」


「っていうか、ボクはおるこちゃんを助けたくて堪らなくなっちゃったよ」


「秋ちゃん、秋ちゃん……本当に? ホントにあたしを?」


「でもさ、どうやったら助けられるんだかさ、ちゃんと話してくれないとワカンナイし」


「あ……うん、そうよね……」


 河鹿薫子は、唐突にコロンと布団の上を転がって、彼女は無言のままボクへ背中を向けてしまった。


 ――ボクの目の前には大好きなおるこちゃんの可愛いポニーテールが……


「おるこちゃんってさ……」


「え? 秋ちゃん?」


「おるこちゃん、シコタマ、スコブル、ポニーテールが似合うよね」


「うふふ……秋ちゃんはあたしのポニーテール……好き?」


「うん、もちろん! ボクはおるこちゃんの可愛いポニーテールが大好きだよ。だってさ、メチャクチャ似合ってるし、最高に可愛いし」


「いやん! 秋ちゃんったら、もう……いつもハッキリ言ってくれるから、あたし、すっごく嬉しいわ」 河鹿薫子のポニーテールは艶つやしていて真っ直ぐな黒い髪。


 ――ボクは脱色とかカラーリングしちゃった不自然な髪の毛なんて大嫌いだから……


 ナチュラル極まりない河鹿薫子の自然そのものな黒髪に惚れぼれしちゃっていたりする。


 ――っていうか……そういえば、ボク、ポニーテールじゃないおるこちゃんを見たことないや……


「あのね、実はね……あたし、自分の母親と上手く行ってないの」


「え? おるこちゃん?」


 ――しまった! ボクはおるこちゃんのポニーテールを夢中になって見つめて撫でちゃってて、おるこちゃんとしてた、スコブル肝心な話題を置き去りにしちゃってたし!


「ずっと、ずっと、ずぅーっと以前から……もう、幼稚園の頃から犬猿の仲なの」


「えぇー? おるこちゃん、そんな話って……ボク、初めて聞いたみたいな」


 ――おるこちゃんの家族のこととか考えたこともなかった……やっぱり、ボクって子供っていうか……大人から見たらガキんちょでしかない程度なんだなぁ……


「んもう、あたし、早く働けるようになりたいわ。そうよ、早く働ける年齢になりたくて堪んないのよ」


「え? 早く働けるようになりたいって……


 ――あ、そっか。きっとアレだ……


「おるこちゃんには将来的なビジョンみたいな、生涯の目標みたいな……そんな、何か、アレがあるみたいな?」



 ボクにポニーテールを見せて寝転んでいた河鹿薫子、急に起き上がり、ボクの枕元で正座をするや否や、

「あたしね、あたしね、あのね、あのね……早く働けるようになって、お金貯めて秋ちゃんと結婚したいの!!」

と、唐突に大きな声で言いつつ、彼女は両手を床について、まるで、ボクの目の前で土下座するような格好になってしまった。


「え゛? おるこちゃん?」


「あたし、あたし、あたし!! 秋ちゃんと結婚したいの!! そうなのよ、あたし、秋ちゃんと結婚したくて堪らなくなっちゃったのよ!!」


「うわっ! 急に大声で……びっくりしちゃったじゃんか!」


「お願いします、秋ちゃん!! お願いだから、もう、ホントにお願いします!!」


「え? おるこちゃん?」


「秋ちゃんはあたしに奪われて!! 秋ちゃんはあたしから狩られて!!」


「うわぁ……ボクの心拍数、一気に2倍増量キャンペーンになっちゃったし」


 ――っていうか、『あたしに奪われて、あたしから狩られて』って……おるこちゃんはハチャメチャな真性の肉食系みたいな……


「ねぇ、ねぇ? 秋ちゃん? あたしを助けくれてもイイ?」


「うん、ボクなんかがおるこちゃんを助けられるなら……大好きなおるこちゃんを助けてあげたいけど……」


 ――でもさ、おるこちゃんは何を助けてほしいんだか、その核心的なアレが、助けてほしいコアの部分がワカンナイんだってばさ……


「あたしが働けるような年になったら……秋ちゃん? あたしと結婚してくれてもイイ?」


「ってかさ、おるこちゃんの結婚相手がボクでなんかでイイの?」


「いやん!! あたし、秋ちゃんがイイの!! あたし、秋ちゃんがイイんだもん!!」


「でもさ、ボクたちさ、まだ中学生なんだし、オコチャマ炸裂の子供なんだし……」


「え? 秋ちゃん?」


「ボクなんかよりイイ人との出会いとかさ、大人になりゆくこれからじゃないかなぁーって思うんだけど……」


「いやん! いやん! あたし、秋ちゃんがイイの!!」


「っていうかさ、結婚したら助けてあげられるの?」


「うん、結婚してくれたら助けてもらえたことになるんだもん」


「えっと……はい? 結婚したら助けてあげたことになるって……ハテナ?


 ――おるこちゃん、相変わらず意味不明な発言が得意だし……


「あ……そういえばさ、おるこちゃん?」


「え? 秋ちゃん?」


「さっきっていうか、随分と前の今さっき話してた生徒会選挙の話だけどさ……」


「は? 秋ちゃん?」


 突然の話題転換に河鹿薫子はキョトンという擬音が似合う顔になってしまった。


「どうしてボクなんかを?」


「え? 秋ちゃん?」


「だからさ、どうしてボクなんかを生徒会長に推薦したの?」


 ボクがその質問をするや否や、河鹿薫子は、寸分たりとも間髪を入れず、満面の笑みでボクへ言葉を返してくれた。


「うふふ……決まってるじゃない、そんなの……あたし、秋ちゃんの不思議なカリスマ性に気づいたからよ」


「え? ボクの不思議なカリスマ性? 意味ワカンナイし……」


 ボクは起き上がって押し入れの襖を開けると、押し入れの中から座布団を一枚取って河鹿薫子へ手渡した。


「秋ちゃんってね、色々な意味でね、メチャクチャ目立っちゃってるのよ」


「は? ボク、目立ってるの?」


「うん、秋ちゃん、メチャクチャ目立っちゃってるのよ」


「でもさ、ボクは何も目立つことなんてしてないけど?」


「うん、分かるわ。あたし、ちゃんと分かってるわよ」


「ボクさ、イジメられたくないから……ボク、学校じゃさ、逆にね、目立たない様に気配を無くす努力ばっかりしてたんだけどさ……」


「うん、うん、分かるわ。それ、とっても分かってるわよ」


 河鹿薫子、座布団を二つ折りにしてボクの布団の小脇に置くと、彼女はそれを枕にしてコロンと畳の上に寝転んだ。


 ――ボクはボクで自分の布団にコロンと寝転んだんだけど……


「秋ちゃん……あたしの秋ちゃん……」


「え? おるこちゃん、なぁーに?」


「秋ちゃん、秋ちゃん、うふふ……」


 ――おるこちゃんはニコニコしながらボクと向かい合わせに寝転んでいるんだよ……


「あのね、秋ちゃん……」


「うん、おるこちゃん……」


「何もしていないのに、タダそこに居るだけなのに目が離せなくなっちゃう、それが本物のカリスマなのよ」


「は? 何だ、そりゃ?」


「秋ちゃん、あのね……カリスマ店員とか、カリスマ何とか神とかみたいな、流行みたいに色んなカリスマ何とかって言われてるじゃない? ホントは大したことない人なのに」


「うん、巷でチヤホヤされてるカリスマ何とかってさ、そりゃモノホンのカリスマに値してない程度のチンクシャなモンだろっていう、お粗末で安っぽくてツマンナイやつとかが圧倒的多数なんだよね」


 河鹿薫子はボクの顔に手を延ばし、何だか良く判らないが、彼女の人差し指でボクのホッペをツンツンと突っつき始めた。


「本当のカリスマってね、何もしないでね、黙ってソコに居るだけで炸裂したカリスマを感じられるものなのよ。あたし的にはね、それが秋ちゃんなのよ」


 ――はい?  ボクが? えっと? あの……はい? イマイチっていうか、カラッキシも良くワカンナイおるこちゃんの物言いだし……


「うふふ、秋ちゃんったら……全然ワカンナイって顔してるわ」


「うん、ボク、全然ワカンナイし」


 河鹿薫子、今度はボクの唇を指先でツンツンし始めた。


 ――あ……おるこちゃんの指先が気持ちイイ……


「あたしね、演劇部で色んな舞台に立つし、色んな劇団なんかの色んな客席に座ったりもするのね」


 ボクの唇をツンツンしていた河鹿薫子、ボクのオデコを触ったと思ったら、彼女は予告なくして急に起き上がった。


 そして、河鹿薫子は、彼女の話をボクに聴かせつつ、幾つもの氷が浮かぶ洗面器の水中に沈んでいたタオルを手に取って絞り始めたのだった。


「でね、例えば……客席に座って、あたし、他校の演劇部が舞台上で熱演してるのを観たりしてて……」


 ――なんて、おるこちゃん、話を続けながら、絞ったタオルをボクのオデコに優しく乗せてくれたし……今までオデコに乗ってて温まっちゃったタオルと乗せ替えてくれたし……


「舞台で熱演する主役よりもね、何にもしていない脇役っていうか……」


 ――あ! おるこちゃんの手が気持ちイイ!


「セリフすら無いその他大勢役で、ただ舞台の片隅に居るだけの……」


 河鹿薫子は話をしながらボクの髪を撫でてくれている。


「ホントにね、何のために居るのか解らないような……」


 ――おるこちゃんの撫で撫で、ああ、気持ちイイ。マジでヤバイ位に気持ちイイ……


「そこにタダ居るだけの誰でもイイみたいな、その他大勢の端役でしかないみたいな……」


 ――ああ、おるこちゃん……風邪の苦しさなんてフっ飛んじゃうくらい気持ちイイよ……


「そんなね、居ても居なくてもイイみたいな役をしてる人から目を離せなくなるなんて、そういう不思議なカリスマ炸裂のオーラを感じちゃう時がたまにがあるのよ」


「へえ、そんなことあるんだ。そりゃ不思議な話だね」


「うん、とっても不思議な話よね。でね、どうして、その人が主役をしないのかしらって思っちゃう……、あたし的にね、不思議な感じを抱いちゃうこともあったりして……」


 突然、ボクの頭を撫でている河鹿薫子の手が止まった。


「あたし、あたし……神憑りなカリスマ炸裂のオーラを炸裂させてる秋ちゃんが、どうして、何で、あたし達の学校で主役をしてくれないのかしらって……あたし、あたしね、不思議に思う様になっちゃったのよ」


「は? ボクが我が校の主役? ボクが神憑り? おるこちゃん? 話が唐突に飛んでない?」


「うふふ……カリスマ秋ちゃんは生徒会長じゃなくたってイイのよ」


「へ? おるこちゃん?」


「ただ、秋ちゃんは全校生徒の主役にならなきゃならないカリスマ性を持った人だって、あたし、気づいたから……みんなのために何でも出来ちゃうカリスマ炸裂させた人だって気づいたから……」


「はあー? そんな大それたカリスマ性とかをボクが?」


「うん、秋ちゃんには神憑り的なカリスマ性が凄くあって……だからね、その他大勢の生徒で埋もれたままなんて勿体無いのよ」


 ――ボクは発熱していて脳みそ半額位の思考能力しかないから、今おるこちゃんが言ってること、全く理屈じゃワカンナイや……


「とりあえずさ、おるこちゃんが言いたいカリスマ炸裂している人の話がさ、感覚的には解った気がするんだけど……」


「ホント? 解ってくれた? あたし嬉しいわ」


「いや、だってさ……おるこちゃんがね、まんまさ、そうじゃんか」


「え? あたし?」


「うん。だってさ、おるこちゃんが教室の中に居るだけでさ、教室の中は艶やかに華やぐじゃんか。それってさ、まんまおるこちゃんの炸裂するカリスマ性の摩訶不思議パワーがアリアリだからじゃんか」


「いやん、あたしの話はイイのよ。でもね、秋ちゃんも同じなのよ……んーん、同じなんてレベルじゃないのよ。だって、秋ちゃんには人智を超えた女神様が常に加護しているから……だから、あたしなんかには到底のこと真似できやしない神秘のカリスマ性が秋ちゃんには……」


 ――ボクも同じだって? おるこちゃんと同じ? いや、それ以上の神秘的カリスマ炸裂とか? そんなバカな!!


「我が校の誰もが認めちゃうっていう、ウチの全校生徒のアイドルおるこちゃんとさ、クラス全員からイジメられてたボクが同じとか、それ以上のカリスマ炸裂とかヤラカシテるって?」


「あ……秋ちゃん……」


「何が、どこが同じだって言うのさ!? どこが以上だって言うのさ!? 全然、全く、少しも、微塵も意味ワカンナイよ!! 神秘的なカリスマ炸裂している人間がさ、登校拒否したくなるようなイジメ受けまくってたなんてさ、何が何だかワカンナイよ!!」


 ボクの荒だった言葉を聴くや否や、河鹿薫子は泣きそうな顔になってしまう。


「秋ちゃん……ごめんなさい。あたし、秋ちゃんにイジメとかして辛い思いを……ごめんなさい……」


 ――おるこちゃんはボクを好きだって、もう、かれこれ、数え切れないくらいに、沢山、シコタマ沢山も言ってくれてるけど……


「秋ちゃん、秋ちゃん……ごめんなさい、ごめんなさい」


 ――そんなおるこちゃんだからさ……


「ごめんなさい。秋ちゃん、ごめんなさい」


 ――おるこちゃんと一緒に居てさ、おるこちゃんは本当の本気でボクのことが好きなんだなぁーって良く良く解るよ。でもさ……


「あ……秋ちゃん? ごめんなさい、許して。あたし、秋ちゃんが好き、好き、大好き。一生かかっても償いたいから……許して、お願いだから……」


 ――おるこちゃん、好きだって告白してくれる以前は……長い長い間、すっごいイジメをボクにやらかしていたんだよ……


「ねえ? 秋ちゃん? 嘘じゃないの。あたし、本気なの。あたしには秋ちゃんしか考えられないの……」


 ――どんだけ凄いイジメかって言えば……ボクがおるこちゃんを好きになれたのは奇跡だって位のイジメだったし……普通ならボクがおるこちゃんを恨んで当たり前ってレベルの凄まじいイジメだったし……


「えっと、あのさ、今だから冷静に訊けるんだけど……あのさ、どうしてボクをイジメたの?」


「秋ちゃんの存在感がもの凄かったから……」


「はい? ボクの存在感がもの凄かったとか言った?」


「うん、もの凄い存在感だったのよ。でね、あたし、秋ちゃんに畏怖みたいなのを感じちゃって……」


「え? ボクにイフみたいなのをって?」


 ――いふ? イフって何だっけ?


「あたし、怖くなっちゃって……思わず、あたしったら……」


 ――あ、解った。イフって、あの難しい漢字で書くアレのことみたいな……


「おるこちゃんが言ってるイフってさ……恐れておののきつつ、敬う心も混ざってるっていう、あの畏怖のことみたいな?」


「うん、秋ちゃん、その畏怖なのよ。でね、あたし……思わず、クラスメイトとかと徒党を組んで、調子こんで、束になってイジメとかしちゃったみたいな」


 ――ボクの存在感がもの凄かった? ボクが怖くなっちゃった? ボク、何にもしてなかったのに?


「あの頃のあたし、まだ秋ちゃんの神がかりなカリスマ性を正しく理解できてなかったから……」


「はい? 全然意味ワカンナイけど?」


「秋ちゃん、あのね……ウチのクラスの全員、すっごく、すっごく、果てしなく反省してるの」


「あのさ……今更、反省とかされてもさ……ボクの心の傷、ハッキリ言って消えないかもだよ」


 ――そう、消すのなんて無理だよ。だってさ、未だに悪夢を見ちゃう程なんだし……


「あ……あ、あたし、どうしよう……秋ちゃん……」


 ――長い間も繰り返されたもの凄いイジメの数々……それらを悪夢で見ちゃってうなされちゃうボク……


「イジメを許せても、ボクの心に刻まれた傷は……イジメからのトラウマという名の記憶は……」


「あ? 秋ちゃん?」


「記憶喪失にでもならない限り、もう、決してさ、ボクの脳裏からは消せないよ」


「あ……秋ちゃん……」


 ――だってさ、酷い時は睡眠障害で不眠症みたいになって、一晩中をも皆目のこと眠れなくって……


「ごめんなさい!! ごめんなさい!! 秋ちゃん、ごめんなさい!!」


 ――フラフラになりながら学校に行かなきゃなんないなんて苦しいことだって未だにアリアリなんだし……


「秋ちゃんが好きなの、大好きなの、嘘じゃないの……本当に好き、好き……大好き……愛してるの!! 愛してる!! あたし、秋ちゃんを愛してる!!」


 河鹿薫子の目に涙が湧き出し、彼女の大きな瞳は真っ赤に充血を始めていた。


「ボクも好きだよ。おるこちゃんが大好きだよ。きっとね、多分、ボク……生まれて初めて愛してるっていう気持ちを異性に……生まれて初めて、恋愛の愛してるっていう思いをおるこちゃんに抱いたんだもん」


「秋ちゃん……ホント? こんなあたしなんかを……ホントにホント?」


「おるこちゃん? ウソ言ってほしいの?」


「んーん、ホント言ってほしいもん。秋ちゃんの本当の言葉が聞きたいもん」


 ――他人が聞いたら訳の解らない会話になってるかも……


 でも、だけれど、子供なりに真剣に交している会話。


 お互いの想いをぶつけあっている真剣な会話。


 ――おるこちゃんとボクの恋愛は必死なんだよ……お子様の恋愛って大人は笑うかもしれないけどさ、ボクたち必死なんだよ……


「秋ちゃんの風邪が治って、秋ちゃんが学校に来たら……」


「え? ボクが来たら?」


「クラスメイトの全員で秋ちゃんに許されるまで謝ろうって、今朝のクラス会議で決まったの」


「はい? 何だ、そりゃ?」


 クラス会議、それはボクの学校で定期的になされるクラス単位の会議のこと。


 ――学校によっては、学級会とか、学級会議とか、その他諸々の呼び名が付けられている、自分たちのクラスだけで行う会議のことなんだけど……


「今朝、ガンジーせんせの前でね、クラス全員で、みんなで誓ったの」


「え゛? よりによってさ、ウチの担任のガンジーに? ってか、どんなことを?」


 ――あちゃあー!! よりによって、シコタマのこと、スコブルも面倒くさい人が一枚噛んでるってか?


「秋ちゃんが許してくれるまで謝罪をしますって……秋ちゃんが許してくれるまで償いますって、クラス全員で誓ったの」


「でもさ、ボクが許さなかったら? そうしたら……どうすんの?」


 河鹿薫子の頬を流れる涙をボクはタオルで拭いている。


 なのに、拭いても拭いても、後から後から、まるで湧き水のように、彼女の瞳から涙が溢れては頬を流れてくる。


「謝罪しても秋ちゃんが許してくれなかったら……」


「ボクが許さなかったら?」


「秋ちゃんが許してくれなかったら……」


 涙を流したまま、河鹿薫子、ボクを真っ直ぐに見つめ始める。


「秋ちゃんから許してもらえるまでね、クラス全員で秋ちゃんのために、献身的に身を尽そうって、ガンジーせんせの前で誓ったの」


 ――ボクを真正面から見つめてるおるこちゃんの熱い眼差しは……嘘偽り皆無な本気の目だし……透き通るように綺麗な瞳がキラキラ輝いているし……


 そんな屈託の無い本気の眼差しをボクへ注いでくれている河鹿薫子を、ボクは感動に包まれつつ、無意識に彼女の面前で両腕を広げ、彼女の想いを抱き留めるが如く抱きしめてしまう。


 ――ボク、おるこちゃんを好きになって良かった。それに、おるこちゃんがボクを好きになってくれて良かったし……ボクたち愛し合えて本当に良かった……


「あのね、3年生になってもクラスは今のまま変わらないってガンジーせんせが言うから……」


「え? クラス替えとかしないの?」


「うん。あたしたちの2年2組って、3年2組になっても、今のクラスメイトのままだってガンジーが……」


 ――1年から2年になる時はクラス替えしたのに、2年から3年になる時はしないってさ、初めて知ったよ……


「だから……3年生になっても……秋ちゃんが許してくれるまで……クラス全員で一生懸命に……秋ちゃんに……秋ちゃんに……」


 河鹿薫子はボクからギュっと抱きしめられたまま、ボクの耳元で囁くように、途切れ途切れに言葉をつむいでいたのだった。


「ああ、そっか……ボクさ、今さ、とっても大切なこと思い出したよ」


「え? 秋ちゃん? 何を?」


「うん……だからさ、憎しみと愛っていうのは紙一重だっていうことをだよ」


「え? え? 秋ちゃん? あたし、意味ワカンナイ……」


 ――可愛さあまって憎さ百倍みたいなアレみたいな……


「悲しいかな……人間の愛と憎しみは表裏一体なんだよ。おるこちゃんはボクに愛と憎しみ表裏一体やっちゃってたんだよ」


「いやん、どうしよう……あたし、秋ちゃんが言いたいことワカンナイし」


「あちゃあ……んじゃさ、おるこちゃんは無意識に可愛さあまって憎さ百倍をやらかしてくれちゃってたんだね」


「秋ちゃん? ねぇ、秋ちゃん? ちょっと難しい話になってきちゃってるみたいな……」


「おるこちゃんはボクのカリスマ性を憎しみイジメちゃって……」


「いやん……あたし、脳みそギリギリかも……」


「なのに、いつの間にかボクのカリスマ性を愛しちゃったみたいな? 無理矢理もじるなら、憎さあまってラブラブ百倍みたいな?」


「あ! 秋ちゃん! あたし、やっと解ったわ……憎さあまってラブラブ百倍って、それ、当たってるし!」


「え? おるこちゃん?」


「あたし、あんなに畏怖みたいなの感じちゃってた秋ちゃんのカリスマ性なのに、今は秋ちゃんのカリスマ性を愛してるもん! 憎さあまってラブラブ百倍そのまんまだもん!」



「おるこちゃん……ボク、やらなきゃいけなくなっちゃったみたいだよ」


「え? 秋ちゃん? 突然、何を言い出すの?」


 ――うーん……ボク、生徒会長をやんなきゃいけなくなっちゃったよ!


「そうだよ、ボクがやんなきゃダメなんだよ!」


「秋ちゃん? だから、何を?」


「おるこちゃんには今……クラスの皆に教えるより先に教えちゃうね」


「秋ちゃん? 秋ちゃん? 何を何を?」


「おるこちゃんの中にある、ボクに対して抱えちゃってる、キツクて辛いジレンマから解放される方法を……」


「うん! あたし、秋ちゃんから許してもらえるまで何でもするもん!」


「おるこちゃん……」


「あたし、秋ちゃんのためなら何でもしたいもん! だって、愛してるんだもん!」


 ――ああ、おるこちゃん……愛してる! 愛してる!! 本気でボクを愛してくれて、おるこちゃん、ありがとう……


 河鹿薫子、流れる涙を拭きもしないまま、彼女は嬉しそうな笑顔をボクに見せている。


「ねえ、おるこちゃん? ウチのクラス全員で頑張ってさ、ウチの学校からイジメを撲滅させようよ」


「へ? あら? 秋ちゃん?」

「イジメ皆無にできたなら、きっとさ、おるこちゃんもボクも心の中にあるワダカマリみたいなアレを無くせるよ」


「へ? ほ? え? 秋ちゃん?」


 ボクの言葉が意外な言葉に聞こえたのか、河鹿薫子はキョトンとした顔になってしまう。


「ボクさ、生徒会長やるよ」


「いやん! 秋ちゃんったら、ホントに?」


「うん、ホントにさ。その代わり、おるこちゃんが副会長やってくれたらの話なんだけどさ」


「うん、分かったわ」


「ああ、良かった」


「って、ちょっと待って!!」


「はい? おるこちゃん?」


「えぇー!? あぁーああー、あたしが副会長しなきゃなの?」


「ボクね、おるこちゃんを副会長に推薦する手続きをするよ」


「ああぁあーあぁー、秋ちゃん!?」


「明日は学校に行けるかな……まだ風邪で登校無理だったらさ、明後日とかに推薦手続きを……」


「って、どっひゃあー!! それ本気で言ってるの?」


「うん。だってさ、おるこちゃんはボクを一番解ってくれている、とても、とっても素敵で最高なパートナーだから」


「いやん、嬉しい。あたしが秋ちゃんのベストパートナーだなんて言ってくれて……うふふ……あたし、激オニ、超バリ幸せだわ」


「でさ、ウチの学校をイジメ皆無なモデル校にするから、ウチのクラス全員の協力が欲しいかな。それに協力してくれたらさ、クラス全員からのイジメ、キッパリと許すよ」


 ――ボクの言葉の何かに感激してくれちゃったらしいおるこちゃん……


 河鹿薫子は唐突にボクの胸にしがみつき、

「秋ちゃん!! 秋ちゃんって、やっぱりスゴイ!!」

と、彼女の高揚する心中もあらかさまに歓喜の声を荒げつつ言ってくれたのだった。


「ありゃ? おるこちゃん? ボクの何が凄いって?」


「だって、秋ちゃん、ジコチュウじゃないもん!」


「は? ジコチュウ?」


 ――ジコチュウって……えっと? もしかして、自己中心的みたいなアレのことかな?


「秋ちゃんは、どうして? 何で?」


「はい? おるこちゃん?」


「秋ちゃんってね、周りに居る人のことばっかり考えてるからスゴイし! あたしなんて自分のことばっかり考えちゃうのに……」


 ――やっぱり、おるこちゃんが言ってるジコチュウって、自己中心的っていうアレのことみたいな……


「ああ、なるほど。おるこちゃんの言いたいことが解せたよ」


 河鹿薫子もボクも、まだまだ幼さ残す子供であり、お互いに同い年の中学生。


 ――大人から見たらさ、まだまだチャンチャラ幼いお子様の中学2年生だし……


 そう、どんなに背伸びをしようと、大人から見たらママゴトみたいなレベルの思考と行動にしかならない、スコブルお子様中学生のボクと河鹿薫子。


 ――そんなお子様のボクたちの年頃ってさ、大抵は自分を中心にして考えるもんなんだよね。というか、あくまでも自分が先、んで、他人は後回しで考えるのがさ、いかにも子供らしい考え方ってやつだしさ……


「秋ちゃんってね、あたしも含めて、あたしたちみたいなガキんチョにありがちな『自分さえ良ければ』みたいな考え方しないから……あたし、秋ちゃんを尊敬しちゃうもん!」


「げっ! そんな……尊敬とか有り得ないし、そんなのって柄じゃないからヤメてよぉー」


「やっだもぉーん。うふふ、あはは……」


 河鹿薫子は盛んにポニーテールを揺らしつつ、可愛らしいアカンベーをしながら、おどけるようでいて照れたような笑顔でボクに言ってくれたのだった。


 そして、いかにも河鹿薫子らしく、

「うん、うん! 喜んであたし、秋ちゃんと学校でもラブラブ新婚生活するわ」

なんて、突拍子もないこともオマケに言ってくれたのだった。


 ――はい? 学校でも新婚生活って? おるこちゃん? 全然意味ワカンナイんだけど……


 加えて河鹿薫子、何の脈絡もなく唐突に、

「お母様、お母様! 秋ちゃんとあたしの話、バッチリ聴いちゃってますよね?」

と、襖の向こうに居て姿が見えないボクの母さんへ話しかけたのだった。


 すると、母さんはボクたちが居る寝室の隣にある居間で、

「どんがらがった! ガシャン! コケっ! ぼよよぉーん」

なんて、オヤクソクのようなラブコメムード上げ上げの擬音を聞かせてくれたのだった。


「えっと……ねぇ? 母さん、大丈夫?」


 ボクは布団から起きて立ち上がり、寝室と居間を仕切る襖を開けて、のろのろテクテクと居間に顔を出す。


「秋ちゃん? あちこちに飛び回ってた二人の会話に対して……母さんは何からツッコミを入れたら良いのかしら?」


 ――母さんは居間の畳に引っくり返しちゃった湯呑みを慌てて拾いつつ……


「卓袱台の上にあった布巾を大急ぎで掴んだと思ったら……」


 ――慌てふためきながら、母さん、水浸しになっている畳を拭き拭きしているし……


「いやん! お母様! ヤケドしなかったですか? 畳の床が手賀沼になってるし!」


「薫子ちゃん、大丈夫よ。これは印旛沼だもの」


 ――ああ、何てこったい……ボクがツッコミ入れなきゃいけないことになっちゃってるじゃんか……


「二人ともさ、千葉県に住む人にしかワカンナイっていうか……あんまりにも局地的でローカル過ぎるボケは困るんだけど……」


 ――ゴメンなさい! 手賀沼も印旛沼も、ボクたちが住まう千葉県にある沼の名前でさ……


「どっちの沼も『濃く淹れ過ぎちゃったお茶』みたいな色した水が溜ってる沼でさ……」


 なんて、ボクは楽屋ばなしをする羽目になるとは思わなかったなんてのは内緒ばなし。


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