沈まない落日
【第7回フリーワンライ】
お題:斜日の陽は影を伸ばして、恋人の罠
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
太陽が山の向こうへ消えようとしている。
黒板の上にかかった時計の針が、もうすぐ五時を指し示そうとしていた。
教室の窓から西日が差し込む。じりじりと太陽は空の向こうへと落ち込み、斜日の陽は影を伸ばしていく。
窓際に立つ彼女の影が教室の入り口にまで届いた時、その入り口が開いた。それを待っていたかのように、彼女はゆっくりと振り返った。
逆行になっていて、その表情は見えない。紺のブレザーはまるで、深宇宙のように凝り固まった黒だった。
「先輩!」
教室に入るなり、彼は開口一番そう言って彼女に詰め寄った。
「本当なんですか、クラブ辞めるって――いや、クラブそのものをなくすって」
彼女は窓枠に手をついて、体重を預けた。肩を竦める。
「だって仕方ないじゃない。三年にもなって、いつまでも部長続けるわけにもいかないし、何より部員が足りないもの」
彼女は俯き、どうやら苦笑したらしかった。
「それにしたって、こんなに急に」
「急じゃないの」
えっ、と彼の言葉が詰まる。
「急じゃないのよ。前から生徒会に言われてたの。人員が確保出来ないなら廃部だって」
「じゃあ……」
「色々頑張ったんだけどねー。結局人は集まらなかった。私の力不足ね」
口調は努めて明るく振る舞っているが、彼女が内心穏やかでないことは明白だった。特に彼には。
誰よりも部活を愛し、誰よりも努力し、陰に日向に彼女がずっと頑張って来た姿を、彼だけは知っていた。
だから、いつも年長の彼女を優先する彼も、今回は食い下がった。
「本心じゃないですよね」
「…………」
「本当はもっと続けたいんでしょう? 頑張りましょうよ、俺だって――」
言葉を句切り、間を開ける。こちらの意思が、頑なな彼女の心に響くように。
「俺だって、出来るだけ……手伝いますから」
下を向いていた彼女の肩が、ぴくりと揺れる。
太陽を背負った彼女の輪郭が、金色に輝く。髪を煌めかせて、彼女は小首を傾げた。
「ほんとう……?」
彼はその声の余りの弱々しさに、思わず一歩後ずさった。
彼女の肩が小さく上下する。抑えきれない嗚咽が彼女の口から漏れる。泣いているのかも知れない。
胸が締め付けられた。
いつも明るく気丈な彼女が、本当はこんなに小さかったのか。こんなに彼女は弱かったのか。
止めどなく込み上げてくる愛しさに突き動かされ、彼は彼女を抱き締めようとした。
すいっと。
「本当ね? 聞いたからね?」
風に舞う木の葉のように、小柄な身体が彼の両腕をすり抜ける。
「――あれ?」
脳が処理し切れずに、夕焼けを透かし見ながら、彼は窓に映った間抜けな自分の顔と対面した。
ギギギギ。まるで関節の油が切れたロボットのような、そんな擬音がぴったり来るような動作で、顔だけ彼女の方に向ける。
彼女は泣いてなどいなかった。リンゴのように赤く染まったその頬に、涙の跡など一筋もなかった。
ああ、いつもの彼女だ。
斜陽の時間を感じさせない、昼間の太陽みたいな得意満面の笑顔。
びしっと人差し指を彼に突きつけて、まくし立てる。
「じゃあアンタが次の部長だから。
もう言質取ったから。ノークレーム、ノーリターン」
してやったりといった感じだが、それが内心の不安が裏返ったものだと彼にはなんとなくわかった。
彼女との付き合いは、短いようで長い。
生まれた時からお隣さんで。
彼が高校に上がってからは彼氏彼女で。
長いようで短い付き合いの中で、幾度となく繰り返された可愛らしい奸計。
かくして、また一つ恋人の罠にかかってしまったわけだ。
「じゃあ今日からアンタが『二次元的作品における耽美表現追求研究会』の部長ね!」
「『BL同好会』だろ……ああ、だから本当は関わりたくなかったのに……!」
『沈まない落日』・了
何を書こうとして、何が出来たのかよくわかんないんですけど、なんなんですかねコレ。
本当は「斜日の陽は影を伸ばして」から、何か荒廃した街を連想して、人類の黄昏時でも書こうとしていたはずなんだが。いざやろうとすると、そういや大昔にそんなの書いたことあるなとか、今回もセリフなしになるんじゃないか、それって小説なん? とか色々思い浮かんで、よくわからないうちにこんなものが。
関西人は話にオチを付けないと生きられない人種。