片隅で躍る脇役Aを観察する僕はフレームアウト
お待たせしました。中学時代の脇役Aの別視点です
その生徒は一見平凡で埋没していた。とりたてて背が高いわけでもなく、容姿もよく見れば整ってはいるが標準の範囲内で良くも悪くも突出したところがない。中肉中背で背の順でも中の上、眼鏡といった特徴もなく、特別目つきが悪いとか、顔のパーツのどこかがデカイとか小さいとかいうアンバランスさもない。強いて言うなら人に不快感や威圧感を与えることのない小ざっぱりした男顔。間違っても女顔ではない。といったところか。ちなみに僕はガリ勉眼鏡という特徴を獲得しているけど何か?
ただ一点違うとすれば目、だと思う。キラキラと愉しげに光るかと思えば、時に思慮深く、達観したような目になる。とんでもなく冷酷に光る時すらある変幻自在な目だった。
なんでそんなことに気づくかといえば、僕が観察者…だからだろうか。
最初はライバル心からだった。
中学に入ってすぐの実力試験で僕は自信満々で。小学校でも、進学塾でも敵なしで常にトップ。全国模試でも常に上位にいたし、公立校に通う児童としては十分すぎる成績だった。
ところが蓋を開けてみると僕は二位。4教科ことごとく敗北していたのだ。しかもその点差は総合で18点ほどにもなる大差。一位となった奴は全教科満点を叩きだしていたのだ。
悔しくて悔しくて、先生に誰が一位なのか聞きに行くとあっさり教えてくれた。…聞きに行った僕が言うのもなんだが、いいのか教えて。個人情報云々はと思ったが、余計なことは言わずきっちり教えてもらった。
南小出身の1年B組の芦沢直也。
南小といえば、最近やたら学力・運動共に成長著しい学校だ。その中でも突出して優秀と言われる奴がいたが、確か有名私立中に進学したはずだ。模試ではそいつには常に後塵を拝したが、その他南小出身者に負けたことはなかった。芦沢という名前に全く覚えがなかった。
思わぬ伏兵に自尊心が傷つけられて目を剥いたが、きっと今回限りのまぐれだろうと一旦は目をそらした。奴以外に敵になる者などいないと頑なに信じていたからだ。
しかしまぐれではなかったことが直にわかった。続く中間、期末も常に僕の上を行くのだ。
悔しくない訳がないだろう!!
とうとう我慢できなくなった僕はB組に顔を見に行った。B組には一応顔見知りがいるから、そいつを訪ねていって聞けばよい。
意気込んで行った昼休み、奇妙な鼻歌を歌いながら飄々と教室を出ていく生徒とすれ違った。いかにも呑気そうにズボンのポケットに手を入れて歩いていく平凡な男子だ。気にも止めずに入れ違いで入ろうとしたところで、突如怒鳴り声が中から響いた。
「てんめー、芦沢ァー!! 待ちやがれーッ」
「うおっとぉ!バレた? 捕まえてごらんなさぁ~~~い!」
「ふざけんなオラァ!」
「ヒャッハー!!」
にやりと笑い、脱兎のごとく駆け出す平凡男子。憤怒の形相で地響きを立てて飛び出し追いかけていく厳つい生徒。どう見ても不良である。誰も驚きもしないし、慌ててもいないが、いいのかあれ。暴力行為の加害者被害者って意味で。
僕の目の前を駆けていく二人を呆然と見送って、はたと気がついた。
「…芦沢?」
「あれー、眼鏡君じゃん。どしたー。珍しく教科書でも忘れた? 明日は雨か?」
頭撫でるなのっぽ! どうせ僕はミニマムだよ! 忘れ物、服装の乱れなどありえない、予習復習きっちりの糞のつく真面目な品行方正優等生だよ! ついでに言うと皆勤賞に内申点アップが狙いな男子だよっ。悪いか!
「うるさい。僕に忘れ物なんかあるわけないだろ。それよりさっきの芦沢直也なのか」
「あー、あれなー。あいつ悪戯好きなんだよな。結構不良連中が被害にあっててさー、よく追いかけっこしてんだよね」
「なんだそれは。普通ボコられないか」
「あいつ強いらしいよ。格闘技やってんだってさ。結構互角らしくて結局じゃれあいみたいなもんらしい」
「芦沢直也だよな。成績トップの」
「そーそー。眼鏡君のライバル本人」
「…品行方正の優等生じゃなかったのか」
「眼鏡君の方がよっぽどテンプレな真面目優等生だと思うぜー」
なんだそれは。教師受けが良く、周囲との軋轢もないと聞くし、絶対そうだと思ってた! のに。なんだあれは。僕の中では腹黒八方美人優等生を想像していたのが、ガラガラと音を立てて崩れていきそうだ。どう見てもあれは問題児にしか見えない。あれが僕より上だって?
「まじか…」
「面白い奴だぜ? アニキとか言われてっし。本人めっさ嫌がってるけど」
あっけにとられたままそんな話をしてたら予鈴が鳴って教室に戻った。
なんなんだあの男は。どこか馬鹿にされているような気がしてきて仕方がない。一言でいうなら「ムカつく!」が一番適当か。同時に理不尽という言葉が頭をよぎるが、それこそ芦沢直也にとっては理不尽なことだろう。と理性は言うが、感情が全面に立つお年頃!ってことで、僕は罵詈雑言を垂れ流すことを許すことにした。脳内で。…ヘタレ言うな。
噂は前以上に耳に入るようになった。正確に言うと僕が気にするようになったってことだけど。
身体能力も高く逃げ足も早い為、各運動部から勧誘が多いとか。靴箱にラブレターが度々入ってるわ、呼び出しの告白も全て断ってるとか。何故か不良連中とも友好関係を結んでいるとか。
運動は出来る、勉強はトップ、おまけにモテるって嫌味かゴラァ。
もっとも”モテる”に関しては後日涙涙の誤解と判明したわけだが。…あれは泣くわー。真実を知った時にはマジで哀れと思ったお。お。お。と言いつつ指差して爆笑してやりましたが、なにか。
そんなこんなで2年時に同クラスになった。こうなったらとことん観察してやろうと思った次第。
最初は席が遠かったので眺めるという状態だった。
すると彼の周囲には実に様々な連中が集まってくるということがわかった。本当に色々。優等生から筋脳スポーツマン、不良まで。しかもだ。正直一番びっくりしたのは派閥の垣根が一切なかったということだ。
なんのことだと思うかもしれない。実はこの学校には派閥が存在する。
この中学には3つの小学校が合流して来ているため、それぞれ出身校で暗黙の派閥が出来ているのだ。何故もなにもない。代々そうなっているので、その流れに問答無用で巻き込まれる。僕は特に何かしているわけじゃないけど、自動的にその派閥カテゴリーの中に突っ込まれている。
元東小だからってことで受け入れられたり、逆に拒絶されることが普通にあるってこと。そうなると自然、派閥同士で固まることが多くなる。
もっとも一般人は個人的には別小出身者と友達になるし、深刻な断絶や対立があるってわけじゃない。だけどもどうしても偏ることは否めない。
諍いが目立つとすれば不良連中の方だ。メンツやら縄張り争いって感じ。もっとも他校と何かあれば派閥を越えて一致団結するらしいけど。なんか毎年3年生の引退時には後継者選出バトルロワイヤルがあると聞く。マジか。なんだそれ。しかも生徒会役員選挙と合わせてやるらしいって、なんだそれ。新生徒会会長に挨拶しに新番長が行くとかって、なんだそれ。それって生徒会の下に付くってこと? そんなわけないよね? 水と油でしょ、アンタ方。いや逆なのか? 俺っちおまいらの下にはつかないZE☆って自己主張? 脅しなの? 威嚇なの? …まさか実は生徒会リスペクトしてるってことないよね? 好きなの? 馬鹿なの?
まあそんなそんなわけで、派閥関係なく人が集まるっていうのが珍しいのだ。ちなみに男女の比率としては圧倒的に男子の方が多い。そして面倒見がいい。だからクラス委員はお前がやれや。
ところがクラス委員は僕なのである。なぜだ。おかしい。なぜ僕なんだ。内申点は美味しくいただきますが、正直向いてないと思うんですけどね?
「すんませーん、俺、向いてないし忙しいし無理なんで!」
いやそれ僕のセリフなんだけどね? なんでお前にはそれがまかり通る! そんで周囲はなぜ同意してる!
「じゃあ和田、お前今年もクラス委員」
担任! せめて自薦他薦聞け! 周囲も拍手するな!
理由はなんとなく判明したけどな…。
休み時間とかいつの間にか姿が消えてたりするんだよね。担任的には用事を言いつけたくても居ない。捕まらない為、そこらへんにいる生徒に頼む羽目になったりするらしい。だからなようだ。
僕は確かに品行方正な地味眼鏡ですからね! いつも教室にいますからね! なにげに用事言いつけやすいですからね! 内申点の為に乏しい愛想をふりまいてますが、何か。
彼はとにかく好奇心旺盛なようだった。気になったことは即座に調べたり、突撃したりしている。そのために派閥を超えた知り合いが増えていったようだ。派閥自体も「狭い箱庭で何言ってんだ、あほくさ。視野狭すぎ」と言っているのを目撃している。敵がいない訳じゃないけど、軽くあしらっている。
そういう彼だから、仲の良い友人達も自然そういう思想になるようだ。だからこのクラスの雰囲気はとてもいい。彼自身にカリスマがある訳じゃないのに不思議なことだ。
彼にはカリスマがない。平凡という言葉が似合っている。にもかかわらず、影響力は大きい。面白い現象だ。リーダーシップが取れないわけではないが、いいとこ2番手と彼は言う。
そんな彼と友達となるきっかけとなったのは数学だった。
ある時、塾の宿題が一問解けなくて教室でもテキストを広げて一人唸っていた。それを見かけた彼が覗き込んできたのだ。正直ちょっと邪魔と思ったが、どうせ解らないだろうと放置して考え込んでいたのだが、不意に話しかけてきた。
「はー、また面倒くさい問題だな。数学ってパズルみたいだと思わね?」
「…言われてみれば確かにそうだね」
パズルには同意だ。で、なんで面倒くさい? 難しいじゃなくて、なぜ言葉チョイスがそれ?
「ところでさそれさー、そこの部分の考え方が合ってないと思うぜ」
「え! どこ」
「ここ」
思いがけない指摘に相手がライバルということも忘れ、思わず身を乗り出した。
すると彼はその部分をとんとんと指で示すとヒントを口にした。なおも首を捻っていると、もう一つヒント。
「あ! なるほど解った」
続きを考えながら回答を書き終えると横から拍手。
「おー、完璧じゃん」
正直屈辱である。
「…君、塾行ってるの?」
聞いたことないけど。暗にそういうと、困ったように頭をかいた。
「行ってないんだけどさ、幼馴染みがなー…」
「? 幼馴染みが行ってるのと何か関係あるの」
「いや、奴は行ってない。そうじゃなくて、私立中学に行っててさ、そこの問題とかやらされてるんだよねー…」
やけに黄昏ていたがさっぱり意味が解らない。
首をかしげていると予鈴前に数学教師がいち早く入ってきた。教壇にテキストその他を置くとそのまま窓辺へ歩いていく。この教師、午後一の授業の際は早めに来ていつも窓の外を眺めて本鈴が鳴るのを待っている。今日もそのつもりだったようだが、僕と彼の姿を見て近寄って来た。いや別に来なくていいし。なぜ来たし。
「お前たちが二人並んでるって珍しいな」
「初めてのツーショット。レアでしょ」
実に下らない切り返しである。
「また難解な問題解きやがって。ちったあテストで間違えるくらいの可愛げ見せろや」
またなんという理不尽な台詞か、くそ教師。満点目指すに決まってんだろうがゴラァ。
隣に立っていた彼も身勝手な台詞に呆れ、苦笑している。
「せんせー。ちょっと酷くね? 問題解いて非難されるってどうよ」
「お前らに合わせて問題作ると他のやつらは解けなくなるし、普通レベルで作りゃあ満点出しやがるし、もっと間違えろよ」
「ひでぇー」
「先生、ちょっと酷いと思います」
「他の先生方も言ってんだよ。いっそお前らだけ別の問題にしてやりてぇけど、それも骨だし、一問だけ難しい問題にしても他が全く手が出ないんじゃ、駄目テストになっちまうしな。バランスがよー」
逆依怙贔屓は止めていただきたい。
「俺たちはな、お前たちに挑戦状を叩きつけたい!」
何を言い出したおい。
「そうだ。今度の定期テスト問題の裏面におまけを付ける」
「はい?」
「テスト時間いつもお前たちはさっさと解き終わって暇だろう? 暇つぶしを提供してやる。テストの点数には加算しないが難しい問題を用意しておく。解けるもんなら解いてみやがれ!」
「何言ってんの先生!」
はぁ!? と大声出しそうになった。が、先生は踏ん反りかえって実に偉そうだ。一緒に抗議すべしと隣を見たら、何やら腕を組んで思案してんだけど、どういうことだ?
「それって俺らのメリットないっすよね?」
点目で凝視する僕とアホ教師に対して真顔な彼。
え。そういうこと言う? え。気にするところそこなの?
「よぉーし! わかった。お前らが勝ったらジュースおごってやる。負けたら一週間下僕」
「せこっ!しかもなに下僕って!」
「ジュース一本に対して一週間は不平等かつ理不尽。せいぜい放課後一回!」
なにを交渉してんだよ! やる気なのか、アホか。
「五日」
「却下。長すぎ」
「三日」
「ちょっ! 僕は嫌だって!」
「って眼鏡君が言ってるっすよー」
「他ぶっちぎって2位のお前さんも該当者認定。仕方ない。一日にしてやる」
「了解。負かしてやんよー」
「それはこっちの台詞だ、芦沢。泣かしてやる」
「ちょっとぉーーー!?」
勝手に二人してにやり笑いで睨み合うなよ! なんで僕まで巻き込まれてんの!!
かくして主要5教科の教師対僕ら二人の定期テスト暇つぶし問題対決は卒業まで続くことになる。
どうしてこうなった! 嬉々として問題作ってんじゃねぇよ! 周りの連中も賭けすんなっ。僕の勝率は七割。彼は九割だった…。こんちくしょー!!
あ、ちなみに僕ら以外で解けた場合はテストの点プラス3点だそうだ。…ひどくね?
不本意ながらそんなことがあって、彼とはよく話をするようになった。主に勉強に関することが多い。授業中の彼は集中力が半端なく、先生が話している時には他の話声や雑多なものをシャットアウトしている。周囲が騒ごうものなら殺気のこもった視線が飛んでくるのである。おかげで我がクラスは授業中非常に静かだ。
しかし塾に行っているわけでもないのに、なんであんなに勉強が出来るのかと思ったら、超進学私立校に行った幼馴染みに強制的に勉強会をやらされてのことらしい。しかも高校はそこに入学することを約束していて、その為の勉強でもあるそうだ。
入試の過去問を見せてもらったが、確かにとんでもなく難しい。下手すると大学受験並ではないだろうか。そして入試要項では募集定員が「若干名」と記されている。
…若干名って、なにそれ怖い。
つまり向こうの要求に達した成績でなければ入れないということ。入学者ゼロでも構わないということだそうだ。難関なんてもんじゃない。
大丈夫なのかと聞いたが、別に落ちたらそれはそれで仕方ないんだからいいんだそうだ。
「え、でも約束なんでしょ?」
「正直言ってあんまり行きたいとは思ってないんだよなー。公立で十分なんだけど」
「…じゃあわざと落ちたりとかする?」
「いや? 俺は何でもやる以上は全力を尽くすぜ? だから受験も真面目にやる。そんで特待生になれなければ入らない」
「ん?? 試験に受かっただけじゃダメなの?」
「俺んとこ男ばかりの兄弟三人なわけ。わりと裕福な方だけど、三人共大学までってなると金かかるじゃん。普通の私立ならまだしも、あの学校って資産家だの政治家のご子息様がごろごろいる学校でさ、すんげー金がかかるらしいんだ。そうなるとちょっと、な」
「なるほどなー。行きたくないってそうい意味?」
「まあ、ね。一応。ただ、ちゃんと試験受けないと幼馴染が怒るからさ。手を抜くってのも俺の主義に反するから真面目に勉強やってるわけ。出来ることを最大限にやって、それで落ちればあいつも納得するだろうしな」
「ふーん。なるほど。なんか大変だな」
その後は幼馴染の愚痴っていうかなんていうか。…なんか、苦労してんな。
「聞いてくれよー。あいつすんげーイケメンでさ。学校離れたってのに、俺んとこに『渡してください』って手紙は下駄箱に入れられるわ、呼び出されたと思ってヒャッハー!って行ってみれば『渡してください』ってあいつ宛のプレゼントよこすわ、マジ最低! あいつの趣味だの好物だの聞いてくるわ、なんなの俺! 宅配便なの!? Wikiなの!? 自分で送るなり渡すなりしろっての! 挙げ句の果てにデートしたいから呼び出してくれって、厚かましい馬鹿までいやがってさぁっ」
な、なるほど。よく手紙をカバンに突っ込んで不機嫌そうにしてたのは、そういう理由だったのか。てっきりモテモテなんだと思って爆発しろ!と思っていたが、実態はそんなんだったのか。
…哀れ。なんつーか…哀れ。うん。哀れ。(大事なので二回じゃなくて三回言ってみた)強くイキロと合掌してやったのだった。
定期試験一週間前のこと。帰り支度をしていたら、茶髪ぷりんな(染め直しなよカッコワルー)厳つい不良様がご来場。あまりの恐怖な迫力に騒がしかった教室は静まり返った。我がクラスにも不良がいるが、その姿を見ると慌てて立ち上がって直立した。そんな姿を尻目に、不機嫌そうに室内を覗き込むと地を這ったような低い声で呼んだ。
「おい、芦沢いるか」
「今いくっすよー」
え、えー!? 不良君を呼びに来たんじゃないの!? なんで彼なの。何やったのこの子は!! しかも返事が軽いっ。軽すぎる!
僕の脇をすり抜けながら、また明日なーとのんきに言うと、先に廊下に出た不良様の後を追っていった。誰も動けず無言で見送る僕らの静寂を破ったのは我がクラスの不良で。ぺたんこなカバンを引っつかむと、行く手を阻んでないけど焦るあまり障害物になった机や椅子を蹴倒しながら慌てた様子で追いかけていった。
見送ってしまった僕はちょっと悩んだ。なんか暴力的な呼び出しだったりしないんだろうか。強いと噂に聞きはしたが、徒党を組まれたら確実に負けるよね。先生に知らせた方がいいんだろうか。
しかしだ。彼と不良連中が対立しているといった話は聞いたことがないし、パシリになったという話を聞かない。今のことにしても、よく思い出してみてもあの不良様は不機嫌そうではあっても敵意といった雰囲気はなかった。
大丈夫なのかもしれない。でも今まで友好的?だったとしても、次の瞬間どうなってるかわからない。なんだか心配になって、とりあえずこっそり追いかけることにした。もしリンチだのカツアゲだの暴力的犯罪行為の被害に合っているなら即座に先生に通報しようと、カバンと携帯電話を握りしめて駆け出した。
こういう時、小柄なのは有利だ。周囲の生徒たちが目隠しになってくれる。僕の身長が彼らの体ですっぽり隠れるもんね! 泣いてなんかないんだからね!
下校する生徒諸君でごった返す廊下を抜け特別教室が並ぶエリアへ。テスト前の一週間は部活禁止になるから、このあたりに人はいない。見つからないように影に隠れながらみていたのだが、この先って不良のたまり場と噂される空き教室なかったっけ? マジでヤバイんじゃないの? なんでそんなに呑気なの彼は。前には迫力不良様、後ろに我がクラスの不良で挟まれてるし。危機感ないよ!?
僕が勝手に焦っている間に空き教室に入っていってしまった。
えええええええええーーーっ。
柱の影から顔を出し、こっそり伺う僕。はっきり言って怪しいのは自覚済みだけど誰も来ないからヨシ! ってか誰も来んな。断固断る。
携帯電話を握り締めた手にじっとりと汗。
どうする僕。
もう少し接近して見るべきか、このまま暫く観察すべきか。この距離だとよほど大きな物音でも立たない限り中の状況はわからない。だけど近づきすぎればバレちゃうかもしれないし。うっかり引きずり込まれてボコされるのはご遠慮申し上げたい。もやし眼鏡チビには無理ゲ。
駄菓子菓子。ここはやはり勇気と野次馬根性を搾り出し、抜き足差し足忍び足でこそーり近づいて聞き耳立てるべきだろう。電話のアドレスから学校の電話番号を表示させ、すぐにでもコール出来るようにスタンバイ!
身をかがめ、こそーりこそーり近づき扉の前にたどり着いて小さく息をついた。心臓に手をやればバクバクと音がする。僕はチキンハートさ、すごいだろう! それでもここまで来たんだゼ。褒めやがれうらぁああ!! 青い顔しながらドヤ顔をかますが誰も見てないしっ。むしろ見んな。見ないでください。お願いします。
「だぁああああああ!!!!」
「うるせー!! 黙ってやれぇぇええええっ」
スパコーンッ!
「!?」
なななななな、なんだ。ナニが起きてんの? うるさいって怒鳴りつけた声って彼だよね? え、え、どゆこと。
「先輩も寝てんなよ…」
「…わかんねぇーんだよ」
呆れた声と、地を這うような低っくい声。何が起こっているのか知りたくなってウズウズした僕は、ついにっ、ついに扉にはめ込まれてるガラス窓からひょっこりこそーり中を覗き込んだ。
…ん? んん?
…なんと奥さん、奥様、おぼっちゃま! 幾人のからほーなドタマの不良ご一行様が机に座って教科書とノート広げてるんでございますよっ。そしてその前には丸めたノートを持った彼が仁王立ち。
なにこの状況。ちょっとついていけないんですけど。
勉強会…なんです? え。ちょっと。震える手で握り締めたこの携帯どうしてくれますのん。振り絞った勇気をどうしてくれますのん!
なんかすんごく疲れたでげそ。さっさと帰って試験勉強するげそ。
脱力しすぎたらしい。完全に油断しきった僕は一歩踏み出したそのとたん、うっかりと扉に肩をぶつけてしまったのだ。
静かな廊下にガチャンと高い音が響く。ぎゃあと思わず叫びそうになる口を慌てて塞いだら、今度は携帯落とすしっ。あんれぇ~、僕には眼鏡属性はあってもドジっ子属性はなかった筈なんだけどっ。
ガタガタっと椅子の音がして、諦めてしゃがんで携帯を拾う僕の目の前で扉が開いた。
「んだ、お前」
人相の悪いツンツン頭のピアス男子がぬっと顔を出して見下ろした。睨み凄む不良に固まる僕。
蛇に睨まれた蛙ってこのことっすかねーーーーっ!? 今時学ランの下に赤いTシャツっすよっ。ついでに頭も赤くしたらいかがっすかねーーーっ!?
だらだらと冷や汗が流れる。怖い。マジ怖いっすー! 一般ぴーぽーにこれは辛いっ。誰か助けてぇ~~~っ。
「何してんの眼鏡君。散歩?」
「芦沢ぁーーー!!」
涙目で叫んでしまっても仕方ないよね?
「まんま、勉強会に付き合ってるだけ」
あっさりと言う彼に「はぁ」としか言い様がない。
教室の中に招かれ片隅に座る僕に説明しながらも、視線は不良さま方の机の上にいってる。時々間違いを指摘したり、首をかしげて唸ってる人に教えたりしている。見れば一年から三年までいるし、開く教科書の教科もまばらだ。さらに驚くのは派閥もまばらだということだ。座り方はいかにもダルそうでアレだが、なんだかんだで大人しく一つの教室に収まっているっていうのがね? 普通の授業もまともに受けないっていうのに。あ、突っ伏して寝ようとしてるのがいる。と思ったらスパコーンと頭叩いてるし。
なにこの人。
改めて彼にはびっくりだ。わけがわからん。
「勉強しろとか言ったの?」
「いや別に。ただ最低限高卒資格ないと今の世の中就職できねーし、自立も好きなことも出来ねーよなって話はしてたな」
「それだけ?」
「んー。成績良いけど実は不良ってカッケーとか言ったかもわからん。高校行って成績が上の方にいたら腕っ節と合わせてモテモテとか言ったような、言ってないような」
「目指せっ。高校デビュー!!」
「うわぁ!」
いきなり雄叫びあげんでくれなさいよ、不良の皆様方! びっくりするだろがっ。なんなの、単純なの。しかも高校デビューってなんか違くない?
「取り敢えずやる気になれるんなら何でもいんじゃね?」
アア、ソウデスカ。
再び脱力する僕に「ついでだから教えていけ」と講師役を振りやがった。もうなんか力が抜けて生暖かい目で教えましたよ。怖いとかどっかいったからね!!
後日、返却された挑戦状という名の暇つぶし問題の解き方について討論ついでに不良な皆様について聞いてみた。
「でもさ、授業に出たほうがいいとか、服装のこととか何も言わないんだね」
「そんなもん余計なお世話だろ」
「んんん~?」
そうだろうか。首をかしげる僕に興味なさげにしている。
「客観的に見て良くはないのはあいつらだってわかってるだろ。耳タコだろうし。それでもやりたい訳がある。大体さ、好き勝手やれるのは今のうちだけだぜ? 社会人になったらやりたくたって出来ないし、若さの特権てヤツじゃねぇのかな。その時その時で自分のベストだって行動してんならいいさ」
「なんか、すごいこというね」
ひとこと言っていいだろうか。達観してるっていうか枯れてね? ほんとに同じ年デスか?
「まぁただ、このままの学力でいくとなると将来の選択肢が狭まることは確かだし、そのへん勿体無いとは思うけどな。後悔することあるかもしれないけど、悔いを残すようなことがなけりゃいんじゃないか。あいつらの自由だろ」
「そっか」
「そうそう」
さらりと流して終わってしまう。
なんだろう。あっさりしすぎなような。友達じゃないんだろうか。突き放しすぎじゃないのかな。いやでも彼らのことを肯定してるしな。ほんと、何なんだろう。ホントわっかんない奴だ。
その後も彼の行動はあっちこっちだった。一つ処に留まっていなくて、興味のある様々なところへ突撃していって、いつも忙しそうだ。中学生活満喫中! といった感じで、行動そのものは一見落ち着きがない風だけど、人となりという意味ではむしろ真逆。なんていうか、兄貴ぃ! っていうのが合ってるっていうか。なんだかんだ言ってみんな彼を頼るんだよね。
だから二年の二学期の生徒会役員選挙でも教師からも、うちのクラスからも生徒会長に立候補するよう要請されていた。
が。
「やーだぴょーん」
と棒読みで拒否。いつの時代の言葉だよ、可愛くないからやめれ。
「そんな暇ないって。それにそんな役できねーよ。ああいうのは人望がある奴がやるもんだろ。目立つ人気者で中心になってグイグイ引っ張って盛り上げて、人を使えるタイプ」
「芦沢だってやれるだろー?」
そうだそうだと声が上がる。ぶっちゃけ中学の生徒会なんて成績がいい優等生か、目立ちたがりやのお調子者がなるもんだ。芦沢の場合、優等生ではないが成績はいい。目立つ人気者ってタイプではないが、人脈が広い。条件としては十分だと思うんだけど。
「俺は地味だし求心力ないから無理だっての。あれがいいって、隣のクラスの羽柴! ああいうのが会長のタイプだろ」
「ああ~。確かに」
教室中が声を揃えて頷いた。
羽柴というのはお調子者で、いつでも人の輪の中心にいる賑やかな男だった。面倒見もいいし、おちゃらけに見せて案外真面目。ただし成績の方はイマイチってタイプ。
「納得だろ~? 俺より絶対向いてるって! せんせー、羽柴って候補上がってんでしょ?」
「まあ、そうだろうな」
「いいじゃんすか、それで。決定決定。HRおしまい」
「待て芦沢。なるべく各クラスから一名は出すように言われてんだよ。なんでもいいから出ろ」
「ナニソレオウボウ。眼鏡君だっていいぢゃんすか。寺島だって目立ってんじゃん」
おいおいおい! 僕まで巻き込むなっ。それこそ向いてないよっ。まあスポーツマン寺島なら有りだろうけど、ちらっと見たらギョッとしてるよ。そりゃそーだよね。芦沢がこのクラスにいる以上、名前上がるなんて夢にも思わないもん。
阿呆こっちみんなって、口パクして彼を睨みつけて、シッシと手を払ってる。ですよねー。僕もやっちゃうよ。
「何言ってんだよ、芦沢っ。人に押し付けようとすんなよ!」
「寺島くん。俺も今まさしく押し付けられようとしてんだけども」
「じゃあ委員長の僕が聞いてあげよう。芦沢君がいいと思う人ー」
僕が言うと、はーいと手を上げるクラスメイト。それを前に唸る彼。みんな面白そうに見守ってる。そんなもんだよねー。
先生はそんな僕らの様子を面倒くさそうに見ると、ズビシと彼に指を突きつけた。
「決定」
「ひど! 俺バイトとか勉強とかトレーニングとかマジで忙しいんですけど!?」
「却下。とにかく何か立候補しろ」
「くっそ、こうなったら絶対、羽柴を会長にしてやるぅぅぅ!」
だからって叫ぶなり、隣のクラスに突撃しに行くの止めなよ。先生も止めようよ。一応HR中なんだからさ。
ピシャーン!
廊下から扉を開ける音がした。
「羽柴ァ!!」
おいおい怒鳴ってるよ。なんか錯乱してない? いつも飄々としてる彼にしては凄く珍しいんだけど、そんなに衝撃だった? 正直生徒会選挙で絶対名前が挙がるってみんな思ってたと思うんだけど、本人無自覚だったんだろうか。
それから暫く彼は隣のクラスから戻ってこなかった。そんでもって非常に五月蝿かったと明記しておく。
結局、羽柴と話がついたのか逆に説得されたのかはわからないけど、彼は副会長になった。彼曰く「一番ましそうだったから」だそうだが、どうなんだろう。会計、書記の方が仕事多いんだって。僕は役員になったことないから分からないんだけど。
以前にも増して忙しそうだった。たまにヘロッて休み時間にどこにも行かずに机に突っ伏して爆睡していたりする。
「雑用だらけ。顧問コロス…っ」
とかなんとか、ご不満な様子。でもまあ文句を盛大に言いながらきっちりやるあたり彼らしい。と言っても手を抜けるところは最大限に抜いてるらしく、羽柴君がキレてる所をたまに目撃。
いやー、逆かと思ってたんだけど、蓋を開けてみるとそんなもんだったね。羽柴君が案外真面目っていう評価は正しかったらしい。
仕事は無駄なく素早く片付け、生徒会役員内での仕事の調整をちょいちょいとこなして、とっとと退散するようだ。またパソコンの扱いも手馴れていて、表計算ソフトまでお手の物だったそうだ。
「ホントにあの男って何者~。出来ない事ないんかい」
とは羽柴君の言葉。
「たまたま昔から使う機会が多かっただけだっての。お前らだって会社で仕事するようになれば嫌でもこの位出来るようになる」
苦笑いしながら返したそうだけど、そんなもん使う環境ってナニ。たしか彼の父親は結構名の知れた個人設計事務所やってるけど、だからといって子供に表計算ソフト使うような仕事の手伝いさせるとも思えないんだよね。ブラインドタッチ当たり前のタイピングも早いっていうし、わかんないなー。ネットにディープにハマってるようにも見えないし。インドアっていうよりむしろアウトドアって感じでもあるし。つくづく謎の人だな。
最終学年では再び別のクラスになってしまったけど、引き続き暇つぶし問題仲間として友人付き合いをしていた。最難関な学校を受験することから、ほぼ受験一直線の体制になっていると思っていた。
ところが受験勉強に精を出す夏休み、あろうことか彼は日本一周自転車旅に出るという暴挙に出た。
ホントにナニ考エテンダーッ!
志望校は最難関って、自分で言ってたぢゃん。ついでも生徒会の仕事も幾つかあったらしいが放棄だそうである。なんでも選挙に出る時点で三年の夏休み丸々休むと宣言し、それでもヨシとの同意の上での立候補だっていうから実に計画的犯行だったわけだ。
ってことは学校公認だったってことかい。なんかもう、言葉が出ない。
僕は塾に通いつつ、彼のTwitterでのつぶやきを見て呆れる日々。だけど日々楽しげなつぶやきと添付される写真を見るのが楽しみになってしまった。
その夏、旅先から送られてくる彼の数枚の絵葉書は僕の宝物になった。
ちなみに自転車旅を例の幼馴染にギリギリまで内緒にしていた為に随分怒られたらしい。毎日電話連絡させられたと愚痴っていた。つぶやきをマメにしていたのも幼馴染の指示だったそうな。
なにその尻に敷かれっぷり。そんなに怖いの? 激おこなの、般若なの?
生徒会を退いても相変わらずあっちこっち忙しそうだ。バイトは自転車旅の為にしていたそうで、夏休み以降は辞めたらしい。
自分の勉強もしつつ人の勉強も見ていたり、何か興味を覚えては突撃したり調べたりの繰り返し。遊ぶことも忘れないあたり、ホントに楽しんでるなーと思う。
羽柴君以下の元役員の勉強もみてた。そしたら彼らの成績がぐんぐん上がってそれはそれでビックリして、挙句、羽柴君まで彼と同じ高校に行っちゃうとは思わなかったけどね!
あ、ちなみに僕は地元の県立トップ進学校ですよ、もちろん。校風もかなり自由で気に入ってる。
彼とは卒業した後もたまにメール交換や電話してて、あちらはあちらで楽しそうだ。
ただ幼馴染に関する愚痴は増えたね。あの様子だと彼女作るの本気で大変そうだ。
そういえば最近はとある女の子の名前を聞くことが多い。随分と楽しそうじゃん?
ふふん。それなら僕も聞いてもらわねば!
この春、彼女が出来ました!
「裏切り者ォォォ!!」
なんて声は聞こえないったら、聞こえない。
このあと本編にいけるといいなあ。