白い映画
「映画もダメか。」
そういって彼は映画館を後にした。
帰り際に聞こえたカップルの会話によると、今のはなかなか面白いホラー映画だったらしい。
そういえば悲鳴が聞こえたな、などと彼は考えながら外に出て、道を右に曲がって歩き出した。
「もう3時か。」
時計を見ながらそう呟くと、彼は近くのコンビニへと入っていった。
彼は入るなり、迷いもせずに一番安いパンをレジに運んだ。
店をでると、彼はそのまま道を真っ直ぐ進み自宅へと向かった。
誰もいない部屋へ戻った彼は、先ほど買ったパンを食べ始めた。目線は天井の隅へ向けていた。
「やはりないか。」
彼の洩らした言葉には落胆というより納得の意がこもっているようだった。
「本当に何もかもダメだな。」
そういいながら食べ残したパンをゴミ箱に投げ入れた。
ソファに腰をかけた彼は、テレビのリモコンに伸ばした手を途中で止め、深いため息の後、目を瞑り日が暮れるまで眠りについた。
暗い部屋で目を覚ました彼は、ある人物に電話をかけた。
「私だが、もうやめさせてもらえるかね?」
『ええ、もちろん。お分かりいただけましたか?』
「ああ、今から向かっても構わないかね?」
『どうぞ、お待ちしております。』
そうして電話が終わると彼はジャケットを羽織り、夜の街へと出て行った。
彼が向かったの大きなビル。その最上階の部屋にたどり着いた彼は、カードをかざし、扉を開けた。
『早かったですね。』
部屋の中から声をかけたのは背の高い男だった。
「ああ、もう耐えられない。早く戻してくれ。」
『まあまあ、その前にご感想を伺ってもよろしいですか?』
急ぐ彼に対して背の高い男はゆっくりと返した。
「とにかく退屈で一日が長く感じるよ。テレビも映画も観られないし、本も新聞も読めない。何を食べても味がしない。こんなのを続けていたら発狂してしまうよ。」
『そうですか。しかし、発狂できなかったでしょう?そういう作用もあるのです。」
「そうか。どうりでものに当たったりしなかったな。」
男の説明に納得しながら彼は側の椅子に腰を下ろした。
『では、認めてくださいますか?』
「ああ、これを新たな刑罰にすることを認めるよ。最初は甘いなんて考えていたが予想以上だ。」
『先生に認めていただけるのでしたら、すぐこの話は通るでしょう。」
男はそういうとすぐにパソコンに向かって何やら操作をし始めた。
『実はもう準備は整っていまして、あとは先生の認可だけだったのですよ。今連絡をしたので、すぐにでも適用されていくでしょう。』
「まったくすごい技術だな。人間が娯楽に感じるようなものをすべて感覚から排除するとは。」
『ふふふ、そうでしょう。刑務所のスペースに余裕のない現在では、こういったことが必要なのですよ。なんの娯楽もなく、狂うこともできずに犯罪者は生きていくのです。』
男は不気味に笑いながらそう言った。
「もうこんなことを体験するのはごめんだ。効果を疑って悪かった。さあ、元に戻してくれ。」
『まだできないのですよ。』
「え?どういうことだ?」
『実は、先生がお越しになる前に先客があったのですよ。』
「だれなんだそれは?」
『警察の方ですよ。先生の資産について疑わしいところがあるとかで。でも、心配なさらずに。もう刑罰は始まっていますので。』