ステータス
自分の見た夢や、考えたことを短めのストーリーにしました。
時間つぶしにでもしてください。
気がつくと青年は灰色の場所にいた。
しっかりした地面もなく、空気も不透明。落ち着きもしなければ緊張もしない場所。
考えなしにとりあえず歩き出した青年の前に、何かが現れた。
「いらっしゃい。その様子だと満足した人生ではなかったのでしょう。」
突然の声の主に目線をくれると、表情の無い影のようなものがそこに立っていた。
青年は驚いた表情をしたが、そんなことに構わずその影はつづけた。
「死因は自殺ですね。」
そこで、青年は今までのことを思い出したのである。ここに至るまでのすべてを。
小さいころから容姿についていじめられ、ついに中学の時に引きこもってしまう。
何とか遠くの高校に入り、やり直そうとしたのだが、今度は勉強についていけず中退。
再び家に数年間引きこもっていたが、両親が事故死。
しかたなしにアルバイトを始めてみるも、失敗して怒鳴られてばかりの毎日。
そんなこと全てが一気に嫌になり、いつのまにか彼はビルから飛び降りていた。
しばらくの沈黙の後、
「じゃあ、ここは死後の世界ですか?」
と青年はこの場で初めての言葉を口にした。
「いいえ。それはもう少し先ですよ。ここはその前段階です。」
そんな影のすこし意外な言葉に、青年は少し顔をゆがめた。
「前段階?」
青年の疑問をくみ取り、影は説明を始めた。
「ここは死後の世界の前段階。『入口』と呼ばれています。天国と地獄はご存じでしょう?そのどちらに行くべきか決める場所となっています。」
「そんな仕組みだったのか。僕はやはり地獄か?自殺をしたわけだし。」
「いいえ、地獄ではございません。」
「え、本当かい?じゃあ、天国に?」
「いいえ、天国ではございません。」
一瞬明るくなりかけた青年の顔は、すぐに元の暗さに戻り、そして影に尋ねた。
「どういうことだい?」
「先ほどどちらかに行くと言ってしまいましたが、もう一つ行き先があるのですよ。人に恨まれもせず、自分と人を憎しみ死んだ人間が行く場所が。」
「…それはどこなんだい?」
引きつった顔で青年が問うと、影は少し先を指さし答えた。
「あの少しだけ暗いところが見えるでしょう?あそこの中です。」
その指先には、周囲より暗い色をした丸い穴が口をあけている様子が見てとれた。
「中では何が?」
「なにもないですよ。」
青年の疑問に対し、影は即座に言葉を返した。
「何もない?」
影の言葉を反芻する青年に、影は続けた。
「ええ、何も。ただずっとあの中で彷徨っていただければ結構です。嫌ですか?」
「ただ彷徨うだけ?嫌に決まっている!なぜ死んでまでこんな仕打ちを受けなければならないのだ!生きているときも、価値もなく彷徨っていたに過ぎないというのに…」
声を荒げた青年が落ち着くのを待ってから、影は言った。
「では…全部自分の思い通りにしてみますか?」
「ど、どういうことだ?」
「そのままの意味で受け取ってもらっていいですよ。生まれる前から全部自分の思い通りにしてみます?」
「生まれる前…?前って?」
影は一息ついてから続けた。
「自分の欲しい才能があったら幸せになれそうですか?」
「それは…当然そうじゃないか?」
と、予想外の問いに詰まりながらも青年は返した。
「では、その才能を決めましょう。」
「…どうやって!?」
「ゲームみたいなものですよ。おやりになったことはあるでしょう?」
「それは…あるが。」
「では、簡単でしょう。ステータスを自分の好きなように振ってみてください。」
影がそう言うと、青年の前に五つの壺とたくさんの黒い石が現れた。
「その石を自分が欲しい才能を示す壺に入れてください。石は100個ありますので、自由に振り分けてくださいね。その結果で人生が決まりますので。」
そう残すと影は姿を消した。
「おい!ちょっと…!なんだよこれ。」
彼の前には、『容姿』・『頭脳』・『身体能力』・『芸術』・『運』と書かれた真っ黒な壺が並んでいた。
「入れた分だけ次の人生でその才能があらわれるってことか?四つはともかく『運』ってなんだよ。運も才能のうちってか?」
青年は少し笑うと、上を見て考え始めた。何が一番利益になるのかを。
考えが昔のことに及ぶと、青年は『容姿』と『頭脳』の壺に石を入れ出した。
「この二つさえあれば…!あんな人生にはならなかったんだ…!」
最初こそ丁寧に入れていたが、感情とともに荒い入れ方になっていた。
そして、最後の一つを投げつけるように入れると青年は仰向けに倒れこんだ。
ため息を大きく一つして青年は目を瞑る。
「次は楽しいのかな…?」
そう言うと、青年の体は徐々に消えていった。
入れ替わりで現れた影は、少し前に青年が現れた『入口』の入口を眺め、棒のように立ち始めた。
それはまるで何かを待っているかのようであった。
どのくらい経っただろうか。何人かを天国と地獄に仕分けした影は、新たに『入口』に現れた小さな塊の存在に気づき近寄った。
影はその意識の無い塊を抱きかかえると、周りより少し暗い色をした穴へ向かい、その塊を投げ捨てた。
「運が足りなかったね。」
そう言い残すと、影は再び棒のように立ち、『入口』を眺め始めた。