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第九話

「起きてよリア、起きて!」


 耳元で何度も叫ぶ聞き慣れたユウノの透き通った高い声。そんなに慌ててどうしたのと思いながら意識を取り戻すリア。


「ん……」


「大丈夫?」


 頭が少し痛い。地面が冷たい。

 ……じゃなくって、


「エリスさんは!?」


「リア、あの人一体誰なの?起きたらもういなかったよ」


 ユウノが不安そうに尋ねる。

 誰なの、か。


「ごめん。私にも分かんない」


 悪い人だとは思えない、思いたくないけど、最後に見たエリスの顔は明らかに穏やかじゃない雰囲気を醸していた。

 ドッ!と短い爆発音がどこかで連続的に響いた。途端にユウノが走り出す。


「あっちの方、まさか……僕、見てくる」


「ちょっと、危ないって!」


 リアの制止など聞かず、ユウノは足元の草を蹴散らしながら舗装されていない道を駆けていった。


―――


「見つけた」


「バレちゃった?」


 村のはずれの屋敷前で向かい合うのは男女。男の方にはもう一回り背が高く、筋肉質な護衛らしき男がもう一人。


「隊長、処分しましょう」


 長身の男は物騒なことを真顔で提案した。

 細く締まった腕は既に、腰の長剣に伸びている。


「こっそり害虫ばら蒔いてたのはお前だよね?残念だったね。うちのフラトンは鼻が効くからさ」


 そう言って、隊長と呼ばれた男は後方で待機する四足歩行の動物を指差した。

 その生物の脚は細長い割にがっしりとしたものであり、蹴られれば人間などひとたまりもないだろう。

 鋭い目付きに加えて口内に隠しきれていない牙、大きな鼻に長く尖った耳。全体的に生えた暗いグレーの体毛も相まって、一般人なら逃げ出したくなるような不気味な雰囲気を、その生物は醸し出している。使い魔を殺ったのはこいつか。


「何?その生き物」


 尋ねる女は、黒いローブで全身を覆い、顔半分も影になっていて口元がわずかに覗く程度だった。


「そっちが作ったんじゃないか」


 答えるは二人のうち背の低い方の男。容姿は隣の男より遥かに幼く見えるが、顔付きには一朝一夕では身に付かない戦士としての侮れない鋭さが現れていた。

 ローブの女が一歩引く。

 彼女は自分が無意識に普段の倍以上の間合いを取っていることに気付いた。頭ではなく身体が反応している。こいつは危険だと。


「あのさ、か弱い女の子なんだから見逃して」


「やらない」


 一閃。横に薙いだ一撃は声すら置き去りにした。無音のそれは等しく生物の命を奪う剣。

 しかし、空を切る長剣に手応えは無い。

 筋肉質の男は歯ぎしりした。剣先に付いた数本の黒髪を振り払う。

 全力の一撃、それも不意を突いた攻撃を避けられた。

 結果は語る。女の方が実力は上だと。


「隊長、逃げてください。こいつは、自分が刺し違えてでも倒します」


「いやいや、見逃してって言ってるでしょ」


「女、次は当てるぞ」


「人の話聞いてよ」


 女は、目の前の筋肉男が脳まで筋肉らしいので、溜め息をついた。


「名は何という?名を聞かずに殺すのは躊躇われる」


「僕はエリス。殺されたくないし、あなたの名前も別に知りたくは」


「リーニロイだ。行くぞ」


「来ないでよ」


 リーニロイが腰に力を入れた。

 エリスも仕方なしと応じて構える。ローブの中から長さ数十センチの木の杖を取り出している。

 先に跳んだのはリーニロイ。彼は小細工無しに距離を詰め、正面から横に長剣を薙ぎ払う。シンプルだが彼の最速の攻撃。

 耳をつんざくような金属音が響く。今度こそ長剣から手応えを感じた。

 しかし、すぐに違和感に気付く。

 剣はエリスに届く前に力を殺されていた。自身の獲物より遥かに小さな短刀に。


「隊長……?」


 リーニロイは一瞬、隊長の介入が理解できなかった。何故、自分を止めるのか。


「勝手に死ぬな。お前が死んだら、帝都までの帰り道が分からないよ」


 その口調は怒気を含みながらも、本心で部下を案ずるものだった。


「く……」


 リーニロイはここにきてようやく理解する。隊長に命を救われたことに。

 長剣を振る動作は一度エリスに見られたもの。無意識に好む技特有の隙があり、剣を振り上げる一瞬はがら空きだ。

 もう少し深く踏み込んでいたら、彼女は確実にその隙を突いただろう。それを暗に示すかのようにエリスは不敵に笑い、呟く。優しい上司でよかったね、と。


「ロイ、後は任せて」


「しかし!」


「命令だ。下がってろ」


「そんな、隊長……」


 尚も苦渋の表情で食い下がろうとする部下に、なだめるように言う。


「私が負けると思うか?」


 あり得ない。隊長の負ける姿は想像できない。彼は最年少でこの隊の長に実力のみで就いた男だ。

 自分程度が余計なことをすれば、かえって足手纏いになるのではないか。

 リーニロイは歯ぎしりして、拳を地面に叩き込んだ。

 だが何故だ、嫌な予感の類を拭い切れないのは。


「待たせたね。教団の白いの」


「代わりに見逃してよ」


 両者は同時に悟った。勝負が決まるのに、そう時間はかからない。最初の一撃で勝者が決まる。

 一歩ずつ確実に間合いが詰まっていく。研ぎ澄まされた意識の中では、互いの呼吸の音すらはっきり聞こえてくる。

 永遠のようなにらみ合いが続き、ある瞬間を境に空気が凍り付くようなものに変わった。隊長の短刀が殺気を伴って動く。

 何百分の一に圧縮された時間を過ぎた後、短刀の剣先は赤く染まっていた。

 先ほどの時間で一体どれほどの駆け引きが合ったのか、結果として短刀はエリスの腹部に突き刺さった。

 彼女は自身を襲う腹部の激痛に耐えかねて、短く悲鳴を漏らす。何をされたのか全く見えなかった。


「動けない」


 しかし、隊長の脚にも異変があった。両足の膝下から足元までが凍り付いていて、身動きが取れない。


「Create=“身勝手な王(マイ・ジャッジメント)”」


「魔術……いつの間に」


「始めから無事で済むなんて思ってないよ。王よ、走れ」


 エリスの声に呼応するように、空気中の水蒸気が凍り付く。

 やがてそれは目視できる程の小さな結晶になり、爆裂する。その衝撃は氷の破片を辺りにばら蒔いた。


「隊長!」


 リーニロイは堪らず駆け出していた。隊長は水蒸気の霧と、無数の氷の刃の中だ。 

 一方のエリスは、反撃と同時にその場を離脱していた。


―――


 屋敷の階段を昇る足が重い。ここは村はずれの屋敷の中。一歩ごとに短刀ごと凍らせた傷口の痛みで意識がとびそうになる。

 だが、そんな激痛の中でもエリスは笑う。今、自分の目的に少しでも近付いているからだ。

 エリスの歩いた後には、屋敷の護衛と思われる人々が何人も倒れていた。死んでいる訳ではない。いずれも瞬間的に熱を奪われ気絶しているのだ。彼女の歩みを阻むものはなかった。


「お姉さん、何してるんですか?」


 エリスの顔から笑みが失われたのは、少年に声をかけられた瞬間だった。


「やぁやぁ。ユウノくん」

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