表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

第六話

 この村へは、切り立つ岩山が連なる峡谷を越えて、森ふたつ抜けてからやっとの思いで辿り着いた。

 三日三晩歩き通しで、自分の足だけで歩くには本当に長い道のりだった。


「疲れて寝ちゃってたのかぁ」


 細身の旅人は、横になったまま雪のように白い脚を伸ばす。

 どうやらいつの間にか畑の真ん中で寝てしまっていたらしい。着ていた黒いローブが泥だらけになってしまっている。


「あの、大丈夫ですか」


「大丈夫ですよー」


 旅人は振り返りもせずに軽い調子で答えた。

 後ろからいきなり声をかけられても動じた様子は全く無い。

 旅人には村に着いたら一番最初にしなければいけないことがある。まずは……。えぇと、何だったかなと、大して思い出す気も無く考えを巡らせる。

 旅人は背後の声の主など、文字通り眼中になかった。


「風邪、引いちゃいますよ」


 うるさいな、と旅人は思った。まだいたのか。


「あのさ、放っておいてくれる?」


 声のする方に向き直って言う。旅人の蒼い双眼に映ったのは、不思議な髪の色の少女だった。それは夕焼けの映える空の色に似ていて、一瞬、心を奪われそうになる。


「だめです」


 その少女はきっぱり言うと、ぐいっと袖口を引っ張って、寝ている旅人を起こそうとする。


「何をするか」


「あなた、倒れてました。どこかで休まないと。熱もある」


 旅人は、はぁ、と溜め息をついてされるままに起き上がる。


「ちょっとお嬢さん、僕は他人ですよ」


「あ、旅人さん、ですよね。今日は市場も開いてるし、家には色々あるんです。えーと、ようこそデイスの村へ」


「人の話聞いてないし……」


 旅人はもう一度溜め息をついた。それは呆れと安堵の交じったもの。どうやらこの村は、自分が目指してやってきた場所で間違いないらしい。


「さぁ旅人さん、行きましょう」


 リアもリアで、外からの客はそんなに多くないので、物珍しさや好奇心が他人への警戒心を緩めていた。

 旅人が何か言う前に、抵抗する暇もなく手を引かれてしまう。


「やれやれ」


―――


「どこ行ったー!」


 少女の家らしき場所に着いた途端、彼女は暴れだした。


「どうしたの?」


 恐る恐る聞いてみると、少女の眉がぴくりと動く。


「あ、突然ごめんなさい。うちのバカがまた……」


 そう言って少女から紙切れを一枚渡された。


「『暗くなる前には帰ります。ユウノ』……?」


「寄り道しないで帰れって言ったのにっ!こんなことならユウノに内緒で市場のスイーツ展に行かなければむぐぐ……」


 どうやら彼女の親しい誰かの置き手紙で、その内容に不満があるらしかった。


「ちゃんと帰るって書いてあるよ。いなくなるわけじゃない」


「でも……」


 旅人には、少女のかゆいところに手の届かないようなイライラが見てとれた。

 あぁ、なるほど。要するに、


「心配なんだね」


「はい……」


 あはは、と旅人は小さく笑った。


「ユウノ……くん?は確かに馬鹿だね。正直に置き手紙なんて」


「あ、笑った。旅人さんっ!」


 少女の目は、心から嬉しそうに旅人を見つめていた。汚れのない笑顔は見ていて頬がかゆくなる。


「いきなりどうしたんだい?旅人さんはやめてよ、お嬢さん。僕はエリスっていうの」


「私はリアです。お嬢さんじゃないです」


「それは悪かったよ、リア」


 旅人は親しい相手に話すように軽い調子で言った。

 フッと、不意に景色が暗転する。エリスはそこで意識を手放した。


―――


「気分はどうですか?」


 目を覚まして最初に聞こえたのは、心配そうなリアの声だった。


「あれ、僕、もしかして倒れちゃった?」


「はい……」


 どうやら身体が限界だったらしい。ろくに食わずに三日も歩いたせいか。


「ごめん。リアには他に心配する相手がいるのに」


「今はそんなのいいですから、無理しないで休んでください。はい、お水」


「うっ」


 いきなり口に飲み水をぶちこまれる。しかもバケツにいっぱいだ。


「ちょっ、リア、ストップ」


「熱が出て汗をかいたら、水分補給は欠かせませんよ」


 確かに乾いた喉は潤ったのだが、この子は病人にトドメを刺す気ですかと、そう思わずにはいられない。


「あ、ありがとう。もう大丈夫だから……ごほっ、うぇ」


 中々良い勢いで水を飲み込んでしまった。まさか陸の上で溺れることになるとは。


「横になってください」


「うん」


 リアは夕陽のような眼で、こちらを心配そうに見ている。

 確かに、言われてみれば頭は重いし、身体が熱い。汗が止まらない。


「あのさ、リアはなんでそこまでしてくれるの?最初に言ったけど、見ず知らずの他人の僕に」


 ふと、好奇心からそんな質問が口をついて飛び出した。

 リアは自分の髪を指でいじりながら、困ったように眉を下げた。

 あ、綺麗だな。窓から見える西の空とリアを見て一瞬、エリスはそう思った。


「なんで、ですか……」


「この村の人はみんなそうなの?」


「違うと思います。普通よそ者は旅人を装った密猟者じゃないかって疑います」


「へぇ」


 エリスはますますリアの行動に興味が沸いた。


「僕は密猟者じゃないの?根拠は?」


「違うと思います。密猟者なら、そんな体調の悪い身体を引きずって来ませんし、それに」


「それに?」


「エリスさんは、他人って感じがしないんです。何だかよく分からないけど」


「あははっ、何だそれ」


 目の前の少女は、面白い。次に何を言うか、興味がある。

 もう少しの間だけ、話し相手になってもらおう。身体が調子を取り戻すまで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ