第五話
「今日はリアさんと一緒じゃないの?」
ユウノくん、と呼ばれて小さく跳びはねた。
「うん。フィーは?何してたんですか?」
ユウノは心配だった。声は震えてないだろうか。そもそもちゃんと出てるのか。自分の心臓の爆音が会話を遮ってしまわないか。
「ユウノくんと同じ。買い物だよ」
「そ、そうですか」
会話が終わってしまった。何か、何か言わなきゃとユウノの頭の中で思考がくるくる回る。
「ユウノくんはドンさんと何を話してたの?」
そうこうするうちに先手を取られてしまった。結果はオーライだが、フィーに気を遣わせてしまったかもしれないと、ユウノは思った。
村長の一人娘、フィリオハイト・エイルは、ユウノの家からは数キロ離れた南区に居住しており、彼女自身のあまり外出を好まない性格もあって、二人は滅多に顔を合わせなかった。
ユウノにとってはかえってそれが一緒にいる時間を際立って輝かせていた。
「わかりません。ドンさんの話はいつも」
「そうだよね。私もドンさんの言うことは難しくて」
美しい金色の長髪が揺れて、その間から日差しのように優しい微笑みが覗く。
ユウノの心臓が一瞬、何かに締め付けられたように伸縮する。
基本的に引っ込み思案な性格のユウノは、余程慣れた相手でもない限り、会話ひとつにも精神をすり減らす。
「でもさ、ユウノくん」
フィーはユウノと同じ目線で彼を真っ直ぐ見つめながら話しをする。
ユウノもつられて目を合わせるが、彼にはこれが緊張してたまらなく疲れてしまうように感じられる。
「は、はい」
「心配してくれてるのは、間違いないよ」
フィーは言い終えると、にこっと笑った。
確かにユウノは他人と話すと緊張するが、目の前の金髪少女相手だと、それは普段の比じゃない。ただ、決して不快なものではないのだから不思議だ。
「心配……ですか。そうですね……」
「だってユウノくん、『緋の花』探しに行ってるんでしょ?森に」
「な、なぜそれを!?」
赤でも黄色でもオレンジでもない色。そんな色の花が、ユウノが度々、大人の目を掻い潜ってまで森に行く目的のひとつ。
「ユウノくん、いつも言ってるから。戦士になるんです!って」
言い終えたフィーは、くすっと小さく笑った。ユウノは自分の顔面が、赤いペンキを塗りたくられたような有り様になっていることに気付かなかった。
そんな些細なやり取りをしている間にも、二人の帰路の分岐点がやって来てしまう。
「それじゃあ、ここまでだから。またね、ユウノくん」
「は、はいっ」
どうして楽しい時間はすぐに終わってしまうんだろうと、ユウノはフィーといる間、度々思った。
手を振りながら徐々に消えていく彼女の影を見つめながら、ユウノは汗ばんだ手を握り締めた。
「よしっ」
―――
「隊長、見えてきました」
前方でフラトン(狼と馬を足したような姿の生き物。)を駆る部下の声で、彼は目を開けた。
今の今まで荷台で目を閉じていた隊長と呼ばれた彼だが、目的の場所が見えてきたことは数分前から分かっていたし、眠っていたわけでもない。
「今日は日も登りきっていますし、峠を越えるには遅いので、到着は明日になります」
「そうみたいだね」
淡々とした部下の報告に、相槌を打つ。
「お休みのところでしたが、申し訳ありません。隊長への報告義務がありますので」
「分かってるよ。それよりロイ、二人きりなんだし、こんな子供相手にそんなに畏まらなくていいよ。はぁ、お前は真面目過ぎるよ」
そう言う本人は確かに、部下の男に比べて幾らか小柄だった。
対して、ロイと呼ばれた男は筋骨隆々としていて背の高い、体格に恵まれた青年だ。
「しかし……」
そんなこと出来るはずもないとロイは思っていた。かえってそれが相手を退屈させていることには気付かずに。
「まぁ、いいよ」
隊の長は静かに言って、再び目を閉じた。