第四話
歳は十三、四歳程度だろうか。正確な年齢は、彼自身も記憶していなかったりする。
同年代の子供と比べると、顔には幼さが残っている方だ。
二重の大きな丸くて黒い瞳は、好奇心と不安を抱えて常にキョロキョロと動き回る。
頭に蓄えた少し長めの黒髪は、今は寝起きだからか、あっちへ向いたりこっちへ向いたりである。
これまた、同年代と比べると線の細い少年は、頭ひとつ分短い背丈で、朱色の美しい髪の少女に言う。
「で、何買ってくればいいの?」
答える少女は、少し呆れた顔で、
「その前にその頭、何とかしなさい」
少年と同い年の彼女は、彼と比べると遥かに大人びているとよく言われるのである。
村にいる大人達でも彼女には頭が上がらないことが多い。
「ちゃんと顔洗った?歯磨いた?」
「ちゃんとやったよ。恥ずかしいから聞かないでよ……」
「ダメダメ。ユウノは放っておくと、すぐ忘れるんだから」
何も言い返せない少年ユウノは、農村の子供にしては白いその肌を、赤くさせた。もう、子供じゃないのにということが言いたいらしい。
「はい。それじゃ、鶏肉と魚肉、それから香辛料とミルクね。よろしく」
「うんっ」
元気良く頷くと、駆け出そうと方向転換。
目的地は月に一度の大市場。村の正門では今、大量の人、人、人で溢れかえっているだろう。
「ちょっと待って」
走り出そうとして、後ろから呼び止められる。
「なあにリア、まだ何か用?」
「寄り道しないで帰って来なさい」
「うん。え?えー……」
困ったように眉を下げる少年。反応が素直すぎるので、勘の良いリアには、彼の行動はすぐにバレる。
「返事は?」
「はーい」
渋々、了承した。行きたいところは山ほどあるが仕方ない。さぁ買い物だ。
「ユウノ」
「今度は何?」
「忘れてるよ」
財布を投げられた。
―――
この村の特産品は、良質な樹木と土、加えて農作物、主には大根あたりか。
地方都市にこれらの品をぼったくり商人が泣きを見る値段で売ることで、生計が立っている。
この村の木炭は、肉が旨く焼けるそうで、特に帝都の上流階級に人気の逸品。最高品質のブランド物だ。
また、耐久性にも優れ、中央都市圏の家は大体この木で建っている。
「そうなんですか」
長々と話を聞かされていたユウノの目の前には、筋骨隆々とした屈強な色黒男性が立っていた。額には白布が巻かれており、まさに農村の男である。
「俺が何を言いたいか分かるか?ユウノ」
男性はマメだらけの太い指で、ユウノの額をつついた。
「分かりません。ドンさん、肉をください。鶏肉を」
「埋める労力は苗も人も一緒なんだ、ユウノ」
「ごめんなさい。真剣に考えます」
黒い筋肉が抱える巨大な農耕用のスコップは、そのまま武器にもなりそうなので、ユウノは肉を所望することを一時中断した。
「木を採ってこい……?」
「逆だ馬鹿っ!」
降り下ろされたスコップは、道端に小規模のクレーターを作るのには充分過ぎた。
「……どうして一人で森に入った?」
「禁止区域には入ってません」
村のルールで、いつからかは分からないが、村周辺に存在する大森林に、立入禁止区域が定められている。
その理由としては、単に野生動物との遭遇の危険性に加え、樹木の乱獲防止。また、乱獲を狙う外部の密猟者との接触防止のためである。
「そうか。だが、野生がたかが人間の引いた線引きに従うと思うか?ユウノ、お前は自然を何にも分かっちゃいない」
「でも……」
「理由は何だ?お前のことだから、意味の無い行動はしないだろ」
頑強で意志の強い眼は、頼りなく揺れる少年の眼を逃がさない。
「最近じゃ、得体の知れない黒い影を見たって話も聞くし、密猟者達は木なんかよりもお前みたいなガキの方が」
声はそこで途絶えた。大人と少年は二人で同じ方向を見ている。客だ。
「ドンさん、お肉をください」
西洋の鉄琴楽器のように美しい声がした。
「あいよ。どうしたユウノ、熱か?赤いぞ」
「分かりましたからドンさん、僕にもください!」