七時間目
この張り詰めた空気はなんだろう。
夕吾は真琴と美咲の様子がおかしいことに気付いた。
昨日は授業が終わったあと、いつものようにふたり仲良く帰宅したハズだ。
なのに今朝、別々に登校したふたりは顔を合わせても挨拶すらしなかった。「ぷいっ!」とお互いそっぽを向いて、そんな調子のまま放課後を迎えた。
「椎名」
真琴が早々に帰ってしまったので、夕吾は美咲が友達と話し終わるのを待ってから、声をかけた。
「朝野くん。なあに?」
美咲のほんわかした雰囲気はいつも通りだ。自分の思い過ごしだったのだろうか。
「ええと、とくに用事ってほどのことでもないんだけど。なんか、あったのか?」
首をかしげる美咲に夕吾は小声で、
「その……真琴となんかあったの?」
聞いた途端、美咲の表情がかげった。トーンの落ちた声で彼女は聞き返す。
「……どうしてそう思うの?」
「いや、なんていうか空気が違ってみえたから。勘違いだったらごめんけど」
「んー……よく見てるね」
美咲は机の中からメモ帳を取り出し、さらさらと何かを書き込み、それを夕吾に渡した。
「これは?」
「私の携帯番号とメルアド。電話でもメールでも朝野くんの好きなほうでいいから。待ってるね」
じゃあねといって美咲は帰ってしまった。
女の子から携帯番号やメルアドをもらうのは初めてだが、どきどきしている場合ではないということは、さすがにわかった。
***
『もうすぐバレンタインだね』
『そのようですな』
なんだこの返事。自分でもげんなりしてしまうが、まあいい。
帰宅し、一時間くらい経ってから夕吾は美咲に『ちょりーす(・ω・)ノ』とメールした。さすがに電話は恥ずかしかった。
『朝野くん、毎年何個くらいチョコもらうの?』
『0個以上はもらうよ必ず。おれモテるから』
『それ、0個も含まれるよね(笑)あのね、私がマコっちゃんとケンカした原因は、バレンタインなの』
『どういうこと?』
『もし自分に好きな男の子がいて、その子にチョコをあげようとするでしょ?でも、他にもライバルがいて、自分の気持ちを押し殺してまでライバルを応援しちゃうような女の子、朝野くんはどう思う?』
どう思う?と申されましても。
答えられずにいると、美咲から続けてメールがきた。
『ごめん、困っちゃうよねいきなりこんな質問されても。バレンタインが終わったらちゃんと仲直りするから、あと少しだけ待ってくれる?心配かけちゃってごめんね』
『わかった。おれは椎名と真琴が仲良くしてるの見るの好きだからさ。色々あるとは思うけど、できたらずっと仲良くしてほしいかなっと。そもそもバレンタインなんて滅べばいいのになー(怒)』
メールを終えると、美咲は苦笑しながらつぶやいた。
「まあ、一番の原因は朝野くんなんだけどね……」
***
翌日。
外はぽかぽか暖かいのに、真琴だけが氷河期オーラをまとっているのを見かねて、夕吾はほがらかに挨拶した。
「オッハー!おいおい、どうしたんだよ真琴。朝っぱらから元気ないぞ?明るくいこうぜっ」
グーパンが飛んできた。
ラウンド開始5秒でマットに沈んだ彼に真琴は言う。
「……誰のせいだと思ってんのよ、バカ」
罪な男である。