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Study after School  作者: お伽話し
5年生編
5/18

五時間目

 忘れ物に気付いたのは、家に到着する直前のことだった。


「風邪気味とはいえ……ドジだなあたし」


 真琴はブツブツいいながら、ふらつく足取りで学校に戻った。宿題に必要な社会の地図を忘れてしまったので、明日に回すわけにはいかないのだ。

 放課後の校庭では男子たちがサッカーに興じていた。


(……お、バカ発見)


 夕吾が相手陣地に攻め込んでいる。立ちはだかるディフェンス陣を一人、二人、三人とごぼう抜きにし、飛び込んできたゴールキーパーさえもかわし、勢い余ってゴールポストに激突していた。


「ゲホ、ゲホッ」


 吹き出しそうになるのを我慢したら激しく咳き込んでしまった。


(だめだ、頭ボーッとしてきた……はやく忘れ物取って帰ろ)


 玄関で上履きに履き替え、階段をあがる。

 寒気まで襲ってきた。やはり風邪をぶり返してしまったようだ。

 三階に到達し、一番奥の教室へ向かう。


(あれ?)


 薄暗い廊下の突き当たり、5年1組の教室近くで、真琴は気配を押し殺した。

 教室の中から笑い声が聞こえた。明かりはついてないが、誰かがまだ残っているようだ。

 なぜ泥棒みたいな足取りで歩いているのかと問われれば、「女の勘」とでも言うほかない。

 教室のドアを通りすぎ、通気溝のところまで歩く。覗き込むような格好になり、そーっと中の様子をうかがった。


(……美咲と……高梨くん)


 高梨は2組の男子で、たしか美咲と同じ風紀委員だったと記憶している。

 二人が、楽しそうに話していた。高梨は美咲の机に手をつくような格好で、美咲は椅子に座り、彼を見上げるような格好で。

 なんか、やけにいい雰囲気だ。

 高梨が美咲に顔を近づけ耳元で何事かをささやくと、美咲は真っ赤になって、


「あは……恥ずかしいな」

「俺とじゃイヤ?」

「う、ううんっ、そんなことない、けど……」


 そうして段々、言葉少なになっていく。高梨を見つめる美咲の目が、とろんとしていた。美咲のそんな表情を見るのは初めてだった。

 真琴は身動きが取れなくなってしまった。金縛りにでも掛かったように、見詰め合う二人から目が離せない。

 スローモーションのように二人の距離が近付いていく。


(ええ……ちょっと、まじ……?)


 真琴が固唾を呑んで見守る中、二人は目を閉じ、唇を重ねてしまった――。


(美咲のばか……風紀委員が風紀乱してどうすんのよ~っ)


 頭ぐらぐら、足元ふらふらになりながら立ち上がった真琴は、よろよろとその場をあとにした。

 忘れ物のことは、完全に忘れてしまっていた。



***



 翌日。

 真琴は風邪で学校を休んだ。

 夕吾は1時間目終了後に美咲の席にきて、


「珍しいな。あいつが休むなんて。まあ平和でいいけど」

「朝野くん、心配してくれてるんだ?」

「なっ、そんなワケないだろ!ふんっ」


 ぷいと怒って行ってしまった。美咲はくすくす笑い、


(朝野くんて分かりやすい♪)と思った。


 放課後になり、美咲は教室の隅で友人らとカードゲームに興じる夕吾に声をかけた。


「朝野くん、このプリントさ、マコっちゃんちに届けてもらえないかなあ?」

「えー。俺、予習復習とかで忙しいんだけどな」

「ごめん、とてもそうは見えないよ…」


 しぶる夕吾に美咲は手を合わせた。


「ね、お願い、この通り。私、今日は部活行かなくちゃいけないし、朝野くんしか頼める人いないの」

「まあ、椎名がそこまで言うなら…」

「わあ、ありがとう。じゃあこれ、先生から預かったプリントね。あ、そうだ。マコっちゃん風邪引いてるからって変なコトしちゃだめだよ~?」

「せんわ!ばか!」


 夕吾は真っ赤になって叫んだ。



***



 学校から歩いて30分。

 いつもと違う帰り道、違う目的地、大きな一軒家。

 この緊張感はたぶん、椎名のせいだと夕吾は思った。


(椎名がおかしなこと言うからだ全く……)


 インターホンを鳴らして、しばし待つ。

 返事がない。

 夕吾は庭先で尻尾を振る犬とたわむれた。真琴のペットのクセに人懐っこい。


『ハイ』


 すっかり犬と気持ちを通わせた頃、返事が返ってきた。


「あ、こんにちは。真琴さんのクラスメートの朝野です。学校のプリントを届けにきました」

『ゲ』


 げ…?

 げってなんだと首をかしげながら夕吾は待った。

 ややあってから、ドアが開く。

 姿を現したのはパジャマ姿の真琴だった。

 あきらかに不機嫌そうだ。犬だったら「ウ~」と低い声で唸ってそうなくらい。

 夕吾はおびえた。


「よ、よう。これ、ぷりんと……」

「……お茶飲んでく?暇なのよ誰もいなくて」

「え?あ、うん……お邪魔します」


 真琴が犬だったら、断ったら噛み付いてきそうな気がしたので夕吾は大人しく従った。

 真琴の部屋は階段をあがった二階にあった。

 女の子の部屋に入るのはもちろん初めてだ。意外といったら失礼だが、普段の真琴からは想像できないほど女の子らしい部屋だった。


「あんまりジロジロ見ないように」

「ごめん…」

「ま、いいけど」


 どっちなんだと思いながら、夕吾は真琴のいれてくれたりんごの匂いの紅茶を飲んだ。


「あ、うまい」

「別に…普通の紅茶だよ」


 夕吾の反応が可笑しいらしく、真琴は笑った。


「なんか今日変わったことあった?」

「んー。そうだな。おれが面白おかしく聞かせてしんぜよう」


 風邪を引いてるせいだろうか。弱々しい雰囲気の真琴は素直で、可愛く見えないこともなかった。

 夕吾が今日の出来事などを1時間くらい話したところで、真琴は急に咳き込んでしまった。


「ごめん。ちょっと横になっていい?」

「あ、おれそろそろ帰るよ。風邪なのに長居しちゃってごめんな」

「うん、ごめんね」

「じゃ、また学校で」

「夕吾」

「ん?」


 ベッドに横になった真琴は、タンスの上を指差した。


「そこの薬取って」

「へい」


 言われた通りに真琴に錠剤を手渡そうとするが、受け取ってくれない。


「飲ませて」

「へいへい…」


 二人の距離が近付いた。

 真琴はしばらく起きていたせいで熱が上がり、そのせいでトリップ状態になった。

 薬を飲ませようとした夕吾の頬を両手でつかむ。


「ム、むーむー!」


 たこ唇。可笑しい。真琴はくすっと笑い、そのまま彼に口付けてしまった。


「む…んーっ!?」


 10秒間。みっちりと、これ以上ないほどのキスだった。


(これで美咲に並んだわ……)


 などとおぼろげな意識のまま満足し、真琴は眠った。

 夕吾はナニがナニやら分からず、とりあえず真琴が寒くないよう毛布を掛け直し、たこみたいに真っ赤な顔のまま帰ったのだった。



***



 翌日。


「今度は朝野くんが風邪で休んじゃったね…」

「バカでも風邪引くのね。あっはっは」


 夕吾は相変わらずひどい扱われようであったが――。

 その日の帰り道。

 真琴はふと、自分の唇にふれてみた。


(なんだろう…?この優しい感触)



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