四時間目
「くちゅっ……へっくちゅんっ」
「マコっちゃん、また風邪?」
「中村さん、風邪ウィルスに好かれてるよね~」
「あはは。かわいいくしゃみ♪」
「う~……」
恨めしげに鼻をかむ。うがい手洗いは励行しているのに、どうしてあたしばっかり。
納得がいかず、美咲や恭子やユキのおやつを取り上げた。
今日は真琴の家で緊急集会中なのだ。
「あーっ?それはひどいよお」
「中村さああん」
「笑ってごめんなさいでしたっ」
「お黙り」
三人並んでうるうる涙を浮かべる彼女たちから目をそらし、本題に入る。
「――で、ほんとなの美咲?」
「あ、宇佐美さんのこと?ほんとだよ。ね?ユキちゃん」
うるうるしていたひとりに美咲は確認する。
「ウン。私みちゃったんだあ。体育館裏で宇佐美さんと上杉くんがキスしてるとこ」
おおー…と場がどよめく。
真琴はすかさずマスクを着用して隠したが、みな一様に頬が赤い。
「宇佐美さんやるね~。純情そうな顔してるのに」
「キス……かあ」
上杉といえば、カッコイイ男子ランキング2位の文句なしのイケメンで、サッカー部のエースだ。
(宇佐美さんがチョコをあげるのは、上杉くんだったんだ)
先日、彼女に手作りチョコの指南役を頼まれた真琴は、彼女が誰にチョコをあげるのか聞かなかった。いまここにいる面子が相手ならズケズケ聞いてしまっただろうけど。
なるほど、あの二人ならお似合いかもしれない。
でも。
「さすがに小学生でキスは、早いんじゃないの」
それが真琴の意見だった。
「おりょ。意外なご意見」
「マコっちゃん、しょっちゅう朝野くんとしてるんじゃないの?」
「うんうん」
「なによそれッ!?」
真琴は金切り声をあげた。
三人はニヤニヤしながら、
「中村さん知らないの?お似合いカップルランキング」
「毎回断トツ1位だよね、朝野くん&中村さんカップル。朝野くんが尻に敷かれそうってコメントがすごく多いの(笑)」
「知らぬは本人ばかりなりって言うもんね~」
そんなばかな。真琴はがっくりと膝を落とした。
「うそよ。そんなのうそでしょ?」
「うそじゃないよ~。ね~恭子ちゃん?」
「うんうん。ね~ユキちゃん?」
「ね~♪」
キャッキャ、と手と手を取り合うかしましい三人組に、真琴は疑いの視線を向けた。
「……あのさ、ちょっと聞くけど、そのランキングに投票してるのってだれ?」
「ノ」
「ノ」
「ノ」
元気良く手をあげた三人のジュースを真琴は没収したのだった。
***
「……バレンタインかあ」
その夜。
真琴はベッドでうつ伏せになりながら、UFOキャッチャーで取ったウサギのぬいぐるみに語りかけた。
「ウサギさん、あたしも誰かにチョコあげるべきかな」
生まれてこの方、父親以外にチョコをあげたことがない真琴は、世間のノリにいまいち付いていけないのだった。
ことあるごとに経験豊富を匂わすような素振りをとってきたツケが、ここにきて一気に回ってきた感じだ。
いっそ、体調不良を理由に一週間くらい学校を休んでしまおうか。バレンタインさえ過ぎれば、ほとぼりも冷めるハズだし。
「……でも、それじゃ逃げてるようにみえるし」
だれから?なにから?という問いには答えが見つからない。強いてあげるなら自分からか。
「でも、キスはないよね」
興味がないわけじゃない。けど、早いと思う。美咲たちは機会があれば的な発言をしていたけど。
自分には、とてもじゃないけどそんな勇気ない。
ためしに目の前の愛らしいウサギの顔を、アイツに置き換えてみた。
「………ぷ」
笑ってしまってダメだ。とてもじゃないけど、そんな雰囲気にはなれそうもない。
「いいや、寝よっと。おやすみウサギさん」
目を閉じる。視界が真っ暗になる。
ああ、そうか。こうしちゃえばいいのか。
真琴はそっとウサギに唇を押し当てた。