三時間目
家庭科実習の時間。
先生から出された課題の料理、スイーツをどれだけ上手に見映え良く作れるか、それが問題だ。
時期的なものを考えれば、スイーツの腕前が女子の格付けに影響してくるだろう。
それすなわち、バレンタイン。手作りチョコレート。1年に1度、ある者にとっては甘く、ある者にとってはビターなイベントである。
真琴の両親はケーキ屋を営んでおり、彼女自身、小さい頃から父親にスイーツの手ほどきを受けているパティシエのたまごだ。家庭科の授業で彼女は大人気で、あちこちから手伝いをお願いされてしまう程である。おかげでいつも自分の分を作る暇がない。
アドバイスだけで済む者もいれば、中にはすべての工程を真琴にお願いする者もいた。真琴も作ることが嫌いではないので、頼まれるがまま作ってしまう。
ようやくひと段落付き、みんながその日の課題スイーツ、カスタードプリンを美味しそうに食べているのを椅子に座りながら眺めていると、
「おうおうおう」
時代劇に出てくるゴロツキみたいな声をかけられ、真琴は振り返った。
「夕吾。なに?なんか手伝う?」
授業中の真琴は誰にでも平等に接する。それが夕吾であってもだ。なぜかといえば、不器用な子も多く、みんながみんな上手に作れるわけではないからだ。とくに男子はそう。それを気にしない子ならいいのだが、中には気にしてしまう子もいる。なので真琴は自分からお節介を焼きにいってしまうのだ。それがもとで嫌われてしまっても仕方ないと思う彼女だったが、普段とのギャップ(夕吾を投げ飛ばしたり回し蹴りしたり等)も相まって、既に大多数の男子は彼女に白旗(フラグ成立)を上げてしまっていることなど知る由もなかった。
「ちがーう。おれちゃんとひとりで作れたもん。ほれ見れ」
そういって夕吾は自信作と豪語する完成品を真琴にみせた。
「……なにそれ」
「見ればわかるだろ?プリンだよプリン」
「それはわかるんだけど、プリンの上に『犬神家』みたいに飛び出してるの、なに?」
「ムースポッキーだよムースポッキー。美味しそうだろ?」
「まあ……いいんじゃない」
真琴の評価に気を良くしたのか、夕吾はそれを彼女に差し出した。
「やるよ」
「え?」
真琴は目を丸くする。
「真琴いつもみんなの手伝いばっかりで食べてないだろ?」
「手伝うのは、嫌いじゃないから。夕吾食べて。気持ちだけ頂いておくから」
「そっか。まあ、わかった」
やってしまった。
折角の親切なんだから素直に受け取っておけばいいのに。
やっぱりちょうだいなんて言えず、気持ちが沈んでしまう。
「マコっちゃん。気持ちだけじゃお腹はふくれないよ?」
助け舟を出したのは、甘いものに目がない美咲だった。口の周りにホイップクリームが付いている。
「美咲……」
「やっほ~。ねえ朝野くん、マコっちゃんほんとはすごく嬉しいんだよ。でも性格がこんなだから、素直になれないの。朝野くんの作ったプリン、もらえないかなあ?」
こんなってなんだ、こんなって。
真琴は抗議したい気持ちをぐっとこらえ、
「お、おう。ほら、真琴」
「……ありがと」
夕吾からプリンをもらい、小さな声でお礼をいった。
彼の作ったプリンは意外と美味しかった。
***
「中村さん」
放課後。
美咲は風紀委員会の仕事があったのでひとりで帰ろうと校門を過ぎたあたりで、真琴は後ろから声を掛けられた。振り返ると、顔は知っているが、話すのは初めての女の子がいた。
「えっと、たしか2組の…?」
「カナです。宇佐美佳奈子」
「そう、宇佐美さん。あたしになにか用?」
ツインテールで、小柄で、けっこう可愛い子だった。自分がツインにしたら浮いてしまうだろうなーなどと真琴が考えていると、佳奈子はもじもじしながら口を開いた。
「あの、中村さんはとてもお菓子作りが上手だって友達から聞いて、それで……」
「とても上手ってわけじゃないけど、それで?」
「それで、ご迷惑じゃなかったら、カナにチョコレートの作り方、教えてくれませんか?」
ああ、そういうこと。真琴は納得がいった。
こういった依頼は、なにも初めてのことではなかった。時期も時期だし。
「いいよ、教えてあげる。バレンタイン、誰かにあげるんだ?」
「はい……」
佳奈子ははにかんだ笑顔で頬を桜色に染めた。可愛いと思った。こんな子からチョコをもらったら、男子はさぞ喜ぶことだろう。一体誰なんだ、その幸運な男子は。
「これからうち来る?材料と道具は揃ってるから、いつでも教えてあげられるけど」
「はい。よろしくお願いしますっ」
この依頼が、のちにあるトラブルを引き起こす種となった。