二時間目
「うわっ……おれのアクセス数、低すぎ…?」
どこかで聞いたフレーズを口ずさみ、夕吾は喉の奥でうめいた。
家のパソコンとにらめっこする彼に、無常にも表示された数は「0」。
アクセス数を示すスランプグラフは地平線のようにまっ平らである。
「なんでだろう。こんなにも面白いおれ様小説が見向きもされないとは」
ちなみに彼の書く小説の内容は学園ラブコメで、主人公「ユーゴ」が筋肉ムキムキの悪の番長「マコト」を激闘の末打ち倒し、ヒロインの「ミサキ」と仲良くなるという一大巨編である。
本人に見られたらタダでは済まないような内容であったが、まだ小学生なのでその辺の警戒心が欠如している夕吾であった。
「うーむ。このままじゃ『3千万PV突破のオンライン小説、満を持して登場!』ってなるのはいつになる事やら」
夕吾の登録するオンライン小説サイト『小説家になろ?』からデビューした作家は数知れず。ここから文壇デビューするのが彼の夢なのだ。
「友達にも紹介してみっかな~。アクセス数を稼ぐコツみたいなのにもそう書いてあったし」
思い立ったが吉日である。ひとりでもアクセスしてくれたら嬉しいし、千里の道も一歩からというではないか。夕吾はカバンに教科書類を突っ込み、学校へ出発した。
***
「朝からナニやってんのアイツ」
放課後。
サイトのアドレスと小説タイトルを書いたメモを、駅前のティッシュ配りよろしくクラスメートに配布しまくる夕吾の様子を、机の上に突っ伏しながら真琴は半眼でみていた。風邪気味で身体がダルイのだ。
「えっとね、朝野くんオンライン小説書いてるんだって。パソコンとかで見れるやつ。その紹介らしいよ」
メモをみながら美咲がいう。
「ふーん。興味ない。そもそもうちパソコンないし」
「マコっちゃん、体調悪そうだね。大丈夫?」
「大丈夫よ。バカじゃない証明だもん」
「それ、迷信だと思うけど」
「いいの。そうじゃないと元気なアイツみてるとイライラしてくんの」
「あー…」
苦笑いを浮かべる美咲をよそに、のろのろと帰り支度を済ませ、真琴は席を立った。
「美咲、今日風紀委員会だよね?」
「うん。ごめんね、本当は家まで送ってあげたいんだけど」
「違うってば。確認したかっただけ。でも、ありがと。ばいばい」
「バイバイ。また明日ね」
美咲と手を振って真琴は教室をあとにした。
美咲とは1年生の頃からずっと一緒のクラスで、自他共に認める親友だ。わりかし難解な自分の性格を理解してくれる、良き理解者である。アイツの肩をもつのが、ちょっと気になるけど。
下校途中、ぴろろーんと間の抜けた音がした。携帯にメールが届いたらしい。学校ではもちろんマナーモードにしてある。真琴はスカートのポケットから携帯を取り出した。
(美咲からだ。心配してくれてるのかな)
親友の気遣いにほっこり温かい気持ちになりながら、メール内容を確認する。
『ちなみに携帯からでもオンライン小説みれるから、いちおうアドレス送るね♪みさきより』
(…………)
ちなみにってなんだ、ちなみにって。
道の段差につまづきそうになりながら、真琴は家に帰った。
***
「アクセスキター!」
その日の夜。
アクセス解析をみた夕吾は歓喜した。まるで水平線からのぼる太陽のように、スランプグラフが動いていたのである。5アクセス。悪くない。これを毎日続ければ6百万日で3千万アクセス突破だ!
「いやー、たゆまぬ努力のたまものってやつだなコレ。うお、感想まできてるし!」
更新ボタンを連打していると、「1件の感想が届いています」と知らせがあった。
まるでファンからラブレタ-をもらったような作家のような気分になり、夕吾は喜び勇みながら内容をチェックした。
ペンネーム「コトマ」さんからの感想。
『初めまして。コトマと申します。
お話、とても楽しく読ませていただきました。
特に主人公と、悪の番長との対立関係が絶妙に表現されていて、すごいと思いました。
続きが、楽しみです。
ちなみに作者さんは小学生とのことですが、物語の舞台は作者さんの通う学校、登場人物は作者さんの友達をモチーフにしておられるのでしょうか?
ちょこっと気になったので、もしよろしければお答え願えればと思います。
これからも応援しています。がんばってくださいね^^』
夕吾は涙を流していた。
「女神じゃん……こんなにもおれの作品を理解してくれる人が現れるなんて……!」
コトマさん。いい名前だ。プロフィールをみると、彼女も小学生らしい。きっと素敵な女の子に違いない。夕吾はすぐに返信を書いた。
To:コトマさん
From:YouGo
『初めまして。感想どうもありがとう!(^-^)/
コトマさんの感想に励まされて、やる気がどんどん沸いてきました!
これからもバリバリ書いていくんで、応援よろしくね!
コトマさんの質問ですが、全然その通りです!
物語の舞台はボクの通う学校そのまんまですw
悪の番長も、ボクの通う学校にとんでもないヤツがいて、そいつをモチーフにしましたwいつかギャフンといわしてやりたいと思ってます!ヒロインの子は普通にいい子です!
バレたら大変なんで、秘密にしてますけどw
それではバイバイキーン!』
***
翌日。
体育の授業は男女混合のドッジボールだった。
夕吾はすっかり体調の回復した真琴に執拗に狙われ、外野にいても「あ、手がすべった」と全力投球を顔にぶつけられ、保健室に運ばれた。
美咲は苦笑いしながら、
(マコっちゃん、絶対読んだなあれ……)
と、不機嫌極まりない親友をなだめるのだった。