第3話:恋に落ちたのか?
「い…………市川さんですよね?」
あたしに、話し掛けてきた男性の声は確かにいつもの熊さんだった。だけど、あまりにもいつもと格好が違うので自然と半信半疑な返事になる。
「ああ、良かった。忘れられてなかったか」
「忘れてませんよ!!…………でも……」
「でも?」
「全然違うじゃないですか。これじゃあ、いつもの皆が言う熊さんとは言えません」
「ははははっ、そうか全然違うか。一応髭そって髪を切っただけなんだが」
そう言って豪快に笑っている姿を見てあたしは、この人が本当に熊さんなんだと実感する。 そしてじっくりと熊さんの姿を見た。今まで伸びっぱなしの長髪をスポーツマン風の短髪に切り、髭をきれいに剃った熊さんは、さわやかスポーツマン風な青年に変化していた。
(熊さん。もしかしてけっこう格好良かった?)
「さっきそこの店の前で松本さんとすれちがった時、普通にスルーされたからもしかして俺のこと覚えてなかったんじゃないかと心配してたんだ」
「そんなことないです。あたしもボーっと歩いてたから…………」
「松本さんもこれから店に行くんだろう?」
「はい」
「じゃあ、一緒に行こうか?」
「はい」
(って何で承諾するかなーあたしは)
「よし。じゃあ行こう」
そんな感じでなりゆきだがあたしは熊さんと一緒にお店に行くことになった。始めは憂鬱だったけど、途中から思っていたより楽しいものだと感じ始めた。
あたしは元々自分から話題をふるほうではなかったから緊張したけど、熊さんは何気なく話題を振ってくれて、途中会話が途切れても気まずい沈黙では無く心地よい沈黙だった。
そしてあっという間にお店に着いてしまった。二人で休憩室へと入るとパソコンの前に店長が座っていた。
「こんにちは」
部屋に入って店長に挨拶をすると店長はおもしろいものを見たかのような表情をした後、あわてて返事をしてきた。
「こんにちは。めずらしい、組み合わせでびっくりしちゃったよ」
「こんちは。途中で会ったから一緒に来たんですよ」
「そっか。今日は忙しいけど、二人とも頼むね」
「はい」
店長は、そう言うと店内に戻って行った。そしてあたしはロッカーに荷物を置いてエプロンをするとタイムカードを押す為に入口に向かった。
「今日はよろしくね、松本さん」
熊さんは、そう言いながらあたしの頭をポンポンと軽く叩くと店内へと出て行った。あたしは、熊さんが出て行くのを見送ると叩かれた頭を触る。それはまるで熊さんの手の感触を確かめているようだった。
(あたしってば、何やってるかな………。でも、何だろう………変な感じ)
あたしは一つため息をつくと、カードを押し店内へと向かった。
話が進み始めたようなそうでないような。
気長に進めます。




