第七話
由実子と喧嘩をして、家を飛び出した俺
行き先はいつもの公園だった
力いっぱいに走った
何故かそんなことでもして気を紛らわせたくてしょうがなかった
ジョギングをしている人や、休みの日で遊びに来ている子供たちを抜かして走った
こんなに一生懸命に走ったのはもう何年ぶりかで、いつからか体がなまってきているという実感が確かにあった
脈打つ拍動がありありと自分の体で感じられる
まわりの人たちは、この人はどうしてこんなに急いでいるんだろうといった感じで俺の方をぼーっと見ている
実に平和的な休日の公園の風景だ
昨日のベンチについたときには、もう気が切れていて肩を上下させながら息もひどく荒くなっていた
しばらくの間、ベンチに座ることなく背もたれに手をかけて息を整える
走っていたときも、その間も何も考えなくて済んでいたから少しだけ落ち着いた気持ちになれた
息も心臓の音もおさまってきて、ベンチに腰掛けた
そうすると、自然にまた考えてしまう
由実子が謎でならなかった
二人を同時に愛するということは、二人ともに運命でも感じているのだろうか
別に運命論に結び付けなくてもいい
・・息が荒くなってくるのでやめよう
何にしても、俺は由実子が泣きそうな顔をすれば何もかもを許してしまいそうになっていた
甘すぎるのは分かっている
普通なら、追い出すか出て行くかくらいになってもおかしくない状況だろう
でも、やはり由実子だけに罪を押し付ける気にはなれないのだ
それなら、もう何も深いことを考えずにさっさと今日会う男に話をつけて、またいつものような生活に戻そう
その男がいなければ、二人の生活を乱されることもないだろう
そう思ってふと時計を見れば、十時二十分
まだまだ時間はある
どうせ今日、ちゃんと話すのだからこれ以上考えなくてもいいだろう
由実子のように普通にしていよう
きっと、なるようになるのだと思った
大きい心になろうとしても、正直それは少し難しかったが
その時に思った「なるようになる」というのは、由実子が俺だけを愛していままで通りの生活をすることである
それだけを信じていようと思った
公園に生えている大きな並木はさわやかな緑色をしていて、空気まできれいなような気がしてくる
枝葉にとまっている虫たちもさぞ気持ちいいことだろう
体いっぱいに空気を吸って落ち着くことにした
それからベンチに座って腕を組んだまま何も考えずに眠った
足の方に何かが当たった感触がした
ふと目を開けて下を見てみると、サッカーボールが足のそばにある
前を見て見れば、小学校四、五年生くらいの男の子が走ってくる
あの子のボールかと思った
近づいてくるなり
「ごめんなさい。」
と言い、悪いことをしてしまったという顔がすぐ分かる
きっと、寝ているところを起こしてしまったという意識からだろう
「このサッカーボールは君の?」
足元からボールを拾い上げて言う
「はい。」
「そうか、別に怒ってないから安心していいぞ。」
言葉の通り、安心させるために笑って言った
はい。とボールを手渡す
「ありがとう。」
「君は何歳?」
「十ニ歳です。」
しっかりとした男の子に、なんとなく聞いてみたくなったので聞いてみた
「将来の夢は?」
「サッカー選手!!」
素早くそう勢い良く言った男の子の顔は輝いていた
そのまぶしさに目が眩んでしまいそうで、つい目を逸らしてしまいそうになった
「じゃあ、本当にありがとうございました。」
と男の子は走っていこうとした
なるほど、彼を待っている仲間がはやくこいと言わんばかりにみんなでこっちを向いている
「おう、頑張れよ。」
その声をスイッチに、軽く礼をして走り出した男の子の背中を見つつ懐かしい思いになった
そういえば、俺にもあんなときがあったなぁ
野球一筋で毎日毎日、チームのやつらと一緒に厳しい練習にも耐えた
それにしても、十二歳の頃の俺はあんなにもしっかりと大人相手に会話ができていたかと思う
多分、出来ていないだろうな
少年犯罪の低年齢化や子供の学力の低下なんかが問題になっているが、そんなことよりもあんな風に教育が行き届いているかが問題なんじゃないかと思った
俺も大人になったのだなぁと実感して、何だか無償に寂しくなった
そんな思いに浸っていたが、ふと思い出して時計を見てみる
もう十二時の約十分前くらいだ
俺はこんなところで一時間半も眠っていたのかと少し驚いた
さて、そろそろ昼飯の用意でもし始めているところだろう
そう思って立ち上がって伸びをした
休日の昼間の公園の空気は思ったよりもおいしかった
話し合いの時間が刻一刻と時間がせまる