第六話
いつも通り、朝がきていた。
いつの間にか、次の日が来ていた
起きると朝の九時になっていて、寝すぎたと思い、すぐに布団から飛び起きた
隣にいるはずの由実子はもう起きてしまったのか姿は見えない
洗面所に行って、さっさと顔を洗って歯を磨いた後ダイニングへ行った
「おはよう。遅かったわね。」
まだ眠い頭に由実子の元気な声が耳に届く
「おはよう。ついつい、休みだからって寝すぎてしまった。」
あくびをしながら言う
「そう。もう朝ごはんはできてるから食べる?」
「ああ、そうする。」
由実子は朝からテキパキと動き、茶碗にご飯を入れて俺の前に置いていき、その後に箸を持ってきた
俺は椅子にゆっくり座る
そして、そのあとから味噌汁をコンロにかけ、その間に自分の分も用意したりしていた
味噌汁が温まったらしく、茶碗に入れてまた俺の前に置いていった
「ありがとう。」
とさりげなく言って由実子が自分の分を持ってきて、二人の用意ができるまで待つ
由実子も椅子に座って向かい合う
「じゃ、いただきます。」
「いただきます。」
由実子がいつもの笑顔で先に言って、その後に俺も続く
テーブルの上にのっている目玉焼きや漬物や野菜を箸でつつきながら食べているとふいに聞かれる
「ねぇ、おいしい?」
「おいしいよ。」
笑顔で返す
三年経った今でも、俺と由実子はこんな感じのやりとりで過ごしている
・・そう言えば
それで違和感を感じた
いつもご飯を食べているときには必ずと言っていいほど由美子は俺に「おいしい?」と聞くはずだ
しかし、昨日は聞いていないような・・
そうか!!!
はっと昨日のことを思い出した
それまではすっかり忘れてしまっていたのだ
それで目もしっかり覚めてしまった
すると突然、気分が悪くなってきた
こんな風にいつも通りにしている場合じゃないんじゃないかという気にもなってくる
別にどうしていけないという意味もないだろうが、普通の状況ではないのだから仕方ない
それからは、下を向いて無口に食べた
さっきまでの様子と違ったのに気がついたのか、由実子は心配した声を出した
「何か元気がなくなったみたいだけど、大丈夫?」
「ああ、大丈夫。」
大丈夫じゃないけれど、由実子と話し合いをしたところで話は平行線になってしまうのは昨日で分かっている
食べ終わって椅子から立った
新聞を取りにいって、リビングのテレビの前のソファにもたれて新聞を広げた
由実子は不思議そうな顔をしながらも少ししてから食べ終え、片付けを始めた
しばらくして新聞を読んでいる俺を少しだけ見て、片付けを終えたらしく隣の部屋へ入っていった
多分、隣の部屋へ行ったということは裁縫でもするのだろう
由実子が服のすそ直しなんかをするときは必ず、あの部屋を使うのだ
というか、それ以外に使っているのを見たことがない
気を取り直して新聞を読もうとするが、なかなか頭に入ってこない
そばにあったリモコンをつかんでテレビを点けた
チャンネルを回してみるが、休みの日のこの時間帯はワイドショーくらいしかしていなかった
あの俳優があの女優と付き合っていただの、新人のアイドルが高校生のときに何をしていただのを芸能人や記者たちが集まって、勝手に話している
他のチャンネルでも、より多くの視聴率をとろうと同じようなことを何度も繰り返し放送している
仕方ないのでテレビの電源を切った
することがなくなってしまって、何だか途方に暮れてしまっている
由実子と話す気にもならない
壁にかかっている丸い掛け時計を見ると今は十時
だから、ナオくんとかいう男に会うまではあと三時間だ
それまでどうやって時間を過ごそうか・・
別にすることもないというか、何をしても手につかない状態なのでまた昨日のように公園まで散歩をしてくることにした
ソファから立ち上がって行く準備をしようとすると、頭が重くなりふらりとよろけた
なんだ貧血か、珍しい
そう思って、少しの間こめかみをさすってから服を着替えに行った
ジョギング用に昔に買って、そのままつかっていないウエアがあたなぁとそれをたまたま思い出してタンスの中を探ってみると、今でもあった
少しほこりっぽくなっている感じもしたけれど、それを着ていくことにした
たんすの中を探っていて、物音が聞こえたのか由実子が寝室の戸から顔を出した
「あら、何してるの?そんな古いの出してきて。珍しいわね。」
いちいち、言葉に詰まるこの状態にいらついた
「ちょっと散歩に行ってくる。」
「また?昨日も行ってたわよね。」
「ちょっとほっといてくれないか。」
「何を怒ってるの?」
由実子はこんなときでもやっぱりいつもの無邪気さが残る
そんな無邪気さが、今日はどうしても邪魔で仕方なかった
何故かもう少しだけでも何か悪気を感じて欲しいと思うようになってきていた
「そんなことより、今日は一時からだよな。」
全てを忘れているような由実子の態度に釘を刺すつもりで言った
「そうよ。十二時四十分には家を出ないとね。」
あっけにとられる
まるで、二人でお茶でもしにいくような気軽さだ
「お前な、自分が何をしたか分かってんのか。」
ウエアを手から離してなるべく感情を押し殺した声で言った
大声を出すのは、父親の影響もあってあまり好きではないからだ
「・・分かってるわ。」
由実子もやっと少しだけ言葉に詰まったようなふうになった
「じゃあ、何でそんなに呑気なんだよ。ものすごく大事なことなんだぞ。」
「そんなこと言ったって、仕方ないのよ。反省しろと言われれば、十分反省したし、今でもしてると思うわ。でも・・。」
「でもって何だ」
すぐに畳み掛ける
「だってね、あなたのこともあの人のことも本当に好きなのよ。もう、どっちがどうだかなんて考えても決められないの。」
泣きそうな顔だった
由実子が泣きそうになると、俺の理性までがどこかへ行ってしまいそうになって今すぐにでも抱きしめたい衝動にかられる
しかし、今回はそうもいかない
「だから、逆に考えないようにしようってことか」
「そうじゃないわ。ちゃんと考えてるのよ。あなたがいなくなったって、あの人が居てくれるからいいわなんてこと、ちっとも思ってない。わたしだけじゃ、決められないの・・」
これ以上、責めても仕方がないと思った
話し会いは、三人のときで全く構わないだろう
泣きそうな顔の由実子をそのままほっておいて、ジーンズとTシャツのまま腕時計を持って、家を飛び出した
朝から喧嘩の二人・・