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第十八話

エレベーターはどんどんと上がっていき、誰にも止められないまま順調に三階までついた

止まるときに、体が持ち上がるようなエレベーター特有の嫌な感じがして、すぐに足を踏み出し外へ出た

残業の代わりなのか、早朝出勤している人たちの足音や声が聞こえる

何故か緊張した足どりでもって入り慣れた部署の扉を開けた

誰もいないのかと思って、素早く自分のデスクへ荷物を置く

息をついたところで

「あ、岡田さんですか。誰かと思いましたよ。」

背後で声がした

驚いて振り返ると、笑顔の田中幸人が立っていた

長身が目の前に立ちはだかっているため、窓側で陽の当たっていたデスクも一気に日陰になった

「おぉ、田中か。俺もびっくりしたよ。」

二年後輩の幸人は、長身でいかにも笑顔の似合う人の良さそうな奴だった

それに、俺とも仲がいい

こんな朝から幸人がいるとは思ってもみなかったものだから、つい大きな声を上げていた

「岡田さんもこんな朝早くから出勤なんですか?」

「あぁ、まぁな。」

適当にはぐらかして、目の前の幸人に隣のデスクの椅子に座るよう右手で勧めた

それを見て幸人はさっさとその椅子に座った

俺も自分のデスク前の椅子に座って、幸人と向き合う

「そんなことより、お前なんで朝から仕事してるんだ?」

一番気になったことを聞いてみた

幸人は普段でもよく寝坊をしたと言って、遅刻をする

そんな奴が眠い顔もせずに平然といるのが不思議に思える

「何か、仕事任されたんですよ。部長に。福田さんがもう今週限りでやめるから、その仕事を引き継ぎで田中にやってもらう。って。」

まぁ、嬉しいんですけどねと小声で言いながらも、わざと疲れたような顔を見せた

「そうか、福田さんは今週限りでやめるのか。それは、コトブキでか?」

落ち込んだ気分も少しだけよくなってきていた

同じ部署でもそうそう仲がいい人ばかりという訳ではないから、こうして幸人と自由に話せることはいつでも楽しいことだった


”コトブキ”とは、もちろん寿退社のことである

福田さんは、俺よりも年上で他の社員に寿退社で先を越され気味だった

いつも縁が厚めのメガネに薄い化粧で、いかにもという感じであったが、メガネを外せば綺麗になるんじゃないかというような噂も少し前にあったような気がする

そんなに話したこともなく、いつも無駄話が嫌いなふうだったのでカタブツだとだた思っていた

顔を突き出して、内緒のことを言うような感じで幸人は言った

俺もそれに付き合って、耳を寄せる

「それがね、経理課の山崎さんとだって。いままで待ってた甲斐もありますよね。」

「本当にか?あの山崎さんか・・。社内でもいろんな噂があったろ、あの人。」

「えぇ、今までにもいろんな女に手ぇ出してたみたいですからね。福田さんも捨てられなきゃいいですけど。」

噂話でクスクス笑いあうというよりは、相手が経理の山崎さんだと知って福田さんは大丈夫なのだろうかという心配のほうが二人共の頭の中に共通の思いとして浮かんでいた

「経理の山崎」といえば、うちの会社の中でもいわゆるブランドと言ってもいいくらいだった

いつでも細身のシルエットのスーツを着こなし、スタイルも良くて顔も凛々しい

センスが良く、女の扱いにも慣れている

何度か見たことがあるが、一種のオーラが体からにじみ出ていた

それと、あの福田さんを想像の中で並べてみると、似合わないことこの上ない

同じ部署の同僚として、本当に大丈夫なのかと心配さが明らかに増す

「あ。今、岡田さん二人を並べてみたでしょ?顔が渋いお茶飲んだみたいになってますよ。」

俺の内側を見透かすような目をして、幸人がいった

「にしても、心配だなぁ。」

本心が口をついて出た

人の心配を本気でしている暇ではないのに、幸いこの時は他に考えていることはなかった

「お。岡田さん、福田さんを狙ってましたか。でも、もう遅いですよ〜。もっと早く言わなくちゃ、そーゆーことはね。」

”心配”という微妙なニュアンスから幸人はわざと意地の悪い冗談を言う

「冗談言うなよ。二人の結婚を心から祝福してるさ。」

「ちょっとちょっと、本気にしてないでくださいよ。恐いなぁ。」

少しの冗談に、本気のような言い方をしてしまった俺がいた

つまらないことをしていると思った

幸人は気にも留めずにさっさと立ち上がる

幸人のデスクは向かい側で、そう遠くもない場所だ

そこへ行って、書類をいろいろ集めている

「岡田さんには、かわいい彼女さんがいますからね。うらやましいですよ、ホント。」

素早くデスクの上を片付けながら後姿で話す

一度だけ幸人に由実子を見せたことがあった

それからは、岡田さんの彼女はかわいい、かわいいと言いふらしていた

急に由実子の話になり、気が動転してしまった

別れてしまったんだとは言いづらい

何故なら、俺が一番に由実子とまた暮らせることを望んでいるからだ

なかなか諦められないからだ

「あぁ、まぁな。田中はどうなんだ?」

「いいですよね。あんな彼女がいたらって思いますよ。・・僕ですか?まぁ、いるんですけどね。でも、すごい微妙なんですよ。何か、他の男に媚び売る女っていうか。俺、そういうの好きじゃないから。」

片付ける手を休み休みに言った

思ったよりも、真面目な答えだった

なんとか田中との話に集中をすることを心がけた

「へぇ、彼女いたのか。他の男に媚び売る女か・・。」

言ったとたんに由実子の顔が浮かんだ

言わば、由実子も”他の男に媚び売る女”なのかもしれない・・

媚びを売ったという訳でもないだろうが、言いようによっては全く違うということもないような気がする

「えぇ。まだ浮気とかはしてないと思うんですけど、どーせいつかするような気がしますからね。早いうちに別れとこうかなとか思ってて。」

「そうか。まぁ、その方がいいのかもしれないな。ただ、こんなこと言うのも何だけどよく考えてから別れろよ。別れ際はすっきりしとかないと、後からどうなるか分からないんだし。」

言っている自分が一番よく分からなかった

どうして俺は後輩にこんなことを言っているのだろう

気分が一気に下がっていったのが分かる

「そうですねぇ。確かに、女は恐いっスから。」

幸人はわざと外した言い方で硬くなりかけたその場をやわらかくした

それでも、どんどんと気分が辛くなって、背広からタバコを取り出し一本吸った

煙だらけの息を吐くと、少しだけ気分が落ち着いた

そのまま無言が続いた


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