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第十七話

「岡田先輩、どうしたんですか?朝から何か暗いですよ。」

くすくすと笑いながらその女は言う

その度に、抑え目な茶色に染まった髪が揺れる

「そんなことよりお前、その髪どうしたんだよ。」

これですか?と自分の髪を持って、毛先をいじりながらおどけた調子の声を出す

「ちょっと染めてみたんです。よくないですか?」

「あ、ああ。それにしても、誰だか分からなかった。」

よくないかと聞かれてその答えははぐらかしておいたけれど、本当に遠目では全く誰だか気がつかなかった

いままで黒髪を見慣れてきたのが突然茶色になったのには驚いた

目の前で笑っている女は川崎綾といって、大学時代の俺の後輩だった

ただの後輩なら大して関係もなかったのだが、綾は由実子の高校からの友達だ

俺の友達をよんだり由実子の友達をよんで遊ぶ際に、綾は特によく見かける顔だった

由実子の一番の親友だったといってもいい

俺も綾とはよく話したこともあるし、共通の友達であると言い得た

今でもその関係は続いているようだった

その綾が大学卒業後、偶然にも俺と同じ会社の採用面接に俺の一年後に受かり、今ではこの会社の受付嬢として働いている

会社では毎日顔を合わせるが、ほとんど話さなくなっている

別に理由は無く、なんとなくだった

元々、そんなに話す訳でもなかったけれど話すとなればいつまでも話していられる感じだ

最近では、この前綾の相談を聞いてやったくらいのものになっていた

いつからか三人でどこかへ行ったりもしていないけれど、大学を卒業してすぐのころにはよく遊びにいったりした

しかし、もうそれもできそうにない

俺と綾が揃うことは容易にできそうだが、肝心の由実子はもう俺の恋人でも友人でもなくなってしまった

「真面目に返しちゃうんですか?先輩のことだから、誰かにフラれたのかなんておじさんみたいなこと言うのかと思ったのに。」

綾は甘えるのが得意だ

本意でしているのかはよく分からないが、こういうところもよく考えれば昔から何にも変わっていない

くるりとした黒い瞳に見つめられ、懐かしい気持ちで胸が一杯で息が詰まってしまった

どう考えてもここは笑うべきところなのに俺は愛想笑いでさえ出来なかった

募る想いを抑えようと無言で会社の高い天井を見上げた

「ちょっと先輩、本当にどうしたんです?」

綾の慌てた声が聞こえる

目線を戻してとっさに由実子のことにはなるべく触れられたくないと思い、綾の方に話題を求めた

「何でもないよ。そういえば川崎はあの言ってた男とどうなったんだ?」

綾はこの前、社内で一人で泣いていた

俺は目が悪いから泣いているとは分からなかったが、長い黒髪で遠目でも綾であると分かった

もうその日は時間も遅く、少しの残業がやっと終わって帰る頃だった

それなのに受け付け嬢がまだいることが不思議であるし、それが綾であったからなおさら気になった

近づいてみると綾は顔も上げずに、ましてや声も押し殺して泣いていた

長い黒髪がふわっと匂った

その後、簡単に理由を聞いてこんな状態の女を一人で帰すのは危険だと思い、家まで送っていった

タクシーに乗って、ようやく落ち着いた風な綾はマンションに着くなりお茶でも飲んでいってと言うので断る訳にもいかずそのまま家に上がった

遅くなると由実子が心配でもするだろうと思い、先にメールを入れておいたが、さすがに家に上がっているとは誤解を招く恐れがあるので、上司の家に書類を届けて帰るという理由で連絡をしておいた

由実子からはすぐに分かったという内容の返信がきていた

その後は、もちろん疑われるようなことは何もしていない

ただお茶を飲んで、綾の話を聞いた

どうして綾が会社で泣いていたかと言うと、婚約者の男が自分をもう好きではないかもしれないという悩みがあったからだったらしい

その話を聞いて、有効だったかは分からないが軽くアドバイスをしてそのまま帰った

早く帰るつもりが一時間も居てしまったようで、帰りはとにかく急いで帰った

そんなことが二週間前程に一度あった

「それが、まだ微妙なんですよ・・。先輩、また話聞いてくれます?」

上目遣いに聞く綾の顔は少し曇っていた

やはり、婚約者と上手くいっていないことでいろんな心配事を抱えているのだろうか

自分の状態はもとより、綾のことも気遣ってやらなければいけないなという気がした

それによって、由実子と連絡がとれるということを頼みにするつもりはなかったが、少しだけ期待する気持ちがあったかもしれない

「あっ、先輩、何かネクタイおかしいですよ。」

綾はおもむろに立ち上がり受付の机を出て、俺の前まで来た

そのまま何も言わずにネクタイに手をかけ、俺が朝に苦戦して作った結び目を易々と解き始めた

首のあたりを触られるというか、ネクタイを他の女につけてもらうという自体がもう何年もなかったから、少しだけ脈拍が上がったように感じた

そんな間にも、綾は手早くネクタイを結び、長さを合わせている

最後に軽く引っ張られて、出来上がったようだ

綾は笑顔を見せて

「あんなネクタイの仕方じゃ、社会人失格ですよ。しっかりしてくださいね。」

と言ってから、くすくすと笑い声を出した

何故か体が火照って、何も言えないままになってしまった

俺としたことがどうにもおかしい

結ばれたばかりのネクタイを見ると、自分が朝したものと違って綺麗にできていた

「あ、ありがとう。それにしてもネクタイ結ぶの上手いんだな。それじゃあ婚約者も喜んでるよ、きっと。」

励ますつもりで言ったばすが、綾の顔は苦笑交じりだった

気まずい空気が流れそうな予感がしていた

「もう行くよ。」

嫌な予感を断ち切るためにも、それだけを言って走っていった

ガラス張りの本社入り口から見て右端にあるエレベーターのスイッチを押して、乗り込んだ

中には誰も居なかった

手早く三階のボタンを押して、ゆっくりと戸が閉まってゆく

一人きりになった安堵感なのか何なのか、ため息をついていた

きちっと絞まったネクタイが息苦しく今にも緩めたくはなったが、首へ伸びた手は静かにかえっていった

まだこれから仕事を始めるというのに、こんなことではいけない

自分に言い聞かせた


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