第十六話
車はいつの間にかまた走り出していて、そろそろ会社につくころだった
見慣れた風景が目の前で平然と流れる
こうしていると、十五分くらいしかない会社への道もなかなか長いと感じる
ドアに少しもたれ掛かりながら外を見ていると、最近テレビのCMでよく見るようになった赤い看板のコンビニが少し先に見え始めた
看板の上で黄色いヒヨコのマスコットキャラクターが羽を広げている
「あ、あのコンビニで止めてもらえますか?」
指差ししながら、確認をとった
「え?」
運転手は驚いた声を出し、直接会社へ行くのではないかという疑問をミラーごしに目で訴えかけていた
「会社で食べてそのまま働くつもりなので。」
本当はここまで言う必要はなかったと思うが、なんとなく言ってしまった
元を正せば、運転手も客が止めてくれと言っていればそのまま頷くのが当然である
経歴が短いからというよりは、それよりも性格的な問題だろうと心の中で決め付けた
さっき俺が言ったことを聞いて、すぐに納得した声が返ってきた
「あぁ、そうですか。確かにこう朝早いと朝ごはんを食べてる暇もないですからね。」
いつでも格好良く決めたいと思っているのに、どうしてもボロが出てしまう
すごく些細なことではあるが、本当のエリート社員達はこんな風に運転手に自分の朝食のことだけでなくても、言わなくていい事まで明かしたりはしないんだろうなと少しだけため息が出た
いつの間にか、エリート社員と自身を比べている弱気な自分がいた
車はそう言っている間にも進んでいき、あと百m程度で着くところまで来た
また信号待ちで、車はスピードをゆっくりと落とした
あと少しなのにまた信号待ちかと苛ついたので、もうここで降りて歩くことにした
タクシー代を財布から探る
「あの、もうここでいいです。」
言うと同時にお金も渡す
「あ、じゃあおつりを・・。」
赤の信号が青に変わりそうだったので、咄嗟におつりはいらないと言って後部座席の戸を勢い良く閉めると、信号は青に変わって車は動き出した
運転手は笑顔で軽く礼をひとつして走り去っていった
それをすべて見送らないままに体の向きを変えて、少し息をついたところで歩き出す
大きな駐車場と、灰色の空をバックにした大きな赤い看板がさっきよりももっと大きく立っている
不思議と威圧感を感じる程の大きさに、こんな大きなものが必要あるのかと呆気にとられた
そして、早歩き気味にその場所を目指す
行き交う人々と肩がぶつかりそうになりつつも、それをよけながらやっとコンビニに着いた
少しだけ息をきらしながら自動ドアをくぐる
店内は肌寒い季節になってきているせいか、少し温かい空気で包まれていた
朝早いというのにも関わらず、客は多かった
はやく抜け出したい一心で、適当におにぎり二個とお茶のペットボトル一本だけを買って足早にコンビニを出た
昼はひさしぶりに社員食堂でも使えばいい
そんなことを思いながら、まだ微妙に履きなれていない革靴を見つめた
まだ比較的新しいものだから、綺麗なままだ
おにぎりとお茶の入った袋と鞄をさげながら今度は会社へと向かうが、会社はもう前の方に見えている
さっきタクシーから降りてコンビニまで走った距離とコンビニを出て会社まで行くのとはほとんど同じくらいの距離だ
体はいつもに増して重いが、少し走り出す
新しい革靴がギシギシと軋んだような音を出したのも最初までで、いつからかその音もなくなった
排気ガスで曇った空気を吸いつつ、すぐに会社へ着いた
もう目の前には、会社名をあらわす「S.C」と大きく書いた看板が立っている
さっきのコンビニの看板の高さが約半分下がったくらいだろうか
そう遠くからは見えにくいものかもしれない
それは青いろのモチーフで、宇宙をイメージしていると聞いたこともあるが正直なところは社員であってもよく分からない
S.Cという文字の下には小さく「Succeeds Company」と書かれているが、本当はこちらの方が正式な会社名だ
今では、S.Cという方が名が売れている
Succeedsは「成功する」、Companyはいろんなところで耳にする通り「会社」という意味でつなげてみれば、「成功する会社」と何のひねりもない社名ではあるが、実際に成功してはいる
その看板のとなりを走りぬけると、目の前にはこの前立て直されたばかりのガラス張りの建物が照りつける太陽の陽に反射している
立て直してからの評判もまた上々だ
まぶしくて見上げることのできないビルから目を避ける
またガラス張りで、よく手入れのされている入り口には朝早くから居るのであろう警備員の大きなあくびに出くわした
愛想笑いをしながら、「朝早くからお疲れ様です。」と言うなんてまるでいい社員ぶったことはしたくもない気分だったから、わざと見てみぬふりをして会社に入った
俯いたまま早足気味に三階の俺の働いている部署へと急ぐ
特に誰とも話したくない気持ちがあった
正面の受付の場所には受付嬢はまだ出てきていないのか、いつもの二人のうち一人の長い茶髪の女しかいないようだった
受付嬢はいつも長い茶髪の女と、長い黒髪の女の二人がいる
「おはようございます。」
離れているというのに、社内に声が響いた
元から会社のこの場所自体、よく音が響きそうではあるが大きな声だったことには違いない
今、社内に入ったのは俺一人だったはずだが、わざわざそんなにしなくてもいいだろうと思った
かしこまって座った女の笑顔と俺の顔が合う
軽く頭を下げてそのまま前を通りすぎようとしたら、何故か手招きをした姿が逸らした目の端の方に見えた
よく分からなかったが無視をする訳にもいかず、脇目を少し気にしながらわざと急いだ様子を見せずに、約六〜七mの距離をゆっくりと歩いて縮めていく
近づいていくうちに、ようやく受付の前まで来てやっと女が誰であるか分かった
受付に座った女はどうして俺を呼んだのだろうか。女は俺のよく知っている人物だった・・