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第十五話

やはり外の方が寒さが増している

顔に当たる風が少しだけ冷たい

目を開けることも出来ないくらいの大きな風がときおり吹き、並木の大きな葉を揺らして音を立てた

それは、まるで鳥たちが大量に飛び立つようだった

道路は朝、会社へ行く人達の車が行きかい少し混雑していた

早い時間とはいえ、もっと早い人たちはいくらでもいる

排気ガスが舞っているのがよく見え、道のまわりも埃だらけのように灰色になっている

それだけでも自分の憂鬱な気分を十分に倍増させた

そうして、立っている目の前に丁度来たタクシーを止めた

いつもはタクシーを使わずに定期的に来るバスを使うが、たまたま早い時間であと五〜十分は来ないようだったので少し金はもったいないがタクシーで行くことにした

緑色のタクシーにすべるように入りこみ、戸を軽く閉める

「おはようございます、お客さん。」

戸を閉めた音を合図にか、タイミングが絶妙だった

タクシーの運転手は四十代後半から五十歳くらいの男で、いかにも気さくそうなところがこちらを向いて少し微笑んだ顔から感じられた

何故かふいに、子供のころに見たような記憶のある親戚のおじさんを思い出した

そんなによく遊んだり、話したりした訳でもなかったのに今頃になって思い出したことに内心少しだけ不思議な感じがしていた

単純に雰囲気が似ていたのかもしれない

視線を前へ向けると、ミラー越しに目が合う

とりあえず、言われたからにはおはようございますとあいさつを返しておいた

喉にからまったような感じがあとに残って嫌になった

「今日はどこまで?」

タクシーの運転手が当たり前に聞く質問だが、そう聞かれて少しためらった

タクシーの運転手は距離の長い客ほど喜び、逆に短い客は好まないものだ

会社はマンションからバスで約十五分程の距離にあって、タクシーを使う程の距離ではない

言いにくかったが、言わないわけにもいかないのだから仕方ない

平静を装って言った

嫌な冷や汗が暑くもないのに、こめかみを伝った

「少し先のS.Cまで。」

「はい、分かりました。」

すぐに返事を返した運転手の顔をミラーごしに何気なく確認したが、さほど顔色を変えなかった

最初にあいさつをしたときのように明るいままのようだ

特に気分を害したというところは見えない

正直なところ、もっと嫌な顔をされるだろうと思っていた

運転手の中には、距離の短い客はその場で降ろすなんてこともよくあるようだが、言うことにためらう必要もなかったようだ

少しだけ安心して息をついた

すぐそこの場所を聞いても平然としている運転手はふと独り言のような声を出した

「こんな朝はやくから仕事なんて大変ですねぇ。近頃は朝も冷えるようになりましたし。」

そんなに会話をしたい気分ではなかったが、無言でいるもの何だか気まずい

「今日は特別なんです。朝一番に来いと言われたもので。」

苦笑まじりに言いながら、ふと窓の外を見てみる

鞄を持ちながら会社へ向かうサラリーマンの姿をどんどんと追い越してゆく

疲れたような顔をしている人達も多ければ、素知らぬ顔をした無表情の人達も同じくらいに多い

俺もそんな顔をしているのだろうか

ミラーで見てみようかとも思ったが、運転手とたびたび目が合うのも何か嫌なのでやめておいた

外の景色が流れる

混んではいるが車はスムーズに進んでゆく

「朝一番に?そりゃあ、また大変だ。」

驚いた声が聞こえる

同時に、見開いた目が想像された

運転手の話し方に、また昔の親戚のおじさんの面影が薄く重なった

本当はそう大変でもないが、それは特に言わなくてもいいだろうと思い言葉を飲み込んだ

軽く愛想笑いをしておいて、しばしの沈黙が流れた

その間、ずっと窓の外を流れてゆく風景を見る

並木の緑色もそろそろ枯れかけてきているのだろうか

見た目には、まだ青いままだった

「それにしても、S.Cにつとめてらっしゃるんですか?」

突然話かけられて驚いた

今、車はちょうど信号待ちで止まっている

「あぁ、はい。」

「すごいですねぇ。あそこは頭のいいエリートばかりだって聞いてますよ。しかも、このご時世に業績を伸ばし続けてるっていうんだからうらやましい。わたしみたいなタクシーの運転手なんかとは大違いですよ。」

そう感慨深げに言って、運転手は大声で笑ってみせた

ぼーっと窓の外を眺めたまま返事を返す

「そんなことはないです。頭がいいと言ったって、そこまでじゃありませんよ。」

いちよう謙遜をしたような形となったが、それが特に嘘だったかといえばそうでもない

最近はうちの会社は頭のいい社員しか入れないとなっているようなことも言われている

それは確かにそうなのだが、会社で働くすべての人が頭がいいと言う訳でもない

部長なんかの歳で入った人達は学歴よりも、腕で認められたというのだからそういう人も社員の中では多く、どちらかと言えばそのあたりの年代の人がほとんどの社員をまとめる役職にある

エリートで気取った課長よりも、叱るときには叱ってくれる面倒見のいい部長の方がいいと思う

そんなことを思ったところで真剣に語り合おうなどという気は全くなかったので、まぁ謙遜したように見られていても少しも構わなかったが・・

会社とは、個人であってグループである

新入社員が頭がいいからといって、それが全てではない

頭のいい新入社員といっても俺はそれにはそのまま当てはまりはしないと思う

何故かと言えば、大学の就活のときにいくつか受けた面接の中で採用ものもあり不採用のものももちろんあったが、今働いている会社の面接は不採用という通知をもらっていたのだ

それがどうして今、その不採用の会社で働いているのかといえば面接官の人にそのことを聞いてみると何か理由があって、採用になった人が辞退をしてしまったそうだ

ちょうどそのスペースが空いたので、俺が繰り上げて採用というかたちになった

難しいところであると知っていたため入りたいのはやまやまだが、多分いけないだろうと思っていたのが思いもよらない結果で採用されて、そのときは大学でお世話になった教授や友達にすぐに知らせて、一緒に喜んだ

みんなが驚いていた声と、あの時の興奮は今になってもどうしても忘れられない

そんなことを思い出してひどく懐かしい気持ちになった

もう二年前の話であり、考えてみればまだ二年前のことだが、今になっては音信不通の友達やら連絡を取り合わなくなった人達も多くいる

それでもいままでなんとかうまくやってきた


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