第十四話
話し合いの日から二日が経ち、また朝が来ていた
今、時計の針は六時を指している
今日は昨日とは違って、きちんと布団を敷き、いつからか使っていない目覚まし時計のベルの音で目を覚ました
ひさしぶりの目覚まし時計の音は思ったよりも耳に響いた
あんなに酷かった二日酔いも今はもう少しも残っておらず、さわやかな目覚めではあったがやはりまだ何かすっきりとしない気持ちが胸の中にわだかまっているような感じがする
知らず知らずにため息が漏れ、それに気付いてまた後悔をする
朝からそんな始末だ
気分は今でもそんなによくないが、二日も会社を休んでもいられないと思って布団を敷いたり目覚まし時計をセットしたりしていたのか
よく覚えてはいなかったが、そのまま今日も会社を休んでしまおうなどと思う自分でなくて内心少しだけ安心した
ぼーっとした頭のままで白いレースのカーテンを一気に開けると、今日は珍しく曇りのようで空はいかにもどんよりとした灰色に埋め尽くされていた
窓を開けてはいないが、部屋の中はもう少し肌寒くなっている
夏で暑い暑いと言っていたのがもう秋になろうとしているのだろうか
季節の移り変わりもはやくなってきた
朝だというのに、重苦しい
昨日のように晴れてくれていればよかったのにと軽く思って気持ちを切り上げ、窓の方を見たまま大きく伸びをした
体の節々が伸びて、なかなか気持ちがよかった
そうして今度は振り返り、あくびをしながら素早く布団を片付ける
これはいままでの生活で毎日普通にしていたことだったので手馴れていた
枕を隣によけておき、敷布団と掛け布団を一緒に二つ折りにする
横着ではあるが洗濯をしたり干したりするのではないからそうそう支障もない
それを部屋の隅まで持って行っておいて、よけておいた枕をその上へのせておく
隣にあった色違いの布団と枕が気になったが、どうしようもなく嫌な気がしたのでほとんど見ずに目を逸らした
戸を開け、キッチンへ行く
昨日も思ったように一番の問題は料理である
昼や夜は外食で済ませてもいいが、朝はそうはいかない
確か、何か買ってきたのではなかったかと冷蔵庫をあけてみると、レンジで加熱すればすぐに食べられるご飯やその他にもいろんなレトルト食品があった
昨日、二日酔いの頭痛や何とも言えぬ程の虚しさの中、空腹に耐えられずコンビニでいろいろと買い物をしてきたことを思い出した
一日前のことで、酒も飲んでいないというのにこんなにもいろんなことを忘れている自分が何故か怖ろしかった
いつも通りに案外普通に生活できていると思っても、やはり何か頭は少しふらついている
見えるものもまるで現実感がなく、ぼやけたすりガラスが目の前を遮っているかのようだ
とりあえず、調味料なんかが入れてある棚も覗いてみた
そこには昨日はなかったはずのインスタントのカップラーメンなんかがいくつか並んでいた
特に今は腹も空いていないし、朝からラーメンなんかを食べる気にはなれなかった
少し考えた挙句、仕方なく会社に行く途中におにぎりか何か軽いものを買ってそのまま会社で朝飯を食べることにした
部長も電話で、朝一番に来いと言っていたことだしなぁ
ふと、昨日の部長からの電話を思い出した
ついでにあの大きな怒鳴り声も聞こえてくるようで、思わず苦笑した
本当は部長から言われたことを守るためなんかではなかったが、わざと理由づけをしておいて、いまから出て早めに会社へ着くようにすることにした
行く準備をしなければいけないと洗面台へ行って冷たい水を一気に顔にかけ目を覚ます
水の冷たさが体全体に沁みた
身震いをして、そのままトイレへも行った
そして寝ていた部屋にあるクローゼットから、かかっていたスーツを取り出す
三着あったので、一番シンプルなものを選んだ
それを一旦床に置いておき、今度はネクタイを選ぶ
確か下の方の引き出しに入っていたはずだと淡い記憶の中を探り、下から二番目の引き出しをおもむろに開けてみる
すると、中はネクタイではなく下着がきっちりと整頓されて入っていた
全てがきれいな四角に折りたたまれている
まるで店の中に置いてある商品のようだった
それを閉め、その上の引き出しを開けてみる
するとそこにはさっきの下着と同じようにネクタイがずらりと並べられていた
もういつからか自分でスーツの入っているクローゼットを開けたこともなければ、ネクタイを選んだこともない
由実子は几帳面なところがあったからだとは知っていたが、初めてこんなに整頓されたタンスを見て驚いた
そうは言っても呑気に感嘆の声をあげている訳にもいかず、引き出しの中に並んだネクタイを見て、どれにしようかと迷う
こうきれいに並んでいたのでは、取り出すのに気が引けてしまう程だと思いながらも青の斜めのストライプの柄を取り出した
あとは何がいるかと考えて、シャツを探す
ネクタイや下着と同じようにシャツや靴下も、その周辺の引き出しにきちんと収まっていた
全て着替えてあとはネクタイを締めるだけというときに、ふいに手が止まった
ネクタイとはどうして締めるものだっただろうか
由実子とは大学生の頃から付き合っていて、長い間同棲のような暮らしをしていたためほとんどネクタイは自分でつけてはいなかった
変に冷や汗が背中を伝う
当然のことながら夏で暑いからというのではなかった
どちらにしろ、もう秋がすぐそこまできている
何度も何度もやり直しては昔の記憶と照らし合わせ、ネクタイと格闘する
じきに疲れてもうこれでいいだろうと思い、家を出ることにした
いちよう戸締りは全て確認をしておく
そう几帳面ではないが、こういう時には少し緊張する
そして鞄を持ち、その中の会社の大事な資料も入っているか見ておいた
納得がいったところでひさしぶりに鍵を持って出かける
由実子は同棲しているが、基本的には実家が自分の家なので合鍵を持っている
なのでこちらが本当のこの家の鍵ということになる
外へ出て鍵をしめ、誰もいなくなってしまった家に背を向けた