サイケデリック☆ゴシック
ダンジョン最深部には魔物「ヴァジルィスク」が眠る秘宝を守護していたわけだ。
「私が注意を引きつけつつヤツの動きを止めるわ――」
そう言って、ズズっと前に出たのは俺の相棒であり強敵でもある「モモ」だ。
そんな相棒件強敵であるモモには悪いが、俺は今、ダンジョン最深部は以外にも空気が澄んでいて美味しい、などという事を考えていた。
ちなみにこの最深部に降りた先にあった湧水はそれはそれは美味しかったので、モモには内緒でこっそり10リットルほど拝借させてもらった。そのおかげでバックパックはかなりの重量になったが、これを町に帰って『ダンジョンの水』として売り出せば小金稼ぎにあるだろうと、俺は思っている。
「な、なに。も、ももも、もももももしかしてヴァジルィスクを前に怖気づいたわけ?」
へいへーい。絶対お前がビビってる!!
「い、いくわよ……」
張り詰めた空気に亀裂が入るのを感じた。
つい数秒前までビビりまくっていたモモが別人に変る――――無駄の無い動きでホルダーから取り出したのはポリマーフレームの自動拳銃。ライフル弾を小型化した形状の弾丸が秒速650メートルでヴァジルィスクに迫る。
それだけでは終わらない。
目が追いつかなかった。
電光石火の早業でモモが右手に持っていたのは通称ハンドキャノンとも呼ばれるマグナム弾を搭載した世界最強クラスの拳銃。
モモは右手と左手を真横に交差させた――――二丁拳銃!!!!
「――――って、馬鹿か(ぺちん)」
「痛い!! 何するのよ、急に後ろから頭叩かないでよ!! ビクってなるじゃない!! 急に後ろから叩かれるとビクってなるじゃない!! ほんと……ビクってなるんだからやめてよね!! 肩がきゅってなって背筋がビクってなるんだからね、ビクって!!!!」
「分かった、分かったから。ビクってなるのは分かったから――」
「で、何よ!? なんで止めたのよ!? 私にビクってさせてまで何の用よ!?」
「お前はどこの愚か者だよ(ぺちん)」
「痛い!! 不意打ちなんて卑怯よ!! ビクってなるじゃない!! 不意打ちもビクってなるんだから……なっちゃうんだから止めてよね、ビクってなるんだから!!!!」
「わーった、わーった。ビクってなるのは分かったから――」
「で、なによ。これからって時に。いったいなんなのよ!?」
「お前……小学生どころか、幼稚園児にも指さされて笑われるぞ。二丁拳銃てなんだよ、二丁拳銃て。お前の細腕で、しかも片手でそんな反動の強い拳銃コントロールできるとでも思ってるのか!? 肩脱臼するぞコラぁ!! ぇえ!?」
「え、ちょっと……いや、だって…………だってほら、女性が大剣振り回したりとかって定番でしょ!? 二丁拳銃スタイルだってよくあるじゃない!! 何がおかしいというのよ!? 私をビクってさせといて、何がおかしいというのよ!?」
「馬鹿野郎か、そんなJRPGスタイルはいらないんだよ。もうちょっとリアルを追及しねーとな、最近の目の肥えた方々には通用しないんだよ。もうちょっと現実レベル上げていこうぜ、な?」
「むぅ……分かったわよ。仕方がないわね、はい、こっち預かってて」
「よぉーしよしよし。それでいいんだよ。ヴァジルィスクは空気読んで待っててくれてるから、ここから仕切り直しだ。いいな?」
「ちょ、ちょっとぉ、頭わしゃわしゃしないでよ!? ビクってなるじゃない!!」
「(なるのかよ……) ほら、行ってこい。」
「ちょ、ちょっとぉ。優しく背中押さないでよ!! ビクってなるじゃない、ビクって!!!! ったくもぉ……ブツブツ」
渋々了承したモモは、何やらブツブツ呟きながらも真っ直ぐ敵を見据えた。
話すのが遅れたが、ヴァジルィスクはブルーグリーンのゲル状の物体であり、再生能力に長けているという。このダンジョンの秘宝を守り続けるヴァジルィスクは、先ほどの様子を見ても分かるように、空気も読める知的生命体である。強敵だ。
モモが両手に持った拳銃の約600グラムの重みを感じながらのリアルを追及した動きでヴァジルィスクに微妙に接近しつつ、柱に身を隠す。
更にリアルを追及した動きで屈み、膝立ちになった。これで安定度は格段に増し、反動の強い拳銃も辛うじてコントロールしやすくなるだろう。
そしてモモが拳銃を構える。
胸の前あたりから前方に突き出した構えで、しっかりとヴァジルィスクを捉えての――第一射!!
ズドン。という音と、マズルフラッシュが閃く。
ライフル弾はヴァジルィスクに命中すると抉るように回転し、ゲル状の肉片が周囲に散った。
モモは攻撃の手を緩めない。
リアルを追及して、一度トリガーを引くたびにすさまじい反動がモモを襲っているが、しっかりと構え、一呼吸置いてトリガーを引く。
2発、3発、と立て続けにヴァジルィスクに命中させていく。
ブラボー!!
モモの射撃の技術は中々のものだ。それを証明するかのごとく弾丸は次々とヴァジルィスクに命中する。
8発……10発…………20発…………30発――
「――――って、ぉぉおおい(ぺちん)」
「い、痛い!! ちょ、ちょっとぉ!!!! 止めてよ!! 急に後ろから頭叩くの止めてよ!! ビクってなるんだから――なっちゃうんだから、ビクって!! あと危ないでしょ、わたし今銃持ってるのよ!! もし誤射してたら大変でしょ!! ビクってなってる時に発射しちゃってたらどうするのよ、危ないでしょ!? ビクってなってる時だったら、ホントあんた危なかったんだからね……ビクってなってる時だったら危なかったんだからね!!!! まったくもぉ、肩がきゅって上がって背筋がビクって――」
「わーったって!!ビクってなるのは分かったって!!!!」
「もぉ、ホントにビクってなるんだからね…………で、今度は何よ? 危うくビクってなって誤射する恐れがあったのに止めたんだから、それほどの用なのよねぇ!?」
「お前はどこの不届き者だよ(ぺちん)」
「痛い!! 何するのよ!!!! いくらなんでも酷いじゃない!! ビクってなったでしょ、止めてよね!!!! ホント、結構、とにかく――ビクってなるんだからね…………なっちゃうんだからね!! ビクって!!!!」
「うるーせよ。ってかそれより、お前のその銃の弾倉どうなってんだよ。馬鹿野郎か、そのサイズの弾倉に何発圧縮されてんだよ、異次元弾倉なのかコラ!? ぇえ!?」
「え、いや………べ、別にぃ……そ、そんな事気にする事じゃないじゃない。あははは…………そ、そう!! 実は瞬時にリロードしてたのよ? もしかして速すぎて見えなかったとか? あははははー」
「ざけんな!!」
「ふぎゃッ(ビクっ)」
「そういうとこなんだよ!! そういうところがツッコまれるんだよ。もっと現実レベル上げていこうぜ。ほら、見ろよ……待ってくれてんだぜ? ヴァジルィスクもダメージを負った体なのに待ってくれてんだぜ?」
「……ご、ごめんなさい。」
「まぁ、分かればいいんだよ。その辺気を付けていこうぜ、な?」
「うん。ごめん……ぐすん」
「ほら、元気出していこうぜ!!(ぽんぽん)」
「ビクって……なるんだからね」
ヴァジルィスクは終始無言で見届けてくれた。良い奴だな。
モモは涙をぬぐい、再び前を向いた。
「あははははは!! 勝負よヴァジルィスク!! 私の必殺受けてみなさいッ。とりゃー!!!!」
なんて立ち直りの早い奴なんだ、こえーよ。などと考えている暇もなくモモは最短距離でヴァジルィスクを目指す。
ヴァジルィスク――ここまでの敬意を払ってヴァジルィスク「さん」と呼ばせていただくが、ヴァジルィスクさんはモモを返り討ちにしようと、ゲル状の身体の中心部がぱっくり円形に開いた穴から光線を出す――その数3!!
「ふッ……ぐぁッ……――見切った!!」
今お前1発当たったよね?2発目絶対当たったよね?
どう見ても1発当たったはずのモモは、その後何事もなかったかのように口笛を吹きながら軽い身のこなしで光線をかわしていく――目指すはヴァジルィスクさん。
モモも銃で応戦する。ヴァジルィスクさんの動きを止めようと下半身(どこが境目か分らないけど下の方)を狙って発砲している。
「きゃるーん」
ヴァジルィスクさんが可愛らしい悲鳴を上げた。周囲はゲル状の肉片が派手に散っていた。
これは……同じところを狙い続けるモモの射撃の正確さに、ヴァジルィスクさんの再生能力がついていけていない!!
モモはヴァジルィスクさんに接近し――跳んだ!!
ヴァジルィスクさんを綺麗に飛び越し、空中でひねりを加えた一回転――ヴァジルィスクさんの後方へ着地すると同時に拳銃を突きつける!!
「死ねッ!!!! ゼ――――」
「――――馬鹿言ってんじゃねーよ。(ゴツッ)」
「痛ッ!! 何をするの!? とどめの一発だったのに何をするの!? とどめだったのよトドメ、!! 必ず殺すと書いて『必殺』だったのよ――あいたッ、ちょ、待っ、いたッ、あぶッ、ひどッ、なんでッ、ていうかッ、あんたッ、どうやってッ、私のッ、背後にッ、いつの間にぃ!?」
「つべこべ言ってんじゃねーよ、謝れ!!!!」
「何に!? 誰に!?」
「お前……はぁ……ヴァジルィスクさんに謝れって。それは失礼だって、侮辱行為だって。黒髭も自ら跳んでくわ――――遊びじゃねーんだぞコラ!!!!!!!」
「ひぎゃぅッ(ビクッ)」
「もう、ほんとすんません。ちょっと話つけてくるんで……ちょっとすんません。 ほら、お前来い!!」
「ちょ、ちょっと!! 何を怒ってるのよ……ね、ねぇってば!?」
モモは、引っ張る俺の腕を振り払った。
どうやら怒られる理由が分からず困惑しているようだ。
俺は、笑いと呆れと怒りが混同した謎の心境だ。
「おい」
「なによ」
「お前さっき何をしようとしたんだ」
「ひ、必殺よ。ゼ――」
「――ロ距離射撃とか言ったら泣くまでくすぐる」
「ゼ――――んぜん。そ、そんなことないわよ」
「もしさっきのが『ゼロ距離(射撃・発射)/零距離(射撃・発射)/0距離(射撃・発射)』とかぬかすようなら、俺はお前の事を恥しくて直視出来ないレベルだ」
「ふ、ふぅーん……ち、ちなみに……ちなみになんだけどね? さっきのは絶対絶対違うのよ……ど、どうしてよ。理由は?」
「馬鹿野郎か。恥しいだろうが、ゼロ距離ってなんだよ!? 最近の小学生なら笑いすぎて呼吸困難になっちまうぞ。だいたいどうするんだよ、もしそれで倒せなかったら、その後どうするんだよ!? ヴァジルィスクさんの再生能力見縊ってじゃねーのか? そもそも、お前ヴァジルィスクさんの表と裏どっちか分るのかよ、どっちだよ!? どう考えても拳銃1発じゃ倒せそうもないぜ!! その後どうするよ? ほとんど丸腰じゃねーか、背中向けて逃げるのか、えぇ!?」
「え、いや、そんな、見栄えが……」
「ヴァぁカか!! てかそもそもなんで近づく必要があるんだよ。拳銃は近距離用の武器じゃないぞ、トンファーじゃないぞ!! 遠くから相手を狙う為の武器だろうが、なんで自ら不利になるような状況作ってんだよ!!!!! 逆に凄いわ、りんごが落下して閃くくらいの驚きだわ。」
「ちょッ……そんな、そそそそそこまで言う必要ないでしょ? ね、たぶん。可哀想かもしれない……じゃない?」
「確認、もうしないな?」
「えぇ、うん、まぁ――元々ゼロ距離なんてしないつもりだったしね、興味ないし。うん。錯乱よ錯乱、うんうん。」
「まあ、そこまで言うなら――」
「ほっ」
「絶対するつもりだったろ?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
モモはぶんぶんと首を左右に振って「さ、さぁ!! ヴァジルィスクさんに悪いし続き始めしましょ、ね?」と、どこか慌てながらヴァジルィスクさんが待機してくださってる方向へ早歩きで向かって行った。
あれは、黒だな。そう思った。
2人でヴァジルィスクさんに頭を下げた後に、再び激しい戦いの幕が切って落とされた。
凄まじい戦いである。
ちなみに俺は防寒具着用の下、傍観しているわけだが。ホント凄まじいなぁーとしみじみ思う。
モモはヴァジルィスクさんの攻撃をかわしつつ発砲。ヴァジルィスクさんは適度に攻撃を受けながらも再生能力をフル活用しつつ絶え間なく光線弾を放っている。
途中からヴァジルィスクさんは攻撃(光線弾)のレベルを上げ、まるで縦スクロールシューティングゲームのような弾幕がモモを襲うが、モモは避けるポイントはココしかないという絶妙な立ち位置と、まるで振動しているかのような微調整でその弾幕をかわしていく。
すごいなぁー、と思った。
カラフルな光線弾の弾幕で目がおかしくなりそうだったので、なるべく俺はそれを直視しないように、ぼぉーっとして焦点を合わせないようにしながら、おにぎりを食べた。作ったのはモモ。
具は辛子明太子で美味かった。たかがおにぎり、されどおにぎり。モモは料理が上手なんだなぁーと、ちょっと感心した。そんな料理の上手なモモは――――
「きゃッ………ぅぅぅう、痛い……お家帰りたい。」
――ずいぶんとボロボロだった。
「ガンバレー、モモちゃんガンバレー」
俺は可能な限りの力でモモに声援を送ることにした。
「ちょッ、あんたは黙って見てなさいよ!! まったくもぉ、『ちゃん』とか止めてよね、まったくもぉ!!!!」
まだ元気なようだ。
ダメージをそこそこ受けただけで、体力的に温存でもしていたのか、モモ(ちゃん付け禁止)は数メートルダッシュした後、横っ跳びで柱の後方へ身を隠した。
そしてモモは右手に持った拳銃に何か力を込めるように、目の前に掲げた。
その刹那、青白いオーラのような物がモモ(ちゃん付け禁止)を包みこんでいく。
その不思議な光は断続的にモモを包み込み、やがて彼女が動き出すと同時に止んだ。
モモが低い姿勢のまま駆ける、駆ける、駆ける!!
右手に手に持った拳銃でヴァジルィスクさんを攻撃する様子はないが、その眼光はしっかりとヴァジルィスクさんを捉えている。
狙いを定めているんだ!!
俺は、見た。モモは点滅していた(?)
そしてヴァジルィスクさんのレーザー的な攻撃を避け……構えた。
「チャージショットッ!!!!」
あの、でっかい、その、青いクラゲ的な、その、エネルギー的な物が、その――
「――ボケなす!!!!(スパーン)」
「痛いッ!! 何でよ!? ビクってなんたんだけど、何でよ!? なんでまた叩くのよ!?」
「何が、チャージだ。電子マネーか、ぇえ!? 電子マネー奮発して1万円チャージショットしたけど後で『ぁあー、やっぱり5千円にしとけばよかったぁ』ってか!? ァア!?」
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと!? 何を怒ってるのよ!?」
「お前自身に一体何をチャージしたんだよ、なんだよそれ。今のはゼロ距離射撃より酷いぞ!?」
「ぇ、ぇえ!? 反則なの!? あ…………もしかしてあんた、上手く出来ないから僻んでんじゃないでしょうね? Yボタン押しっぱで溜めた後動けるのよ。まぁ、Bボタンは親指の付け根付近で押すのよ。でもAは押しにくくなるから矢印を短く2回押した方がいいわ――」
「ばかーーーー!!!!!!!」
「え、ちょッ、ビクって――――も、もももしかして緑ボタンとか色で言った方がよかった? あぁ、もしかして……あんたは四角とか丸とかじゃないと通じないの?」
「なんの話をしとんねん!? 悪いけどなぁ、俺は2Pコントローラーで『あ゛ーあ゛ー』言って邪魔出来る頃から現役じゃボケ!!!!!!!」
「ふ、ふぅーん……なんだ、結構話合うわね――」
「お前耳ついてるか!? 大丈夫か!? 俺はそんな話がしたいわけじゃないぞ!!」
「もッ、ちょ、ちょっと怒鳴らないでよ!! ビクってなるんだからね、ビクって!!!!」
「お前がふざけた事するからだろ……逆に、ちょっと面白かったじゃねーか。初めて武家諸法度とか生類憐みの令を聞いた時くらい面白かったじゃねーか。なんだよチャージショットって……ふざけろよ。」
「ぴよぉ~ん」
「人の話は真面目に聞けよ!!!!!」
「ぇぇえ!? ふざけろって言うから……あとビクってなったわ、もぉ」
「空気読め、空気を!! 流動的な日本語に対応しろよ、雰囲気で。」
「チョ、チョベリグであげぽよ~」
「やるじゃねぇか……時代を超越した夢のコラボじゃねーか。」
「ふ、ふん!! これくらいやれば出来るんだから、出来るんだからね!! もぉ、まったく……ビクってするのに。まったくぅ。」
「で、まぁ、和んだとこで……なんだ、最初にも言ったけど――」
「分かってるわよ、現実レベルを上げればいいんでしょ上げれば。もぉ……ちょっとした段差降りただけで死んでやるんだからねッ!!」
「そんなんいいから。そんな特殊なレトロゲー状態むしろ現実離れだわ、馬鹿か」
「分かってるわよ、ジョークよ、もぉ……そろそろあんたの出番なんだからね、準備しといてよね。ビクってなってもしらないからね!? 用意しといてよね!!」
そう、実は俺は単なる怠けものではないのだ。知らなかっただろう?
これが今の俺達の戦い方なのだ。
モモが前半~後半にかけて、敵の技を引き出しつつダメージを与え、そして最後に全てを見切った俺が一気に片付ける。という効率が良いんだか悪いんだか……まぁぶっちゃけ単なる俺の良いとこ取り状態なわけだ。
でもでも、俺はその一撃で仕留める事ができるという確信があっての作戦だ。ミスはしない。
モモが結構敵の体力を削ってくれてるというのも、もちろんあるが、それでもなかなか出来る事じゃないと思う。これは正真正銘の「必殺」だ。
「よぉし、行くわよ!! かかってきなさい!!」
お前が行くのか、カウンター狙いなのか分からん言葉を発したモモは、その無尽蔵とも言える体力で縦横無尽に駆け回る。たぶん彼女なら勝利の際は「とっても楽しい、ヴァジルィスクさん戦でした」と某マラソンランナーのように爽やかな笑顔で応えることが出来るだろう。
駆けるモモとヴァジルィスクさんは次第に移動していき、俺の視界では確認できないところで闘っていた。聞こえるのはモモが乱発する銃声のみ。
でも、俺には分かる。モモの動きが……それも手に取る様に。
俺達は通じ合っているんだ―――――電波で。
携帯のGPSでモモの現在位置を確認しつつ、俺はじわじわと様子を見ながら目的地へ移動した。
「早く!! 今よ!!!! 急いで!! こらー!!」
モモの声が響いているが、まだ姿は見えない。
えっほえっほと位置を確認しつつ、声のする場所を探す。
駅まで徒歩5分を謳った物件で、実際には10分かかる道のりを進むような気分だ。
「こっちこっち!!」
モモがまるで、必死でお花見の場所取りをした親戚のおばちゃんみたいに大きく手招きしているのがようやく確認できた。
「甘酒なら飲んでいいよな?」
「何わけのわからない事言ってるのよ、今よ!!」
「へーへー」
「トドメなう!!」
そういえば「なうい」って、今使えばそれほど違和感ないんじゃね? とか思いつつ俺はまず、『ダンジョンの水』が入った、背中のバックパック下ろし その後汚れたら困る結構高かったGジャンを脱ぎ、バックパックのポケットから折りたたみのハンガーを出してモモに上着と一緒に渡し、その後ズボンの裾を少し上げ、最後に剣を構えた。
「よーし、やるぞー」
Gジャンをちゃんと掛けたか心配で、チラッとモモの居る方に目線をやったら「ガンバッ」って感じに手の甲をこちらに向けて、顔の前での両手グーを上下に揺らしていた。
ちょっと可愛かった。
「悪いけど勝つよ!! ヴァジルィスクさん――お宝頂戴!!!!!」
再生しきれておらず、動きの鈍ったヴァジルィスクさんに申し訳ないが、俺のターン。
構えは中段。
目をつぶり精神を研ぎ澄ませこと僅か0.00008秒。それで十分……整った。
「王位継承!!!!!!!!!!!!!」
ズドンという重い地響きと、強い風が巻き起こる。
地面には己を中心に魔法陣が浮かび上がる。
歓喜・狂乱・逆上・乱心・悲観――――これは在りし日の王の記憶。世界中の豪傑達の精神が一人の人間に宿る。
当然こんな事をしてしまえば、己精神は蝕まれ心は崩壊し、自我は無くなる……しかし、その常識を覆すほどの強い精神力を持った人間ならば、その力を自由自在に操る事が可能なのだ。
善の力も、悪の力も、分けへだてなく肉体に、精神に流れ込む――――7色の光が全身に宿った。
「―――――ッ!!」
右足の5本の指で地面を噛みしめ、蹴りだした――――それはもう「駆ける」という状態ではない、『飛行』とでもいうべきだ。
敵までの距離およそ20メートルが、音速の域に達するかのスピードで縮まる。
蹴ったのは右足――左足が地面に着した時、それはもう――――敵の目の前だ!!
「刃斬ノ段、演武ノ二――交差幻影!!!!」
時止マル参秒間ノ長キ短キ究極奥義。
再生を始める敵のゲル状の体が、まるで水滴のように粒を成している。まるで芸術に。
「極限ノ撃、牙龍虎蝶――“序”」
初速の早さ最速の剣技は、次の技への布石……本当に切りつけたのかも分からぬ速さで、次に繋ぐ。
「龍勝ノ楼、刈力弐―――“岳”」
岩をも砕くその技は、出の遅さが最大の欠点。しかし、先ほど“序”から繋げることで、コンボは繋がる――避ける隙はありもしない。
時止マル――残弐。
「破邪勇神速――“剛”」
武人の力の集大成がこの技だ。かつて刀を持って戦をしていた時代、まだ鉄砲の登場する前の時代。
一人の豪傑が編み出した殺人剣。
刃の行く末も見ることも出来ず、この技を使用された全ての武人が散ったという。その為、全ては謎のまま……残っているのは、その名だけ。
その技は――使用する己でさえも、理解が追いつかない。
分かる事は……1秒間で14度相手を切りつけたという感触だ。
時止マル――残壱……残零。
ようやく時が動き出す。全て遅れて動き出す。
何もせずとも敵はダメージを受ける。いや、もともと受けていたダメージをたった今認識できたのだ。
死んでるはず体が、ようやく認識するという矛盾が生まれた。
「徹檄――“懺”」
終わりの太刀を切りつける。
無に還す為の、最後の儀式。
襲う無限の刃は死体を無に帰した。
「…………勝負アリ」
敵は、消滅した。その圧倒的な強さにより、僅か4.44秒で全てが終わった。
「………………モモ」
継承された王位から解放され、ありえないほどの疲労感に襲われた。
霞む視界がモモをしっかりと捉えていた。
ふらつく足で、こちらも彼女に近づいた…………もう、手を伸ばせば……届く距離――
「――あんたが1番ありえないからッ!!!!!!!!(バチコーン)」
「てへッ☆」
【エピローグ】
「おーい、まだー?」
「も、もぉ。ちょっと待ってよ!! 今持って行くから!! まったくもぉ、焦らせないでよ、ビクってなって落としたらどうするのよ、まったくもぉ。」
家に帰っての夕食の一時。モモが手料理を振る舞ってくれた。
献立は――
「で、出来たわよ……マルゲリータ。あ、ああ味の保障は無いんだからねッ!! まったくもぉ」
当然、ヴァジルィスクさんが守っていた秘宝は高級バジルだったわけで。
「お、さすが!! 旨いぞ!!」
「え、ホント!! ぁ……ま、まぁね。ふん!!」
トマト・チーズ・バジルをトッピングしたシンプルなマルゲリータだが、モモが生地から作っただけのことはあり、食べ応え満点だ。
「はむはむ……」
「あむあむ……」
一心不乱に食べ続ける二人であった。
「「ごちそうさまぁ!」」
片づけを終え、ゆったりしていると、そわそわしながらモモが俺の前に立っていた。
「と、とととところで、あんた来週もどこか行くの? まぁ、私も暇だし、また一緒に行ってあげてもいいんだけど……ぁ、いや。ま、まぁどうしてもっていうならだけどね」
「あー、じゃー……そろそろアレ行くか。大ボス。」
「ぇ、ええ!? ついに行くのね……そ、そそそ、そそそそそれなら私も行かないといけないわね……別に私があんたと行きたいってわけじゃないからね、あんた一人じゃ無理だと思うから一緒に行ってあげるんだからね!? ビクってさせないでよ、もぉ」
「ビクってなる条件を教えてくれよ……じゃ、来週は大ボス倒しにガノフ城行きますか」
「う、うん。強敵ねガノフ……倒せるかしら?」
「んー、大丈夫じゃね? おまえ居るんだし」
「ちょッ、ちょちょっと!! ビクってなるんだから急にそんなこと言わないでよね!! まったく、まったくもぉ……ビクってなるんだから。」
「勝利の際は……夕飯頼むな」
「「ビーフストロガノフ」」
「モモの料理美味いからな、また来週もこうやって2人で食べようぜ」
「ちょッ、あんたッ、ぇぇッ、待ッ、止めてよ、止めてよね!! 急にそういうこと言われると―――」
「はいはい、ビクってなるんだったな、ビクって。」
「も、もぉ…………キュンってなるんだかね、キュンって。」
缶のコンポタの季節が到来したことで、必死にコーンの粒を飲み干そうと努力する日々が始まりました。
飲み口の大きい缶コンポタもありますが、一口でイッパイ飲んでしまうので少しもったいない気がしますね。
潔さが最大の長所なワタクシですが、缶コンポタは最後の一粒まで食べてしまいたいと思う貧乏性でござります。あーカンコンポタカンコンポタポタポタ。
ちなみにですが、タイトルは語感頼みで意味はないよ!!やったね!!