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光国祭  作者: GT
9/16

「・・・・・・今、黄門様、貫いたよな?」


「そうね、西郷隆盛も知名度は高いと思うけど、その攻撃も相殺したわね」


 食堂に集まり、予選の映像を興味深く、あるいは熱心に観戦している。

 その一角で、唖然とした表情を浮かべた青年と、やや眉を吊り上げ気味に難しい顔をした女性が言葉を交わしていた。

 

 その会話の内容は、先程スクリーンに映し出された光景であり、今尚映り続けている和風作りの空間と、其処に佇む選手の少女と、其の隣にひっそりと侍る、日本人形のような身形の童女について。

 

「てことは、あの矢の威力は半端じゃないってことだよな? 何であそこだけ平然としていられるんだ?」


「うーん、距離で威力減衰、には見えなかったし、三本の矢ってことから、三本目、は無いわね」


「その毛利さんが妖怪とか其の手の物が苦手だったとか?」


「だったとしても、黄門様と相殺するような攻撃で無傷とかありえないんじゃない?どんだけ怖がりなのよってことになるわ」


「じゃあ、あれだ。ロリコンだった、とかどうよ?」


「・・・・・・あんたじゃ在るまいし・・・・・・」


「え!? いやいや、俺はどう見ても正常だろ!いや、見た目だけじゃなく正常だろ?」


「・・・・・・」


「うわ、ビックリするほど無反応!」


 映し出される映像には、三人の選手がその後も互いに牽制し、隙を突き、誘いながらに攻撃を繰り出している。そこから少し離れたところでは、未だそこだけは別空間の如く悠然とした光景が見られる。




 少女の動向を確認し始めてから、少し気になる動作を僕は見つけた。相変わらず動かない僕よりも、向こうの三人を警戒するように、視線をあちらに向けつつ、時折此方を振り向く時、どうも少女は手首の辺りに視線を落としているように見えた。其の動作が三回目となる先ほどのこと、その視線が追いかけているものががチラリと見えたのだ。

 そこに見えたのは、革のベルトと、そしてそれに繋がれた円形の――腕時計。  


 十中八九、あの魔法の効果は防御に特化している。それも其の強度は限りなく高いだろう。『水戸黄門』、『西郷隆盛』と、知名度から言っても高いそれらの言葉を、相殺しうるだけの威力を誇っていた『毛利元就の三本の矢』をまるで何も無かったかの如く受け流し、今現在変わることなくそこに在る。

 絶対防御、と言っていいだろう。だが、あの少女は時間を気にしているように見える。ここから考えられる結果は一つだろう。

 時間指定。

 つまり、僕はあれの効果が切れるのを待てばいいだけ、とはいえるのだが・・・・・・。


(その間に他の魔法が使えるとしたら・・・・・・)


 思考を切り替える。ある程度知名度が高く、それでいて自身の防御、または身体強化に向いていそうな物。と考えたところで、一つだけ思いついた物があった。が、はたしてコレは期待した効果を得ることができるのかどうか・・・・・・。


「ぎゃふん!」


 という声に思考が拡散し、其の声に視線を移すと、熊さんの前に居る少年が座り込んでいた。ゆっくり、崩れいく感じに体が流れ、膝を抱えるように座り込むと、其の膝の上に顔を乗せ。

 あぁ、背中が暗いよ、直視に堪えない。

 視線を戻すと、少女も其の光景に顔を歪め、チラリと手首を、時間を確認したと思うと、其の表情に焦りを浮かべ、また三人の方へ視線を向けるた。其の光景を見た僕は、少女の考えが朧気ながらも理解した。


 少女は、その効果時間の間に、あの三人が共倒れ、又は残っても一人になれば、と考えていたのだろう。安全圏で手札を晒すことなく。一人消え、注意がそちらに向いた隙に、もしくは二人消え、その直後の油断があろうタイミングで。

 

 だが、僕は少女の焦りがそれだけでは無いのではないか?という気がしていた。

 では何が?と考えてみる。

 知っている言葉で知名度が高いものが少ない?それとも争いを好まない、出来るだけ自分の手ではと考えている?もしかして男性恐怖症、、、はないか。他だと・・・・・・。

 そんな僕の思考を、知ってか知らずか、少女の焦りは目に見えて大きくなっていく。時間もそうだろうが、熊さんが此方に向け歩き出したのも大きいだろう。

 少女の焦る気持ちは、三人の決着を急かすようにその動向を見やる眼に、感情と共に現れている。早くしろ、と。何をしている、と。

 

 足音が耳に届く。自信を漲らせ、悠然と歩くその姿には、やはり熊という言葉がしっくりくると思う。其の表情にもふてぶてしいまでの笑みを浮かべ、視線だけで僕に問いかけていた。次はどうする? と。

 あの三人の膠着は、拮抗が崩れるまで様子を見たい。となると、残りは少女になるわけだが、あの空間は現状手を出せないだろう。だが、少女の様子を見る限り、そろそろ・・・・・・?

 何だ?あの視線は?僕と熊さんを交互に見其の距離が詰まるのに比例して険しくする理由は・・・・・・!


 僕はゴクリ、と息を呑んだ。その時僕の顔に浮かんだ表情はどんなだっただろう。それを見た少女は苦々しく顔を歪め、時計を確認すると、向こうにいる三人への警戒もそこそこに、僕達二人へと体の向きを変える。

 少女は、気づいていたのだ。僕と熊さんの関係に。あの焦りの正体はそこだったのだろう。

 僕の意思が判ったかのように、熊さんも少女に意識を傾け、歩く速度を落としながら少女の方へと一歩進む。それに併せる様に、僕も歩き出す。少女を挟み込むように、熊さんの進行方向を確認しながら。


 少女は悟ったのだろう。

 手札を晒したくないと、座して待った結果が自身を追い詰めるだけになったということを。そして、追い討ちをかけるように、そこにあった空間は悲鳴を上げるように軋みだし、其の姿を崩し始めた時、その顔を隣に侍る童女と同じ、まるで人形のように青白いものへと変え始めている。

 其の唇もやや色素を失ったように赤いものを紫色に変え、その唇がゆっくりと


「《遠野》の河童」


 


 ゆっくり歩いていたはずの僕の足が、まるでもの凄い力で掴まれたかのように急に動かなくなっていた。その異常に足元を見ようとし、息を呑んだ。

 沼が広がっていた。少女を中心に円状に伸びたやや緑掛かった色の直径三十メートルはありそうな程の。其の水面には蓮の葉や朽ちた倒木に苔の生えた様子も見られ、まるで秘境に踏み入ってしまったのではという心象が浮かび上がる。

 僕や熊さんだけではなく、あの三人も其の範囲内にあるらしく、驚き、焦り、困惑し、現状を確認しようと周囲をうかがい始めている。其の中でいち早く落ち着きを取り戻し、動きを見せたのは壮年の男性。


「高杉晋作」


 其の声と同時に現れた、長刀を手にした一人の武士。その切っ先は目の前に居る未だ困惑から意識を切り替えられずに居た青年へ振り落とされる。


「ぎゃふん」


 という声に、しまったとばかりに体の向きを変えようとした女性の方へ、足元の沼を何かが近づいて行くのが見えた。未だ姿を見せないその黒い影は、緩やかに女性の方へと移動すると、其の女性の足元まで進んだ後には徐々にその影の面積を増し始める。まるで何かが浮上しているように見えるそれが、水面を盛り上げるようにゆらりと波立たせると


「え?・・・ぎゃふん」


 其の声と同時に、その女性もまたその場に座り込むべく、くず折れる。

 これで、残りは僕を含めて四人。僕、熊さん、少女、壮年の男性。そして、未だにこの沼が消えていないということは、あの黒い影、河童がまだどこかに姿を隠し、そのうちの誰かを狙っているということだ。そして、壮年の男性の前に立つ武士。高杉晋作もまた、未だそのままに其処に在る。


 僕は考える。この状況で狙うなら、僕か熊さん。そして、距離的に見て、次に狙うとしたら――


「坊主!」


 そんな焦ったような熊さんの声に、やはり、と思いつつも僕は動揺していた。どう動くか考えようとしていた矢先、其の考えを終える前の出来事。そして思い浮かんだのは先ほど考えていたこと。

 防御、もしくは身体強化。足が動かないとはいえ、これはあの少女の魔法の効果。それならば望みはあるか、と焦る気持ちを無理やり押さえつけるように少し考え、大丈夫だと自信を持つようにやや大きな声で


「太宰治、走れメロス」

「馬産地《日高》」


 予想通り、とはいえない予想以上の速度で僕はその沼から抜け出すことが出来た。その時の僕が走る速度も驚嘆だったけれど、それに併走してきた馬上の熊さんの顔も驚嘆物だった。今までの自信がどこへ行ったのかと問いたいくなるような、なんとも情けない泣きそうに歪んだ表情。乗馬に何かトラウマでもあるのかもしれない。

 でもまぁ、判断の早さは褒めるべきだろう。僕が離脱したとなると、次の標的は考えるまでもない。

 これで沼からは脱出できた。そこに残るのは二人のみ。壮年の男性と、其の沼を作り出した少女。


 

「さて、お嬢さん。どうにもあの二人は高みの見物を決め込んだようだ。ということで、私とお相手願えるかな?」


 やや余裕の伺えるその言葉遣いに、僕と熊さんは視線だけで意思を確認しあう。其の言葉通りにさせてもらうべきだ、と。

 対して、少女はビクリ、と肩を震わせた後、此方の意志を確認するように一度視線を向け、僕らが既に沼から出ているのを確認すると、壮年の男性へと視線を戻す。


「河童、か。ふむ、試しにあの都都逸、を少し変えて詠ってみようか」


 そう言い、壮年の男性は少しだけ深く息を吸うと、流れるように言葉を紡ぐ。



―――三千世界の河童を殺し、主と添寝がしてみたい



 と。

 その顔はやや困ったように眉根に皺を刻み、気恥ずかしさを隠すように若干硬く口を引き結ぶと、其の声に呼応するように、男性の前に立っていた武士、高杉晋作が其の手に持つ長刀を一閃した。

 其の長刀の軌道の後には、両断された河童の姿が霞み始めていた。

 それに数瞬遅れて沼が消え、それを見た少女が悔しそうに手を握り締める。


 端から見ても壮年の男性の優位は明らかだろう。やはり年相応の知識というのは伊達ではない、ということだ。僕の倍以上も生きているだろうその男性は、其の所作にさえ余裕がある。これは決まりかな?と僕は熊さんに視線を送る。


 そこで僕は、吸い込まれるように右手に立てられた一本の指に釘付けになった。

 今僕達の立ち居地は、僕の右に熊さん、左には少女、そして其の少女と向かい合うように立つ壮年の男性。

 そして、熊さんから見て右側の一人目とは、壮年の男性。

 僕はそれから視線を外し、対峙している二人に視線を戻す。そして、右手に指を二本立てた。


「《網走》監獄」

「《八甲田山》雪中行軍」




 其の声に、壮年の男性は僕と熊さんの激突を予想してか、今までの余裕をそのままに、少女に対し次の一手を打つべく一言呟くと、此方に眼を向け、次の瞬間には身を強張らせた。

 其の声に、少女はハッと息を呑み、対峙している壮年の男性への注意を忘れたかのように此方へ体を振り向かせ、背後から忍び寄る新たな一撃に膝を突いていた。

 

 視界一面には氷点下を思わせる程の粉雪吹き荒れる白一色の空間。其処に入り込む異物は人の姿をした数個の影。その影は徐々に数を増して行くと同時に壮年の男性へと歩を進める。

 壮年の男性は現状を認識した様に目の前に広がる光景へと瞳の焦点を定め、既に対処の遅れを悟り、諦めの表情を浮かべ―――そのまま白い暴虐の嵐に飲み込まれていった。



 吹雪が収まり、視界が元の色彩を取り戻したコロシアムの広場。

 その広い舞台に立つのは二人のみ。

 其の二人にはある共通点が見られた。

 顔に浮かぶ表情。期待に胸を膨らませる眼差し、楽しいという感情を表すように吊り上げられて行く口元。 




「これで残ったのは二人だけだな、坊主」


「約束通り、ってとこですかね」


「じゃぁおっぱじめるか」


 何の気負いも見て取れない言動と態度に、やや苦笑しながらも、ゆっくりと頷いてそれに応える。

 そんな僕の表情に肩をすくめて心外だとでも言わんばかりに大げさな溜息を熊さんは零す。

 対峙する彼我の距離は凡そ十メートル。その距離をはさんで立つ二人の男は、今までの連携の名残が在るかのように、このときもまた同時に口を開いて、その戦いの開幕を告げた。




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