6
ごめんなさい。もう、ホンとごめんなさい。
「ご来場の皆様こんにちわ。いよいよ、いよいよ予選が始まります!本日これより行われるのは予選AからCまでの三戦となります。開始までもう少々の時間がありますので、ここで少し予選の見所を予想してみましょう。さて、解説のディストさん。本日の予選、見所は何処になるでしょうか?」
「はい、皆様こんにちわ。解説のディストです。さて、えぇそうですね。今日は初戦からもう見ごたえがあるのではないでしょうか?何といっても予選Aに『最強都市』の名前がありますからね。これは期待できるでしょう」
「そうですね。やはり予選Aでは『最強都市』が勝ちあがると思いますか?」
「まずそうでしょうね。過去四年に渡っての成績からみて、まず高確率で勝ち上がるでしょうね。なんといっても優勝二回。そうです、未だ四回しか開催されていないこの光国祭において、その半数がこの『最強都市』が優勝を飾っています。今年も優勝候補筆頭でしょうね」
「今年の『最強都市』の青年は、えっと見た目的にあれな気もしますが、なんというか覇気というか負のオーラがビシビシ出てますね。やる気が漲っている、ろいうことでしょうか。確かに期待ができそうです。さて、予選B、予選Cについてはディストさん、どの様な展開が予想されますか?」
「そうですね。予選Bですが、これも面白い組み合わせとなりましたね。『予選の英雄』と『北の番人』の名前がありますね。私としては今日の注目はココが一番ではないか?と思っています」
「確か過去に一度だけ、この名勝負がありましたね」
「えぇ。第三回までの光国祭においての予選は今よりも規模が大きかったんですよ。予選がA,B,Cと三戦となっていまして、丁度倍の人数による予選でした。それでこの勝負があったのが第二回のときなのですが・・・えぇ、あれは戦略的には有効でしょうね。『北の番人』と『予選の英雄』のタッグによる他選手の掃討。あの光景も然ることながら、その後の一騎打ちも印象に深いですね」
「本日最後にあります予選Cはどうですか?」
「やはり『楽園』ですね。まず間違いなく今年も多彩な光景を演出してくれるのではないでしょうか?『楽園』も優勝経験がありますからね。選手次第で今年も期待できるのではないでしょうか?」
「ありがとうございます。さて・・・・・・もう暫く時間が掛かる模様ですので、皆さんもう暫くお付き合いください。それでは明日からの予選D,E,Fについてもディストさんの意見を聞いていきましょう。明日の初戦である予選Dですが、ここはどう見ますか?」
「少しお待ちください。明日の、予選は、あぁ、これですね。予選、D。そうですね、ここは、難しいですね。いや面白いというのが正しいかもしれませんね。『要塞』と『双璧』、それに『猛虎』の顔ぶれですね。これは予想が付きません。今回の光国祭の予選では一番の見所はここでしょうね。『要塞』による威厳のある建造物による広範囲防御、『猛虎』による性急な程の攻勢、そして『最強都市』の『双璧』。これはもう神のみぞ知るという感じでしょう」
「やはり予想は難しいですか。私としては『双璧』がと考えて居たのですが、皆様はどうでしょうか。続きまして・・・・・・とどうやら時間のようです。この続きはまた明日、予選開始前に時間がありましたら続けたいと思います」
眼を覚ますと、僕は一つ伸びをしてから体を起こした。窓が無い為に周囲はやや薄暗い、という感じがして、今が何時なのかという感覚が掴めなかった。其の性なのかはわからないけど、頭がシャッキリしてくれない。
シパシパとする眼を擦り、キョロキョロと視線を彷徨わせると、ベッドサイドにある水差しが目に付いた。手を触れてみるとヒンヤリと心地よく、其れにつられるかのように喉の渇きを覚えた。グラスに移した水を一息に飲み干し、さてこれからどうしようかと考える。やることといってもこの部屋には何も無いし、風呂も昨晩入ったばかり。
と、そこで空腹になったらどうするんだろう?いう考えが浮かんだ。キョロキョロと隈なく見回してみたところで、食べ物の類は愚か、何処かへの連絡をするような物も無い。
「となると・・・・・・食堂とかあるのか?」
そう考え、少し探検に出てみようと、少しだけ興奮気味に立ち上がると僕はドアを開けるべく歩き出す。
ドアを開けると薄暗い部屋に眼が慣れていたため、行き成り差し込まれた荷の光が眩し過ぎて眼を細める。
「やぁ、おはよう。よく眠れたかい?」
廊下に出た所で聞いた其の言葉に、声の出所に向け視線を移す。あいかわらず右手に無駄に豪華で金色の小槌を持ったその人物は、顔中に疲労感を濃厚に佇ませ、それでも何時もと同じ抑揚で僕に挨拶をしてくれていた。
「おはようございます。何か凄く疲れてますね?」
「ん?あぁ、そう見えるか?いや、そうだろうな。どうにも裏仕事というか、準備することが多くてな。今日から予選が始まるのだが、それに係わる諸々が私の役割だから、どうにもな。それで、君はどうしたんだい?こんな早朝から?」
その言葉に僕は探検を、という言葉を言いかけ、それを留めた。きっとそんな事言えば目の前の人物の顔に皺を一つ増やすことになるだろう。要らぬ気苦労を増やすのは良くないよね。ほんとご苦労様です。うーむ、そうなると、どう答えよう?
「そうですね・・・・・・あ、そういえばここって食事とかどうなるんですか?」
「あぁ、そうだな。部屋に運ぶことも出来るし、一応あっちの方に行けば食堂もある。料理の内容も数は多くは無いが、一応そちらの世界のものもあるよ。家のメイドもそこにいるから、解らないこと等も色々教えてくれるだろう。ただ、この時間だとまだ準備は出来ていないだろうが・・・・・・軽く作れるものなら頼めば作って貰えるかもしれんな」
少し思案顔で考えてはそれをすぐ言葉にしている、というように何処か視点を固定したままに言葉を続けていた。それに相槌を軽くはさみつつ聞いていた僕。・・・・・・家のメイド?というのは、あぁ、いるんですね、その人。どんな人なんだろう?ちょっと興味が出てきた。
「と、そろそろ行かないと不味い。話が途中だが、私はこの辺で失礼させて貰うよ」
そう言い残し、その人が右手を挙げた時、右手のあれが一瞬光った時其の姿は既に消えていた。
無理せずに頑張って下さい。という言葉は虚空に吸い込まれ、さて、それではと僕は気分を入れ替える。折角食堂の位置を聞いたのだし、部屋に戻ってもすることも無い。それなら一度見てこようか、と僕は先ほど聞いた方向へ歩き始めた。
食堂、という感じのそこにはドア等ついておらず、開放的な空間となっていた。広さとしても、最初に居た教室三つ分位の広間で、窓と思われる開口部が壁には並び、横に長いテーブルが横2列、縦に15列程等間隔に並べられていた。
(高校の学食みたいだな)
僕はそう考えながら、其の景色を眺めていると、其の静かな空間において、既に先客がいるのが目に付いた。どっしりと椅子に腰を降ろし、手には湯気を上げる丼を持って何かを啜っていた。其の光景に僕は何故か熊を連想していた。え?いや見た目的にというか、雰囲気的にというか。
そんな光景を見ていた為か、不意に僕のお腹もその意思を主張しはじめた。その音はやはりこんな広い空間に一人しかいない状況だとなんとも場違いな異音としか聞こえず、なんだかとっても恥ずかしい、遣る瀬無い気持ちにさせてくれる。
まあ、当然というか其の音に先客のお方がぴたりと動きを止めると、此方を振り向く。そんな動きの固まったままに体を捻る様にこちらを向けた相手は、右手に箸を、左手には丼を、口には蕎麦を突っ込んだまま、なんとも間抜けな光景を見せてくれた。僕と眼が合うと、その箸の間に見える、口まで続いていた蕎麦がゆっくりと上昇を始め、踊るように揺れながら次第に姿を消し始める。ゴクリ、という喉を通りすぎる音と共に、其の人物は何故か笑顔に変わると、こっちに手招きを始めた。
「よう、お前も腹が減ったって口か?」
「まぁ、部屋にいてもやることが無いので少し探検でもと思いまして。そしたら部屋を出た所であの魔法使いの人に会いましてね。こっちに食堂が在ると聞いたので、少し見ておこうかなと」
「なんだ堅苦しい喋り方だな。どうせここで会うだけだし、目上だからとか気にスンナよ。どうしてもってんなら別にいいけど、俺と話すのにそんな気にしなくていいぞ?」
そんな事を言いながらも、残り僅かとなった蕎麦を箸で掻っ攫うと、一息にそれを啜り上げた。豪快だなぁ、と思いつつもやはりそんな光景を見ていると空きっ腹が意識させられる。そんな僕の物欲しそうな視線に気がついたのか、その熊の様な男は立ち上がると「付いて来い」と言いながら、丼片手に歩き出した。
「姉ちゃん!おーい!もう一杯もらえっか!あと、俺のもお代わり頼む!」
厨房へと繋がっているらしいカウンターに身を乗り出しながらそう叫んでいるのを見て、この人結構面倒見のいい人だなぁ、とそんな事を考えていた。そんなことを考えていると、厨房の方からさきほど姉ちゃんと呼ばれた女性が出てきた。
見た感じで僕よりはやや年齢が上と思われる黒髪黒目の女性。雰囲気はどこか野生的というか、うんこれは女性には失礼な気もする。なんというかお祭り大好き的な元気溢れる勝気な女性という感じかな。
その人は熊みたいな男の人に困ったような笑顔を浮かべた後、僕に気が付いたようで、軽く会釈をすると、ニッと笑って「了解!」と元気な声を上げるとまた厨房の方へと消えていった。
「綺麗な姉ちゃんだろ?性格もさっぱりしてそうだし。どうだ?惚れたか?」
となにやら楽しそうな声で、その熊のような男が僕をからかうようにおどけて声をかけて来た。
「あぁ、彼女はあれですよ?あの魔法使いの人のこれですよ?」
と、いささか古臭いような気もするが、僕は熊みたいな男に右手の握り拳を見せる。その握り拳に小指をぴん、と一本立てて。
なんでぇ、と面白くなさそうにつぶやいているところを見ると、まさかこの熊さん狙ってたのかしら?とそんなことを考えていた間に其の女性が再び此方に姿を現してくる。両手に持った丼をカウンターに乗せると「へい、おまちー」となんとも聞いていて気分のいい声を上げた。
「ありがとうございます。あぁ、少し聞きたいことがあるんですけど」
と、僕の言葉に「ん?」と軽く声を上げて視線を寄越すと
「とりあえず食べてからにしなさいな。食べ終わったらまた声掛けてくれればすぐ顔出すから。早く食べないと蕎麦冷めちゃうよ?」
と言ってまた厨房の方へ消えていった。あぁ、仕込みとか色々あるんだろうな、うん。
蕎麦は冷める前に食べたほうが美味しいよね?と小さく頷いてからカウンターの丼に手を掛けて先ほどこの熊さんが食べていた机まで二人で歩いていく。あれだね、もう熊さんでいいよね。
「そういやお前、何処の奴なんだ?」
ずるずると僕が蕎麦を啜っていると、熊さんが聞いてきた。何処の奴、というのはまぁ都道府県で何処の、ということだろう。はふはふと口の中の蕎麦をゆっくり胃に押しやると、ふぅと一息付いた所で視線を上げる。
「僕は青森ですね。熊さんは?」
熊さん?と一瞬怪訝な表情を浮かべているのを見て、あっと思いやっちゃった?的な表情で相手を伺うと何故か獰猛な笑みを浮かべて肩をぽんぽん叩かれた。
「面白い奴だな。俺は北海道だ。今日の予選Bに出ることになってっけど、そっちは?」
「あ、僕もBですよ。一緒ですね」
「お、そうなのか?面白れぇな。ん?てことは・・・・・・」
という言葉の後は何か考えるように腕を組んでいた。なんだろな?と思いながらも未だ半分ほどしか手を付けていない蕎麦に箸を落とす。あぁ、うまいなぁ。ずるずる。
「なぁ、いいこと考えたんだけどよ?最初二人で手を組まねぇか?」
最後の一啜り、と丼に残った数本をちゅるり、と飲み込んだタイミングで、熊さんの声が聞こえた。何だっけ?手を組む?と視線を熊さんに移すと、ガキ大将、という印象の熊さんがこちらを見て笑っていた。
「・・・・・・それは、残り二人になるまで、互いに攻撃しあわないってこと?」
「おう!それだけで結構変わるだろ?こっちからは攻撃がこない、あっちから先にってなもんだ。俺は最初優勝とかどーでもよかったんだがな、なんつーか、あれだ。罰則?あれが、どうにもな・・・・・・」
最初の勢いもどこへやら、歯切れ悪く言葉を濁し始めている熊さんが、少しおかしかったけど、まぁ確かに悪い話じゃないな。ここは乗っておくのも面白い。ちょうど二人しかいないんだし、話を進めるにしても時間を掛けないほうがいいかもしれない。
「乗りましょう。僕はまあ優勝も罰則もそんな気にしてないけど、まぁ、意地というかプライドの為にも早々に散りたくないので」
僕の言葉にぱっと笑顔になった熊さんと握手をしながら、どうしようかと相談する。とはいえ効果の解からない魔法合戦である以上、あまり詳しくこうしようということができない。考えられる可能性として自分を中心に展開するというのもある。とりあえず最初は近くの奴を倒したら、挟み撃ちが無難かな?という感じで話を進めた。
それから幾らか時間が過ぎたころには疎らにではあるが数名がここに顔を出し始めていた。
次第に活気が溢れ始める食堂。それぞれ気の合う、話の合う、偶然にも隣に座った相手と、近隣の県の人と、と話し始める光景。
そういえば、と僕はカウンターに行くと、大きめな声で「お姉さーん」と叫んだ。それにひょっこりと顔を出したお姉さんに
「部屋にいてもやることないんですけど、あの、なんて言えばいいんだろ?過去の試合のホログラフ?みたいな映像あるじゃないですか。あれってみれます?」
「あぁ、あれ?私じゃ無理なんだよね。うーん、確かに待ってる時間て暇だよね。ちょっとあいつの首根っこ掴んでここに持ってくるよ」
そう言いつつエプロンを外し始める彼女に、あぁ、やっぱりいいですごめんなさい、自分我が侭言いましたと、おろおろとしながら言葉を投げかけては見たものの
「あいつのことは気を使わなくていいから。三日位なら馬見たく働くし」
と、物騒な言葉を残して消えた。あぁ、ごめんなさい。と次の瞬間、本当に首根っこを掴まれてグッタリしている物体を手に「持ってきたよ」と爽やかな笑顔で僕に声を掛けてくれた。あぁ、その物体からの刺すような視線が痛いです。胃に穴が開きそうなくらいに。
あいかわらずがやがやとしたこの食堂。どうもココに人が集まってからは誰一人自分の個室に戻るものがいなかった。トイレや風呂の場所を教えてから数名ふらりと消えたと思うと、其の後は此処に戻ってきている。まぁ、部屋には何もないしねぇ。そうしてわいわいと時間を潰していると
「さて、これより予選Aの選手にはコロシアムの方へ移動して貰う。あちらにも色々準備やら何やらがあるということなので、一人づつ、二分置きに移動して貰うことなる。予選Aの選手はこちらに集まって欲しい」
カウンターの前に行き成り現れた魔法使いの男の人は、現れるなり声を張り上げていた。其の声に八人程立ち上がると進み出る。それを頷き一つで迎えると
「まず一人目。東京都」
と言うと、その八人の集まりから一人姿を消す。それからチラリを左手に持つ銀板に視線を向け、暫くするとまた声を上げる。それを繰り返し、最後の一人が消えた後、その人物も消えていた。いよいよはじまるのか、と急に込上げる不安に戸惑いながらも、自分は大丈夫。それよりも楽しむんだ。と暗示のようにつぶやく。
ふいに、つんつん、と肩を叩かれ、視線を向けると厨房から出てきたばかり、という格好のままのお姉さんが壁の一面を指差した。
「あそこに予選の中継映像見れるようにしとけって言っておいたから。本当は会場で見たいだろうけど、あれで我慢してね」
と言いながら手をひらひら振るとまた厨房に消えていった。視線の先には正に其の通りにやや鮮明さには欠けるが、それでも見れないよりはましだろう。
映像の先では等間隔に佇む八人。これが終わったら次はあそこに立つのは僕なわけだ。
『さあ、予選Aの選手が出揃いました。いよいよ始まります。第五回光国祭!!その初戦はどの様な結果に終わるのでしょうか!間も無くそのゴングが鳴らされます!!』
―――― カァーーーーン
書き出しを迷っていたらこうなっちゃいました・・・・・・。始まってませんよね、予選。でも出来れば石は投げないでください。
誤字、脱字のご指摘、感想、意見等貰えましたら唄って踊って喜びます。