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呆然とドアを見続けていると、またそのドアが開き始める。そこから現れたのは先ほどと同じ人物。が、其の手には先ほどは持っていなかった物が握られている。
何処かで見たことのあるような、片手で持てる程度の小槌の形をしており、その色彩は無駄に豪華さだけ目立つ金色。なぜそんな物を持っているのだろう?
「はい!というわけでですね!皆さんコンバンワ!いやどうもはじめまして!私が貴方達を此方の世界に招いた者です!好きなことはこの国の国王狩り!嫌いなことは、一杯!特に私をいじめるメイドが居まして、そいつがまた何とも、あすいませんほんとかんべんしてくださいもうにどとこきゅうしません・・・・・・・」
先程現れた時の何処か得体の知れない不気味なほどの雰囲気とは裏腹に、今回現れた時は馬鹿みたいにハイテンションだった。そのギャップに唖然として碌に返事もできず、その話された内容も右から左になりそうだった。なんとかその内容を聞き漏らさないようにと思っていると、変な事を口走り始め、かと思うとその一言、一言と話す速度と比例する如くガクンガクンとテンションを落とし始めたと共に体育座りをし始める。其の顔も打ちひしがれた、何ともやるせない表情に。
「その、どんまい。気持ちは解るさ。俺もさっきまでイジmゲフンゲフン・・・・・・な。だから元気出せよ」
呆然としていた僕を尻目に、かの青年はその人物の側まで歩み寄り、同じような表情を浮かべつつその人物の肩に手を掛けていた。あぁ、なんかお互い解り合えたように硬く抱きしめあい始めた。何だろうこの三文芝居じみた光景は。これで涙とか流し・・・・・・どこまでだよ、あいつら。
「すまない、取り乱した。いかんな、どうにも暗いことばかり考えてしまう」
「そんな時もあるさ・・・・・・。それより、さっき言ってたことだが、詳しく聞かせてくれるか?」
おお、何気に誘導し始めてる。先程も現状の確認などで取り纏めを率先したりと、どうやらこの青年は其の類のことには優秀なようだ。性格に目を瞑れば頼れる兄貴に違いない。性格に目を瞑れば。
「そうだな・・・・・・。さて、何から話そうか。まずは謝罪からだろうな。何の了承も得ずこちらの都合で集まって貰ったのだから。説明させてもらおう。ココは君達の居た世界では、無い。異世界と言うことになる。君達の世界は科学という文明が進み、こちらには無い発展を遂げているということだったな。こちらの世界は魔法というものが存在する。一つ見せておこう」
そういうと、先程のダークたオーラを何処へ廃棄したのか、それでもやや空元気な感は否めないが、落ち着いた口調で話し始める。その人物はすっと目を瞑る、と同時に体から緑色の、オーラのような物が漂い始めていた。それは徐々に大きく、また大きくと量を増やし、其の人物が目を開けると右手に持つあの無駄に豪華な金色の小槌の周囲に集まり始める。
「サーベルタイガー」
ぼそり、と呟かれた其の言葉と同時に、其の右手にあった無駄に豪華な金色のあれの周りに漂っていた緑色のオーラのような物は、徐々にその形を変え、次第に大きく、また一回り大きくと、見る見るうちに体長2メートルを超える程の、まるで虎のような形状に変化して行き、見たことも無い程の長い牙を持つ凶暴な獣の姿へと変容していた。
「とまぁ、わかりやすい様にこんな魔法にしてみた。魔法は便利なものでな、いや、便利と言うより寧ろこの世界には無くてはならない物ということだ。だからといって、この世界の全ての者が使えるというわけでもないのだが」
そういい、右手をその虎の頭へと乗せる。ニャーという在りえないくらいその凶悪な姿に似合わないそれはそれは途轍もなく可愛らしい鳴き声で鳴いたその虎らしき生き物は、触れられたと同時にまたあの無駄に豪華であの色なあれに戻っていた。
「ということは、俺たちは何だ?お前さんにこっちに、その、異世界に召還されたってことか?」
「そうなる。だがまあ安心してくれていい。別に元の世界に戻れないとかそういうことは無い。この召還も今回で五回目になるんだが、こちらの世界に居るのも長くて此方の世界での日数で五日くらいだ。とは言え、それも此方の世界で、というもので、元の世界に戻るときには、あちらの時間経過としては精々一日寝て過ごした程度の物だ」
「ふーん。まぁ戻れるならいいんだけど。てかここ夢の世界とかじゃないのか・・・・・・。で?その間俺たちは何するんだ?なんか理由有って呼ばれたんだろ?」
「・・・・・・今回は喚き散らすだけの者が居ないのだな。話しやすくて助かる。そう、理由がある。君達の世界の者をこちらに呼ぶと、必ずその体に魔力を宿して召還されるのだよ。原理等はわからないのだが、一度たりとも魔力を持たない者など現れていないんだ。そこでうちの馬鹿王がな・・・・・・。国民の娯楽云々言い始めたんだ」
「娯楽?」
「そう、娯楽。君達に魔法を使った闘技をしてもらうという物だ。この国には昔使われていたのだろう、コロシアムがあってな。そこで君達には観衆の前で勝ち抜き戦をして貰う。優勝者には報酬もある」
コロシアム、という単語にギョっとする者が多かった。それもそうだろう、あまりにも物騒な感じしかしない。近くに居る者と顔を見合わせたり、何でそんなことを、と悲痛そうな表情を浮かべたり、今言われた言葉が理解できないように首を傾げたり。
「・・・・・・つまり、殺し合え、と?」
「あぁ、いや、そんなことはない。君達の使う魔法には、これもどうゆう仕組みなのかわからないのだが、変わった法則があるらしくてね。例えば君が隣にいる少女に魔法をぶつける。するとその少女は『ぎゃふん』と言ってその場に座り込むだけなんだ。こればかりはどう説明して、何だその変な顔は?」
ゆっくりと分かりやすいように話始めていたその人物は、不意に周囲から向けられた視線に言葉を切ると、其の顔に浮かぶ表情を見て困ったように疑問を口にした。
うん。僕だけじゃなく、きっと皆同じようなことを思っているんだろうな。今時ぎゃふんて・・・・・・。そんな状況想像してみて・・・・・・あぁ、何だろう、ものすごく恥ずかしいな、これ。
「続けても?・・・・・・うん、そうか、まぁ原理はどうなっているのか検討もつかないのだが、今までそれ以外の結果が得られていない。ちなみにその魔法を食らった相手はそれから丸一日の間、どうもそれ以外の言葉を言うことが出来なくなるらしい。時間の経過で戻るらしいのだが」
その言葉に、年少の者以外は居心地の悪いような顔をする。かくいう僕もそうだ。何だ其れ、あまりにも間抜けすぎないか?いや死ぬよりはいいだろうけど、それでもそれを一日我慢しなきゃいけないとか、まぁ確かにここには見知った者は居ないんだけど・・・・・・。でも嫌なものは嫌なんですよ。
「何か、やる気が無くなる光景が広がりそうだな・・・・・・。それ、本当に娯楽なのか?」
「まぁ、起こる結果はその、何だ。それを見て笑うというか、まぁ受けは悪くないんだが、娯楽という意味で言うならもっと別の理由が大きい。どうにも君達が使える魔法というのは、見た目が多彩というか、見栄えがいいというか・・・・・・ともかく派手なのだよ。だから観衆も沸き立つ。あの馬鹿も私にせっついてくる」
「なるほど、ねぇ。まぁ死なないってんなら楽しめるかもしれないな。で、どんな感じでやるんだ?総当り?トーナメント形式?ブロック別?」
「去年からの形式となるだろうな。去年は八名毎に予選を行い、そこから勝者を一人出す。そしてその勝者を集めて本戦としていたのだ。この形式をとった理由がどうにも賭けをする為とかでな。今年はそれも踏まえてより盛大になるだろうと思う」
「ふーむ。ちなみに優勝者がもらえる物ってどんなの?あー、今までの優勝者が貰ってたもの教えてくれるだけでもいいけど」
「そうだな・・・・・・。初めてのときは国王より名誉の殿堂入りを許可されたな」
「・・・・・・いらねぇ」
「二回目の時は優勝者が確か右腕が義手というのだったか。変わった絡繰りではあったが、望めるのなら元の腕にということで、私の魔法で復元した、といえばいいかな」
「なに其の万能な魔法」
「三回目は、どうもこちらの世界に住みたいという変わり者だったな。それを了承した上で貴族位付きで居住許可を」
「まぁ、嬉しいかどうかは個人によるなあ」
「そして去年だが。ちょうど君くらいの年代の女性でね。素敵な恋人がという願いだった。それならとその女性の好みに合う男性と結ばれるまで好意が集まりやすくなる魔法を」
「優勝します」
その言葉に対する反応はかなり早かった。無駄の無い対応、付け入る隙の無い程華麗な言葉尻のインターセプト。それを唖然としながら眺めていた僕だけど、不意に漂ってきた冷気のようなものにチラと横に視線を向けると、数名の女性からやる気が漲りだした気配を感じた。いやもう感じたというよりは視認できるレベルだった。あれ?あの小学生くらいの少女の背後に何か黒い・・・・・・あぁ、背後の中年おっさんおびえてらっしゃる・・・・・・。あのお姉さんの隣にいらっしゃる御老体、顔色があの世色に近く・・・・・・。
うーん、僕は優勝したら何を望もうか?現金な話、預金通帳の改変とかできるのかな?それが無理だったら、新しく車で「フヒヒ、専属メイド」も・・・・・・やる気出してる人多いなぁ。
「さて、魔法の使い方について説明しよう。君達が使える魔法は、全て言霊によるものという説が有力とされている。存在の言語化、その言葉に魔力を宿し、それを顕現する、という説明でわかるかな?そして、特徴としては一度使った言霊は再使用できないらしい。例えば、先程私が変化させた『サーベルタイガー』だが、一度あのように使用した後は何度その言霊を唱えようとその変化は起こらない、というわけだ」
ふむふむ。これはこれで記憶力も関係するわけだ。咄嗟の場面で使いたいときに思い浮かぶ言葉が多い人程有利というわけか。
「言霊には規則性がある。何度召還してもそうなんだが・・・・・・君達の国には、都道府県、という国内の境界毎に四十七の地方があるそうだな。召還の度に集まる者はその地方から各一名となっているわけだ。そして使える言霊というのがその地方の有名な言葉、知名度というのだったか、それに依存しているらしい。知名度の高い物ほどより効果の高い魔法となるわけだ。その言霊によってどんな魔法となるかは自分で使ってみるまで解らないのだが、一度使うともう使えなくなる。その辺は互いに同じ条件であるため差がつくこともないだろう。ようは臨機応変な対応、自分の地方の知識、あとは度胸次第だろう」
成程成程。しかし知名度の確認とかはどうなんだろう?此方の世界の住人が僕たちの世界の知識などあるのか?今回で五回目といってたけど、そこまで知識があるとは思えないような。それと自分の地方の知識といっても、これは明らかに子供とか不利なんじゃないか?いや、子供だけじゃないか。長年上京等で自分の地元から離れていた人も不利かもしれない。
「あぁ、言い忘れていた説明をしよう。さきほどの知名度というものだが、これは各予選でも本戦でも、その場にいる人間での知名度になる。例えば同じ空間に八人いたとする。そこで『魔法』という言霊を誰かが唱えたとしよう。自分は知っている、ここに居る他の十名、二十名も知っているとする。が予選のその場にいる誰一人知らなかった場合、その知名度は自分一人分、という扱いとなり、その魔法の効果は思うほど望めないとなるわけだ。が、先程も説明したように、その言霊によって起きうる効果はどのような物か予測が出来ない。自身の身体強化という場合もある。知名度に関係なく、余裕があるときは自分だけの知識という物もバンバン使ったほうが有利になる場合もある。まぁ、本戦も見越して考えるなら、其の辺りは駆け引きになるだろうな。自分の引き出しと相談というわけだ」
なるほど、つまりは周囲の人間を観察し、どこまでの知識を持っているか予想してということか。これはこれで頭を使いそうだ。男性なら?女性なら?子供なら?老人なら?趣味も違えば好みも違う。職業によっても知識の方向は違うだろうし、もちろんその人の趣味次第ではまた違ってくるということだ。
「さて、今日はこの後少し顔見せに闘技場へと移動して貰うわけだが・・・・・・そうだな、これも今伝えておいたほうがいいだろうな・・・・・・。一つだけ、この宴、『広告祭』を行う上で君達の今後に影響がある。まぁそれも優勝者以外、ということではあるのだが・・・・・・」
そんな感じで歯切れ悪くその人物は話し始めた。話すべきか、話さないでおくべきか、そんな迷ったような表情もまた、ここまで言われた後だとかなり気になる。次に続く言葉を皆視線を一箇所に固定したまま静かに待ち続ける。そんな僕達を見て、その人物は意を決したかのような表情になり、ゆっくりと口を開き始めた。
「敗者には、なぜか罰則と思われる物が付随されるのだ。こちらがどうこうしようと変わることなく付随する、し続ける、な・・・・・・それは」
徐々に言葉を区切りながら、押し出すようにゆっくり、一言、また一言と言葉を紡ぐ。焦れ始めた誰かが喉を鳴らす。僕も何故か手に汗を握りながら聞いていた。
「異性にモテなくなるんだ」
その言葉だけはスラリと吐き出され、それとともにその空間には絶叫、いや阿鼻叫喚が木霊した。何処かの青年の声が取り分け大きく響き渡った。
そして――、一瞬視界がホワイトアウトしたかと思う暇もなく、気がついた時には僕達の周囲は割れんばかりの喧騒に支配された別の空間に放り込まれていた。
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