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光国祭  作者: GT
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「あ゛あ゛ぁぁぁ・・・・・・」


 どんな声出してんだよ、と呆れながらに僕が横を向くと、まるで人生に疲れたかのように体を投げ出し、畳んだタオルを顔に乗せて表情を隠した青年が、そんな僕の反応も気にすることなく又もどこから搾り出しているのか見当もつかないだみ声を発した。

 

「ほんと、しんどい・・・・・・」


 そんな青年の言葉に、あれじゃあな、と苦笑いが浮かぶ。

 予選二日目、その初戦である予選Dに、この青年は含まれていた。解説のディストさんの話を聞く限り、過去の試合から優勝候補といえる選手が、その枠内に三名居るということで、興味を持って見ていたら、こいつが立っていた。その枠内の最有力候補の肩書きの名前で呼ばれながら。


 『双璧』と呼ばれていた、神奈川のこの青年は、そこで『猛虎』と呼ばれた大阪のおばちゃん、『要塞』と呼ばれた京都の恰幅のいい四十代と思われる男性と、熾烈な攻防を繰り広げながらも、今現在敗北による言語強制を受けずに会話をできる結果でその試合を制していた。

 まぁ、棚ぼた的な結果でもあった気がするけど。それでも勝ちは勝ちですよね。


「あら?先客、ってほんとあなた達仲いいわね」


 そんな失礼な言葉に眼を向けようとして、隣の青年の体勢にビックリした。何時の間にそんな悠然と佇むような姿勢に、そしてその無理やり作ったような余裕のある、と見えてくれたらいいなって顔になったんだよ。まぁ、声で相手が解る位にはこの声の主とも付き合いがあるしね。

 ちなみに、僕達がいるのは湯船の中。そしてこの声の主はもちろんあの女性。

 女性であるのに、やっぱりそのまま入ってこようとしているのを見て、なんだかなぁと抵抗を覚えつつも、この三人での構成となると僕の立ち居地は傍観者で決定しているのだから、前回のようにやんわりと相席を断るということはしなかった。


「まずはお疲れ様。それにしても青森に神奈川ね。本戦に残ったのって、宮城の私と東京と沖縄、後どこだっけ?」


「俺はもう、自分の試合終わってからくたばってたからな。その後の試合見てねぇわ」


「後一つは、宮崎だったかな」


 そんな挨拶を皮切りに、これまでの予選のことを話し合う。あの選手はどうだった、あそこであれは失策だったように見えた、あの選手は判断の早さが、勝ち残った選手で使用済みの魔法はどんな感じか。

 最初こそそれに腰を入れて話し込んでいたけれど、やはりというか、一つの名前が出ると、途端に空気が重くなる。


「やっぱり、東京だよねぇ。ぶっちゃけさ、あれに勝てるの?」


「無理じゃね?ていうか、無理じゃね?」


「諦める早いから。てかさ、僕が言うなら解かるけど、神奈川が無理とか言っちゃ駄目だろ」


「だよねぇ。せめて死んでもいいから止めてみせるくらい言って欲しいよね」


「死んでまで止めたいとか思わないから」


「じゃぁ、止めなくていいから死んでみせるとか」


「何それ!意味ねぇだろ!あれ? それって何が言いたいの!?」


「え、いやだってやる前から無理って言ってるような人だし? 死んでもいいかな、って私なんかは考えるんだけど、どうかな?」


「どうかな? じゃねぇ! 何で無駄に可愛らしく言ってんだよ! てかお前らも言ってるじゃねぇか!」


「え?僕達そんなこと一言も言ってないよ?」


「嘘付け! 思い返して見れば解かるんだ! 今の会話だ、思い返して、思い、返せば・・・・・・」


 どうやらそれなりには記憶力があるらしく、思い返して見て、無理だとか言ったのは自分だけだと悟ったように、先ほどまで漲っていたツッコミオーラが萎んでいく。

 そんな光景に、いつも通りのやり取りに、ほんのりと満足した気分になった僕が、あの女性に視線を移すと、とても楽しそうに微笑をたたえ、瞳には嗜虐的な輝きを浮かべながら、青年を見つめていた。

 

 あぁ、きっと彼はせっかくのほぼ貸し切り状態のこの広い湯船で、先程の熾烈な攻防で積み重なった疲れを癒すことが出来ず、更なる精神的な負荷を上乗せして枕を濡らすんだろう。いや、案外ケロッとしてるかもしれない。


「まぁ、それはいいとして。実際問題どうにかならないもんかな」


 そんな風に、青年の尊厳とかその他色々を切って捨てた僕に、ギュインと音が聞こえそうな勢いで首を振り向けて睨みを利かせた青年が居たけど、僕はその反応もどうでもいいものとして華麗にスルーしてあげる。それより考えるべきは明日の対策。


「そーいえば、君って予選の時、北海道と組んでたでしょ? あれって君が考えたの?」

 

 まぁ、やっぱり気がつきますよね、と思いながらゆっくり首を横に振る。あの話を持ちかけてきたのは熊さんの方で、それに乗ったのが僕。そこからのことは二人で考えたけど、其の時点で決めれることは限られていた分、あれが限界だったけれど。その辺の経緯を軽く説明する。


「俺ら三人組んで先ず東京を、って感じじゃ駄目なのか?」


「可能性としては、三対一対一対一でしかないね。纏まっちゃうとここぞとばかりに一網打尽を狙われそうだし、挟撃しようにも、一人になったところを誰かに狙われたらそっちの対処で挟撃という図式は崩れる」


「うちらが東京に集中しても、残り二人で仲良くしてもらうってのは、無理かな?」


「その可能性は低いと思うなぁ。僕がその状況になったらさ、その三人と東京の決着が付くまで、手札を晒さないように立ち回りたいし。其の点で考えても、傍観しつつ、隙を見てって感じだろうね」


「芳しくないな。つーかそこまで考えてんなら、最善策というか、何かねぇの?」


 自分で考えるのに限界を感じたという訳ではなさそうだけど、神奈川の青年は諦めたように溜息を吐き出していた。宮城の女性も似たような物で、しかし何故か二人とも僕を見る視線だけは外してくれない。

  

「まぁ・・・・・・無理でもいいから最善策というなら、東京を取り込む」


 観念して吐き出した僕の答えに、面食らった顔を向けてくれた。まぁ、考えないよね、こんなこと。それを証明するように呆れ顔に変えた青年が


「予選見ただろ? あいつが誰かと手を組む様に見えるか?」


「うん。だから無理だってのは解かってる。けど、最善策というなら、これが最善だと思うよ」


「じゃあ、次善策もあるの?」


「他の二人を取り込む。これが次善策だけど、本戦で東京とやり合う為に必要な最低ラインでもあると思う」


「だろう、な。俺もそう思う。問題はどうやって、てところだよなぁ」


「会うだけなら、食事時に会えると思うけど。信頼関係とかがネックかなぁ」


「まぁ、本戦は明日の夜だって話だし。それまでに出来る限りのことをするしかないね」


 其の言葉に頷き合い、明日の朝には食堂に集合しようと約束をして、その日の会議は終了した。

  






「お、坊主じゃねぇか。あいかわらず朝起きるのはえぇな」


 食堂に着いた時、僕が一番乗りかと思ったら熊さんがまたもや蕎麦をかっ込んでいた。僕としてはあんな熊さんを見ちゃった後なだけに居心地悪く微妙な笑顔を浮かべて手を挙げ、それに応えることしかできなかったのだが、そんな僕を気にすることもなく手招きされた。


「あー、あれは気にすんな。忘れろ。頼むから忘れろ。で、こんな時間に来ても蕎麦しかねぇらしいけど、また腹でも減ってんのか?」


「あぁ、いや。今日の本戦のことで待ち合わせを」


「何だ、また悪巧みかよ。で、今度はどんなことするんだ?」


「まぁ、予想は付いてると思うけど。対東京同盟の準備を」


 ズズズッ、と豪快な音を鳴らして一息に蕎麦を啜ると、ごっそうさんと呟いて熊さんは丼を置いた。


「で、今どんな感じなんだ?」


「神奈川と宮城と僕。できれば沖縄と宮崎を取り込みたいって所」


「もう二人は、あぁそういえば坊主とよく一緒にいたもんな。だったらいっそこっちに手を出したら三人で最初に潰すぞって脅せばいいんじゃねぇの?」


「其の間東京が静観してくれる確立低くない? 初戦で開始と同時に動いてたし」


「じゃぁ、そっちを神奈川に任せて、二人で各個撃破とかは?」


「厳しいね。主に僕達の負担の方」


 其の後も考えられる可能性を、こうだったらどうなる、こうすればいいんじゃない?みたいなことを話していると、足音が二人分聞こえてきた。


「おはよう、早いんだね」


「おはようございます」


 会話を止めて其方に振り向くと、宮城の女性と一緒に居たのは、あの青年ではなく、僕よりも若い少年だった。


「おはようございます。一緒にいる人は、確か沖縄の?」


 僕も挨拶を返しつつ、確信はあるけども、会話を振るために疑問の形で言葉を向ける。


「はい。部屋を出たところでこの綺麗なお姉さんに捕まりまして。少しどきどきしながら聞いてみると、僕に話があるのはあなただそうで」


 もう、ほんと皆何で僕にそんな役割を押し付けるんだろう。其の気持ちを恨みがましい視線で女性に向けるも、返ってきたのは貼り付けたようなスマイルだけだった。あぁ、あいつが居ればと、こんな時だけはあの青年の存在を、僕は心の奥底から切に望んだ。

 とは言え、この状況は願ったり叶ったりでもある。出来るならば思惑通りに引き込みたいけれど、僕はそんなに口が達者じゃないんだよなぁ。

 

「まぁ、言いたいことはわかると思うけど。東京対策で手を組まない?」


 予想通りであったのだろう其の一言に、表情を変えなかったのはその少年だけだった。何だ二人して、その呆れたような顔は。


「東京に勝つつもりなんですか?」


「うん、そう。出来れば早めに退場願おうかと」


「出来るんですか?」


 流石というか、最初の誘いに表情を変えなかった辺り、この話だと予想していたのか、其の先を考えてきたようで、次々と言葉が飛び出してくる。とはいえ、僕もそれは考えてきているだけに、其の先の会話もあっさりと返す。


「予想では八割の確率かな。宮崎もこの話を飲んでくれれば九割以上は」


 その答えの速さに、少年の言葉は一度停止。まぁ、考えるだろうことは、其の言葉の真偽だろう。さてどう返してくるかと待とうと思っていると、やる気なさげな雰囲気を纏う青年が現れた。


「おいすー」


 其の声に少年が振り返り、ぼそりと「神奈川・・・・・・」とつぶやくと、此方を振り向いて再び考え込んでいた。この少年は思考に沈むとそれに集中しちゃうタイプなんだろうな。青年に挨拶もなく此方を振り向き、その青年も思考の中に組み込んでまた考えているのだろう。

 その邪魔をするのも悪いかなと思い、僕も青年への挨拶に声は出さず、手を挙げる返礼だけに留める。


「現状、青森のあなたと宮城のこの女性、それに神奈川の青年。そこに沖縄の自分を加えて、東京への勝率が八割。それも早期決着を狙って。本当にそれが可能だとは思えないんですが」


「予選で試合やってみてさ、ふと思ったんだよね。魔法食らってさ、敗者となった人があの魔法使いの人に安全な端っこの方に移送されるまでそれなりの時間があるんだけど。ここまでじゃわからないかな?」


 其の言葉に困惑顔が三名と、難しい顔が一名。まぁ、其の一名は誰と言わなくても解かるだろうけど。


「で、少年に質問だけど。ぎゃふんと言った敗者にさ、その言葉を聞いた後、警戒した?」


「・・・・・・そこからはもう意識は別に向けてましたね。そういうことですか」


「早期決着を狙う理由は解かると思う。長期戦で一番有利なのが何処かは考えるまでもないしね。だとしたら、勢力の図式を解かり易く示し、其の上で一箇所に穴を、意識の外が出来る場所を作る。こんな感じかな」

  

「・・・・・・そんな秘策というか、簡単に漏らしていいんですか?まだ僕は手を組むとも言ってないんですけどね」


 僕の考えを吟味し、深い溜息をひとつ吐いた後、その少年は探るように言葉を選んで僕に投げかける。その内容は、僕以外の当事者二人にとって心臓に悪かったようではあるが、少年の表情が見て取れる僕にとってはただの通過儀礼的な言葉でしかない。


「言ってはないけど乗り気だよね。まぁ、僕としては、この話を君にした理由もわかってくれたらありがたいかなぁ」


「・・・・・・プランの掲示、其の他は、単純に脅しですか?」


「ないない、脅しとか。何だってそんなことを」


「手を組んだ時のことを考えていたということは、拒否された場合のことも考えているんでしょう?これと似たようなことを」


 其の言葉に僕は苦笑するほかなかったけれど、明確には返事をしなかった。それをこの少年がどう受け取るかはわからなかったけど、他の三名は確りと誤解をしてくれたようだ。ぶっちゃけそんなこと考えてなかったしねぇ。断られたら負けを覚悟でどうにかがんばろうと考えていただけだよ、ほんと。


「まぁ、話を戻すとね。そのやられ役にスカウトしたいってことかな。最初は僕がやるしかないかなと思ってたけど、君と話してみて、僕よりも上手くやってくれそうだと思ったからね」


「それは辞退します」


 残念、と呟いて溜息をつく。そんな迫真の演技を自然にできる度胸など僕にはないだけに、是非にとスカウトしてみたものの、こうも素気無く断られると、なんか込上げてくるものが有るね。それに周りの表情も悪い笑顔だし。あぁ、胃が痛い。


「それで、結局どーなるんだ?」


 そんな青年の声で、自然と少年へ視線が集まる。

 話の流れで、僕だけじゃなく、皆返事は肯定を示すだろうとは思ってるだろうけど、確かに実際口にした答えを聞いておきたいとも思う。

 僕らの視線と青年のその言葉に、少年は軽く頷くと、歳相応の爽やかで張りのある声で其の意志を言葉にした。


「よろしくおねがいします」


 青年と女性の歓声、熊さんの暖かな眼差し、それと僕の安堵の雰囲気を受けた少年は、この日顔を突き合わせてから、初めて笑みを浮かべていた。






「宮崎はどうする?」


「ん?あぁ、それなら昨日話つけといた」


 そんなさらっと出された青年の返答に、先ほどの遣り取りを丸投げされた僕としては、うれしいよな釈然としないような。まぁ、面倒が減ったんだし、これでいいんだ、と納得して、其の後は五人で軽く食事でもと、蕎麦を頼んでから会議を再開しはじめた。

 途中、そういえばこの熊さんは何でいるの? という青年の視線に、いやここまで来て除け者にするのも悪い気がすると思うし的な視線を返すことをしたりしなかったり。




 本戦まで後半日。そこでの僕の役割を考えると胃が痛むけれど、出来る限りの努力はしたのだ。後は頑張ってやるだけだろう。

 願わくば、予想通りの試合運びにならんことを。


 


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