第一話「本願寺顕如はテニスで勝ちたい。」
第一話「本願寺顕如はテニスで勝ちたい。」
第一章:喫茶『本能寺』の奇跡的な「十割の平穏」
「本日の死者は、今のところゼロ……そして、店内温度も三十五度以下……奇跡だ」
オフィス街の片隅に佇む喫茶『本能寺』のカウンター奥で、店長・明智光秀は胸ポケットから取り出した胃薬を水なしで飲み込み、感動に震えながら呟いた。
普段のこの店は地獄である。ガスも電気も通っていない厨房のメインオーブン『本能寺』は、従業員たちが過酷な労働で溜め込んだ純度百パーセントの【怒り】を熱源として稼働している。オーダーが殺到し、不満が限界突破(100%)すると店ごと物理的に爆発・全焼するチキンレース。それがこの店の日常だった。
だが、今日の午後二時。奇跡的に客足が途絶えた。
嵐の前の静けさとはいえ、これは創業以来初めて訪れた「完全なる平和」であった。
「あ、明智殿ぉぉ……! 水……水を一杯くだせぇ……!」
ホールから這いずるようにしてカウンターへ辿り着いたのは、万能バイトリーダーの羽柴秀吉だ。
モーニングの激務からランチタイムの怒涛のワンオペ接客をたった一人で完走し、彼の全身からは煤と疲労のオーラが立ち上っている。白目を剥きかけた秀吉は、光秀から渡された冷水を一気に飲み干すと、カウンターに突っ伏した。
「助かった……死ぬかと思いましたわ……。まさか今日、十五分も休憩が取れるなんて……」
「よく頑張ったね、秀吉殿。今日はもう客が来ないことを祈ろう。……ん? それはなんだい?」
光秀が目をとめたのは、秀吉が大事そうに抱えていた黒い持ち運び用ケースだった。
秀吉は周囲を警戒するようにキョロキョロと見回すと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ、これですよ明智殿! 先日、リサイクルショップのジャンクコーナーで買い叩いてきた最新の携帯・据え置き兼用ゲーム機と、大人気テニスゲームの最新作『超次元テニス・ブレイカー』です! この奇跡の十五分を使って、日頃のストレスをゲームの世界で発散しようと思いましてね!」
「ゲーム……! 素晴らしいじゃないか!」
光秀の目が輝いた。
「現実のこの店では、常に『炎上』と『破滅』の恐怖に怯えている。だが、電子の世界ならば、いくら白球を追いかけても店は燃えない! 誰の怒りも溜まらない! まさに我々に必要なのは、そうした健全で無害な娯楽だ!」
二人は早速、バックヤードの古いモニターにゲーム機を接続した。
色鮮やかな画面に映し出される、緑豊かなテニスコートとコミカルなキャラクターたち。光秀と秀吉はコントローラーを握りしめ、幼子のように目を輝かせた。
「よし、秀吉殿! 僕が万能型のベテラン選手で、君が小柄で俊敏なスピード選手だ! 健全に、平和に、ラリーを楽しもうじゃないか!」
「へい! 明智殿、行きますよーッ!」
ピコン、と軽快な効果音とともに、画面の中で白球が飛び交い始めた。
現実の過酷な労働を忘れ、純粋なゲームの楽しさに没頭する二人。
……だが。この『本能寺』という空間において、平和が三分以上長続きすることなどあり得ないのだ。
バンッ!!
「ほう、何をやっている」
バックヤードのドアが乱暴に蹴り開けられ、黒いマントを翻した男――喫茶『本能寺』の絶対的オーナー、織田信長が姿を現した。
「ひぃっ!? お、お館様!?」
「し、社長! これは決してサボりでは……! たまたま客足が途絶えた十数分間の、法的に認められた休憩時間でして――」
光秀が胃を押さえながら弁明しようとしたが、信長は意に介さず、モニターの画面を凝視した。
「ほう……テレビ画面の中で、ちびキャラどもが黄色い玉をしばき合っておるな。それが現代の『てにす』という遊戯か」
「は、はい……画面の中でキャラクターを操作し、相手のコートに球を打ち返す遊びでございます」
「ふん、くだらん。大の大人二人が、小さな画面に向かってボタンをパチパチと叩いて何が面白い。実戦の槍働きに比べれば、児戯にも等しいわ」
信長は鼻で笑い、興味を失ったように背を向けようとした。
その時であった。
カランコロン、と澄み渡るベルの音が店内に響き渡った。
「やあ、信長殿。実に香ばしいブラックコーヒーの焦げ臭さが、我が店まで漂ってきていましたよ」
涼やかな声とともに姿を現したのは、隣接する最高級カフェ『本願寺カフェ』のオーナーにしてマスター――本願寺顕如であった。
第二章:隣のパーフェクト超人と、狂気の脳内変換
顕如は、雪のように白い高級シルクのシャツに身を包み、手には自慢の特注宇治抹茶パフェが乗った銀のトレイを抱えていた。その立ち振る舞いは優雅そのものであり、煤と汗にまみれた『本能寺』のバックヤードにはあまりにも不似合いな光景だった。
「顕如……貴様、また余の店に煽りに来たか」
信長が不機嫌そうに目を細める。
「滅相もありません。我が店の新作パフェの試作が完成いたしましたので、哀れな隣人へお裾分けに伺ったまで。……おや?」
顕如の視線が、バックヤードのモニターへと向けられた。
「これは……『超次元テニス・ブレイカー』ですか。信長殿、あなたほどの男が、そのような電子の玩具に興じておられるとは。やはり経営の行き詰まりによる現実逃避でしょうか?」
「ハッ! ぬかせ顕如。余がこの画面の中の玉打ちをやっていたのではない。この光秀と秀吉という愚か者どもが、くだらん戯れに興じていただけだ」
信長は嘲笑を浮かべ、コントローラーを指で突いた。
「白球を交互に打ち合い、枠の中に落とすだけの単純な遊戯だ。こんなもの、何が面白いのだか理解できん」
「……何?」
その瞬間。
本願寺顕如の眉間が、わずかにピクリと動いた。
(……今、信長は何と言った……?)
顕如の脳内で、思考の歯車が狂った音を立てて高速回転を始めた。
『白球を交互に打ち合い、枠の中に落とすだけの単純な遊戯』
『何が面白いのだか理解できん』
(……バカな。騙されるな顕如! あれは織田信長のブラフだ! あやつは今、「テニスなど自分にとって易すぎる」と暗にほのめかしたのだ! つまり……「貴様(顕如)ごときにこの高度な空間支配ゲームが理解できるか」と、私を挑発しているのだ……!!)
顕如の瞳の奥に、恐ろしいまでの狂気の炎がチロチロと燃え上がった。
本編『喫茶厨房本能寺』において、顕如は圧倒的な資金力と組織力を誇る「完璧な王者」として描かれている。だが、彼にはただ一つ、致命的な狂気があった。
それは――**「織田信長に対する異常すぎる対抗心と執着」**である。
顕如にとって、人生のすべての出来事は「信長との勝負」でなければならなかった。
昼飯の店選びも、コンビニで買うお茶の銘柄も、サウナの耐久勝負も、すべては「信長に勝つか、負けるか」の二択。
そして今、信長が目の前で「テニスゲーム」の存在を示した。
顕如の狂った戦国脳内では、すでに目の前のカジュアルなテレビゲームが、**【本願寺 vs 織田軍:電子版・石山合戦】**へと完全に変換されていた。ただの緑のコートは、彼にとって畿内の勢力図そのものだ。
「……ふふふ」
顕如が、低く、おぞましいほど静かな笑い声を漏らした。
「どうした顕如。気でも狂ったか?」
信長が眉をひそめる。
「いいでしょう、信長殿。そこまでおっしゃるのなら……私がその『くだらん戯れ』とやらで、貴殿に引導を渡して差し上げましょう」
「あ?」
「勝負です、信長!!」
顕如はバッと腕を広げ、朗々と宣言した。
「貴殿がそのゲームを容易いと宣うのなら、我が本願寺の誇りをかけて、その鼻柱を折り砕いて見せます! いざ、コートという名の戦場にて決着をつけようではありませんか!!」
「け、顕如さん!? たかがテレビゲームですよ!?」
光秀が悲鳴を上げた。
「パフェを置いて早く帰ってください! なんでそんな大袈裟な話になってるんですか!?」
だが、煽られた信長の口角もまた、凶悪に吊り上がった。
「ガハハハハ! 面白い! 貴様のような堅物が電子の世界でどんな無様な顔を晒すか、見ものだな! いいぞ顕如、揉んでやる!」
「決まりですね。では、シングルスで――」
「待て」
信長が制した。
「一人でカチカチやるのは退屈だ。ダブルスでやるぞ。二対二の合戦だ!」
第三章:地獄のダブルス結成と、不穏なペアリング
「ダブルス……! よいでしょう!」
顕如は力強く頷いた。
「戦とは本来、個の武勇のみならず、組織の連携によって決するもの! 我が本願寺の組織力の深さを見せてくれましょう!……で、信長殿。ペアはどうしますか?」
「決まっているだろう」
信長がニヤリと笑う。
「まさか貴様、余とペアを組むつもりではあるまいな?」
「ハッ! 冗談ではありません! 誰が貴様のようなコンプライアンスの欠如した狂人とペアなど組むか! ゲスの極みです!」
「けっ、誰が貴様のようなクソ真面目な説教臭い坊主と組むか! 息が詰まってゲロが出るわ!」
二人の意見は一瞬で一致した。【信長と顕如は絶対にペアを組まない】。これだけは世界の絶対真理であった。
「ならば、誰と組むか……」
信長が室内を見渡す。その視線が、白目を剥いて壁にへばりついていた秀吉に突き刺さった。
「おい、秀吉」
「は、はいぃっ!?」
「貴様が余のペアだ。余の足となれ。玉がどこに来ようと、すべて拾って余にトスを上げろ」
「えぇぇぇぇっ!? お館様、俺はあと十分で休憩が終わってホールに戻らなきゃいけないんですよ!? なんでゲームでも社畜として酷使されなきゃいけないんですか!?」
「黙れ! 余の命令が聞けぬか! 負けたら明日のモーニングから深夜の仕込みまで不眠不休で四十時間ワンオペさせるぞ!」
「理不尽すぎるぅぅぅ!! わかりましたよ、やればいいんでしょやれば!!」
秀吉は半泣きになりながら、セカンドコントローラーをひったくった。
「……フフフ、信長殿。優秀な手駒を配下に収めた気でいるようですが、甘いですね」
顕如がゆっくりと振り向き、光秀を見つめた。
「な、なんですか顕如さん……その温かい、しかしどこか狂気を孕んだ瞳は……」
「明智殿」
顕如は光秀の手を両手で優しく握りしめた。
「我がペアになっていただきたい」
「嫌ですよ!! なんで僕が隣のカフェのマスターとペアを組んで、自分の店の社長と戦わなきゃいけないんですか! 謀反ですか!? これは僕に対する謀反の誘いですか!?」
「違います、明智殿」
顕如は真面目な顔で首を振った。
「私は知っています。貴殿が日々、この信長という暴君の理不尽な無茶振りに耐え、崩壊寸前の『本能寺』を驚異的な粘り強さで支え続けていることを。貴殿のその『死に体の粘り』こそ、我が本願寺が誇る鉄壁の防衛戦術に最も必要な要素なのです!」
「褒められてる気がまったくしない!!」
「お願いです、明智殿! 私に……私に、信長を打ち倒す力を貸してください! 頼むから勝たせてくれぇぇっ!」
「最後本音がダダ漏れてますよ顕如さん!!」
「いいからやれ光秀ぇぇッ!」
信長が横から一喝した。
「貴様が顕如と組んで余に叩きのめされる! これ以上の余興がどこにあるか! 四の五の言わずにコントローラーを持て!」
「うう……胃が……僕の胃が痛い……っ!」
光秀は震える手でサードコントローラーを握りしめた。
こうして、史上最悪のダブルス戦の組み分けが完了した。
* 【織田信長 & 羽柴秀吉】チーム
* 【本願寺顕如 & 明智光秀】チーム
第四章:白球に宿る怨嗟と、顕如の異常な集中力
キャラクター選択画面。
* 信長:パワータイプの巨大な岩石装甲をまとった重量級モンスターを選択。「ガハハ! 暴力こそ力よ! この怪物で蹂躙してやる!」
* 秀吉:スピードタイプの小柄で俊敏な少年型選手を選択。「俺の足で全部拾ってやる……!」
* 顕如:オールラウンドタイプの赤いヘッドバンドを巻いた、妙に愛想のいい万能型のベテラン選手を選択。「王道にして完璧。隙はありません」
* 光秀:ディフェンスタイプの黒いロングコートをまとった長身の守備型選手を選択。「この長い手足のリーチだけが頼りです……」
『プレイボール!!』
電子音が響き、試合が始まった。
最初は、ごく普通のゲームとして進むはずだった。
「ふははは! 食らうがいい顕如! 余のサーブだッ!」
信長が操作する巨大な岩石装甲の怪物が、猛烈なフラットサーブを叩き込む!
バシィィィン!!
「甘い!!」
顕如の赤いヘッドバンドのキャラクターが、寸分の狂いもないジャストタイミングでレシーブ! 白球は美しい軌道を描いて、秀吉の足元へと落ちる!
「ああっ!? す、スピードタイプでも届かない角っこ!?」
秀吉の少年型選手がギリギリで届かず、第一ポイントは顕如&光秀チームへ。
『15―0!』
「ぬうっ! 秀吉ぃ! なぜ拾わん!」
「無茶言わないでくださいお館様! 今のは顕如さんのコース取りが変態的に完璧だったんです!」
「フフフ……見よ、信長殿!」
顕如はコントローラーを握り締め、メガネの奥の目をギラリと光らせた。
「これぞ、我が本願寺が長年培ってきた『石山防衛陣形』! 相手の攻撃力を削ぎ、最も嫌なコースへ白球を流し込む! 画面のドット数まで計算し尽くした我がコントロールの前に、貴殿の暴力など無力!」
「顕如さん、いつの間にドット数まで計算したんですか!?」
光秀がツッコミを入れるが、顕如の耳には届いていない。
「来い、信長! 貴殿の力任せのショットなど、すべて打ち返してみせる!」
「ぬかしたな坊主! 秀吉、トスを上げろ! ボレーで叩き潰す!」
「へ、へいっ!」
ここから、試合は常軌を逸した熱量を帯び始めた。
信長はコントローラーのボタンを割れんばかりの力で連打し、画面内のモンスターに強烈なスマッシュを連発させる。
「死ねぇ! 叩き潰せぇぇ!」
対する顕如は、滝のような汗を額に浮かべながら、完璧なジャイロ操作とレシーブでそれを拾い続ける。
「南無……! 南無阿弥陀仏……! 受け流す! 貴殿の理不尽な圧力を、すべてこのコート内で吸収する……!」
「うおおお! 俺は仕事に戻りたいんだぁぁぁ!」
秀吉の少年型選手が残像を描きながらコート狭しと暴れ回り、
「なんで僕まで巻き込まれてこんなギリギリの守備をさせられてるんだぁぁっ!」
光秀の黒いロングコートの長身キャラが長い手足を伸ばして死に物狂いでフォローする。
一進一退の攻防。
互いに五ゲームずつを取り合い、最終ゲームまでもつれ込んだ。そこからさらにポイントを奪い合う大接戦となった。
だが、プレイヤーたちの精神状態は、すでにゲームの域を超えていた。
「ハァ……ハァ……信長……! なぜだ……なぜ貴様は折れん……! たかがゲームの勝負に、なぜそこまでの殺気を込められるのだ……!」
顕如は呼吸を乱し、コントローラーを握る指先を白くさせながら叫んだ。
「勝ちたいからに決まっているだろうが!」
信長は狂気的な笑みを浮かべ、画面を睨みつけていた。
「勝負と名がつくものにおいて、余が敗北を喫するなど万に一つもあり得ん! ルールがあろうがなかろうが、相手を完膚なきまでに叩きのめす! それが織田信長よ!」
(……こ、この男は……!!)
顕如の全身に、鳥肌が立った。
(やはりそうだ……! 織田信長という男は、現代の喫茶店オーナーとして生きていようが、電子の世界に入り込もうが、根底にある狂気は何一つ変わっていない! だからこそ……だからこそ、私はこの男に勝ちたいのだ!!)
顕如の脳内で、信長への「歪んだ執着愛」が爆発した。
「勝つ……! 私が勝つ!! 信長、貴様をこの電子のコートでひれ伏させてやるぅぅぅ!!」
第五章:フィーバーショットと、コートの炎上
『マッチポイント!!』
両チームの「フィーバーゲージ」が、ついに最大値(100%)まで溜まった。
ゲーム本来の仕様であれば、ここは単なる必殺技の解放を告げる眩いエフェクトが走るだけのはずだった。
「よし……! 溜まったぞ秀吉ィ!」
信長が凶悪に叫んだ。
「行くぞ顕如! 余と秀吉の『ブラック企業労働・絶望の爆裂パワーショット』を受け止めてみよ!!」
「お館様、名前が不穏すぎますよぉぉっ!?」
秀吉が叫ぶ間に、信長は画面上の重量級モンスターに必殺技のコマンドを入力した!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
異変が起きた。画面の中のキャラクターが超巨大化すると同時に、ラケットに青黒い禍々しいオーラが収束し始めたのだ。それは、ただのゲームのプログラムではない。現実の喫茶『本能寺』の従業員たちが日々吐き出している『怒り』と『過労』の怨嗟エネルギーが、ゲームの「フィーバーシステム」を完全にジャックし、強制的に電子世界へと引き込まれた結果だった。
「喰らえぇぇぇッ!! 【本能寺・限界突破・ブラック・スマッシュ】ッッ!!!」
ドバァァァァァンッ!!!!!
画面から白球が消えた。
いや、消えたのではない。あまりの超高圧と摩擦熱により、白球が巨大な**『火の玉』**と化して、音速を超えて顕如&光秀陣営のコートへと飛来したのだ!
「なっ……何という威力……!? 画面が……画面の演出が狂っている!?」
光秀が恐怖で腰を抜かす。
だが、顕如は退かなかった!
「させるかぁぁぁぁぁぁッ!!」
顕如は目を血走らせ、コントローラーを突き出した!
「我が本願寺の歴史! 信仰の力! そして信長への絶対的な勝利の執念!! ここで折れてたまるかぁぁっ! 必殺――【極楽浄土・ジャストジャイロ・カウンター】ォォォッ!!!」
奇跡が起きた。
顕如は、音速で迫る火の玉ショットに対し、一ミリ秒の狂いもない完璧なタイミングでレシーブボタンを叩き込んだのだ!
ガシィィィィィンッッッ!!!!
画面内で凄まじい衝撃波が巻き起こり、白球(火の玉)は顕如のラケットではじき返された!
「や、やったぁぁぁ! 返した! 顕如さんが返したぞ!!」
光秀が歓喜の声を上げた。
……しかし。
顕如が完璧に打ち返したはずの白球は、あまりの熱量と摩擦エネルギーを保持しすぎた結果、物理的な飛翔軌道を完全に逸脱した。
シュゥゥゥゥゥ――……
ドッッッッッッッッカン!!!!!!!!
「ギャアァァァァァッ!?」
返球された火の玉は、信長陣営ではなく、自陣のコート――**【明智光秀が操る黒いロングコートの長身キャラクターの足元】**へ向かって大爆発を起こしながら着弾したのだ!
ズズズズズズ……ッ!
画面内のテニスコートが、ゲームの特殊エフェクトの枠を超え、一面「青赤の激しい炎」と黒煙に包み込まれた。黒いロングコートの長身キャラクターは無惨にも黒焦げになり、画面には無情にも**『GAME OVER』**の文字が踊った。
第六章:結末はいつも――
バックヤードに、重い静寂が訪れた。
ゲーム画面の中では、炎上するコートの真ん中で、黒焦げになった黒いロングコートのキャラクターがピクピクと痙攣している。
そして――。
現実のバックヤードでも、まったく同じ光景が広がっていた。
光秀はコントローラーを握りしめたまま、魂が抜けたような顔で画面を見つめていた。その全身からは、なぜか煙が立ち上り、顔は煤で真っ黒になっていた。
「あ……あ……」
光秀の口から、悲痛な掠れ声が漏れ出た。
「コートが……ゲームのコートが……火だらけに……爆発して……燃えている……」
「あ、明智殿……?」
秀吉がおそるおそる声をかける。
光秀はゆっくりと立ち上がり、血走った目で画面を指差しながら、店内中に響き渡る大音量で絶叫した。
「まるで……まるで、毎日の『本能寺』の厨房のようじゃないかーーーッ!!!!」
光秀は胸ポケットから胃薬の箱を取り出すと、水なしで五錠まとめて口に放り込み、ガリガリと噛み砕いた。
「なんで……! なんで電子の世界のテニスゲームでまで、僕は店が物理的に全焼するトラウマを思い出さなきゃいけないんだぁぁぁッ! 焦げてる! 画面のキャラも、現実の僕の胃も、全部黒焦げなんだよぉぉぉッ!」
光秀はそのまま膝から崩れ落ち、床に伏して号泣した。
「…………」
その光秀の凄絶すぎる叫びと、全身から漂うリアルな絶望のオーラを見て。
今まで信長への執着で狂い咲いていた本願寺顕如が、ハッと我に返った。
(……え?)
顕如は、引きつった笑みを浮かべたまま、目の前で胃薬をガリガリ噛み砕いて泣いている光秀を凝視した。
(『毎日の本能寺の厨房のよう』……? 今、明智殿は確かにそう言ったか……?)
顕如の頭の中で、恐ろしい計算が弾き出された。
(ゲームのコートが火だらけになり、爆発し、黒焦げになるのが……『毎日の厨房』……?? つまり……この喫茶『本能寺』の従業員たちは、普段から爆発と火柱の中でホットサンドを焼いているというのか……? どんな過酷で違法なブラック労働環境で仕事をさせられているのだ……!?)
顕如の顔から、スーッと血の気が引いていった。
「……あ、明智殿……」
顕如はドン引きしながら、一歩後ずさった。
「貴殿らは……普段、一体どのような地獄で生活しておられるのですか……? 我が本願寺のコンプライアンス基準では、考えられない惨状ですが……」
「ガハハハハハハハ!」
対照的に、信長は大腹を抱えて大爆笑した。
「見たか顕如! これが我が『本能寺』の火力よ! ゲームのシステムなど知ったことか! 画面ごとき、余と光秀の怨嗟の熱量で強制的に燃やし尽くしてやったわ!」
「俺の10分休憩が終わっちゃいましたよぉぉぉっ!」
秀吉が時計を見て悲鳴を上げた。
「結局ゲームでも酷使されて、1ポイントも爽やかに取れずに終了ですか!? 理不尽だぁぁぁっ!」
「ふん、満足したわ」
信長はコントローラーを投げ捨てると、満足そうにマントを翻した。
「おい光秀、いつまで倒れている。休憩は終わりだ。仕込みを始めよ」
「うぐぅぅぅ……はい……ただいま……」
光秀はボロボロになりながら這い上がり、厨房へと消えていった。
残された顕如は、手にした宇治抹茶パフェを見つめ、そして静かに冷や汗を拭った。
「……信長殿」
「ん? まだ何かあるのか顕如。もう一戦やるか?」
「……いえ」
顕如は胸に手を当て、深く呼吸を整えた後、毅然とした態度で信長を睨みつけた。
「今日は……今日のところは、この勝負、引き分けにしておきましょう。画面が燃えて勝敗が有耶無耶になりましたからね。……ですが、勘違いしないでいただきたい!」
顕如はバッと指を突きつけた。
「私は……本願寺顕如は、絶対に貴殿に勝ちます! 次こそは、このような不透明な結末ではなく、完全なる勝利を収めてみせますよ!」
「フン、返り討ちにしてやるわ。いつでも来い」
「失礼する!」
顕如は優雅に、しかしどこか早足で『本能寺』を後にした。
自分の店である『本願寺カフェ』へ戻る道中、顕如は一人でつぶやいた。
「……ふぅ。恐ろしい店だ、本能寺。あのような狂気の空間に毎日通っていたら、私の精神が保たない。……ところで」
顕如はスマホを取り出し、秘書である下間頼廉に電話をかけた。
「頼廉か。私だ。……至急、最新の『ドタバタカートレース』と、ハンドル型の専用コントローラーを四人分購入しなさい。……なに? なぜかだと? 決まっているでしょう」
顕如の瞳に、再び狂気の炎が灯った。
「信長に……勝つためだ!!」




