第1章 誠意
「よし、だいぶ慣れてきたぞ。」
大学とバイトを自主的に休んで3週間、この片目での生活にも慣れてきた。最初の4日くらいは、片目が見えないことによるショックで寝込んでいたけど、もう見えなくなってしまったものはしょうがないものとして消化した。それに、ポジティブに考えたら僕の片目で未来ある子供の命が助かったんだし。そう考え始めると、僕の心も自然と軽くなっていった気がする。
そこからは片目でも普通に生活ができるよう独学で訓練をした。昔テレビで見たことあったけど、片目しか見えないと本当に遠近感が掴みづらくなってて、最初の頃はあちこちにぶつかったり転んだりした。…………まぁ、転んだ理由は代償で足がもつれやすくなってるっていうのもあるだろうけど。でも人間の身体の不思議なところで、何度もトライアンドエラーを繰り返しているうちに、残った身体機能で補おうとするようにできているらしく、一昨日くらいになってようやくまともに真っ直ぐ歩けるようになったし、日常動作もある程度は問題なく行えるようになったわけである。
「もう1つ大きな収穫があるとしたら、代償で支払ったものはセレクターでも取り戻せないってこともわかったことかな。」
そう、セレクターの代償で失ったものは当然というべきか、取り戻すことができなかった。正直、片目が見えないというのは不便すぎるし心底嫌だと思ったんだけど、それでも頭の中にそれに関する選択のボードは出てこなかった。僕にセレクターを与えた存在が何ていう名前の悪魔かは知らないけど、支払ったもの(僕からしてみたら殆ど強奪に近いけど)を返す気はサラサラないようである。だからこそ、先輩が言っていた“悪魔の力”っていうものに信憑性がでてきたんだけど。新しい日常生活に慣れてきて、自分の思考にある程度余裕が出てきたからか、ふと視界の端で光るスマホが目にとまった。
「……そういえば訓練するのに必死でスマホも全然見てなかったな。光ってるということは何かしらの通知が来ているってことなんだろうけど…………なんじゃこりゃ!?」
予想通り、確かに通知、というかRAINが沢山来ていた。主に明香里先輩から。RAINの通知が先輩だけで100件以上来ている。そういえば最後に先輩に会ったのってあの日のだったな。その後は僕が自分のことで手いっぱいだったから、何も説明とかしてなかったし。
「なんか、改めて先輩にはすごく悪いことをしちゃったなぁ。そりゃ顔面蒼白であんな別れ方をした後に音信不通になったら心配するよな。」
きっと先輩のことだ。『私が悪いんだ〜っ』て自分を責めているかもしれない。早めに返事を返しておこう。
『先輩、ご心配をおかけしました。ちょっと体調が優れなくて、返事も返せませんでした。もう大丈夫です。お詫びと言ってはなんですが、今度何か奢らせてください』
よし、これで送信っと。さて、次に返事を返さないといけない人は……と思ってたら爆速で先輩から返事が返ってきた。
『駅前のケーキ屋さん。陽ちゃんの奢りで!日曜日の10:00に改札前集合だからね!絶対だよ!』
どんな怒りのメッセージが来たのかと身構えていたのになんだこの人、怒り方までかわいいな。心配かけた手前、不謹慎だとは思うけど。
『わかりました。一番いいものをご馳走します!約束です。』
「よし、先輩はこれでいいとして……次は翔だな。」
先輩とは違い、翔からはそんなにRAINは来ていなかったが、それでも10件くらいは来ていた。最後に届いたメッセージは5日前で、
『落ち着いたらでいい。連絡してくれ。待ってるから。』
普段から毒を吐いてくるし、一歩引いた所で全体を見ているようなやつだけど、この距離感が今の僕には心地いい。
「翔は僕を信じて待っててくれたんだな。なら……ちゃんと全部話すべきだよな。」
それが翔に対する精一杯の誠意だと思うから。それに、大学に入って以来の友達だしな。僕は静かに決意し、翔に一言だけメッセージを送った。
『明日会って話したいことがあるんだ。』




