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可能性の選択  作者: 桃鍋
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第5章 命の代償

「どうしたの?陽ちゃん、顔色が真っ青だよ。体調が悪いなら今日はもう帰った方がいいよ。」

 あの後、どんどん青ざめていく僕を心配し、先輩に帰って休むよう言われて部室を後にしたのが20分前。今日はバイトもないし、そのままアパートに帰る気にもなれなかったから、公園のベンチで一人途方に暮れていた。少し思考をまとめたかったっていうのもある。

「…………悪魔の力。」

 思い返せば思い返すほどに、なるほど筋が通っている。真実は今のところ誰にもわからないから、あくまでも推測の域を出ないけど、今の僕にはそれで十分だ。足がもつれだしたのは、これまで何十回と取るに足らない願望を叶えたことによる代償の蓄積から、足の運動機能が衰えたのだろう。タチが悪いのが、小さな改変だと1回が本当に微々たる代償しかないことか。恐らく自覚していないだけで、他にも身体機能が低下していると考えた方がいい。そして決定的なのが、親睦会前の改変だ。あの時は根本的に様子がおかしかった。通常ならば選択した瞬間にそこまでの過程が改変されていたが、あの時は時間が遡った。不幸中の幸いなのは、遡った時間が20分ほどだったからあの程度の代償で済んだのだろう。まぁ、少しだけとはいえ、味覚異常をあの程度と言えるかは別だけど。

「先輩の話では悪魔の力ってことだけど、実質悪魔との一方通行の契約に近いよな。」

 力を授かることに人間の同意は必要なく、当然のように拒否権はない。しかも些細なことで力が勝手に発動して止める術がないという最悪のおまけ付きだ。

「……うん、やっぱりこの力を使うのはこれっきりにしよう。発動条件はほとんどわかってるんだし、気持ちの持ちようでそのうちボードも出てこなくなるっしょ!」

 段々といつもの調子を取り戻してきた。そうだよ、使わなければそもそも払う代償なんてないんだから。

「いや〜難しいことばっかり考えてたら腹が減ってきたなぁ〜。なるべく酸味がありそうな物を避けるようにして、今日はスーパーでお惣菜でも買おうかな。」

 考え事をしている時はわからなかったけど、公園をよく見渡したら子供も結構いるな。時間的にそろそろ門限なのか、子供たちも公園から帰ろうとしている。おっ、小学校低学年くらいの男の子が横断歩道に向かって手を振っているな。もしかしてお母さんでも見つけたのか、横断歩道に駆け出していった。ふと、その男の子の頭上に目が止まった。横断歩道の信号は赤色だった。

 キキーッ!グチャ!

「……………………………………は?」

 音にしてみればそんな音だったと思う。トラックの急ブレーキ音。何か水風船が潰れたような音。立ち上がる悲鳴。

 なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ

 わけがわからない。理解したくない。周りの喧騒が雑音としか認識できない。でも、どこか冷静な頭が拾った雑音から状況を理解していく。男の子が赤信号を飛び出してトラックに轢かれた。よっぽどスピードが出ていたのか、轢かれた子供の上半身は原型がなくただの肉塊になっている。頭が真っ白になっていく。思考がまとまらない。そんな中、僕の頭の中にあのボードがゆっくりと出現し、選択を余儀なくする。


『運命を変えますか?

 A.飛び出す子供を引き止める時間の獲得

 B.諤悶>繝昴う繝ウ繝遺蔵隕九◆縺薙→辟。縺?シ 「蟄励′諤悶>

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 明らかにあの時の比じゃないくらい歪な選択肢だ。質問もシンプルになっていて、相変わらず実質1択になっている。ほとんど確信に近いが、支払う代償は今までの比ではないだろう。でも、それでも、ここでAを選ばなければ一生後悔をするような気がする。

 瞬間、世界は反転した。脳に直接雷を落とされたような衝撃が走り、思わず目を瞑る。一瞬の出来事だったが、目を開けたらそこには、横断歩道に向かって手を振っているさっき轢かれて死んだ男の子がいた。男の子が駆け出そうとした瞬間、僕も男の子に向かって全力で駆けながら叫んだ。

「待て!止まれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 腹の底から叫んだかいもあり、男の子は僕の方を振り向いてキョトンとしていた。次の瞬間、トラックがものすごいスピードで通り過ぎていき、男の子はその場にへたり込んでしまった。何とか間に合った。…………助けることができた。

 息も絶え絶えに男の子の元に駆けつけ、男の子を立ち上がらせながら僕は「ちゃんと信号は見て渡ろうな!」と一言だけ注意をした。横断歩道の対岸にいたのはやっぱりお母さんだったようで、慌てて駆けつけた後、めちゃめちゃ感謝された。親子が見えなくなるまで手を振りながら僕は身に起こった代償を否が応でも自覚してしまった。男の子が助かってへたり込んだ瞬間、それまで見えていた右目が完全に見えなくなっていたのだ。まるで停電で部屋が急に暗くなった時のように。

 あぁ、人1人の命を救うほどの代償はここまでキツイのか……。

 夕焼けの沈んでいく公園は、左半分は眩く、右半分は真っ暗闇となっていた。

第1幕 [完]

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