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可能性の選択  作者: 桃鍋
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第1章 半端者にできること

 “狂うという感覚”、その欠如がもたらす影響について、僕は最初よく理解ができなかった。正気でい続けることなのはわかる。だからこそ、どんなに代償を払い落ち込むことがあっても、僕は今まで生きてこれたんだし。それって何があっても前に進み続けることができるってことだから、今までの代償に比べたらメリットが大きいんじゃないかな?でも、あの後落ち着いた翔が虚ろな目で俯きながら、僕に事の重大さを教えてくれた。

「……狂えないってことはな、何があっても正気でい続けるってことはわかるよな。つまりお前は極限状態で感情が沈み、一時的な鬱状態にはなるんだろう。現にお前は痛覚を失った時、正にそんな感じだったからな。……でも、本質的なところでその先にいくことはできない。何があっても一人でマイナスの感情を爆発させることができない。感情の一線を超えることができないってことなんだよ。」

 そこまで一息に説明した翔は顔を上げる。その瞳に光は宿っておらず、暗い絶望の色が支配していた。

「先輩と旅行に行った時に多少溜め込んでいたストレスを出せたから、表面的にはわからなかったかもしれないが、あの時も当事者としての孤独感からくる悲しみが少し表に出ただけだ。もっと本質的な、恐怖や命を脅かす場面でお前は生物の根源的な防衛行動となる“狂う”という選択肢が取れない。内側から自分を守ることができない。…………それは生物としてあまりにも異質なことなんだよ。」

 そこまで翔に説明されて、初めて狂えないことがどんなに歪なことか理解できた。その後、翔はしばらく一人になりたいと言い公園を後にしたけど、僕はその背中になんて声をかけたらいいのかわからなかった。それが約二週間前のことだ。

 あれから翔は大学に来ていない。翔に言われた言葉は確かにショックではあった。けど、同時に親友の口からあそこまで言わせてしまった、それまで歪だと気がつけなかった僕自身に心底腹が立っている。いっその事セレクターを使えば、翔の心を楽にできる選択ができるんじゃないか?そんなことも思ったけど、真っ先にこの考え方をしてしまうことこそがダメなんだろうな。代償で何を支払うことになるのかわからないのに、誰かが困っている、犠牲になろうとしていたら、自分を勘定に入れずに力を使う、それこそが翔を追い込んでいたというのに。それに仮に力を使えたとしても、自分のせいで僕が何かを失ったら、それこそ翔が喜ぶはずがない。それだけは断言できる。

 それまで自分の中で思考を整理していた僕はハッとした。狂えないことで己の優先順位が無意識に下がる。その結果もたらされる己への不利益を“仕方ない”で済ませてしまう。これまでもそうだった。………もしかしたら、翔の言うとおりいざというとき自分を守ろうと思えない僕は、“ただ生命活動が続いている”だけの、もう生きているとは言えない“人間もどき”なのかもしれない。

「“人間もどき”、か………………フフッ、今の僕にはお似合の表現かもしれないな。…………でも、だからといって親友を放っておく理由にはならないよな。」

 この前先輩に翔のことを聞かれた時に「少し時間をください、必ず何とかします」って言ったけど、結局思考が堂々巡りになるし、ろくでもない思考に偏っていくしで、僕一人じゃ何もできないことを痛感した。だからこそ、こういう時は皆の力を素直に借りようと思う。海月には後で直接言うとして、僕は先輩の力を借りるために、講義中にも関わらず机の下でスマホを操作し、RAINのメッセージを送った。

狂えないなら、ただ前に進むのみ

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