第5章 無償の愛
あれから海月が落ち着くまで抱きしめた後、当初の予定通り1週間ほど僕の部屋に寝泊まりするのだろうと思っていた僕は、完全にその考えが甘かったことを思い知った。
「やだ。帰らない。ウチはお兄と一緒にこの部屋に住むもん!」
さっきまでの怯えぶりはどこへ行ったのか、どうやら海月は完全に僕の傍を離れないことを決意してしまったらしい。こうなるとテコでも僕から離れなくなるぞ。余談だけど、小さい頃からたまに海月は僕にしがみついて離れなくなることがあったから、如月家では海月のこの状態を“コアラモード”って言っている。
「…………もしかして、お兄はウチがいない方がいいの?ウチ……お兄の邪魔になっちゃった?」
そう言って海月の目にまた涙が溜まりだす。
「あぁ!大丈夫、邪魔とかじゃないから!よしわかった!じゃあ母さんに聞いてOKが出たらここにいていいから!」
どうも僕は海月の涙に弱い。昔この子が虐められている時に、散々泣いてる姿をみて僕自身悔しい思いをしたからなのか、海月が泣きそうになるとつい甘やかしてしまう。まぁ、家族の中でも僕にしかそのように甘えてこないから、結局かわいい妹のために何とかしてしまうことになってしまうんだけど。とはいえ、ずっとこっちにいるとなると、さすがに僕だけの判断でどうこうはできないから保護者の許可を得ないといけない。そう思いながら僕は約一年振りに母さんに電話をした。
「あっ、もしもし。母さん久しぶり。」
《ん?おー、誰かと思ったら愛しの我が息子じゃない。どしたの急に?彼女でもできた報告?》
「いや、違うけど!?ってそうじゃなくて、海月がこっちに来てることなんだけど。」
《あー、1週間くらいアンタんとこ泊まるんでしょ?なに?やっぱり彼女出来たから、ヤラピーことしたくて海月帰らそうとしてんの?かーっ、孫が見れる日も近いのかね〜。》
「違うから!ていうか普通息子にそういうこと聞いてこないでしょ!?」
ダメだ、やっぱり疲れる。悪い人ではないんだけど、基本的に超がつくほどマイペースで、思ったことを全部言う人だから必然的に僕がツッコミ役に回ることになる。普段なら、これは翔の役割で僕がボケ役なのに。
「そうじゃなくて!海月がしばらくこっちに居たいって言うんだけど、一応母さんにも確認しておこうかなって。」
《しばらくそっちに居る〜?…………あー、あの子もしかしてコアラモードに入っちゃったんだ。まぁ私は別にいいし、父さんも多分何も言わないとは思うけど…………うーん、ちょっとみーちゃんに変わってくれる?》
母さんから言われた通り僕は海月にスマホを渡した。
「もしもしママ?…………うん、…………うん、…………うん、わかった!約束する!ありがとうママ!」
どうやら無事に許可が降りたらしく、海月は満開の笑みで僕にスマホを返してきた。通話を切ってないから、どうやらまた僕に代われということらしい。
《じゃあよー君、悪いんだけどみーちゃんのことよろしくね。それと……アンタもたまには帰ってきなさいよ。美味しいもの作ってあげるから。それじゃ、そういうことで。》
そう言って電話を切られた。どうやら海月は、月に一度の登校日には家に帰ること、課題はちゃんとやること、僕に迷惑をかけないことを約束できるなら僕のところにいてもいいと言われたらしい。
「お兄。これからお兄の代わりに家の掃除や料理はウチがやるからね。フツツカモノ?だけどよろしくお願いします。」
最後の挨拶は意味わかって使ってるのか疑問が残るけど、ともかく海月が僕の部屋に住むことになった。まだ翔や先輩からのセレクターの調査報告も聞いていないし、二人にも海月のことを紹介しないとだし、何なら新しい代償やルールも説明しないとだし…………まだまだ問題は山積みだ。でも、大切な妹、家族が傍に居てくれるという安心感が、不思議と僕の口元を緩めていた。窓の外を見ると、風が強く寒空が広がっていた。もうすぐ、冬が来る。




