第4章 帰還
海月の手を引き、なんとかボクのアパートまで帰り着くことができた。存在を認知出来なくなったばかりの自身の左手が信用できず、咄嗟に右手で海月の手を取ってしまったから、なるべく右側の歩道を通るようにした。これなら僕は“見ることができる左目”の視界に車道を入れることができるから、万が一車両が突っ込んできても直ぐに存在を知ることができる。最悪の想定をし、絶対に海月に危害が及ばないようにしていたけど、無事に(と言っていいかわからないけど)帰ってこれたことに安堵した。
ひとまず僕は、まだ震えながら僕の手を掴んでいる海月をベッドに腰掛けさせる。
「とりあえず、水を注いでくるからちょっと待ってて。直ぐに戻るから。」
そう言ってゆっくりと海月から離れ、台所に向かう。水を注ぐために、試しに左手を使ってコップを持ってみた。予想どおり、どうやら物自体は掴めるらしい。でも、やっぱり自分自身が物を掴んでいる、掴むために力を入れている感じがわからない。例えるなら、肘から先がマジックハンドみたいな物を掴むための道具のように感じてしまう。だから、コップを持ち上げる時も、必要以上に力を入れすぎないように、左手を目で見て“記憶にある手の形”をとるようにして、力の入れ具合を調整するしかない。こんな時に思うのもアレだけど、人間の脳って適応力がすごいなと思った。
「ほら、海月。とりあえずこれ飲んで落ち着け。」
そう言ってベッドに腰掛けて座っている海月にコップを手渡す。海月はずっと俯いたままだったが、コップが目の前に来ると両腕で受取り少しずつ水を飲んだ。コップの水が半分ほどなくなった頃に海月がポツリポツリと話し出す。
「お兄…………さっきのあれ、何?まるで……目の前で起こった出来事が無理矢理書き換わっていくような…………気に入らない話の書かれたページを破りさって差し替えるような………………そんな不快感。」
海月はまた小さく小刻みに震えだす。その声は涙声になっていた。
「それに…………さっきお水を渡してくれた、お兄の左手………………目の前にあるはずなのにあるって言えないの…………そこだけお兄だと思えないの!わからない…………わからないし…………怖いよ…………。」
そう言って泣き出した海月の頭に左手を伸ばしかけてハッとし、右手を伸ばして頭を撫でて落ち着かせようとする。理解のできない恐怖に震える妹に対して、今の僕にかけられる言葉はこれしか思いつかない。
「海月、全部話すよ。僕に何があったのか、何に巻き込まれているのか。そして、海月に何が起きてしまったのか。…………全部。」
僕は震える妹を抱きしめながら全てを話した。




