第5章 独りじゃなかった
翌朝、目が覚めた僕は頭がボーッとしていた。先輩に僕の全てを受け止めてもらい、溜め込んでいた感情を全部出しきった時に泣きすぎたらしい。痛覚が残っていたら確実に頭痛になってたかもしれない。だんだん頭が冴えてくると、中々に気恥しい状況になっていることがわかってきた。まず、昨夜先輩に抱きしめられたが、体勢がマズすぎる。お互い向かい合って寝ているが、先輩が僕の頭を両腕でガッチリホールドしているため、僕の目の前には浴衣という薄布1枚(流石に下着はつけているが)に包まれている先輩の胸元がある。ちょっと僕には刺激が強すぎる状況なため、頑張って離れようと思ったけど、逆に先輩の力が強くなってしまった。もうこれは諦めるしかないのかもしれない。とりあえず目だけは瞑ることにした。
だけど、なぜだか無性にまだ先輩から離れたくないと思っている自分もいるため、離れないですんだことに安堵している自分もいる。僕は恐る恐る先輩の細い腰に両腕を回し、優しく抱きしめる。すると頭上から先輩の寝言が聞こえてくる。
「ぅぅん…………陽ちゃん…………大丈夫だよ。…………私がついてるからねぇ。」
涙なんて出し切ったと思っていたのに、目頭が熱くなっていくのを感じる。…………先輩、ありがとうございます。そして、結局全てを話すことができなくてごめんなさい。そう心で独白した僕は、寝ている先輩を抱きしめる腕に少し力を込める。これから先、いつどんな事件が起こってセレクターを使うことになり、代償を払うことになるかわからない。もしかしたら、温度や触れている感触がわからなくなるかもしれない。まだ先輩の体温がわかる今だけは、もう少し先輩に甘えて離れたくないとワガママを思ってしまう。この心地良さに、また眠気が襲ってきて、徐々に意識が遠のいていく。でも、昨日までと違って、不思議と少し心は晴れやかだった。
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それからの僕たちは、残りの二日間を普通に楽しむことができた。少し変わったことがあるとしたら、先輩は観光中ずっと僕の手を握って誘導してくれたし、ことあるごとに腕に抱きついてくることも多かった。以前にも増してスキンシップが増えているような気がして、それはそれで僕が試されているような気がしたけど、今だけはこの幸福を噛み締めることにした。
先輩に送ってもらい、アパートの自室に帰ってきた僕は改めてこの三日間を思い出す。本当に…………本当に色んなことがあった。仕方ないと諦めていた代償も、それに伴う辛い気持ちも、全部一人で抱え込む必要はないってことを教えてもらった。だんだん冷静になってくると、おそらくこの旅行は翔も一枚かんでたのかもしれない。アイツはそういうやつ だ。改めて今度翔にもお礼を言っておかないといけないな。
口元が少し弧を描いていることを自覚しつつ、独りじゃないことに気づかせてもらった先輩と、言わずにフォローしてくれていた翔に感謝の念を抱きながら自室を見渡した。色褪せ灰色だと思っていた部屋には、ほんの僅かに色がついたように感じた。
第3幕 完
そして、第1部 完




