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可能性の選択  作者: 桃鍋
20/30

幕間その2 それは予想していなかった

翔視点の幕間。

シリアスもコメディもこなせる男

 先輩に陽太のことをお願いしてから数日後、俺はアパートの自室で今度の講義で必要な学術論文を読んでいた。しかし、目で文字をなぞってはいるが、頭に入ってきているかと言うと……なんとも言えないところである。

「…………………………。」

 勉学に身が入らない原因はわかっている。陽太のことだ。俺は陽太が痛覚を失った時にその場にいたのに、それを止めることができなかった。後から聞いた話だと、大型のガラス片の真下にいた人たちが死ぬと直感的に思った瞬間に時が止まり、選択肢が出ていたらしい。そうなると、そもそも俺が止められたかといえば無理だったのだろうが。

 痛覚を失ったことが判明したファミレスで、俺は陽太に今まで以上に怪我をしないよう、慎重に生活するよう訴えた。痛みというのは、生物が生きていく上でのある種のセーフティーだと思っている。そのセーフティーが働かなくなった以上、いつどんなことがアイツの命を脅かすかわからないからである。特に血を流すことだけは、絶対に阻止しなければならない。そしてある時、アイツが左手に包帯を巻いてきた。それからだ。陽太は表面上はいつも通りに過ごしつつも、どこかその表情には影があるようになったのは。

 そして1ヶ月前、突然アイツから今度は嗅覚が鈍くなった、でも完全になくなった訳じゃないから大丈夫だと報告があった。セレクターを使った時の状況も教えてくれた。薄情かもしれないが、階段を滑り転げたばあさんは、命に関わることじゃないのならほっとけばよかったのにと思った。でもアイツは、「でも大怪我をしたら、おばあさんもその後の生活が大変になるだろうし、何よりも痛いじゃん。痛いのは誰だって嫌だろうし、せっかく僕には助けられる力があるんだから。うん……これで良かったんだよ。」と言った。その時察してしまった。あぁ、コイツはもう誰かを助けるために、自分が犠牲になることを何とも思わなくなってしまったんだと。もう自分を勘定に入れることが無意識にできなくなってしまったのだと。恐らく痛覚を失ってしまったあの日、アイツの中で決定的な何かが限界を迎えてしまったのだろう。一番近くにいたはずの俺はそれに気づいてあげなければいけなかったのに。

 アイツのために、できることの限界を突きつけられた俺は、何をできるかを考えた。その結果、俺自身にできることはこれ以上ないというのが結論だ。だからこそ、明香里先輩に頼ることにした。あの二人はお互いを好き合ってる、いわゆる両片想いってやつなのに、本人たちはまるで気が付いていない。先輩なら、本当の意味でアイツの心を救えるんじゃないかと。

 そこまで思考を巡らせていた時、ちょうど考え事の渦中である先輩からRAINが届いた。

『カケルっち見て!ちょっと前に私、車の免許取れたよ!これでどこでも行けるようになったのだ!』

 そのメッセージと一緒に免許証を持ってピースをしている写真が送られてくる。そういえば免許合宿に行ってくるって言ってたもんな。もう取れたのか。ついでとばかりに、俺はマグカップに入れていた冷めたコーヒーを口に含む。そして続けて送られてきたメッセージに俺は目を丸くした。

『だから明日から陽ちゃんを連れて2泊3日の旅行に行ってきます!報告遅くなっちゃったけど、陽ちゃんのことはお姉さんにお任せなさい!』

「ブーーー!!ハアァァァァァァァァァアアア!!??」

 盛大に口からコーヒーをぶちまけてしまった。床が所々茶色くなっていく。ていうか、唐突に何を言い出すんだこの人は?しかも明日!?一瞬頭がフリーズしかけたが、急に冷静になった脳が一つの可能性にたどり着き、冷や汗が吹き出てくる。いや、でもそんなまさかと思いつつもメッセージを返す。

『まさかとは思いますが、この前言ってた秘策って一緒に旅行に行ってくるってことじゃないですよね?』

『うん!そだよ?』

 思わず頭を抱える。そうだった。勉強は確かにできるが、この人も基本的に陽太と一緒で突飛なことをしだすアホだった。誰に聞こえるわけでもないが、とりあえず、こういう時に言う適切な言葉が自然と口に出ていた。

「Oh,my god………………」

 自分でもビックリするくらいネイティブな発音になっていた。

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