第1章 イージーモード
頭に直接浮かんできた謎の選択肢を選んだ翌日、もしかしてあれは現実逃避したい自分が作り出した妄想だったのではないかと思っていたお昼頃、現代物理学概論の教授に呼び出しを食らってしまい、教授の部屋にトボトボと向かっていた。その足取りは酷く重い。
「やっぱりレポート提出しなかったのがまずかったかなぁ〜……。柳田教授の説教怖いんだよなぁ〜……。」
なら忘れずにレポート作成しておけよと言われるかもしれないが、本気で忘れていたんだからしょうがない。僕の頭の中では既に謝罪文と土下座をするまでのシミュレーションを何十通りとしているうちに、ついに扉の前まで来てしまった。
「すぅ〜……はぁ〜……素直に謝ろ。失礼しま〜す……。如月陽太で〜す。」
扉を開けると中には60歳手前くらいの柳田教授が腕を組んで、なんとも言えない迫力を宿した姿で佇んでいた。やっぱり圧が凄い。
「待っていたよ、如月くん。早速なんだが、キミのレポートなんだけどね……」
「あぁ〜、柳田教授、その節は大変……」
「凄いじゃないか!今まで完全に誰かのレポートを写しただけの、舐め腐ったものしか提出してこないクソ野郎とばかり思っていたのに、まさかキミがここまで優れた物を提出してくるとは思わなかったよ!」
…………へ?なんの事だ?提出?優れた?それと柳田のヤロウ、さりげなく僕のことクソ野郎とか言わなかったか?いや、それより……
「え……?えぇっと……ナンノコトデスカ?」
「謙遜しなくていい。この大学で随分と長い間教鞭を取ってきたが、ここまで考えのまとまったレポートを提出してきた学生は初めてだよ。これからも頑張りたまえ。話は以上だ。昼時に呼び出して悪かったね。」
「……はぁ、では失礼しました。」
わけがわからなかったが、とりあえず教授の部屋を出ることにした。僕自身レポートを提出した覚えはないし、何だったらレポート用紙は白紙のままだったはず。一体何がどうなっているんだ。
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「……本当に提出している。」
今日は午後の講義はなかったから、そのままアパートに帰り、自室で提出フォーラムを確認したら本当にレポートを提出していた。それも23:59ギリギリに。
「そういえば、あの時頭の中に浮かんだボードにレポートを提出した世界とか書かれていたっけ。それを選択したことで……世界が変わった?いやいや、そんなまさか…………。」
頭ではそんな事あるわけないと思っていても、現実にそうなっている。ハッキリ言ってそれ以外に思い当たる節がないのだ。もし、この選択を意図的にできるようになったら……
「もしそうなったら……これからの僕の人生、完全にイージーモードじゃん!と言っても、発生条件がわかっていないんだよなぁ……。」
そんなことを考えているうちに、気がついたらバイトに行く時間になっていた。
「やべ、もうこんな時間!急いで準備しないと遅刻する!」
慌てて着替えて自転車を走らせたが、残念ながらバイトには20分ほど遅刻してしまった。
店長に散々謝ったが今回遅刻が3回目ということもあり、仕事が終わってから店長に残るように言われてしまった。
「うわ〜、絶対これクビって言われる流れじゃん。何とかならないかな〜。」
バイト終わりにクビを覚悟しながら更衣室で着替えようとした時、また頭の中にこの前のボードが浮かんできた。
『以下の選択をし、結末を変えますか?
A.遅刻をしなかった世界
B.遅刻をした世界』
出た!あの時と同じやつだ!もしかして無意識、というか深層意識から嫌だと思ったことに対して選択肢か出るのか?いや、それよりも……
(当然こんなのA一択じゃないか!)
そう思った瞬間、ボードは頭の中から姿を消して、更衣室の静寂さだけが残った。しばらく静けさの中でフリーズしていたが、もしかしたら……そう思って急いで着替えて店長の待っているホールに向かった。
「店長、スイマセン。遅くなりました。」
「おぅ、陽太待ってたぞ。」
内心まさかと思いつつも、店長の次の言葉を待っていると……
「今日は助かったぞ。厄介なクレーマーに絡まれている新人を庇ってくれて。本当は俺が出てこなくちゃいけなかったんだけど、ちょうど厨房から目を離すわけにいかなかったからな。これ、少ないけど臨時ボーナスな。他のバイトには言うなよ〜。」
そうして店長から臨時ボーナスとして1万円を渡された。正直僕にそんな記憶は無かったが、さっきの選択肢を選んで世界が変わってるとしたら……とりあえず話を合わせてみることにした。
「そんな、店長悪いですよ。僕は新人が困っていたから、バイトの先輩として当然のことをしただけですよ。」
「気にするな。これは本来店長である俺が対処しないといけなかった事をお前が対処してくれたことに対する迷惑料だ。どうか、受け取ってくれ。」
「そこまで言うなら……。店長、ありがとうございます!」
「おう!今日は本当にありがとうな!気をつけて帰れよ。」
そうして店長から臨時ボーナスを貰って、店を後にした僕はアパートへの帰路についた。まさかとは思ったけど、間違いない。僕は、自分に都合のいい選択をして、世界を思う通りに変える力を手に入れたんだ。そうとしか言いようがない。
「フフフ……最初は冗談で言ったけど、僕のこれからの人生、本当にイージーモードにできるじゃん。フフフ……はーっはっはっは!」
こんなの笑いが止まらなくなるに決まっている。よく創作では何かしらの力の反動とかがあるけれど、今のところ自覚できるような反動もないということは恐らく何もない、もしくは気が付かないほど極々小さなものなのだろう。
「これで多少の失敗は何も怖くない!楽しい人生になりそうだ!」
結果的に言えば、この時の予想はある意味正しく、この時点での選択は微々たる影響しかなかったため反動はほぼなかった。だから僕は見落としてしまったんだ。完全に調子に乗った僕は、手にした力の代償が静かに身体を蝕んでいっていることを、まだ知らない。




