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可能性の選択  作者: 桃鍋
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第3章 嘘の告白

 9:45改札前。僕は翔のアドバイス通り、かなり早めに先輩との待ち合わせ場所に着いていた。なんでも、「女性を待たせるんじゃなくて待つくらいの器量を持て」って言われたけど、確かにその通りだと思う。でも一つだけ気になったのは、何でそれを4:00前くらいにメッセージで送ってきたんだろうか。まぁ、普通にためになる話だったでから、別にいいか。きっと夜遅くまでゲームでもしてて、寝る前にアドバイスを送ってくれたんだろう。

「あ、陽ちゃ〜ん!お待たせ〜!」

 声のした方を振り向くと、先輩が手を振りながら改札を抜けてきた。駆け寄ってくる先輩の姿は普段と対照的な格好をしていた。いつもの赤いヘアバンドは変わらないが、服装が白いワンピースに薄手のカーディガンを羽織っている。靴も普段はスニーカーだけど、今日はキャメルのショートブーツを履いている。普段の黒いパーカー姿を見慣れてるのもあって、はっきり言って反則級のかわいさだと思った。

「おはようございます。今日の先輩は反則級にかわいいですね。」

 訂正、口にも出てしまった。

「うぇぇ!?そ、そう?あ、ありがとう……。」

 先輩はそのまま赤面して自分の髪の毛で口元を隠してしまった。何でこの人は動作がいちいちかわいいのだろうか?

「さぁ、少し早いですけど店に行きましょうか。」

 僕達は一緒に約束のケーキ屋に向かった。道中、先輩が常に腕を組んでいたから、明日死ぬのかと思うくらい幸せだった。

――――――――――――――――――――――――

「ここですか?」

「うん!ここら辺だと老舗のケーキ屋さんなんだけど、代々オーナーがちゃんとフランスで修行してきているから、すっごく美味しいんだって。」

 看板には店の名前“Ange”と書かれていた。お菓子に疎い僕でもスイーツの本場はフランスって知ってるし、さっき先輩もオーナーがフランスで修行って言ってたから、店名も多分フランス語なのだろう。フランス語は専攻していないから意味はわからないけど。

「さぁ、入ろう!今日は何でも奢ってくれるんでしょ?」

「もちろんですよ。何でもと言わず、好きなだけ食べてください。」

「おっ、言ったな〜。後悔しても遅いんだからね。」

 余談だが、この後のお会計時にこの時ばかりはセレクターを使って自分の発言を撤回したいと思った。でも残念ながら、先輩の美味しそうな顔を見て本気で嫌と思えなかったからなのか、ボードは現れなかった。

――――――――――――――――――――――――

 席に案内された僕たちは先に注文を済ませた。僕はフルーツが乗っていないシンプルなミルククレープ、先輩がショートケーキとガトーショコラ、そして苺タルトを注文した。ちなみに、先輩曰くこの3つのケーキはまだ序の口らしい。後はセットで2人ともコーヒーを注文し、注文の品が運ばれてくるのを待ってる間に、先輩の方から口火を切ってきた。

「さて陽ちゃん。一応先に言っておくけど、何も言わずに3週間もいなくなったこと、私まだ怒ってるんだからね。」

 プンプンという擬音が聞こえてきそうな感じで頬を膨らませたまま、先輩は怒ってますという雰囲気を出して腕組をしていた。

「改めてその節はごめんなさい。少し事情があって、全然スマホを見ることができなかったんです。」

「ん。素直に謝ってきたから、とりあえず許す!でもその事情ってのは、私にも話せることなのかな?」

 少しドキッとした。先輩は普段はポワポワしていて最強にかわいい人なんだけど、たまにこうして核心をつくような鋭いことを言ってくる。もちろん、翔にも話したとおり、先輩には真実を隠すことにしている。でも全部嘘を言ってもバレてしまうから、翔のアドバイス通り、少しの真実を交えて伝えることにした。

「その……実は、右目がこんな事になってしまって。」

 僕は右目を隠していた前髪を少しだけ持ち上げた。

「ぁ…………陽ちゃん、それ……。」

 さっきまで勝気な表情をしていた先輩は、驚いて青ざめながら固まってしまった。そう、紐のない眼帯(アイパッチっていうんだっけ?)を付けた僕の右目を見て。

「実は急遽実家に帰った時に、料理の手伝いをしていたら油が目に跳ねてしまって、右目の視力が弱くなってしまったんです。しばらくそれで入院とかしてて。いや〜、参っちゃいますよね〜。」

 これが先輩に対して用意した翔仕込みのストーリーだ。これならば、後々右目を見られたとしても誤魔化せる可能性があるギリギリのライン。先輩に対して嘘をつくのは正直心苦しいが、先輩に真実は告げないと決めたのは僕だし、いたし方ないものとして今だけは心を鬼にすることにした。

「……ごめんね陽ちゃん。そんなことがあったとも知らずに、私、すごく酷いこと言っちゃった。」

 見ると先輩の目には涙が溜まっていた。ここまで深刻に受け取られるとは思っていなかった僕は、先輩になんと声をかけたらいいかわからなくなってオロオロとしてしまう。

「いや、謝らないでください!どう考えたって何も言わなかった僕が悪いんですから!」

「うぅぅ……だってぇ……。」

 マズイ、このままだと先輩が泣き出してしまう。そう思った僕は向かい合った先輩の手を咄嗟に握って、勢いで言葉を繋げていく。

「先輩、多分これから沢山迷惑をかけることになると思います。だから、その時は僕を助けてくれませんか?先輩とずっと一緒にいたら、僕はこれまで通り楽しく笑って過ごせると思うんです。」

 あれ?何も考えずに勢いで喋ったせいか、すごいことを口走ってしまったような気がする。でもここで勢いを緩めたら誤魔化しがきかなくなりそうだったから、そのまま先輩の目をひたすら見つめ続けた。

「えっ?陽ちゃん、それ、今のって、……その、あぅぅ……。」

 さっきまで青ざめていた先輩の顔が今度はみるみる真っ赤になっていく。まるで感情のジェットコースターのようでちょっと面白くなってきた。

「失礼しま〜す。ご注文の品をお持ちしました〜。ふふ、ごゆっくり〜。」

 ちょうどその時、店員さんが注文していたケーキを持ってきてくれた。最後に意味深に微笑まれたけど気にしないことにする。

「あっ、ほら先輩!ケーキも来ましたし、この話はこれで終わりにしましょ!ほら、美味しそうですよ!」

「う、うん!そうだね!食べよっか!」

 少し落ち着いた先輩の目にはもう涙はなかった。そこからはケーキを食べながら先輩と楽しくおしゃべりをした。

―――――――――――――――――――――――――――――

 先輩に美味しいケーキを堪能してもらった後、店を出ると外はすっかり夕暮れになっていたから、先輩を駅まで送ることにした。

「陽ちゃん、今日は本当にありがとうね!結局本当にケーキご馳走になっちゃって。」

「いいんですよ。男に二言はありませんから。」

 格好つけた代償として財布はだいぶ軽くなってしまったけど、先輩と過ごす幸せな時間を手に入れたと思ったら安いものだろう。…………バイトまた頑張ろう。

「じゃあまた明日、オカ研の部室でね!」

「はい、先輩。また明日。」

 先輩を改札まで送った僕は、そのまま帰ろうと踵を返した時、先輩の大きな声が聞こえた。

「陽ちゃん、待って!」

 先輩に呼び止められ振り向いた瞬間、先輩が僕の腰に手を回して抱きついてきた。先輩がシラフの時に抱きつかれるのは初めてだ。ちょうど身長差の関係上、僕の目には先輩の頭頂部しか見えない。

「せ、先輩?」

「ねぇ…………もう、黙って居なくならないでね。約束だからね……。」

 先輩は小さくそう呟いたあと、ギュッと一瞬だけ力強く抱き締めたあと、勢いよく僕から離れた。先輩の顔は笑顔で真っ赤になっていた。

「それだけ!今度こそじゃあね!」

 そう言って先輩は改札に向かってかけていき、姿が見えなくなるまで僕は先輩の向かった方向を見続けていた。何も言えなかった僕の胸の奥には、先輩に抱きつかれた幸福感によるドキドキと、嘘をついたことによるチクチクとした痛みがあった。

Ange……

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