旦那様の心の変化
「お手伝います。アーディヴェルテ侯爵夫人」
「フォスナー先生…いらしてたんですね。ありがとうございます」
売り物を飾り棚に並べていると、
フォスナー先生が横から声をかけてきた。
「侯爵夫人だけで会計は、大変でしょう?
バザーは混雑すると思いますし、だから手伝おうと思って立候補したんです。
司祭様は、支援者の貴族の方々のお相手があるし、
今回、貴族の支援が凄いんですよ」
「ありがとうございます。助かります。
では、受け渡しや接客は子供たちに任せて、私たちは会計頑張りましょう」
「はい。侯爵夫人のレースアクセサリー人気ですからね。
しかし、また随分作りましたね。ビーズが入って凄く可愛い…
俺も妹に一つ買って行こうかな」
「ふふふっ。つい楽しくて、可愛いのが好きなんです。
これは新作で、こうカチューシャ式で…頭にこうするとサイドが垂れ下がって
花冠を被っているみたいでしょ?」
「…侯爵夫人、あの…試着見本として、ご自分でも付けられたら、どうですか?
それ、凄く似合います」
「いいえ、こんな可愛い物…私にはっ…」
「いや、着けましょう?
その試着例見て、きっと欲しくなる人もいますよ」
「確かに…子供たちにも着けてもらおうかしら…これ並べてるだけだと、
どうやって付けるのか、よく質問されていましたの。いい考えですわ」
「俺は、今着けているのがお勧めです」
「ふふふふっ、わかりました」
フォスナー先生が選んだ、可愛らしいカチューシャをつけたままでいると、
それを見た子供たちが、キャアキャアはしゃぎ始めた。
「凄く似合ってますよ。花の精みたいで……可愛いです」
フォスナー先生にそう言われ、社交辞令と知りつつ、
柄にもなく照れてしまう。
ブレスレット、髪飾り、ブローチ、ネックレス、イヤリングの中から
接客する子供達にも選んでもらい、身につけさせると大喜びで、
バイト代でプレゼントする事にした。
* * * * * * *
「あの、男性は?」
「はい?ああ、彼は国語担当の教諭フォスナー男爵です。
会計を補助してもらってます。
平民出身ですが、大変優秀な方です。貴族学院の教師も務めていました」
「男爵…一代限りの爵位をわざわざ?なぜだ?」
「爵位は教諭になるため必要だったんです。
教会への多額の寄付の名誉称号として、善意事業から彼に与えられました」
「なるほど…随分、私の妻と仲が良さそうに見えるが」
「いえ!あれは、バザーの手伝いでたまたま隣にいるだけです。
彼はその辺は弁えていますし、ご心配は無用かと。
侯爵夫人が人当たりの良い方で、子供たちも懐いてますし…
多少距離が近いのは…そうですね、今後注意いたします…申し訳ありません」
「いや、いいんだ。そうだな…彼女は…」
あんな風に笑うのか。
私と話している時は、節目がちでほとんど目が合わない無表情。
こちらを向いていても、微妙に目線をずらしているのは分かっていた。
あんなに…嬉しそうに目を合わせて…
あの男と子供たちに向ける、優しげな微笑みと笑い声。
私には、一度も見せたことがない表情だった。
隣へ親しげに立つ男に、少し苛立ちを覚えながら、
私は、彼女をほとんど知らないのだと嫌でも自覚させられた。
そして、こんなにも苛立ちと衝撃を受けている自分に動揺した。
* * * * * * *
「マーガレット先生、もうハンカチなくなりそう…」
「あら、本当ね。レースアクセサリーも少なくなってきたし、
補充分を持ってくるわね」
刺繍ハンカチとレースアクセサリーは、お陰様で飛ぶように売れて行く。
全部は並べられなかったので、補充分を置いてある教会の1室に取りに入った。
全部売れそうだし、一気に持って行こうかしら…と考えていると、
ドアの開く音が聞こえた。
「マーガレット…」
「はい?」
振り返ると旦那様が立っていた。
ビクリと体が強張る。
そういえば、忙しくて彼の存在を忘れていた。
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「申し訳ありません。忙しくてお相手できませんでした」
「いや、いい。分かっている。
私も司祭と打ち合わせや、他の貴族と話もあったからね」
「…はい…」
「…君は、私の前だけ、そういう表情になるのだね」
「はい?」
「……私の目を見てくれないか?」
「目?」
「ああ、いつも逸らすだろう?」
「そんな、ことは…」
何だろう…怒ってる?
いつもと違う様子の旦那様が怖い。
早くこの場から離れたい。
「あの、もう行ってよろしいですか?…これ、補充しないといけないので…」
言い終える前に、大股であっという間に距離を詰められ腕を掴まれる。
「…っ、…」
思ったより強く掴まれ、顔が歪む。
抱えていたハンカチやレースアクセサリーが床にパサパサと落ちる。
とっさに拾いあげようと、しゃがみ込んでしまい、
掴まれている腕がねじれて激痛が走る。
「…いっ…‼︎」
「何してるんですか?」
声がする方を見ると、フォスナー先生が立っていた。
驚いた顔をして、足早に私の方へ駆けつける。
「アーディヴェルテ侯爵様、ご自分の奥様に何をっ?
痛がっていらっしゃいます。手を離してください!」
あ…これ…誤解されている。
この体勢は、まるで旦那様が私に無体を働いているように見える。
旦那様はハッとして私から手を離す。
「ち、違います…旦那様は何もっ」
「すまない。マーガレット…そんなつもりはなかった」
「いえ…私が落ちた物に気を取られて、変な体勢をしたせいです。
どうぞ、お気になさらず…」
「大丈夫ですか?腕が…赤くなってます」
いきなり強く腕を掴まれた、理由がわからなかった。
なぜ、旦那様が怒っていたのかも分からない。
私、何か侯爵夫人らしくない、振る舞いをしてしまったのだろうか…
原因は不明だが、とりあえず謝罪はしておいた方がいいだろう。
落ちたハンカチとレースアクセサリーをフォスナー先生が拾い上げ、
私をゆっくり立たせてくれた。
「手当てしましょう。補充分は俺が持っていきます」
「あ、ありがとうございます。
あの、旦那様申し訳ありませんでした。
私、無自覚に失礼な事をしてしまっていたのでしょうか。
お叱りは邸に戻ってから、いくらでも受けますので…」
「いや、違う。君を非難などしていない。
しかし、乱暴に腕を掴んだのは事実だ。申し訳なかった」
「大丈夫です。少し赤くなっているだけですわ。
…旦那様は、そろそろ王宮に戻る時間ですわね。
今回はお忙しい中、バザーの視察と支援ありがとうございました」
「ああ、司祭に挨拶してから失礼する。
……帰ったらまた話そう」
その後、孤児院の保健室で、私は軽い打撲で湿布を貼り包帯で巻かれた。
そんなに痛くないけど、捻ったり力を入れるとズキリとする。
男性の物理的な力で女性は簡単に負傷する。
男女の力量差が少し恐ろしくなった。
原因を聞かれたが、荷物を持つときに手首を捻ったと説明した。
バザーに戻ろうと足早に向かうと相変わらず大盛況だった。
子供たちがせわしなく動き回り、
フォスナー先生がテキパキと現金の受け渡しをしている。
「お待たせしました、お手伝いします」
「侯爵夫人、大丈夫ですか?」
「ええ、大したことないわ。ありがとう」
「…そう、ですか」
「マーガレット先生、腕どうしたの?怪我したの?」
「あ、うん。荷物運ぶときに捻っちゃって。
ドジよね、ふふっ」
「痛くない?」
「ええ、大丈夫、ありがとう。さ、お客様がお待ちだわ」
「うん!いらっしゃいませーっ!」
そして、しばらくバタバタしていたが、
見事にバザーの売り物は完売した。




