教会のバザーの始まり
「私が持とう」
「いえ、馬車まですぐなので結構です」
「いいから、よこしなさい」
今日バザーに出すレース編みアクセサリーを入れた籠バックを
旦那様に無理やり強奪され、私は行き所を失った手を前で組んで、
見送りに来ている使用人に向き直った。
「いってらっしゃいませ、お気をつけて、
旦那様、奥様」
「ああ、後は頼む」
そう言って門の前で待機している、馬車まで歩き出そうすると、
旦那様に手を差し伸べられる。
私は、意味が分からずその手をじっと見た。
旦那様は困ったように薄く微笑み、一歩私に近づき手を取った。
結婚式以来、触れられたことがなかったので、
私はビクリと肩を震わせ、反射的に手を引っ込めようとした。
旦那様は、その手をぐっと握り引き留める。
「怖がらなくていい。…でも、そうだね。
すまない、結婚式以来エスコートをしていなかった」
「…驚いてしまって…申し訳、ありません…」
「いや。私が浅慮だった。
でも今後、舞踏会も同伴するだろうから慣れて欲しい」
「はい、分かりました…」
「さあ、行こうか」
そういえば馬車の中で二人きりなのも、初めてだった。
侍女は先に教会に行ってもらっているし、
護衛騎士は騎乗で馬車と併走している。
大体侍女が別行動で先に行く羽目になったのは、旦那様が参加するせいだった。
現場の方達も気を使い、領主に無礼があってはいけないと、
整理整頓と子供たちへの注意事項の事前指導を余儀なくされたのだ。
予定外の作業が増えて、神経を使うはめになり、私は少しイラついていた。
正直こんなに長い間一緒にいなかったから、緊張して居心地が悪い。
ゴトゴトと動く馬車の中で、移ろう窓の景色をぼんやり眺めていた。
* * * * * * *
「随分、沢山作ったんだね」
「…え?」
「これ、レース編みのアクセサリー」
「あ、はい。売り上げは寄付できるので」
「よく出来ている。デザインがカジュアルで、
アクセサリーが身近に感じる。人気が出るはずだ」
旦那様が私の籠バックを覗き込みながら、話しかけてくる。
外の景色を見やると、もうすぐ教会に着きそうだ。
「商会にも卸しているのだろう?ちゃんと寝ているのか?」
「ええ、大丈夫です」
「少し、痩せたんじゃないか?」
「そう、でしょうか」
「……ああ、頑張るのはいいが、ただでさえ細いのだから無理は禁物だ。
あと、君が希望していた、領地譲渡の手続きが来週にでも終わりそうだよ」
「ありがとうございます」
「そうなると、また忙しくなりそうだ。
私にも何か手伝えることがあったらいつでも頼ってくれ」
「もう充分です。旦那様のお手を煩わせるつもりはありません」
「うん…でも、私たちは夫婦だよ?まだ距離を感じるし…
君は私に触れられるのにも、慣れていないだろう?」
「偽装結婚に触れ合いは必要ですか?
普通に生活できているだけで、私はいいのです。
心配なさらずとも、人前ではそれらしく振る舞えます」
「少し誤解があるようだけど、私は君ともっと…」
ガタンッと馬車が停車して、ドアがノックされる。
「侯爵様、奥様、教会に到着いたしました」
* * * * * * *
「ようこそ、いらっしゃいました。お久しぶりでございます。
アーディヴェルテ侯爵様、侯爵夫人」
「ああ、久しいな司祭殿。急に来てすまない。
そう畏まらずバザーの準備を進めてくれ」
「ご機嫌よう、侯爵様」
「わざわざご足労ありがとうございます、領主様」
「いらっしゃいませ、領主さま」
子供たちがたどたどしく、笑顔で挨拶を披露する。
マナーもまだ覚えたてなのに、
一生懸命なその姿と健気さに、私は心がほっこりした。
「皆、出迎えありがとう。
司祭殿、少し支援についていいだろうか」
「はい、では応接室へ」
「旦那様、私はもうよろしいでしょうか?
準備に入りたいので…」
「ああ、ではまた後で。マーガレット」
旦那様から籠バックを受け取り、そそくさとその場から離れる。
教会の玄関先に、日除け・雨除けの軒先テントが設置されている、
バザー用の場所へ行き、売り物を並べるテーブルを運び出した。
「マーガレット先生!」
「はい?どうしたの?」
「先生の旦那様、凄いかっこいいね!」
「そう?…ありがとう。ご挨拶上手だったわ、偉いわね」
「うん!へへっ。お二人とも綺麗だって、お似合いだって、
みんな言ってるよ!」
「ふふっ……そうだ、ディスプレイ用の棚を持ってきてくれる?」
「はーいっ!」
恐らく本当にそう思っているのだろう。
子供は、社交辞令など言わない。
残念ながら、ちっとも嬉しくない。
───お似合い?
上手く偽装できているって事かしら。
お互いの関係が分かっている私は、覚めた気持ちで失笑した。
幼い頃の私の努力の原動力は、父に褒められたい一心だった。
でも、成長するにつれて、その努力と結果は妬みの対象になった。
持ち前の高い集中力で、常に上位5位以内の学院の成績は、
女らしくない、生意気、貧乏伯爵家のくせに、
教師に色目を使って不正行為してる、
そう誹謗中傷され、何故か孤立させられた。
だから、出来ないふり、平気なふり、従順なふりを心掛け、
外面は繕うのが上手くなった。
槍玉にあげられないよう、常に周りに気を配って努力した。
その努力が皮肉にも、人々を欺くこんな形で発揮されてるということね。
私は嘘をついて平気でいられる器用なタイプではない。
社交辞令が苦手だし、外面と内面の剥離が本当に気持ち悪いし、
嫌な気分になる。
その内、平気になるのかしら…
どんどん心が疲弊していって、何も感じなくなるのだろうか。
いっそ、その方が楽なんじゃないかしら。
私は望んでいないのに、旦那様に強制的に偽装の共犯にされてしまった。
ずっとこの先、
偽って生きていかなければならないのは、本当に苦しい。




