新しい領地と元婚約者の来訪
「領地の所有権の譲渡?」
「はい、一部でいいので、私に譲渡頂けないでしょうか?
不毛の地で持て余している土地があるのです。
そこを畑として、実験的に作物を育てたいと考えています。
私財もあるので、有償で買い取ります」
「ああ、構わないよ。いや贈与として無償でいい。
領地経営を自分でしてみたいのだろう?」
「ありがとうございます。
領地の場所と、そこで何をするのかの詳細はこちらです。
新しい試みをしますので、旦那様にも知っておいてください。
目を通していただいて、改めて了承いただいたのなら、
手続きをお願いいたします」
「うん…わかった。こちらこそ、いつも助かっているよ。
私は王宮の行政事務の仕事にかかりきりで、
領地経営は家令に負担をかけていたから、君が助けてくれて彼も喜んでいる」
「勿体ないお言葉ありがとうございます。
では、私はお先に失礼いたします」
「あ、ああ…では、また明日の朝に」
珍しく話をしてくれたと思ったら、領地の件だった。
少しがっかりしつつ、置いて行った書類に目を通すと、
彼女が欲した土地は、本当に不毛の地だった。
正直、ここは持て余していた土地だ。
こんな山脈に囲われた寒冷地など、作物が育つのだろうか。
どうやら、宿舎を建設して住み込みの家族で働ける農夫を住まわせるらしい。
このトービというのは初めて知ったが、砂糖の代用になるらしい。
彼女の才媛ぶりに、しばし茫然としたが、商会とも懇意にしていて、
随分横の繋がりを広げているようだ。
農地改革の作物増産だけでも、関心していたのに、
教会で平民が無料で学べる場所を提供したのも画期的だった。
資金不足の孤児院と教会の救済に繋げたのも、どれだけ思考が深いのか。
彼女は一体どこにこんな才能を隠していたのか。正直嫉妬するほどだった。
そういえば、彼女は貴族学院時代の素行調査も、
成績が常に上位5位内で優秀だったし、この知識量は不思議ではない。
男に黙って従う貴族令嬢でいるのは、彼女にとって物足りないのかもしれない。
趣味のレース編みアクセサリーも人気のようだ。
領地経営には、私から支給される予算を使い、
自分の物は、私財や自分で稼いだ収入を使っているのは、
相変わらずのようだった。
私に対して、借りを作らない為なのか、警戒しているのか…
夫婦なのだから、もっと頼って欲しいのだが…この線引きは少し複雑だった。
* * * * * * *
「アーディヴェルテ宰相補佐、来客ですが、お約束していますか?」
「いや、今日は来客は無いはずだ。誰だ?」
「イザーラ・バデゥ・ラディアナ公爵令嬢です」
「……なぜ彼女が?留学中では?」
「帰国されているようです。あの、どう致しますか?」
「私が結婚した件だろう…いい、通してくれ」
サラサラと布擦れの音をさせて、優雅に入室してきた元婚約者。
公爵令嬢らしい気位の高さを隠そうともしない、周りがひれ伏すのが当然と、
傲慢な高位貴族らしさは相変わらずだった。
先触れも出さず、突然の訪問など…周りも気を使うし、
私が多忙な執務中だと分かっている上での行動だ。
半分腹いせの嫌がらせなのだろう。
留学して少しは大人になったかと思ったが、相変わらずのようだ。
「ご機嫌よう。お久しぶりですわ。ダレン様」
「お久しぶりです。ご無事の帰国で何よりです。ラディアナ公爵令嬢」
「あら、随分、他人行儀ですこと…」
「実際、他人ですので。
私の事はアーディヴェルテ侯爵とお呼びください。
それで、本日ご訪問の用件は?」
「………ご結婚、されたそうですわね」
「ええ。もうすぐ2年になります」
「どういう事かしら、私は承知していないのだけど?」
「なぜ、あなたの許可が必要なのですか?
それに、私たちの婚約は白紙になりました。
ラディアナ公爵令嬢のご希望です。お忘れですか?」
「一旦、冷却期間の為に解消すると言っただけよ!」
「申し訳ありません。意味が分かりかねます。白紙は白紙です」
「そういう所、全然変わってないのですね…
あんな没落寸前の貧乏伯爵家を支援する形での婚姻は、
ご自分にとって何の利益がございますの?
この私より、伯爵令嬢を娶った理由をお聞きしたいの」
「彼女が…マーガレットが侯爵夫人として相応しいと思ったからです。
それに、伯爵家の支援は妻の実家なので当たり前では?」
「は?まさか、あなたから求婚を?」
「はい。お話はそれだけでしょうか?」
「あなたが誰かを愛するなんて、あり得ないっ…
信じられないわ」
「信じていただかなくて結構です。他に用件がなければお帰りください。
あなたの急な訪問で、皆仕事が止まって迷惑しています」
「お黙りなさいっ…不愉快だわ!もう、失礼しますわ!」
クルリと体を翻しツンと顔を背けて、ズカズカと部屋を後にした。
護衛騎士が慌てて一礼し続けて退室。
従者だけが残り、深々と腰を折る。
「申し訳ありません、アーディヴェルテ侯爵殿…」
「そう思うなら、従者として主人に進言しろ。
彼女の我が儘を全て通すのが、君の仕事なのか?」
「おっしゃる通りです。
ですが、お嬢様のお気持ちも、考えていただけませんか?」
「今更私に何を求めている?今後、先触れ無しの訪問など許すな。
多くの目のある所で、このような振る舞い。
公爵家の品格を落とすことになるのが分からないのか?」
「はい…返す言葉もございません。執務中に大変失礼いたしました。
今後、善処いたします。……では、失礼いたします」
従者も退室し、他の同僚に騒がせた事を詫びると、
皆に、気の毒そうに苦笑いをされた。
私はため息を吐き、仕事に向き直った。




