元婚約者の心情と新しい試み
「ダレン様が結婚?」
「は、はい。お相手は、サンディ伯爵令嬢の…マーガレット様とか」
「私が隣国に留学している間にっ…どういう事⁉︎」
「侯爵殿が婚姻を願い出たようで…」
「はあっ⁉︎ あの方は親しい女性などいなかったはずよ?」
「私も詳しいことは、分かりかねますゆえ…
ですが、もう既に結婚して2年が経っているのは事実ですし、
イザーラ様、侯爵殿の事はもう…」
「いやよっ‼︎ ずっと…ずっと、私がお慕いしていたのは
お前も知っているでしょ⁉︎」
「ですが…お嬢様が婚約を白紙にしたのでは…」
「明日、王宮の行政事務部へ行くわ!用意なさい!」
「お待ちください!急すぎます。
先触れもギリギリで、侯爵殿にもご迷惑です!」
「先触れなんていらないわよ!私とダレン様の仲なのだから!」
従者は、また始まったと肩を落とし、
ため息を吐き、令嬢の部屋を後にした。
* * * * * * *
「商会長、ご機嫌よう」
「おお、侯爵夫人ようこそ。
いいタイミングにいらっしゃいました」
「あら、もしかして…」
「見つけました!御所望の苗!」
「まあ、流石ですわ!どこにありましたの?」
「海を渡った国です。
言葉が通じないので、通訳を雇ってなんとか交渉してきました」
「頼りになります。本当に感謝しても仕切れませんわ。
これでこの領地も少しは潤うといいのですが…」
「何をおっしゃいます!暖かな気候でしか育たないキビサトウの代替えに、
充分成り代われます!この寒い領地で育てれば価格も抑えられますし、
平民にも手が届く砂糖なんぞ、革命的です!」
「ふふっ。先見の明がお有りになって、頼もしい限りです」
「いやいや、侯爵夫人の知識の賜物です。よく知っておられましたね?」
「ただの本の知識ですわ。それで、栽培の実地試験はどういたします?」
「遠くて不便で持ち主が高齢化を期に手放した、
広大な山脈近くの土地があります。
元々畑として使用していたので、土質も問題ありません。
そこの一角に実験的に栽培を始めるのはどうでしょう」
「ふふっ、やり手は違いますわ。場所はどの辺ですの?」
「はい、地図を…この辺一角です」
「町外れの山の向こうですわね…場所はいいとして、
通うのには確かに不便ですわ」
「はい、それで、ご相談なのですが…
宿舎を建てて、常時世話をする住み込みの農夫をと考えているのです」
「ええ、そうね。その方が効率的だわ。分かりました。
予算は出します。では、家族で住み込みで働ける方を募集しましょう」
「おお、聡明な侯爵夫人は建設的で会話がスムーズで
実に気分がいいです」
「それはあなたもでしょ?
冬が来る前に進めたいの。少しでも領民の皆が飢える事のないように」
「侯爵夫人が来られてから、この領地は息を吹き返しました。
子供たちも生き生きしています。勿論うちの商会も裕福になりましたが、
あなた様の慈悲と良心に敬意を…」
「大袈裟ね。領主の妻として、役目を果たしているだけよ」
偽善だけど、これはいい偽善だ。結果的に、みんなの為になるのだもの。
やればやるほど、忙しくなるが、余計な事を考えないで済むし、
領民も喜んでくれるし、計画している事がどんどん実現されて、
今はすごく楽しいのだ。
「その教科書を持っているということは、これから教会ですか?」
「ええ、今日は算術の授業の補佐ですの」
「ずっと多忙ですが、大丈夫ですか?
お体をお大事になさってください」
「ありがとう。でも楽しいから平気よ」
* * * * * * *
「…お父様?」
「おお、マーガレット。久しいな、息災か?」
「お久しぶりです。どうしてここに?」
「ああ、私も教育の支援に参加させてもらおうと思ってな。
しかし、いい慈善活動をしてるな」
「お父様は、管轄が違うのでは?」
「まあ、そう言うな。支援はいくらあってもいいだろう?」
ああ…娘の手柄に、ただ乗りって訳。
この人は、いつもそうだ。
あなたのせいで、ずっと資金運営で苦労してきた。
外面ばかり良くて、深く考えない。簡単に利用できるものは使う。
儲かりそうな物にはすぐ飛びついて、事前調査もしない。
そして、増えるのは負債ばかりだった。
浅慮で学習しない阿呆とでも言うのかしら。
娘である私を援助金目当てに、簡単に売り渡す人だもの。
そういえば、私の周りにいる男はロクなのがいないわ。
「大変ありがたいのですが、ご自分の領地の資金運営は大丈夫ですの?」
「はっはっは、大丈夫だ。心配するな!お前が侯爵家に嫁いだおかげだ!」
「左様ですか…」
支援金は多額だとは聞いていたけど、
一体いくら払ったのか…
旦那様はそうまでして、偽装相手が欲しかったのね。
「しかし、なんだ…侯爵夫人なのに、随分質素な装いだな。
侯爵殿は倹約家なのか?」
「私が必要ないと言っているんです。
舞踏会以外は、ドレスなんて重くて邪魔ですもの」
「ん?そうか、そうか。良くして貰っているようだな」
「生活は困っておりません」
そう、生活だけは。
「これから授業なのか?」
「はい。私も教師補佐をしているので、そろそろ行きます」
すると、バタバタと子供達が教会に入ってくる。
「マーガレット先生、こんにちは!」
「はい、こんにちは。今日も頑張りましょうね」
「はい!よろしくお願いします!」
「ほお、元気でいいな。
それに、子供の相手をしていると、お前にもいい予行練習にもなる」
「予行練習、ですか?」
「子供ができたら、役に立つだろう?」
ド ク ン
大きく鼓動が動いた。
一瞬、体が強張り、
怒りが込み上げて、叫び出しそうになった。
この夫婦ごっこが続く限り、
ずっと、こういう言葉に傷つけられるのだ。
そして、今度は唐突に笑い出しそうになった。
ああ、馬鹿みたい。
子供なんて産まれる訳ないのに。
私は、お飾りの妻なんだから。
夫に愛を望んでは、いけないのだから。
この手で、我が子を抱くなど……許されないのだから。




