朝食を一緒に
「お帰りなさいませ、旦那様」
「ああ、遅くに出迎えご苦労」
「申し訳ございません、奥様は…」
「いや、いい。こんな夜中だ。寝ているのだろう?
最近はどんな様子だ?」
「はい。領地経営を精力的にこなしていらしています」
「ああ、聞いてるよ。随分評判がいいな。
領地のどこへ行っても褒められるよ」
「はい、私も大変助かっております。
特に奥様の柔軟な発想には、いつも驚かされます」
「そうか、それは良かった」
「…あの…旦那様……余計な事かもしれませんが、
いくら仕事が忙しいといえ……
もう少し、奥様との時間を取ってはいかがでしょうか?
旦那様がお忙しいのは重々承知していますが、
ですが、あまりにも……奥様がお気の毒です」
「ああ、分かっている…善処する。
私も彼女とは、良きパートナーになりたいと思っているんだ。
花束は良く送ってるんだけど、どうも反応が薄くてね…」
「よければ、朝食をご一緒に召し上がってはどうでしょうか?」
「ああ、確かに。昼は仕事だし、夜も不定期だし。
朝はお互い一番時間が合わせやすいな」
「では、明日から奥様を食堂にお呼びします」
彼女は、散財したり、愛人を作るどころか、
領地経営を積極的にやり始めていて、正直驚いた。
相変わらず、口もほとんど利いてくれないし素っ気ないのに、
自主的に領主経営や管理を行い、侯爵夫人らしく振る舞っている。
てっきり、嫌われていると思っていたが…
彼女なりの誠意なのだろうか。
* * * * * * *
「相変わらず、予算を使っていないようだけど?」
「使ってます」
「あの支出は、教会と孤児院の寄付、農地改革や平民の無料教室に
雇った教諭給与だし、自分のために使っていないだろう?」
「安定した収入になるまで、こちらで寄付で都合しているだけです。
農夫や孤児院や教会に、払わせる訳にはいきません。
それに、教養ある方達の労力をボランティア扱いは不誠実です。
それ以外には、予算には手をつけておりません」
「ああ、それは知っている。経理処理もちゃんと目は通してるからね。
だけど、君に使って欲しいんだ。
あれは君の予算だから。欲しい物とか買っていいのだよ?」
「必要ありません」
「そうかい?…うん…でも、遠慮せず使って欲しい」
「お心遣い、ありがとうございます」
これから毎日朝食は、食堂で取るように言われ、
行ってみると旦那様がいた。
私はいつも私室で食事をしていたから、急に何だろうと思ったが、
どうやら、お節介な家令が提案したようだ。
食事の味がしないわ…
話などしたくないのに、
使用人の手前、無視する訳にもいかない。
領地経営のことを褒められ感謝されたが、別にあなたの為じゃない。
全て私の為にしている先行投資だ。
領地に役立つ事をしていれば、旦那様は決して損はしないし、
私は侯爵夫人としての矜恃を保てる。
自分だけの支出だと、贅沢しているただの強欲なバカ女。
何かあった時、それが弱味になる。
この使い方なら、私に矛先が向かってくることはない。
今度は私の為に、
あなたにカモフラージュになって貰うわ。
旦那様。
* * * * * * *
彼女は、相変わらず素っ気ない態度だった。
質問すれば答えるが、話をつなげる気はないらしく沈黙が訪れる。
正直、どうすればいいのか分からなかった。
明るい茶色の髪に、グレーがかったアイスブルーの瞳。
無害な大人しい小動物のような、可愛い顔立ちと細く華奢な体で、
貴族令嬢独特の気位の高い感じとは程遠い、親しみやすい外見だった。
そして、瞳を見れば分かる。知性を宿した賢い娘だと。
仮面のような微笑は浮かべるものの、それは感情を隠す為のもので、
私は、まだ彼女の本当の笑顔を見ていないのに気づいた。
時間が経てば、この環境に慣れれば、
あの強固な態度は、軟化するのではないかと思っていたが、
もうすぐ2年が経つというのに一向に変わらない。
そして放っておくのは、女性にとって無視されると同様で、
非常に屈辱的で、失礼な事だと何度も家令に進言された。
だから、朝食のみ一緒に取るようにしたのだが、
彼女は黙って従っているものの、やはりいつも不満そうで言葉も少なく、
食べ終わるとさっさと席を立ち、私室に戻ってしまう。
これも家令から聞いたのだが、
ドレスも、アクセサリーも彼女は一切購入していなかった。
嫁いできた時に、持参した伯爵家のドレスを着回し、
アクセサリーも結婚指輪以外身につけていない。
お前の予算なんか、自分の為に使わない。
そう意思表示されているようで、少し寂しさを覚えた。




