触れ合う心
※初回投稿時に、文章の抜けが何箇所かありました。失礼しました。今現在は修正しています。
「ようこそ、いらっしゃいました。お久しぶりです、旦那様」
「あ、ああ、出迎えありがとう、元気そうだね」
「はい、毎日のんびり過ごしています」
「随分開発が進んでるね。人口も増えていて、驚いたよ」
「手伝いをお願いしていた林業の方たちも、居心地が良かったようで
移住してきたんです。ここはまだまだ彼らの仕事もありますし」
「なるほど、確かに木の剪定や伐採も職人が必要だからね」
「ええ。あと、畜産も始めます。寒いのでしっかりした小屋を建てて、
鶏を飼育して卵を生ませます。
あとは、羊は毛糸も取れて肉にもなりますし、羊乳も取れます。
ついでに、山羊も飼育して山羊乳を取れるようにして、
チーズも作りたいんです」
「本当に凄いな君は。もう基本的な食に困らないじゃないか。
すっかり完成された村になっている」
「でも、残念ながらこの気候で麦は育てられないので、仕入れになります。
トービ以外の野菜や果物も1週間に1回隣町まで仕入れに行ってます。
パンは作れますけど…でもパン屋があると便利ですね。今引き抜き中です」
「なるほど、パン屋か…そうだなあった方がいいね」
「山の自然が豊かなので、きのこや山菜、山芋、ベリーが豊富で、
それらも野生を栽培用にしようと実験中です。
皆よく働いてくれるので、どんどん開発が進んでいます」
「楽しそうだね。良かった…ここに来てから随分表情が明るくなった」
「あ、すいません。つい私ばかり話しすぎました…」
「いいよ。君の話は聞いていると楽しいし。そういえばレースアクセサリーも
まだ続けているのだろう?ちゃんと休めている?」
「大丈夫です。領主と言っても指示したり管理してばかりで、作業は村の皆が
積極的にしてくれるので、ほとんど任せているんです。
だから、私結構時間があるんですよ」
「そうか…」
こんな風に自然な表情で話してくれる
彼女の顔が本当に輝いていて、綺麗だった。
嬉しさで一杯になり、この表情をずっと隣で見ていたいと願った。
* * * * * * *
人心地ついたころ、旦那様から本音で話して欲しい言われ、
私はぶっちゃけることにした。どうせ、離縁するつもりだし。
「私は…この婚姻は、普通の結婚だと思っていました。
だけど、初夜で子供は必要ない、何もしなくていい。と言われ、
結婚した意味が分からなくなったんです。
そして、あなたは表向きの妻が欲しかっただけと知って、
自分の存在価値がわからなくなりました。
少しずつお互い知っていって親愛を育て、家族になれればいいと思っていた
その私の望みは、初日で打ち砕かれました。
お飾り妻が欲しかったのなら、婚約前に言って欲しかった…
挙式後に騙し討ちするような真似をされ、
夫婦にとっては神聖な初夜のあの宣言で、私は絶望したんです。
そして…あなたが大嫌いになりました。
そんな男に、決して心を傾けてはいけない。私を見てくれない、
愛してもくれない人に。もし、万が一にもあなたに懸想してしまったら、
傷つくだけだと…だから、私に関心がない…いつ捨てられるか分からない
旦那様に縋らずに、自立して離縁しよう。そう自分に誓ったのです」
「そうか…君のあの行動や態度は…ああ…今分かった。
本当にすまない…私は仕事ばかりで、人の心に…特に女性の心に疎い…
沢山傷つけてしまって…本当に申し訳なかった」
「旦那様は、人の心に疎いですが悪人ではありません。
不器用ですが、誠実な方でした。
旦那様のいい所も知って行くにつれて、私の心も変化して行きました。
愛してくれない人なのにと…だから…辛かったんです」
「少しは…私を好いていて…くれた、のか?」
「信頼はしています。まだ愛とは呼べませんが。
旦那様は、いつも誠実に向き合ってくれました。
言葉使いは、色々配慮がたりませんけど…」
「…す、すまない…私は、昔から言葉が足りなすぎると、
家令にもよく叱られていたよ。君にすごく失礼だと…」
「いえ、離縁するつもりだったので、気にしないようにしてました」
「そ、そうか。私は随分前から、君に愛想を尽かされていたんだな…
でも……君が邸を去ってから、毎日君を思い浮かべているんだ。
寒くないだろうか、何か不自由はしていないだろうか、
危険な目に合っていないだろうか…って、グズグズして…
だったらさっさと会いに行けと家令に叩き出されたよ…」
「まあ、家令が一番私たちを良く理解していたのですね…
恥ずかしいわ…」
「ああ、彼には本当にいつも苦労をかけている。
確かに私は、表向きの妻が欲しかった。
仕事が忙しいのにこの地位のせいか、毎日縁談の話が来てね。
うんざりしていたんだ。
だから、誰でもいいから誰か令嬢を妻に迎えようと考えた。
どうせだから人助けをしようと…資産運営が上手くいっていない
家を調べて、その家の令嬢を妻に迎えて援助しようと…
その考え方も相手には失礼になるということも、気が付かずにね。
……そして、それが君だったんだ。
全く会えなかったのは、本当に仕事が忙しくて、
初夜のあの言葉も、良く知らないこんな歳の離れた男などに、
君のような若い娘は、触れられたくないだろうと思ったからだ。
元々私の勝手な都合で輿入れさせてしまった相手に、
それらを強いるのは無責任だし、申し訳なく思った。
君も、その方がいいだろうと…君の気持ちを考えず…
勝手に独りよがりな判断をしてしまったんだ。
私の都合で迎えたのだ…だから、縛りつけるつもりはなかった。
だから、君へは生活の保証と自由に過ごしてもらうために、
あの条件をだしたのだが…全部裏目に出てしまったのだな…」
そうか、あの言葉は…この方なりの誠意だったのだわ。
なんていうか…始めからボタンのかけ違いのように、
私たちは、何もかも噛み合っていなかったのだ。
目の前でしょんぼりして、自分の心を言語化して伝えようとしている旦那様が
小さな子供が幼いながらに必死に謝っている姿に見えて、可愛く思えた。
「離縁は…考え直してくれないか、マーガレット」
「どうして、ですか?」
「君を失いたくない…私は、君を好きに…
いや、愛し初めている…この感情は私も初めてで…
どうしたらいいのかわからなくて戸惑っているのだが…
どうか、側にいて欲しい」
「……わかり、ました。
とりあえず、離縁は保留にします。ですが、別居は続けてください。
私、まだ怖いんです。疑心暗鬼を払拭できていなくて…
旦那様の言葉で、傷つきたくない…あなたを憎みたくないんです。
申し訳ありません…」
「そうか、いや、いいんだ。
私の愚鈍な言葉でずっと君を傷つけてしまっていたんだ。
そんなに簡単に許して、信用できるはずもない。
でも、離縁を思いとどまってくれて嬉しいよ。…ありがとう。
…私も自分の言葉を治すよう努力する。
無神経な言葉で君を傷つけないようにするから」
「意思の疎通をまめにすれば、その辺の誤解はなんとかなりそうですが、
でも、子供がいらないのは変わらないのですよね?
私、自分の子供を持つのが夢だったんです。
なので、旦那様とはその辺は折り合いがつかないかと…」
「え?いや、それも違うんだ!
そうじゃない!子供は作っても問題ない。
その…君が嫌だと思ったんだ。こんな、年上だし…
妊娠と出産は、女性の体に負担をかけるし…命がけの大変な事だ…
幸い甥に領地を譲り渡せば、問題なかったから、そう言っただけで…
欲しくない訳では…」
「私の…ため?」
「ああ、まだ愛情が育ってない相手との行為と出産は、苦痛だと思ったんだ」
「そう、だったんですか…」
「すまない…本当に私は…配慮も出来ないし…
みんな裏目に出て…君を傷つけて…怒らせてばかりだ」
「あ、あの…落ち込みすぎです。旦那様」
「いや、本当に…私は仕事以外全て…駄目人間なんだ…」
「ふ、ふふっ…」
「マーガレット…」
「あ、ごめんなさい。つい…ふふっ」
「いや、初めて笑ってくれたね。凄く可愛い…」
「え…」
「あ、いや…すまない。今度は素直に言いすぎたな」
深く話してみてわかった。
…なんだろう。この人。
凄くいい人じゃない。
でも、言葉って…本当に大事なのだわ。
嘘や誤魔化しもしないし、私の立場を考えて誠実な対応を
していたつもりだったのに…言葉が端的すぎて冷淡に聞こえて、
肝心の部分が相手に伝わっていない。
信頼関係を築く前に、このせいで価値観の相違ができてしまう。
損な役回りの人。
私も、感情的に複雑に考えすぎてしまったんだ。
最初から素直に聞けば、彼は嘘偽りなく心情を答えてくれたはず。
そうすれば、そんな誤解もしなかったのに…
その後、お互い沢山話した。
そしてあの時はこう思った、本当は違うを繰り返し、
色んな誤解が解けていき、私たちの距離は徐々に近くなって行った。
「また…会いにくる」
「はい…」
「では、その…ここは寒いから体に気をつけて…」
「はい」
「あと、困ったことがあったら、本当に遠慮なく頼ってくれ
その、私たちは夫婦なのだから」
「はい…わかりました。旦那様も気をつけておかえりください」
「ああ、じゃあ、また絶対会いにくるから…その…
その時までに言葉使いや態度を改めておくから…」
「はい、お待ちしています」
「うん。じゃあ…また来るよ」
「ええ、その時には他の野菜も収穫されていると思いますので、
楽しみにしててください」
「ああ。楽しみにしている」
そして、今まで見たことのない爽やかな笑顔を見せて、
旦那様は帰って行った。
それから、旦那様が頻繁にここへ来て私たちは会話を重ねた。
時々行き違いで言い争いになったりしたが、旦那様は頑張ってくれた。
時折宿泊して、夜通しおしゃべりしてゲームを楽しんだり、
彼の甥っ子のジュリアスも一緒に遊びに来て、ここを気に入っていた。
この村の居心地の良さに、帰りたくないとしょんぼりしながら、
帰宅するジュリアスと旦那様を見送り、私たちの蟠りは無くなっていった。
何だか、やっと婚約者同士みたいな関係になれた気がする。
3年後、領地も安定してトービの栽培は順調で資金も潤沢。
そして、領地経営と管理を代理の人に任せて、
私は侯爵家に戻ることにした。
* * * * * * *
「おかえり、マーガレット」
「ただいま戻りました、ダレン」
「待ってたよ」
「…なんだか、懐かしいです」
「君の部屋はそのままにしてある。荷物は先に届いたから、
それも片付けてある。それから…」
「旦那様、旦那様、そんなに慌てなくても、
私はもうどこにも行きませんから…」
「あ、ああ。そうだね。嬉しくてつい…」
「これから、またよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
こうして、ずいぶん遠回りしたけど、
私たちはやっとスタート地点に立てたのだ。
* * * * * * *
「叔母様〜こっちこっち!」
「待ってちょうだい、ジュリアス」
「ゆっくりでいい、マーガレット」
「ええ。ヘンリー疲れてない?」
「うん、マンマ〜」
今日は、甥っ子のジュリアスと息子のヘンドリックを連れて、
眺めのいい丘の上にピクニックに来ていた。
侯爵家に戻って来てから1年後に妊娠、そして息子を出産。
ヘンドリックと名付けて息子は今2歳だ。
旦那様の綺麗な銀髪と私のグレーがかったアイスブルーの瞳を受け継ぎ、
顔の造形は旦那様似で端正な顔立ちだ。
ジュリアスは初めての従兄弟ができて、大はしゃぎ。
私は念願の我が子を腕に抱くことが出来たし、
少し不安だった旦那様は、意外とヘンドリックを可愛がり、
キチンとしつけもして、父親としての役目を果たしてくれていた。
私の父も初孫にメロメロで、前のような無理な投資には手を出さずに、
安定した偽善事業へ積極的に参加してくれるようになった。
孫になんでもプレゼントをしたがるのを止めるのが、少し大変なぐらい。
何だか、万事上手く行きすぎていて少し怖いが、
私たちは平和にやっていた。
「いい天気だ」
「そうね。もうすぐ春だわ。トービの収穫もあるし、また忙しくなるわね」
「また領地に行くのか?」
「ええ、一応あそこの領主だもの。顔出さないとね」
「私も行く」
「ボクもいくぅ〜マンマー」
「ちょっと、ダレンがそんなこと言うからヘンリーまでっ」
「いいじゃないか家族で行こう。私も休みを貰う」
「あなたは、あの領地が気に入っているだけでしょ?」
「まぁね。あそこは落ち着くから」
「まあ、ふふっ。分かったわ、家族で行きましょうか」
「僕も行きます!あそこのチーズ最高です!」
「分かったわ、じゃあジュリアスも行きましょう。
ちゃんと、お父様とお母様のお許しを貰ってね」
「はい!ヘンリーおいで、お兄様が抱っこしてあげる!」
「あい!」
外見も似ているため、本当の兄弟のように見える二人は、
広い丘を仲良く、きゃあきゃあ言いながら走って行った。
「マーガレット」
「はい?」
「私がどうして女性が苦手か、まだ話していなかっただろう?」
「え?ええ。でも、無理に言わなくても…」
「いや、話したいんだ。聞いてくれるかい?」
「ええ、あなたが良ければ」
彼の女性嫌いの根底は、母親が過去に不倫をしていたのが原因だった。
ダレンが生まれた4年後に、身に覚えのない妊娠を母親がしたのが発端。
運命だ真実の愛だと自分勝手な主張で護衛騎士との子供を妊娠したのだ。
父親は信頼していた二人に裏切られ、ダレンも自分の本当の息子ではないかと
疑い始め、ついには精神に異常をきたし自殺した。
母親はその護衛騎士と共に家を出て行き、家族はあっけなく崩壊。
ダレンは他領地の兄夫婦に引き取られ養子になった。
その後、兄夫婦に後継の息子ジュリアスが産まれ、ダレンは結婚して家族を
持つ事を望んでいなかったので、ジュリアスに担当領地管理を譲り、
補佐に回ろうと考えていた。元々、宰相補佐としての仕事が忙しく、
家令に任せきりだったし、彼に領地は必要なかった。
しかし、ラディアナ公爵令嬢の強い希望で政略婚約を成立されてしまう。
傲慢で我が儘な公爵令嬢との関係は、上手くいかないまま婚約解消され、
彼は益々女性に対する苦手意識が大きくなってしまう。
その後も数々来る縁談にうんざりし、運営資金難のサンディ伯爵に目をつけ、
支援する代わりに、大人しく無害そうなマーガレットを表向きの妻に迎える。
そして、領地経営で頭角を現した彼女の才媛ぶりに驚き、興味が湧き、
自分に対して感情をぶつけてこない、無表情の彼女の心を知りたいと、
意識が向いていき、一緒に取る朝食が毎日の楽しみになっていった。
彼女と親しくしている孤児院の子供たちやフォスナー先生に苛立ち、
ラディアナ公爵令嬢の冤罪の件で、彼女の無罪を晴らすために躍起になった。
いつの間にか、彼女に対して向ける感情が恋情だと気がついた時には、
彼女は離縁を望み、領地に引越して別居したいと言う。
この初めての感情と彼女を失いたくない一心で、
素直な想いを伝え、彼女を悲しませないよう努力して必死に食い下がった。
そして、その結婚生活がこんな風に、
幸せの形として変化するのを誰が想像しただろうか。
「私は君に出会えて、幸運だったな。
お陰で閉じられた我が家の呪いの輪から抜け出せて、
家族を持つことが出来た」
「ねえ…ご両親はお気の毒だったけど、それはあなたには関係のない事よ。
自分にも親と同じ資質があると思い込んだり、同じ運命になるかもなんて、
自分で自分を追い詰めて呪いをかけてはダメよ。
所詮家族なんて、血が繋がってるだけの、別人格の人間なのだから。
あなたは、あなただわ。自分の人生を生きて…お願いだから、
幸せになることに罪悪感を感じないで」
「…君はっ…どうしてそんなに…優しいんだ?」
「優しくないわ。私だって、あなたの事情を知らなかったとはいえ、
酷い態度だったし…」
「それは、私が悪かったんだ」
「もう、それはお互い様でしょ?やめましょう」
「ああ…そうだね…これからは、相手に伝える事を努力すると君と約束して、
関係が上手くいって、息子まで授かった」
「もう、すれ違って変な誤解で仲違いしたくないわ」
「マーガレット」
「はい?」
「愛してる」
「ええ、私も愛してます」
旦那様の見えなかった心は、今ではスケスケでモロバレである。
時々甘い言葉を吐きすぎて、私を赤面させるが、
私たちはやっと夫婦になれて、家族になれた。
最初に拗れて乗り越えた分、お互いの絆は強くなった。
ダレンの差し出された手を取り、二人で丘の上を目指して歩き出す。
丘の上では、先に到着したジュリアスとヘンドリックが手を振っている。
きっと、この先もずっと、
私たちの絆は変わらないだろう。
完
最後までご拝読いただき、感謝いたします。
本当は別れさせるつもりだったんですが、書いてるうちに旦那様が意外といい奴になってしまって、やめました。二人ともお幸せに♪
※誤字報告ありがとうございました。修正しました。m(_ _)m




